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78 登山鉄道の旅

 登山鉄道は意外にも利用客がいるようで、俺と師匠はキップ売場に並んだ。


「こんな辺鄙《へんぴ》なトコなのに客が多いんだな」

「そうね。陸路で南に行くにはこれが最短みたいだから」

 マップのさらに南に行くにはガラクタ谷を通るのが近道のようだ。

「なるほどな。けど、この調子じゃ満席だな」


 列に並んでいると、誰かにペタペタと肩を叩かれた。

「ん?」

 振り返ってみると、赤いカエルのマスクを被った奴が立っていた。

「なんだ? 俺に用か?」

「ゲロゲーロ」

「は? なんだって?」

「ゲロゲコゲ?」 

 駄目だ。話が通じない。こいつ、仮面じゃなくて頭がカエルなんだ。


 師匠が怪訝そうな顔。

「誰? 知り合いなの?」

「いいや。全然記憶にないけど」

 カエル頭の手は湿っぽくて水かきがついている。肩を叩かれた時の感触はこのせいだ。

 それにトレンチコートを着ているが体形もカエルっぽい。

 まるでカエルが二足歩行しているみたいだ。


 俺達の後ろに並んでいる奴から文句が出る。

「おい! そこのカエル! ちゃんと並べよ」

「そうだそうだ。割り込みすんな!」

 カエルは「ゲロ……」と、焦ったようにキョロキョロすると、しぶしぶ列の最後尾に回った。


「なんだったんだろ? あいつ」

「赤いカエルなんて趣味悪いわよね」

「毒ガエルなんじゃないか」

「あんなキャラの人もいるのね」


 その後、俺達は人数分のキップを購入して4両編成の列車に乗り込んだ。

 登山鉄道の車両は素朴な感じの造りになっていて、遊園地の汽車に近かった。

 おもちゃみたいに頼りない乗り物だが、しばらくはこれで、のんびりと列車の旅だ。


      *      *      *


 列車は峡谷に沿ってジェットコースターの足場のような鉄橋を進む。

 すぐ左手には深い谷が続く。


 ミルクが小さい子みたいに車窓にへばりついて目をキラキラさせている。

 つられてビッチも外の光景に見入る。

「ネ! 見てみて! すっごいヨ!」

 ビッチが袖を引っ張るので止む無くお付き合いする。

「で、何が凄いって?」

「ホラ! あっちの絶壁。崖に建物が連なってるンだヨ」


 ビッチが言うように反対側の断崖絶壁にへばりつくみたいに建物が並んでいる。

 おそらく、絶壁に杭を打ち込んで家を支えているのだろう。

 建物の中にはハンモックみたいに上から吊ることで補強している物もある。

 さらに良く見ると危なっかしい通路や階段もあちこちに見られる。


「凄いでしゅねぇ。面白いでしゅ!」

「なんかのアニメで見たことあるな。なんだっけ……そうだ。『バルス!』で有名なアレ」

 そこで「お留守?」と、師匠が聞き間違える。

 ビッチが目を丸くする。

「ウソ? 師匠『バルス』知らないの?」

「テレビ見ないから、というかママが、あまり……」


 旅行気分で楽しそうなビッチ達に対して、師匠はなんだか元気がない。

 ビッチがそれに気づいて心配する。

「アレ? どうかしたの? 酔ったとか?」

「違うわよ。てか、あなた達、はしゃぎ過ぎでしょ」


「いいじゃねえか。なかなか面白い集落だぜ。ちょっと見てみ?」

 そう言って師匠の腕を引っ張るが、彼女はプイと顔を背けたままで窓の方を見ようともしない。

「いいの。ていうか好きじゃないんだよね。高いトコ……」

「ああ、そういうことか」


 それで理解した。この車両は崖のギリギリを走っている。

 おそらく線路から崖の端っこまで1メートルもない。無論、柵なんてものは無い。

 なので、窓から下を覗き込めば、すぐ真下に断崖絶壁が目に入ってくる。


 師匠は呆れたように首を振る。

「なんでこんなギリギリを走るかな……落ちたらイチコロじゃない」

 高所恐怖症の師匠には理解しがたいのかもしれない。

「師匠、可愛いところあるじゃねえか」

 俺がからかうと師匠は顔を赤らめてそっぽ向いた。


 車窓を眺めながらデッシュが呟く。

「なんで崖なんかに住んでるんでしゅかねぇ」

 その何気ない疑問に、前のボックス席の老人が教えてくれた。

「ガラクタ谷はのう、時々、濁流《だくりゅう》に襲われるんじゃ。だからみんな崖の途中に居を構えておるのだよ」


 師匠が尋ねる。

「濁流? 大雨か何かで?」

「そういう自然災害の類ではないぞよ。流れ込んでくるのはクラッシュ前のデータじゃ」

 そういえば川崎のPPMがそんなことを言っていた。

「データって、どんなものが流れてくるんだ?」


「そうじゃな。失われた武器や防具、アイテムなんかじゃのう。例えば、ガチャでダブッたものを捨てる人間が居るだろう? その他に間違って消去した装備とか、素材とか、そういうのも混じっておる。だから地味に発掘すればいい金になるそうじゃ」


