77 ガラクタ谷へ向かう
壊滅したスパルタ国からトンズラする際に、川崎国に戻るか先に進むかで悩んだ。
川崎ならファスト・トラベルで戻れる。だが、先を急ぐことにした。
スパルタから続く道を南西に向かい、最初にあった町で休憩する。
食事のできるカフェテリアで一息つく。
食事中、珍しくビッチがシュンとしているのが気になった。
「どうしたビッチ? 疲れたのか?」
ビッチは黙って首を振る。そして、椅子の上で膝を抱える。
ミルクが「ムフゥ?」と代弁する。
それをデッシュが訳す。
「罪悪感で落ち込んでるんじゃないか? でしゅって」
罪悪感? ああ、メテオの魔法でスパルタを壊滅させちゃったってことか。
「しょうがねえだろ。ありゃ不可抗力だ」
師匠がビッチの肩に手をかける。
「そうよ。わざとじゃないんだから気にしないで」
ビッチは上目遣いで師匠の顔を見る。
「なんかネ。だんだん酷くなってる気がするヨ」
「え? 何が?」
師匠の質問にビッチが答える。
「威力が上がってるンだヨ。魔法の威力がネ……」
確かにここ最近、ビッチの魔法は威力が増しているといっていい。
自分でも気付いてたのか……。
「まあ、そうだとしても、あれは仕方ない。既にミルクが半分近くぶっ壊してたし」
俺の言葉にミルクが「プヌゥ」と、頷く。
「ミルクひゃんは、自分にも責任がある、と言ってるでしゅ」
ミルクの移動城塞で4割、残りをビッチの魔法で壊滅させたといったところか。
まあ、いずれにせよ、2人で一国を滅ぼしてしまったわけだ。
その時、「大変だよ!」と慌ただしく入店してきた男が店内に向かって言う。
「マジで全滅してて草!」
その言葉にドキッとする。
師匠が小声で「何が臭いの?」と首を傾げる。
「いや、くさっ! て言ったわけじゃないから」
男はカウンター内でグラスを磨いていたマスターに報告する。
「あのスパルタがさ、影も形も無いんだぜ? あ、瓦礫というか残骸はあったけどな」
店内がザワつく。
「スパルタが? 信じられん」
「だって要塞都市でしょ? なんでかしら?」
「事実ならザマアだな。天罰だ」
「そうだそうだ。評判悪いもんな。あいつ等」
「どっかの勢力に攻撃されたとか? 恨みをかって」
「恨んでる奴なら山ほどいるさ。俺も酷い目にあったし」
「無理じゃね? あいつ等を潰すとか、相当の軍事力じゃないと」
客達の反応を見る限り、スパルタに同情するものは皆無だった。
そこでマスターがテレビをつける。ちょうど、速報でニュースを報じていた。
『……原因は隕石の落下とみられ、調査が続けられています。それでは、中継に切り替えます。現場のパパコンガさん!』
隕石の落下。それは合ってる。ただ、魔法だとはバレてない。
『現場のパパコンガです。今、私はスパルタ国のあった場所に来ています。ご覧ください!』
カメラが引いてレポーターの背景を映す。
瓦礫の山、山、山。見たことのある光景だ。
『ご覧のように、要塞都市として知られたスパルタの首都は、見る影もありません』
そこで店内の客達が「おおっ!」と、歓声を上げた。中にはカンパイする者までいる。
そこまで嫌われてたのか。スパルタって国は。
「な? ビッチ。だから気にする必要なんてないぜ」
「ウン。そだネ♪」
「立ち直りが早いでしゅねぇ。単細胞なんでしゅね」
「ウルサイ」
『バリッ』
小さな雷がデッシュの頭頂部を貫いた。他の客に気付かれないような電光石火だ。
「なんだ。威力のコントロールできてるじゃねえか、ビッチ」
「ン? ああ、そういえばそうだネ……」
「威力が上がりすぎてるのは何か理由があんだろ。レベルが上がったようなもんだ」
「ウン。そだネ」
ビッチの悩みは解消したらしい。
しかし、今度は師匠が浮かない顔。
「みんな成長してるのね……オレ君も新技を覚えたじゃない。なんか私だけ置いていかれてるような気がして……」
そこでビッチが否定する。
「そんなことないヨ! 師匠は、リーダーとしてパーティに貢献してるヨ。こっちのハゲチャビンと違って」
「な!? ボクチンだってハーフのじゅちゅを重ね掛けが出来るようになったでしょ! 役に立つ術をいっぱい持ってるでしゅ!」
「ゴミみたいな術ばっかりだけどな」
「むきぃ! 酷いでしゅ!」
「とにかく、師匠は今まで通りでいいよ。火力は足りてるんだからさ」
師匠は、なんともいえない表情で俺の顔を見る。
「ありがと。気をつかってくれて」
「ボクチンは誰も評価してくれないでしゅ! 寂しいでしゅ! 空しいでしゅ! うわぁあん!」
泣き喚くデッシュの頭をミルクが、なでなでする。
「あい? ミルクひゃん?」
デッシュが泣き止む。
「ポォミィ?」
「へ? 薄くなったって? し、しょんなことないでしゅ!」
