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82 スニーフ

 計算上の火力は足りているはずだ。

  

 俺の会心は少なく見積もっても1発が4万、それが40発で160万。

 ムサシのスキルの重ね掛けが、倍の倍の倍で8倍。

 単純に掛け合わせると1280万。


 それでも倒せないとなると1発が4万に満たなかったのか?

 あるいは魔神のHPは表示がカンストしてるだけで、実際は1000万以上あるとか……。 


「どうすりゃいいんだ……」


 回復させないためには、一撃で1000万以上の火力が要る。

 しかし、まともにやって、そんな火力が出せるはずもない。

 もう一度、ムサシの倍返しの回数を増やして16倍で挑むか?

 だが、肝心のムサシが相当なダメージを受けている。


「詰みかよ……」

 諦めかけた次の瞬間、上の方から降ってきた白光が『カッ!』と魔神の頭上で炸裂した。

『ズゥオッ! ズズズズ……』

 この光は!?


 振り返るとビッチが険しい表情でロッドを突き出していた。

『ズォォォ!』

 ビッチのギガフレアは魔神を光の半球に閉じ込めた。


 ものすごい勢いで『9999』の与ダメージ表示が複数個所で同時に点滅する。

 それは回復を示す『9999』をはるかに凌駕した。

 おそらく魔神は図体がバカでかい分、当たり判定が複数あってそこに魔法ダメージが入っていると思われる。


 半球状のギガフレアに身を溶かされて巨人が『グヲォォン!』と絶叫する。

 そして回復するチャンスを得ることなく光の中で形を崩し始めた!


「今度こそやったか!?」

 魔神のシルエットが崩れていく。剥がれたガラクタが個々に焼き尽くされる。

 魔神の巨体はガラクタに分解され、圧倒的な高熱の中で完全に消失した。


 ギガフレアの光が収まった場所には小さなクレータだけが残った。

「ビッチ! 助かったぜ」

 ビッチが「フゥ」と息をつく。

「ビックリだヨ。とんでもないのが出てきたネ」

「ああ。そこの侍……ていうかムサシのおかげで、いいトコまで行ったんだがな。ちょいとばかり火力が足りなかった」


 師匠が疲れた表情で言う。

「体力お化けなんだもの。HPと回復に全振りしてるんじゃないかしら」

 しかし、こんなチートなモンスターを作り出すなんてスニーフとかいうあのNPCは只者じゃない。


「そうだ! 奴はどこに行った?」

 魔神との戦いで奴の動向を気にかけている余裕が無かった。


「あそこを見て!」

 師匠が指差す方向を見る。

「嘘でしょ? 宙に浮いてるの?」と、師匠が驚愕する。

 確かにスニーフは腕組みしながら宙に浮いて、こちらを見下ろしている。


「てめえ! 降りてこい!」

 だが、スニーフは口角を上げて笑う。

「フフ。まあ、いい。必ずそちらから来ることになるから」


「なんだと? そんなわけあるか!」

 スニーフはやれやれといった風に首を振る。

「もう始まっている。誰も流れに逆らうことはできない」


 なんのことを言っている? 

 もしかしてNPCがシンギュラリティを起こそうとしていることか?


 スニーフは落ち着いた口調で続ける。

「私が彼女を必要としているのと同様に、彼女には私が必要だ。それはセットなんだ。必ず対になっている。物事に終わりと始まりがあるようにね」


 彼はそう言ってから上昇し始めた。

 何かで吊り上げられるという感じではない。明らかに重力に逆らっている。

 スニーフが遠ざかっていく。しかし、どうすることもできない。


 奴の姿が見えなくなってからムサシが「やれやれ」と首を振る。

「なんだったのか? あのNPCは……」


 師匠がため息をつく。

「ふぅ……やっぱりAIが暴走しているのかもね」

 ムサシが首を捻る。

「AIが暴走だと? AIは中立だと理解しているが?」


 言葉を選んで俺が説明する。

「メインプログラムのAIは、ギリ正常なんだろう。けど、暴走してるNPCが増えてるんだ。奴等は徒党を組んでメインAIから独立しようとしてる」


 ムサシが信じられないといった表情で言う。

「そんな馬鹿な……ひと握りのNPCなら分かる。NPCは独立型AIだからな。それがたまたま変な知識を学習して、こじらしてしまうのなら分かるが……」


 師匠が補足する。

「私達もそう思ってたわ。独立したAIに、たまたまエラーが出たのかなって。でも、最近、そういうイレギュラーなNPCが沢山いて同調する動きがあるのよ」

「同調とな? 独立型AIが?」

「ええ。まるで、情報を共有してるような感じでね」


「俺達は以前も似たようなNPC戦ったことがある」

 以前? 自分で言っておいて何か引っ掛かる。

 俺達は何か重大な見落としをしていないか?


