76 熱闘コロシアム
ミルクの移動要塞が撃沈されたことで戦いは終わった。
気が付くと俺達は敵の兵士に囲まれていた。
気を失っていたせいで状況を飲み込むのに時間を要したが、スパルタ国の兵士達が自分達を移動要塞の残骸から掘り起こしたようだ。
「酷い目にあったな……」
俺が首や肩を回していると師匠が隣でゲンナリする。
「たぶん、こんなことになるんじゃないかって思ってた……」
師匠は埃と煤で全身が汚れている。
同じく真っ黒に汚れたビッチとミルクは煤を払いながらゲホゲホしている。
デッシュと露天商は、薄汚れた石像みたいに呆然と佇んでいる。
俺達を囲んでいた兵士達の中で一番階級が高そうな奴が話し掛けてきた。
「貴様らが首謀者で間違いないな?」
それは否定できない。
「まあ、そう言われても仕方ねえな」
「よし! ならば貴様らを連行する! 王がお前等を裁くことになろう!」
「はいはい。好きにしてくれ」
おとなしく連行されることにする。
周りの兵士を全部倒して逃走しても良かった。
だが、市民の野次馬も多く混じっていたので暴れるのは止めた。
それにトップの顔を拝んでおくのも悪くないと思ったからだ。
連行の際に目の吊り上がった兵士が俺の前に、ずいっと立った。
「少佐、自分、こいつを殴ってもいいですか!」
少佐と呼ばれた兵士が頷く。
「構わん。好きにしろ」
それを聞いて吊り目の兵士がニヤリと笑う。
「てめえ! よくも我が国を蹂躙してくれたな!」
そういって殴りかかってきた兵士に『ズパッ』と、会心の一撃をくれてやる。
「ウゲッ!」
俺を殴ろうとした吊り目の兵士が『9999』ダメージで即死する。
反射的に周囲の兵士達が一斉に銃口を俺に向ける。
少佐が怒鳴る。
「き、貴様! 抵抗するか! う、撃つぞ!」
そこでビッチが仏頂面で「サンドラ」と、吐き捨てる。
次の瞬間、『バリバリバリ!』と、雷が兵士達に直撃。
銃口を向けてきた8人が即死する。
少佐が驚愕する。
「な、な、まだ抵抗するか?」
俺はジロリと少佐達を視線で牽制する。
「寄るな。別に俺達は降参したわけじゃない。さっさと王のところに案内しろよ」
少佐がオロオロしながら言う。
「つ、強がってるのも今の内だ。お、お前等、公開処刑だぞ」
「ほーん。そりゃ面白い」
そう言って俺が剣をチラつかせると、周囲の兵士が「ひっ!」と後ずさりする。
少佐がビビりながら警告する。
「わ、分かってると思うが、既に『ホールド』してるからログアウトで逃げても無駄だぞ」
「分かってるよ。逃げるわけねえじゃん」
ホールドされたままログアウトで逃げた場合は重いペナルティがある。
また、自爆もしくはわざと仲間に殺させてのゲーム・オーバーでは、このホールドはリセットされない。
そうでないと破壊目的のテロがやり放題になってしまうからだ。
よって、ホールドしてきた相手を倒すか、自分を含む味方以外に倒される、もしくは事故死でないと、ホールドは解除できない。
まあ、俺達の場合は、そのゲーム・オーバーができないから関係ないんだが。
「なあ、師匠。ホールドされるとか初めてじゃね?」
「そうね。いつも直ぐ返り討ちにしちゃうからね」
ビッチが能面のような顔つきで吐き捨てる。
「フン。あの女は悪用しちゃてるンだけどネ」
一瞬、なんのことか分からなかった。が、ミカポンのことを思い出した。
ミカポンは俺をホールドしている。お互いに転移者なので、これが外れることは無い。
ビッチはそれが気に食わないらしい。
呑気な様子の俺達を傍観していた少佐が宣言する。
「お、お前等を処刑場に連行するっ!」
それに従って少佐についていく。
兵士や野次馬は俺達に近付きたくないのか、一定の距離を保ちながら遠巻きにゾロゾロと移動する。
連行というよりはパレードしているみたいだ。
「師匠、処刑場だってさ」
「みたいね」
「なんか楽しみだな」
これは珍しいシチュエーションだ。なので、ちょっとワクワクしてしまった。
* * *
俺達が連れてこられたのはコロシアムのような施設だった。
この辺りは移動要塞の攻撃による被害は少ないようだ。
だが、コロシアムにも幾つか真新しい欠損があった。
まるでローマのコロシアムをわざわざ復元した後で、もう一度破壊したような感じだ。
コロシアムの地下道を抜けて、広場のような所に出る。
闘技場というのだろうか。ここを取り囲むように観客席がすり鉢状に設けられている。
「意外と客席が近いんだな」
狭く感じるわけではないが、観客席との距離感はさほどなかった。
どれぐらいの収容人数なのかは分からない。が、満席で立ち見が出るぐらいの盛況だ。
観衆のざわめき。時折、混じる罵声と怒号。
まあ、注目されているのは仕方が無い。
なんせ、この要塞都市に甚大な被害をもたらしたんだから……。