いつものようにおバカなやりとりをしているところにオッサンとルサがアクセスしてきた。
「いやはや、ご無沙汰しておりました。色々と立て込んでおりまして。申し訳ございません」
お祭り騒ぎの店内では話し辛いので、店を出て移動しながら話すことにした。
ミルクのアイテムボックスに収納してあったユニコーン馬車を取り出し、ガラクタ谷に向かう。
その道中でオッサンに川崎国での防衛戦、スパルタ国への特攻について簡単に説明してやった。
オッサンは興奮気味に言う。
「いやはや、新技の獲得、おめでとうございます!」
「まあな。魔法剣の使い勝手も悪くなかったぜ」
「いやはや。ますますご活躍ですな。流石は先生です。して、次はどちらへ?」
俺は次の目的地であるガラクタ谷に行く理由を説明した。
「……てことで、転移者に会いに行くんだ」
「なるほどですな。それは是非とも実現していただきたいものです」
「そういやオッサン。病院には俺達以外にもう1人、収容されてるとか言ってなかったか?」
「はい。こちらの世界での生存確認ができておりませんので、ご家族が心配されております」
「そっか。だったらガラクタ谷の転移者がそいつだといいな」
「さようでございますな」
しばらく馬車が進んだところで、オッサンが話題を変える。
「ときに、先生。いえ、皆様。実は本日、お伝えしたいことがございまして参りました」
「なんだよ。オッサン。改まって」
ガタゴトと荷台が揺れる中、オッサンは軽く咳払いしてから話し出す。
「以前、転移の原因のお話をした際に、デバイスとの相性で自律神経が過度に反応してしまうのではないかと、お話しました」
それは覚えてる。
身体的な特徴のせいで電気刺激を伝えるヘッドギアの干渉を受けやすいという話だ。
オッサンが続ける。
「その線で調査を続けていた結果、皆様の性格も関係しているかもしれないことが分かって参りました」
「性格? どういうことだ? オッサン」
「はい。実は、前から思っていたのですが、皆様は非常に冷静であります。そして、順応性が極めて高い。それ故に、VR世界を受け入れることに抵抗が無い」
オッサンの言葉に俺は師匠と顔を見合わせた。お互いに思い当たる節がある、といった表情で。
オッサンは神妙な顔で尋ねる。
「先生方は『スタンフォード監獄実験』をご存知ですか?」
いかにも師匠が聞き間違えそうな単語だ。だが、さすがの師匠も口をつぐむ。
それぐらい真剣な空気だ。
「いや。知らないな」
「あ、ボクチンは知ってましゅ。映画の題材にもなったアレでしゅね?」
「いやはや。デッシュ殿はご存じでしたか」
「勿論でしゅ。あんたシャン達と違って教養がありましゅから……ウギッ!?」
雷魔法と俺の蹴りが同時に決まってデッシュが悶絶する。
「で、オッサン。その実験ってどんな内容だ?」
「はい。スタンフォード監獄実験というのは、アメリカで実際に行われた心理学の実験でして、学生を囚人と看守に分けて、刑務所生活を疑似体験させたものでございます」
ビッチが興味を示す。
「ヘエ、刑務所ごっこをしたんだネ。なんか面白そう♪」
「いえいえ、そんなに生易しいものではございません。実験は中止されました」
「エ? 何でヨ?」
「看守役の学生が暴走して囚人に暴力をふるったからです」
「マジかよ。ただの実験なのにか?」
「はい。この実験で判明したことは、刑務所という閉鎖された特殊な空間で、衣装や小道具等を含めてリアリティのある看守という役割を与えられた学生は、心を支配されてしまったということです。
その結果、本物の看守のように振る舞うようになってしまったのです。もっとも、この実験結果を否定する学者もおりますが……」
師匠が怯えたような表情を見せる。
「心が支配されるって怖いわね」
「さようでございます。閉鎖された環境では、人は役割に心を支配されることがあるのです」
心が支配されてしまうのか……。
「それって、看守役の学生は、リアルすぎるロールプレイングのせいで自分が本物の看守と思い込んでしまったということか」
「そういうことになりましょう。人間の心理というものは、案外簡単に外部からの影響によって驚くべき変化を遂げてしまうものなのかもしれません」
俺はオッサンの話を転移についてあてはめてみた。
「閉鎖された空間っていうのはゲームの世界。そこで俺達はキャラに成り切り過ぎたってことか? 無意識のうちに」
「さようでございます。それは、デバイスの電気刺激による自律神経への作用も関係しているかもしれません。そのせいで、ゲーム世界における自我が必要以上に高まり過ぎてしまった。そして適応力が高い先生方は、VR内の自我が本当の自分だと認識し、受け入れてしまった。これは仮説に過ぎませんが……」
なんか難しい話になってきた。キーワードは『自我』なのか?