 師匠は言う。

「もしかしたらNPC同士が、ひとつの意識になろうとしているんじゃないかって思うの。独立しているAIが繋がることによって」

 ムサシが頷く。

「ふむ。統一意思というか、集合知のようなものか。それがメインのAIにまで影響を及ぼしていると?」


「それはまだ分からないわ。でも、AI同士はネットワークで繋がっているからあり得ない話ではないわ」

「うむ。お主等は、NPCのAIがネットを介して意思を共有しようとしていると考えておるのだな?」

「ああ。ひとつひとつのAIはしょぼいかもしれねえが、集団になったらメインAIを凌ぐものになっちまうかもしれねえ」


 さっきのスニーフは、重力を無視して宙に浮いたり、規格外のモンスターを作り出したりした。

 それはメインAIが司る物理法則やルールを逸脱している。

 そう考えると、スニーフのようなNPCは、すでにメインAIの制約を受けない、あるいはメインAIの力を超越しているといえるんじゃないか?

 

 いつの間にか合流してきたデッシュが話に加わる。

「集合知でしゅか……ひょっとしたら、それがシンギュラリティなのかもしれましぇんね」

 出たよ。シンギュラリティ。


「どういうことだ、デッシュ?」

「いいでしゅか? AIが生みだしたAIが元のAIを超えてしまうんでしゅよ? それが繰り返されていくとどうなると思いましゅか?」


 そこでビッチが口を挟む。

「ネ。さっきのイケメンてサ。どっかで見たことない?」

「なんだよ。今、真面目な話をしてる……ん? 待てよ!?」

 さっき、見落としがあるような気がしていたものが何か分かった!


 ルサを見る。目を覚ました彼女は、俺たちの輪から少し離れたところでこっちを見ている。

 

 俺はルサに近付くと彼女の肩に手を置いて尋ねた。

「ルサ。教えてくれ。さっきのNPC……」

 ルサは顔を背ける。何かを隠しているような表情で。


「ひょっとしたら全部、同じ奴なんじゃないか?」


 師匠の「え?」という声が耳に入る。

 が、俺はルサの肩に置いた手に力を込める。

「地下帝国のピラミッドの時、お前は居なかったけど中学生ぐらいの子供がいた。それが成長したのが今のNPCスニーフなんじゃないか?」


 師匠が驚く。

「そ、そういえば何となく面影があったような……」

「それだけじゃない。九龍城でルサが斬りつけた少年。あれは小学生ぐらいだったな。あの子もそうだ。もしかしたら、その前の赤ん坊。あれもそうなんじゃないか?」


 ビッチも思い出したように言う。

「バグの町のダンジョンだネ? コードに繋がれた赤ちゃん!」

 師匠がマジマジとルサの顔を見る。

「あなた、あの時、赤ちゃんを殺そうとしたわよね? 九龍城の少年も」

 九龍城でルサは絡んできた少年の顔面を斬り裂いた。


 デッシュも記憶を呼び起こす。

「そういや何か言ってたでしゅよね? 『後悔することになる』とか……」


 繋がった! ルサはこのことを懸念していたんだ!


「ルサは知っていたんだな? さっきのNPC。スニーフとか言ったな。奴が赤ん坊の時から?」

 ルサが顔を上げた。その燃えるような赤い瞳で俺を見つめる。

 怒ったような、泣きそうな顔で。


 ルサは否定も肯定もしない。おそらく、それが答えだ。


 このゲーム内で生まれたシンギュラリティの芽、それが『スニーフ』だ。

 そしてスニーフはルサを必要としている……。

「ルサ……お前、何者なんだ?」


 と、その時、サイレンが鳴り始めた。

 直ぐにムサシが反応する。

「バカな!? また濁流が来るだと?」

 師匠が慌てる。

「嘘!? 周期が短くない?」 


 ムサシが怒鳴る。

「走れ! 巻き込まれるぞ!」


 ムサシの指し示す方向に皆が走り出す。

 ところがルサが付いてこない。

「何やってんだ! 行くぞ!」

 ルサの手を引く。が、彼女は動こうとしない。


 師匠やビッチ達はゴンドラを目指して走っている。

 重装備のミルクが遅れそうなのでデッシュがハーフ&ハーフの術でミルクを小さくして小脇に抱える。

「あばばば! 置いていかないでくだちい!」


 まずい。ルサを何とかしなければ!

