75 ミルクの動く城
ミルクが購入した動く城塞で、これから敵国スパルタに突撃する。
ちょっと無謀な気がしないでもない。
ミルクは正攻法で正面突破を図るつもりのようだが、相手だって全力で防戦してくるだろう。
「敵の戦力がどんなものか分からないけど、持つのか? これ」
俺の懸念に対して露天商が胸を張る。
「大丈夫や! 少々の砲撃じゃビクともせえへんで! そういう作りや」
「だといいけどな」
俺の心配をよそにミルクは「ムシュゥ」と、張り切っている。
移動城塞の司令室では、既に乗組員のNPCが配置についている。
司令室は前面が強化ガラスで三方が展望できる。
でっかい舵が前方に備え付けられ、その左右にレバーが幾つも設置されている。
真ん中のボードには大きな地図が張り出されていて、NPCがピンを刺して目印をつけたり、定規をあててメモを取ったりしている。もしかしたらそれがレーダーの代わりなのかもしれない。
その他に昔の電話みたいな通信機が数台、どこに繋がっているか分からないパイプが大小様々、室内を縦横無尽に走っている。
奥の一段高くなったところは艦長席のようだ。
艦長席の後ろには設計図のようなものが2つ貼ってある。
「移動城塞の概要や。これで全体像がよう分かるで」
露天商の説明では左が下からみた図で、正六角形の土台に大きなキャタピラが12個、描かれている。
このキャタピラで城塞が動くらしい。
「しっかし、これだけのモノを動かすのは大変だな」
「そやねん。動力の確保に苦労したで」
このゲームではガソリン等の化石燃料の概念が無い。
ファンタジーの世界観を守るために動力源は水蒸気か電気に限られているのだ。
右の図は真上から俯瞰したものだ。
「これ全部、砲台なのか?」
「せやで、四角いのがミサイルポッド、台形は対空砲の台座や」
この図面通りだとすると砲台の数が半端ではない。
正六角形の各辺に砲台が一列に並んでいるのだが、1辺につき8門、その並びの内側には7門、さらにその内に6門がそれぞれ備え付けられている。
つまり、砲台の列が三重になって司令塔を囲んでいるのだ。
おまけに砲台の隙間にはミサイルポッドや対空砲が数えきれないほど配置されていて、まるでデコレーションケーキのように火器が城塞の六角形を埋め尽くしている。
どの方向へも攻撃できる完全な戦闘要塞だ。
ミルクは艦長席に腰を下ろして「ムフゥ……」と、満足そうだ。
露天商がニヤリと笑う。
「凄いやろ? これで一斉射撃したら地形が変わるで」
俺達は適当な席に陣取り、スタンバイする。
「ハムゥーン!」
ミルクの号令でNPC達が慌ただしく動き出した。
『動力開放! 全開まで5・4・3・2・1!』
『前方良し!』
『全速前進!』
そして『ゴリゴリゴリ』という石臼を挽くような低い音が下の方で生じた。
カタカタと小さな振動が発生し、次第にその揺れが大きくなる。
「師匠、ついに動き出したな」
「ええ。私達は手伝わなくていいのかしら」
「ええんやで。NPCは訓練済みや。ワシらはドーンとここで構えといたらええんや」
前方の展望ガラスは3方向が見られるようになっている。
高さ的には4階の窓から見下ろすぐらいだ。ただ、もう夜中なので周りの様子が掴めない。
外を見るために席から立ち上がろうとした。
「あれ? なんかラグいぞ?」
動きが鈍い。というかイメージしたより、零コンマ1秒ぐらい動作にずれが生じる。
デッシュが腕を動かしながら頷く。
「そうでしゅね。たしかにちょっと……」
「ひょっとして、この城塞のせいじゃねえか?」
この移動要塞はデータ密度が半端じゃなく大きいと思われる。
それが動くものだからデータ処理に相当、負担がかかるのかもしれない。
「処理落ちでラグいのかもな」
それを聞いて師匠が首を傾げる。
「しょじょ寺で烙印?」
ビッチがそれを受けて頷く。
「ウン。しょじょ寺の庭で和尚さんに負けた狸はお仕置きされるンだヨ」
こいつらは何を言っているんだ?