 それを聞いてビッチが顔を顰める。

「でも、ゴミばっかりなンじゃない?」

「はっはっは。その通りじゃ。だから『ガラクタ谷』と言われておる。けどな。たまにレア物が混じっているから面白いんじゃ」


「例えば?」と、聞いてみる。

「キャパ・オーバーで回収できなかった素材とか武器とかじゃのう」

「ああ、それも流れてくるのか」

「そうじゃ。あそこの集落に住んでる連中は、それで生計を立ててるんじゃ」


 そこで列車が停止する。途中駅があるようだ。

「こんなとこに駅があるのか。降りる奴なんているのかよ」

 そう思って駅のホームを見る。

「あれ? あいつ、さっきのカエル……」


 師匠が俺の横から窓の外を覗き込む。

「あら。ホントだわ。でも、顔色悪そうね」

「赤黒くなっていやがる。酔ったのかな。それとも師匠と同じで高い所で気分が悪くなったとか」

「もう」と、師匠が俺の脇腹をつねる。


 ホームにカエル男を残して列車が発車する。

「結局、あいつは何だったんだろうな」

 キップを買う時に声を掛けてきたんだが、ゲコゲコ言ってるだけで何を言っているかさっぱり分からなかった。


 登山鉄道の旅も、はじめは物珍しくて外を見るのが楽しかったが、徐々に飽きてきた。

 険しい山の峡谷なんて、そうそう景色が変わるわけでもない。

 ツバメの巣みたいに崖にくっついた集落も見飽きた。


 ミルクはすっかり『おねむりモード』でビッチにもたれかかっている。

 そのビッチもつられて欠伸を連発する。

 師匠は窓の外を見ないように目を閉じている。デッシュは熱心に鼻をほじっている。


 それとは対照的に、オッサンは双眼鏡で熱心に外の様子を観察し、ルサは車窓から流れ込む風を浴びながら外の様子に目を細めている。


 あとどれぐらいで到着だろうと考えていた時だった。

『ババーン!』と、前の車両で爆発音がして、車両が大きく振動した。


「ななな、なに!?」と、師匠が最初に反応した。

「いやはや! なにやら爆発したような?」


 列車の速度がガクンと落ちる。

「イヤン!」と、ビッチが座席からズリ落ちそうになる。

 その間も地震のような振動は続く。むしろ、その揺れは段々大きくなってきた。

「おいおい。なんかヤバくねえか?」

「あばばば、指が鼻の穴にめり込んでしもたでしゅ!」


『ガゴン!』と、大きな揺れ。

 続いて『ギギギィィ!』と、金属が激しく擦り合うような高音。


 傾いてる!? 左に傾いてる!

