74 目標、スパルタ
シンギュラリティ。
なんかヤバいことが起こりつつあることは分かる。
ただ、それが俺達の転移や、このゲームの危機にどれぐらい関係があるかは未知数だ。
PPMとデッシュの議論についていけない師匠は半ば上の空。
ビッチはつまらなさそうに髪を弄っている。
ミルクは半分目が閉じている。
何ともいえない空気を察したPPMが議論を止めて提案する。
「どうだろう。次の予定が決まって無いなら『ガラクタ谷』に行ってみたらどうかな?」
「ガラクタ谷? 変な名前だな。で、そこに何かあんのか?」
PPMが頷く。
「うん。ガラクタ谷で異変が起きてるらしいんだ。データ量の激増と何か関係があるかもしれない」
「なんでデータ量とそのナントカ谷が関係するんだ?」
俺の質問にPPMが真顔で答える。
「ガラクタ谷はこのゲームで廃棄されるデータが通る道なんだ」
言っている意味が良く分からない。
「ん? データって単に消えて無くなるだけなんじゃないか?」
「いや、このゲームでは捨てられたデータをプールしておいて順番に消去してるんだ」
「捨てられたデータをねえ……何のために?」
「要らないデータでも誰かが必要とするかもしれないだろう? だから消去予定のデータを可視化して、リサイクルの機会を与えているんだよ」
なるほど。だから『ガラクタ谷』なのか。
「理解した。で、そのガラクタ谷でデータが溢れ返っているんだな?」
「そういうこと。だからガラクタ拾いで生計を立ててる人達の話を聞いてみるといい」
「そんな奴がいるのかよ」
「ああ。どんなデータが急増したのかを調べれば何か発見があるかもしれない」
確かにデータ量が急増した原因が分からないことには運営会社も手の打ちようが無い。
「分かった。行って調べてみた方がいいようだな」
「うん。それに、あそこには僕が知ってる転移者が居るんだ」
その言葉に師匠が反応する。
「転移者ですって!?」
「ああ。君達以外で僕が知り得る転移者は彼だけだね」
「どんな人なの? いつから転移したの? 何か情報は持ってないの?」
師匠の矢継ぎ早の質問にPPMが困ったような顔をする。
「い、いや、それは本人に聞いて貰わないと。僕も長く話したわけじゃないし」
「分かったわ。行きましょ! そこに」
師匠に言われるまでもなく俺もその必要性を感じていた。
「だな。会っておいた方がいいだろうな」
もしかしたら病院に収容されているもう一人の正体不明の人間がそいつかもしれない。
そこでPPMが言いにくそうに口を開く。
「ただ、遠回りした方がいいね。ここから最短で行くとなるとスパルタの領土にぶつかっちゃうから」
「スパルタって、ここを侵略しようとしてた奴等か?」
「うん。注意した方がいい。彼等は国だから。こことは規模がまるで違う。本格的な国家だよ」
「国家でしゅか? ゲームの中なのに?」
「そうだよ。スパルタの国力は脅威だ。なにしろ、何千人という人達が集まってガッツリ国を運営してるからね。税金もあるし、軍隊や産業も整備されてる」
「俺達が戦ったのはやっぱり軍隊か。モンスターも大量に飼ってるとか言ってたな」
「規模が違うからね。個人ではできないことを国策としてやってるわけだから。モンスターの育成ひとつとってもケタが違うよ」
確かに、あのゴーレム軍団はひとりやふたりで作れるものじゃない。
メロスが忌々しそうに言う。
「奴等、侵略も得意ッス。そのために軍事力に極振りしてるッス」
PPMがメロスの言葉を補足する。
「ゲームの中だから医療とか社会福祉とかにお金をかけなくてすむからね。税収を軍事と産業に集中させることで国力を高めているんだよ」
師匠が怖い顔をする。
「許せないわ。それで周りの町を侵略しようとしてるのね」
「やり方が汚いでしゅ。ダムを破壊しゅるとか外道でしゅよ」
デッシュがテーブルをドンと叩いて憤る。
「ボクチンが居たから何とかなったでしゅが」
嘘こけ! 間違ってハーフ&ハーフで引き金を引いたのはどこのどいつだ!