「違ぇええ! 何でポンポコリンのしょじょ寺になるんだよ!」
「それも違うでしゅ。ポンポコリンじゃないでしゅよ。ポンポコポンでしょ? それから寺は『しょじょ寺』じゃないでしゅ。証城寺。分かった?」
なんかデッシュに上から目線で訂正されるとムカつく。
「童謡のことなんか知るかよ」
師匠はデッシュに間違いを指摘されて恥ずかしくなってしまったらしい。
「やだ。私ったら『しょじょ』なんて言っちゃって」
デッシュは、やれやれといった風に首を振る。
「なーに、照れてるでしゅか。今更、処女じゃあるまいし」
デッシュに言われて師匠が顔を赤らめる。
「うるさい! 変態!」
「処女で悪かったわネ!」と、なぜかビッチも便乗する。
嘘こけ。お前は違うだろ……あつかましい。
* * *
移動速度が遅いせいで夜のあいだに目的地まではつかなかった。
俺達が寝ていてもNPCの働きで移動城塞はスパルタ国に向かっている。
揺れにも慣れてしまった。
「だいぶ明るくなってきたな」
展望ガラスの左側に夜明けのピンクが差し込んでいる。
師匠は隣の座席で寝息を立てている。ビッチと露天商も対面の席で寝ている。
デッシュは椅子から転がり落ちたのか床で丸まって熟睡している。
その時、『ズズン!』と、左方向で爆発音がして、部屋が大きく揺さぶられた。
『敵襲! 10時の方向!』
『第8区画B7付近に着弾!』
『損傷はありません!』
NPC達が次々と報告をあげてくる。
「うえっ! 寝てる間に敵の陣地に入っちまったのか?」
急いで展望ガラスに近付いてみる。
いつの間にか茶色い荒野を進んでいた。
外には縦長な大きな岩が点在している。それらはどれもヒョロ長で岩柱のような形をしている。
よく見ると、岩肌に白っぽいトーチカ型の砲台が見える。
「あそこから撃ってきてんのか!?」
まるで岸壁に付着した貝殻のように、結構な数のトーチカが設置されている。
「ムィィ!」
ミルクが立ち上がってNPCに指示を出す。だが、ミルク語では伝わらない。
「ミュゥウ」と、ミルクにお願いされてデッシュが通訳を務める。
「ミルクひゃんは、砲撃開始でしゅ、と言ってるでしゅ」
だが、ミルクは「プミィ!」と、膨れる。
「へけ? ああ、そうでしゅた。訂正。艦長は砲撃開始、と言ってるでしゅ!」
それを受けてNPCが砲撃の準備に取り掛かる。
そのやりとりを見てビッチが苦笑い。
「艦長って呼ばないとダメなんだネ」
「ミルクの奴、すっかり艦長になり切ってやがんな」
師匠が首を竦める。
「でも、通訳が必要なのね……」
「プイプイ、ムゥ!」「取り舵いっぱぁい、でしゅ!」
「ムィィ、プクゥ!」「第2、第4砲塔を左に、でしゅ!」
ミルクが指示する度にデッシュがそれを言い直さなくてはならない。
忙しいのに、まどろっこしい。
『ズムッ! ズムッ!』
主砲が放つ砲撃は音もさることながら反動がある。
『ドガン! ズガガーン!』
主砲から放たれた砲弾は、着弾と共に大爆発を起こして岩柱を著しく抉っていく。
ピンポイントでトーチカを狙っているわけではない。岩柱ごと破壊する勢いだ。
移動城塞の砲撃が始まると、絶え間ない砲撃音と振動に司令室内が占拠されてしまった。
「凄ぇな、師匠。まさに戦争って感じだな」
「え!? なんだって? 聞こえないわよ!」
「音が酷ぇ! 戦争みたいだって言ったんだよ」
岩柱の群れは次々と削られ、敵のトーチカは破壊されていく。
たちまち周囲は爆炎と黒煙だらけになった。
『1時の方向から敵接近!』
『上空からです! 高度200、距離400』
『ドラゴン隊が接近中! その数20!』
敵も本腰をいれてきやがったな。空からも攻撃してくるみたいだ。
『前方に障害物! 左舷、回避!』
『7時の方向、撃ち方止め! 対空砲用意!』
右の方から『ダダダダ!』という音と共に上空に向かって弾道が伸びていった。
ドラゴン隊って言ってたけど、多分、爆弾でも落としてくるんだろう。
『ドムッドムッ』『ズドドド!』『ズガーン!』
こちらからの砲撃に着弾の爆発音が混じる。司令室に居てもその激しさは伝わってくる。
地上ではトーチカからの砲撃、空からはドラゴンの空爆。
もはや何がどうなっているのか分からない。俺達は中でじっとしているしかない。
こういうのはアニメとか映画とかだと見せ場なんだろうが中にいると外の状況がまるで分からない。