「これ、落ちるんじゃね!?」


 車両が左に傾き、前方が下になった。それにつられて身体が左に前に強く引っ張られる。

 続いて、ふわっと一瞬だけ浮く感覚が生まれ、それが落ちていく実感に変わった。


「きゃああ!」「フミィ!!」「あばばば!」

 車内の悲鳴が『ズドドド』という音にかき消される。


 訳が分からないまま目の前が真っ暗になった。


      *      *      *


 気が付くとバラバラになった車両の残骸にくるまれていた。


 身体を動かそうとするが残骸が重い。

 見上げると両サイドに天まで届きそうな絶壁。その間に川のような空の青。

 どうやら峡谷の底まで落下してしまったようだ。


「痛てぇな」

 かなりのペースでHPが回復していくが、相当のダメージを負ってしまった。


 車両の残骸から抜け出し、師匠達を救出する。

 当然のように他の乗客は全滅していた。

 師匠、ビッチ、ミルク、デッシュの転移者は生きている。

 一方、オッサンはゲーム・オーバーになってしまったらしい。


 だが、意外なことにルサはノーダメージで澄ました顔をしている。

「ルサ? お前、大丈夫なのか?」

 こくりとルサが頷く。

「驚いたわね」と、師匠がルサの身体を上から下まで眺める。

「俺等ですらダメージ食らってんのに無傷なのか……」


 師匠が「やっぱりね」と頷く。

「このゲームのNPCじゃないからダメージを受けないんじゃないかしら」

 まだ言ってら。師匠は、ルサが他のゲームから紛れ込んできたNPCだと思い込んでいる。

 なのでそんなことを言うのだろう。


 ビッチが服の汚れを払い落しながら膨れる。

「なんなのヨ。モウ。お気に入りの服が汚れちゃったじゃない!」

「死にそうになったことより服の心配かよ……」


「あばばば、酷い目にあったでしゅ。テロでしゅかね?」

 テロ? そっか、その可能性があるか。

 師匠が神妙な顔つきで頷く。

「事故にしては不自然だものね……でもどうして?」


「まさかスパルタの復讐じゃねえだろうな」

「ありうるでしゅよ。つけられてたに違いないでしゅ」

「そうかなあ。それなら、わざわざこんな手の込んだこと……」

 そこで思い出した。師匠と顔を見合わせる。


「師匠! あいつ!」

「カエル男ね? 私も怪しいと思ってた」

「あいつ、前の駅で降りたよな? もしかして爆弾を仕掛けたのはあいつか?」


 俺達が推理をしていると、何者かに声を掛けられた。

「でえじょうぶか? あんたたつ」

 あんたたつ? 


 声を掛けてきたのは手拭いを頭に巻いた中年男だった。

「あんたたつ、よく生きてんなぁ。あんなトコさから落っこちでよう」

 なんだ。訛ってるだけか。


 彼は栗拾いをするみたいに背中に大きな籠を背負い、大きなトングを手にしている。

 彼の背後には似たような格好の仲間が数人、こっちを心配そうに見ている。

 おそらく、ガラクタ拾いで生計を立てている人達なんだろう。


 俺達が倒れていたところのすぐそばに川の流れがあった。

 川といっても水が流れているわけではない。

 10メートルほどの幅でガラクタがゆっくり流れているだけだ。


「ああ、ご心配なく。みんなピンピンしてるんで」

「そんならいいけど、こんなトコさ居たら危ねえでよ」


 彼等は、なぜかみんな命綱をつけている。

 そのロープは腰に巻いているベルトに着いた盤に繋がっているようだ。

 命綱はずっと上の方に続いている。


 師匠が尋ねる。

「危ないって何が?」

「鉄砲水だがや。もうそろそろ時間だて」

「そういや列車の中で聞いたな。データが大量に流れこんでくるんだって?」

「んだ。早ぐ上がったほうがええ。この先に昇降機があるでな」

 手ぬぐいおじさんの案内で俺達は昇降機乗り場に移動した。

 

 木で出来た昇降機は殆ど箱だった。

 8人まで乗れるというので、ルサを入れた俺達6人で引き上げてもらう。

 料金は一人1ゴールドなので600円ぐらいで乗れる計算になる。


『ガタゴトガガガ』という、強度に不安がありそうな音をたてて、ゆっくり昇降機が上昇する。

 その途中で『ウゥ~!』というサイレンが鳴り、峡谷にこだました。


 昇降機に乗らなかった人達は、腰に付けた円盤のレバーを引き、命綱に引っ張られて上昇する。

 どうやら円盤がリールになっていて、命綱を巻き付けることで上に引き上げられる仕組みになっているようだ。


 しばらくして上流から『ゴゴゴゴ』という低い音と細かい振動を伴い、スクラップの濁流がなだれ込んできた。

 まるで、燃えないゴミの集積場が崩れたみたいに、ガラクタが下流に向かって移動していく。

 この流れは完全消去前のクラッシュ・データだと老人が言っていた。


「あのデータはどこに流れていくんだろ?」

 俺が呟くと同乗していた手ぬぐいおじさんが答える。

「この先にでっかい滝があるだ。深い深い滝だで。そっから先は『無』だってよ」

「無? 滝から落ちたらどうなる?」

「完全消去だべ。な~んも無くなるって噂だ」


 てことは、滝に落ちてしまったら転移者の俺等でも消去されてしまうかもしれない。

「マジかよ……こんなトコがあったんだな」


 足元を流れるガラクタ群に圧倒されていると、ビッチがおじさんに質問する。

「ネ、おじさん。この谷に転移した人が居るンだけど知ってる?」

「あ? てんい? なんだべ、それ?」

「アタシ達ネ、その人に会いに来たの」

「すらねえなあ、もうちっと上流に行けば知っとる者がおるかもしれねえけど」


 そういえば名前すら聞いていなかった。川崎国のPPMにもっと詳しく聞いておくべきだった。

 師匠がフゥと息をついて言う。

「仕方が無いわね。しばらくここに留まって聞き込みをしましょ」

 

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