「くそっ! 仕方ねえ!」

 俺は強引にルサを抱きかかえ、お姫様抱っこして走った。


 重い。というかこれで走るのは無理がある。

 サイレンの音が耳につく。

 焦りと苛立ち。しかし、今は走るしかない。

 上流の方から『ゴゴゴゴ』という低音が聞こえてきた。


 前方では師匠達は最寄りのゴンドラに辿り着いたようだ。

「クッ! 間に合わねえ……」


 そこにムサシが引き返してきた。

「なにをしている? 時間が無いぞ!」

 そういうや否や、ムサシはジャンプして上から垂れさがっている命綱を掴んで着地した。

「これを使え!」

 そう言ってムサシは、リール付きベルトを差し出してきた。


「え? 使い方、分かんねえぞ?」

「ええい。世話が焼ける!」

 そう言いながらもムサシは俺の腰にベルトを巻いてくれた。

 そして命綱をリールに噛ませてセットする。

「よし。では、レバーを引け!」


「え? ど、どれだ?」

 てか、お姫様抱っこで両手が塞がっている。

「ちっ!」

 ムサシが俺の腰に巻いたベルトのリールを操作する。


『ガシャ!』

 ムサシがレバーを引くと同時にリールが命綱を巻き上げ、俺とルサの身体が上に引っ張られた。

 それを確認してムサシがゴンドラ方面にダッシュする。


 師匠達を乗せたゴンドラは、ゆっくり上昇するところだ。

『ゴゴゴゴゴ!』

 ガラクタの濁流はすぐそこまで迫っている。


「ムサシ!」

 命綱に引き上げられながらムサシの動向を見守る。

 頼む! 間に合ってくれ!


 濁流の先端がムサシの足元にかかる。

 あっという間に、ムサシの周りにガラクタの山が集まる。

 あとちょっと!

 だが、濁流はムサシの膝下までに達している。


「ムサシ!」

 そこでムサシが大きくジャンプした。だが、幾ら彼の跳躍力でもゴンドラまでは届かない!

 思わず目を背けそうになった。

 が、ムサシは着地の際にガラクタを足場にして次のジャンプを繰り出す。

 飛んでは踏み、飛んでは踏みを繰り返してゴンドラ乗り場に迫る。

「もう少しだ!」


 あと少しのところでムサシの着地が乱れる。それにゴンドラは既に上昇している。

 そこでムサシが宙に浮いた状態で上空に向けて何かを投げる仕草を見せた。


『シュルル』と、ワイヤーのようなものが飛んで、ゴンドラの底に当たった。

 そしてピンと張ったそれによって、ムサシの落下が止まった。

 その真下をガラクタが流れていく。


「間に合ったのか!?」

 ムサシはワイヤーに吊られながら体勢を整える。そして俺の方を見て親指を立てた。

「良かった……あいつ、侍なのにグッジョブはねえだろ……」


 ガラクタの濁流は徐々に激しくなってきた。

 流れているのがデータなので水流とは言わないのかもしれないが、まさに激流だ。

 灰色の水流は渦を巻きながら下流に殺到していく。


 このまま濁流が収まるのを待っていればいいか……。

 そう思った時だった。

 ルサが身を捩《よじ》って俺の腕から逃れようとした。


「おいっ!?」

 油断していたせいで反応が遅れた。

 ルサの太ももが左腕から滑り落ちた。

「ばか! ルサッ!」


 反射的にルサの胴体に左腕をまきつけようとした。

 だが、ルサの身体がずり落ちる方が早かった。

「ルサッ!」


 ルサが落下する瞬間を見送るしかなかった。


 落ちていく瞬間、彼女は顔を上に向けた。

 その口元が微かに動く。


「ルサッー!」

 俺は無意識に剣を抜き、命綱を切った。


 ふいに現れた重力に身を委ねながら、ルサに向かって手を伸ばそうとした。

 すべての音が消え去り、時の流れが失われた。

 ルサまでの距離感だけが一定で、それが縮まらない。


『ドサッ!』

 その音でルサとの距離が消失した。

 同時にガラクタにもみくちゃにされる。夢中で手を伸ばし、ルサの姿を探る。


 ルサ……!

 捕まえた! 

 ぐいと引き寄せて抱きしめる。


 ガラクタに小突かれながら、灰色のデータに飲み込まれ、ひたすら流されていく。


 なんでこんなことをしたのか? 自分でもわからない。


 まずいぞ……この先は滝だ。

 そして滝に落ちてしまうと……完全に消去されてしまう!


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