俺達は闘技場の真ん中に置き去りにされた。
それを待って高らかにラッパが鳴り、観衆が静まり返った。
そして厳かな雰囲気の中、特別観覧席みたいな所に王と思われる奴が現れた。
観衆が熱狂的にそれを迎える。
「あれがこの国の王様みたいね」と、師匠が観覧席を見上げる。
「ここからじゃ良く見えねえな」
紫の軍服に赤いマントを羽織っているのは分かる。頭にのっけているのは王冠だろう。
観客の『スパルタ!』コールが止み、王が俺達を見下ろす。
これまで口数の少なかったデッシュと露天商は、この異様な雰囲気に完全に飲み込まれている。
「あばばば、なんか嫌な予感がするでしゅ」
「これはアカン。これはアカンて……」
師匠が咎めるような目つきで2人を見る。
「だらしないわね。大人のくせに」
それに対してミルクとビッチは他人事のように退屈そうにしている。
スパルタの王はすっと右手を挙げて宣告する。
「この者たちを死刑に処す!」
そこで再び歓喜の大歓声。
「早えよ。普通は裁判とかじゃねえのか?」
「そうね。でも、最初から死刑のつもりだからここに連れてきたんじゃないの?」
「そういえば処刑場に連行するって言ってたもんな」
王の死刑宣告に続いて、王の横に控えていた焦げ茶色の軍服のじいさんが一歩前に出る。
「ただちに刑を執行する! 今回は特別に、我が国が誇る三大将軍による処刑を行う」
その言葉に観衆のボルテージが上がった。
露天商が茫然とする。
「アカン。そういうことか……」
「はん? 何がだ?」
「ようあるやん。見せしめに猛獣と戦わせて、なぶり殺しにするっちゅう処刑方法が」
「ああ。そういう奴か」
古代ローマとか滅亡した世界を描いた作品とかで良く見る奴ね。
「もうアカンわ。多分、めっちゃ強い奴が出てくるんや。幾らアンタ等でも厳しいんとちゃうか?」
「そうかなぁ。だといいけど」
三大将軍といっても普通のプレイヤーだとあまり期待はできない。
そうこうしている内に、正面の鉄格子がガラガラと開き、そこから3人が出てきた。
そして場内放送がそれを煽る。
『出ました! 我らスパルタが誇る三大将軍の登場です!』
どうやら実況するアナウンサーみたいな奴が居るらしい。
『まずは千の突きを繰り出す槍の名手! 針千本将軍!』
その紹介に合わせて甲冑を纏った大男が、槍を掲げて観衆にアピールする。
『続いて、千の魔法を操る魔法マスター! ドルジ将軍!』
オレンジの軍服に魔法使いのようなトンガリ帽子を被った奴がお辞儀する。
『最後はスパルタ史上、最強にして千の技を繰り出す剣士! ケンちゃん将軍!』
真っ青な軍服に黄色のタスキを掛けた剣士がサーベルを振る。
観衆の熱狂ぶりを見る限り、こんな奴等でも人気はあるらしい。
俺は師匠に耳打ちした。
「だっせえな。あいつ等。千の魔法とか絶対、嘘だぜ」
「同感ね。そんなに覚えられるわけないもの」
「とっとと片付けるか?」
「どうせなら力の差を見せつけてやった方がいいわ」
「だな。ここで圧倒して、二度と侵略できねえようにしてやるか」
俺と師匠の考えなどつゆ知らず、実況は意地悪そうにコメントする。
『さあて、何秒持つことか? どうせなら存分に痛めつけて、苦しませて欲しいものです! 我らがスパルタ国に歯向かう愚かな罪人に無慈悲なる罰を!』
それを聞いて、なぜかデッシュが反応する。
デッシュは数歩、前にしゃしゃり出て啖呵を切る。
「ふざけるなでしゅ! そう簡単にやられてたまるかってんでしゅ!」
それを見て魔法使いのドルジ将軍が「サンドロ」と、デッシュの頭上に『バリッ』と、サンダー系の魔法を落とした。
「ふぎ!」と、一瞬、デッシュがたじろぐ。
が、そこは普段ビッチの雷を食らっているだけあって踏みとどまる。
『おおっ!?』という場内の反応。
デッシュは観衆のどよめきを一瞥する。
そして、頭のてっぺんを手で撫でてから胸を張る。
「ボクチンは、ハゲましぇぇん! 頭が、耐電だから!」
静まり返るコロシアム。
あまりのシラけムードにデッシュが戸惑う。
「あれれ? おかしいぞ? 誰も驚かないでしゅね?」
「いいから引っ込んでろ! あとは俺がやるから」
不満そうなデッシュが頭を掻きながら下がる。
そしてサイレンが鳴った。高校野球の試合開始みたいなサイレンだ。
槍を持った将軍が、かかってこいとジェスチャーする。
魔法将軍と剣士将軍は戦う体勢ではなく余裕をぶっこいてる。
おそらく奴等は俺達のレベルとステータスを鵜呑みにして舐めているのだろう。
「じゃ、来いっていうなら遠慮なく」
とりあえず挨拶代わりの先制攻撃だ。
構えて……イメージして……「神速会心!」
一気に奴等の後方に駆け抜ける。
すれ違いざまに4回の連撃を針千本将軍に浴びせている。
何が起こったのか誰にも認識されない超高速の攻撃!