戦争ってこんな感じなのか? なんか想像してたのと違う。
もしかしたら本当の戦場は、中にいる人間には何も分からないのかもしれない。
役目を果たすことに無我夢中で全体観なんて知る由もない。
どちらが優勢で、仲間がやられたかどうかも定かじゃない。ずっと混乱してるようなもんだ。
師匠が座席にしがみつきながら泣き言をいう。
「こんなのいつまで続くのよう」
ビッチは耳を塞ぎながら目を瞑っている。
露天商は落ち着かない様子でキョロキョロするばかり。
デッシュだけは伝令係として、頑張ってミルクの指示を通訳している。
『第6甲板、中破! 火災発生!』
『14番、20番、22番、砲塔破損! 使用不能!』
『9番区画、外装剥離!』
『8時の方向から遠距離の砲撃! 着弾します!』
司令室内はNPCの報告でしっちゃかめっちゃかだ。
もはや誰も全体の被害状況を把握できていないと思われた。
『まもなく敵国の首都に到着!』
『距離800! が、外壁です!』
露天商が叫ぶ。
「いよいよやで! 敵の本拠地や!」
前方に目を凝らす。煙が邪魔で良く見えない。
が、壁のようなものが立ち塞がっているのは分かる。
それがズンズン迫ってくる。と同時に、前方からの攻撃も激しさを増した。
『ビシッ!』『バシィッ!』と、強化ガラスにひびが入る。
「きゃっ」と、師匠が頭を抱えてしゃがみ込む。
要塞都市の外壁が迫る。
『駄目です! 3番4番の動力低下! パワーダウン!』
『展望ガラス、もちません!』
『左8番、装甲大破!』
『A区画、C区画、破損!』
『外壁に衝突まで30秒!』
ミルクが艦長席で立ち上がる。
「ミュルポ!」「構わん突っ込め、でしゅ!」
ミルクのやつ、このまま体当たりするつもりだ。
「マジかよ? 持つのか? だいぶ痛んでるじゃないか?」
露天商も顔を顰める。
「分からん。さすがに特攻は想定してへんかった」
『衝突まで10秒! 9、8、7』
ボロボロの展望ガラスの向こうに外壁が接近する。
『6、5、4、3、衝突しまあす!』
『ドッカーン!!』
ぶつかった! 減速による慣性で激しく前に引っ張られる。
「ぬあっ!」
近くにあったパイプを掴んで転倒は免れた。が、パイプを引き抜いてしまった。
「やべ……なんの部品だろ? これ」
師匠は座席にしがみ付いてグッタリしている。
『ガゴッ! ゴリゴリッ! ガックン、ゴゴゴ……』
外壁をブチ破ってついに敵の本拠地に侵入した。
が、衝突の衝撃で移動速度が削がれた。
それでも移動要塞は再加速しながら進むことを止めない。
動力機関に鞭打ち、前進あるのみといった感じだ。
壁を突破してから敵からの攻撃が一層、激しくなった。
絶えず爆発音と揺れが周囲で発生する。
NPCが被害状況を読み上げるが数が多すぎて、どれぐらい食らっているのか分からない。
警報も鳴りやまない。複数の警告音が競うように喚き合う。
もう、どこが破損してどんな状態なのか誰にも分からない。
なのに攻撃の手は緩めない。やられたら倍にしてやりかえすという意志だけは、はっきりしている。
凄い撃ち合いだ。
まるでドーピングしたボクサー同士がノーガードで殴り合っているみたいだ。
大量に被弾しながらも全速前進で全方位への一斉射撃は緩めない。
敵国の連中からは、どんな風に見えているんだろう?
まるで炎上中のトラックが自宅に突っ込んできたみたいに面食らっているに違いない。
『4番動力、大破!』
『F区画、火薬に引火するぞ! 消火急げ!』
『D区画、応答なし!』
『9番主砲付近から爆発音! 誘爆中!』
揺れが大きくなってきた。というか、右に傾いているような気がする。
動力が悲鳴を上げているのか速度も落ちる一方だ。
『チュドーン! ドドン!』
この爆発は近い! しかも連続している。
『誘爆、止まりません!』
『メイン火薬庫に引火を確認! もちません!』
もはや走行できる状態じゃなさそうだ。
右に左に蛇行しながら、右への傾きが止まらない。
『ドガッドガーン!』
一段と大きな爆発音がして、俺達の居る艦橋は吹き飛ばされてしまった。
爆炎と黒煙で視界が塞がる。半面、急に明るくなった。
「うわあああ!」
激しく放り出される感覚。誘爆の音を聞きながら激闘の終わりを予感する。
そして、ミルクの移動要塞は大破した。