師匠とビッチも戸惑っている。
そこでデッシュが口を挟む。
「つまりでしゅね。自律神経が過剰に作用して没入感が異常に高まったところに、ボクチンのような素直なお利口さんはVR世界を抵抗なく受け入れてしまったってことでしゅよ」
「おお、デッシュ殿! その説明は分かり易いですぞ! お利口さんかどうかはともかく、素晴らしいまとめ能力。我が社に欲しい人材です」
「止めた方がいいヨ。そんなハゲチャビンを雇ったら会社が倒産しちゃうヨ」
「あばばば、失礼でしゅね!」
頭を整理する。
オッサンの仮説。それは一理ある。というより、むしろそれが正解のように思えた。
だとすると、転移という現象はオカルト的なものではなく、誰にでも起こり得るものかもしれない。
通常、VRMMOをプレイする人間は、どんなリアルな環境に置かれても、仮想現実に対する距離感、すなわち現実世界との違いは認識している。
仮想現実で存在する自分は本物ではないと分かっているから、何時でも現実世界に戻ることができる。
しかし、オッサンのいう何とか実験みたいに、キャラに成り切ってしまうとその距離感が失われ、仮想現実の自分が本体だと思い込んでしまう。
それが転移の原因なのか?
それでも疑問は残る。
「俺は、この世界がゲームの中だって十分に理解してるけどなあ。なんで戻れないんだろ?」
デッシュが首を傾げる。
「仮にでしゅよ。仮想現実内の意識を本物の自我と思い込んでる状態が転移というなら、ボクチン達には当てはまらないでしゅよ?」
「いやはや。その考えはごもっともでございます。ただ、転移してしまった後では、幾ら現実世界を意識しようとも手遅れなのかもしれません。皆様が転移した瞬間、おそらくは、そのタイミングに強い作用が働いたと考えられます」
今までの話を総合すると、俺達は、どこかの時点で自我がゲーム世界に取り残されてしまったらしい。
というか、そもそも自我ってなんだ? 頭がこんがらがってきた。
ユニコーン馬車はいつの間にか山岳地帯を進んでいた。
山のてっぺん付近が白くなっている。
画像でしか見たことは無いが、雰囲気としてはアルプスとかコロラドの山間部に近い。
傾斜が急な屋根の建物が点在していて、ヤギを放し飼いにするのに向いていそうな場所だ。
「フィィ」
ミルクが馬車を止めた。どうやらここで行き止まりらしい。
荷台を降りて、ヒンヤリした空気を吸い込む。
「だいぶん、高いとこに登ってきたな」
師匠が駅舎のような建物を見つけた。
「あそこが駅のようね。ここからガラクタ谷には登山鉄道でないと行けないみたいよ」
「へええ、登山鉄道か」
ファンタジー世界でギリ許される機械となると、多分、蒸気機関車なんだろう。
ビッチが大きく深呼吸する。
「ン~ 空気がおいしいネ。」
師匠も並んで空気を吸い込む。
「本当ね。やっぱり山は空気が澄んでいるのね」
『プゥ』
「あ、しちゅれい。出ちゃったでしゅ」
師匠達の横でデッシュがおならをしやがった。
『バリバリッ!』『バゴッ!』
デッシュが袋叩きにされているのを見てオッサンが呆れる。
「いやはや、デッシュ殿の腸はどうなっておるのでしょうな」
「ああ。あいつ、いつもそうなんだ。ゲップもするし」
「そういえば、医者が首を捻っておりましたよ。食事で空気を飲み込んでいる訳でもないのに、なぜこんなにガスが出るんだろうと」
「なんだよ。あいつ、意識不明でも屁ばっか、こいてんのか……」
デッシュらしいとは思うが。
とりあえず、転移の原因分析は、いったん休止して、ここで登山鉄道に乗り換える。