振り返ると針千本将軍の後ろ姿がある。
ババッと飛び散る血しぶき。
「カッハッ!?」
そこでようやく『9999』のダメージが4つ表示される。
当然のごとく、針千本将軍は死亡した。
静まり返るコロシアム。
ドルジ将軍とケンちゃん将軍が、フェード・アウトしていく針千本将軍の姿を見ながら「え?」と同時に声を発した。
2人とも俺が背後に回ったことにすら気付いていない。
「会心連撃!」
『ズパズパズパ!』×3
ドルジ将軍に会心をプレゼント。
『ズバズバズバ!』×3
ケンちゃん将軍にも平等に会心を差し上げる。
「グゲゴッ!」「カホッゴッ!」
両将軍とも仲良くマックスダメージ連発でお亡くなりになられる。
あっという間の惨劇に、冷え切る大観衆。
カリスマ的人気を誇る将軍の秒殺は、彼等にとって理解の範疇をはるかに超えているのだろう。
言葉を失った観衆に代わって実況が声を振り絞る。
『あ、あ……あれ?』
俺は剣をしまって、ゆっくり師匠達のところに戻る。
師匠は満足そうに頷く。
「OKよ。十分、インパクトを与えたわね」
デッシュが呆れる。
「あばば、相変わらずエグいでしゅねぇ」
露天商は驚きのあまり口をパクパクさせている。
「あ、ありえへん……なんや? 今のは?」
そうか、露天商は俺が戦っているのを見るのは初めてか。
ビッチとミルクがつまらなさそうに不満を口にする。
「つまんなァい。アタシらの出番なしだヨ」
「フィィ」
「なんだよ。ミルクは十分、暴れたじゃねえか」
俺達がそんな会話をしていると、観客席から「チートだ」という怒号が聞こえてきた。
「チートに違いない!」「卑怯者!」「殺せ!」「みんなで殺そう!」
やがてその怒りがコロシアム内にうねりとなって広がり、いきり立った観衆がフィールド内になだれ込んできた。
併せて四方の出入口からも兵士が突入してくる。
ビッチが呆れたように首を竦める。
「アララ、そういうの良くないヨ。メテオ・ドン♪」
その呪文で周囲が暗くなった。
空が赤く染まり、不穏な音の接近と共に無数の隕石が落下してくる。
『ズドドド!』
そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
コロシアム全体に降り注ぐ無数の隕石群は、容赦なく建物を抉り、穴を開けた。
燃える人、飛んでいく人、千切れる人と、様々だが、当然のように即死していく。
爆炎と煙と飛んでくる破片で視界が埋め尽くされる。
しばらく煙が収まるのを待って、周囲を観察する
「あーあ。ビッチがまた、やり過ぎちまった」
「テヘヘ。この魔法、あんま慣れてないんだよネ」
コロシアムは原型を留めていなかった。
というより、そこにあった物がすべて、ぺちゃんこの瓦礫に変換されてしまっていた。
師匠がぐるりと見回しながら呆れる。
「なんか、ここだけじゃないみたいね。町全体が壊滅しちゃったみたい」
露天商が「なんも無くなってしもた……」と、茫然とする。
確かにコロシアム周辺の建物という建物が失われてしまった。
360度見回しても建物がひとつも無い。
ビッチのメテオが要塞都市を破壊し尽くしてしまったようだ。
ゲーム・オーバーとなった人間は消えるので死体は転がっていない。
おそらく、生き残った者は皆無だろう。
まっ平らになってしまった都市には俺達しか残っていない。
「こういう時は……逃げるしかねえ!」
予定ではスパルタの奴等にトラウマを植え付けて、侵略行為を止めさせるはずだった。
けど、なかなかうまくいかないもんだ。
夏休みの計画がそうであるように、期待したように達成できるものは殆どない。
俺達は急いでスパルタを離れることにした。