そこで眠そうにしていたミルクが突然「ムィィ!」と立ち上がる。
「なんだミルク。寝てたんじゃないのか?」
「ムィ、プフゥ、ムィムィ、マミュゥ!」
珍しくミルクが長く喋った。けど、何を言ってるか分からない。
ミルクの言葉が分かるのはビッチとデッシュだけだ。
「そだネ。ミルクちゃんはネ。二度と侵略なんてできないように報復するべきだってサ」
師匠も同意する。
「そうね。お仕置きが必要だわ。どのみち通り道だし、先にそっちを片付けましょ」
メロスが顔を引きつらせる。
「いや、いくら兄貴達でも、さすがに無理ッス」
PPMも困惑する。
「いやいや、相手は国家だよ? そこまで無理しなくても我々は自衛するから……」
だが、昨夜の侵攻を俺達が撃退してしまったせいで、奴等を本気にさせてしまったかもしれない。
「大丈夫かよ。奴等、もっと本格的に攻めてくるかもしれないぜ?」
そこでミルクが「ニヒィィ」と、幼女らしからぬ邪悪な笑みを浮かべた。
「え? ビッチ、ミルクはなんだって?」
「ウン。考えがあるんだって。ちょうど良い機会だってサ」
「丁度良い? 何がだ?」
「サア、それは分かンない」
いつになくミルクがやる気を出しているので変な感じだが、次の目標は出来た。
* * *
当面の目的地はスパルタ国。ガラクタ谷に向かう途中にある。
場所は川崎国から南に進んだところにあるという。
PPMは移動手段に飛竜を提供すると申し出てくれたが、丁寧に断った。
どうしても陸路でないと駄目だとミルクが言い張ったからだ。
なので、いつものユニコーン馬車で川崎国を出発した。
呑気に進む馬車に揺られながら考えた。
「なあ、ミルク。なんで馬車で行くんだ? 飛竜の方が早いだろ?」
「ムィィ」
ミルクは手綱を握りながら首を振る。
「分かんねえな。とっととスパルタをやっつけて、ガラクタ谷に行かねえと」
師匠が「まあ、いいじゃない」と、微笑む。
「今までこうやって、のんびり旅してきたじゃない」
「師匠が言うならいいけどさ。まあ、スパルタの方はギガフレア連発で片付くだろうし」
「ムィムィプーッ!」
またミルクが反応した。
「ビッチ、ミルクはなんだって?」
「そだネ。これは私の戦争だ、余計なことはしないでくれってサ」
「戦争? なんか張り切ってんなぁ」
川崎を離れ、南へ向かう山道を登る。
途中で振り返ると地形が変わっていた。
「あ……湖ができてら」
川崎国の手前に、まん丸な湖がある。
ギガフレアで出来たクレーターにダムの水が流れ込んで湖になったのだ。
改めて、ぶっ壊れ魔法の威力を実感させられた。
* * *
昼前には川崎を出たのだが、山を一つ越え、草原を抜ける頃には日が暮れかけていた。
周囲の景色と地図を見比べて師匠が何かに気付く。
「あら? ミルクちゃん。方向合ってる?」
「プゥヒィ」
ビッチが寝てるので代わりにデッシュが通訳する。
「合ってるそうでしゅ。ひょっとして寄り道でしゅか?」
「ムィルゥ」
「待ち合わせしてるらしいでしゅ。で、誰とでしゅか?」
「ムンゥ、ペフュゥ」
「へけ? 注文の品を受け取るでしゅって?」
2人の会話を聞いて師匠と顔を見合わせる。
「ミルクの奴、何考えてんだ?」
「さあ? 私にも分からないわ」
いよいよ日が暮れようとした時だった。
左手に城のようなものが、ぽつんと荒野に建っているのが目に入った。
ここからだと逆光で、夕日を背景にした城は黒く見える。
形からすると中世の城塞に似ている。
「こんな所に城? 誰か住んでんのかな?」
不思議に思っていると、城のシルエットが形を変えた。
師匠もそれに気付いたようで目を丸くする。
「あら!? 何か今、動かなかった?」
形が変わったのではなく方向を変えたというのが正しい。
「う、動いてるだと!?」
その城のような建物は、明らかに移動していた。
「プヒィ♪」
ミルクはご機嫌な様子で方向転換すると、城に向かって馬車を走らせた。
「ちょ、ミルク! 突っ込む気か!?」
馬車のスピードが上がった。城もこちらに向かってきているように見える。
師匠が慌てる。
「ちょっと! ミルクちゃん!」
「あばばば、このままだと正面衝突でしゅ!」
「いや、ペシャンコにされるだろ!」
接近するにつれ、城の発する『ゴゴゴゴ』という轟音が大きくなる。
見る間にその大きさが伝わってくる。
「まんま、城じゃん!」
荷台が揺れる。さすがにビッチが目を覚ます。
「ン? なあに? うるさいなァ」
寝ぼけ眼で城を見たビッチが絶叫する。
「ギャアア! 何アレ!?」
「だめだ!」
ぶつかる覚悟が必要な距離まで接近したところで城が突如、止まった。
ミルクも馬車を止める。
「ムフィ」
ビッチが首を捻る。
「エ? 着いたってドコに?」
訳が分からないまま馬車を降りる。
改めて城を見上げる。
動く城。キャタピラのような物の上に土台が乗っている。
なんだろう。城っぽくはあるが、戦艦の艦橋といった方がしっくりくる。
しばらく城を見上げていると、見覚えのある人間が現れた。
「まいどあり! ご注文の品や!」
どこかで見たことがあると思ったら……。
「ミカポンの兄貴じゃねえか!」
九龍城で露天商をしていたミカポンの兄貴が何でここに?
戸惑う俺達をよそに「フミィ」と、ミルクがニッコリ。
師匠が尋ねる。
「ご注文の品って言ったわよね? これをミルクちゃんが注文したの?」
「せや。特注の移動城塞やで」
「特注って、ミルク、こんなもん頼んだのか?」
「ウィィ」
「ワイは商売人やからな。注文があれば何でも調達してくるで」
「しっかし、クラフトするのも大変だろ、こんなもの。幾らぐらいしたんだ?」
俺の質問に露天商が答える。
「せやな。現実世界で換算すると500万ぐらいやな」
「ぼったくりじゃねえか!」
「ちゃうちゃう! 素材だけでも相当かかったんやで! それにプロのクラフト屋8人に突貫工事で制作してもろたんや。それぐらいかかって当然や」
移動城塞はここから見上げただけでも、かなりの数の砲台を積んでいる。
「ひょっとしてミルク、これでスパルタと戦うつもりなのか?」
「ウニィ」
「何だよ。これを試したいだけじゃねえか」
だからギガフレアは要らないというのか。
露天商が説明する。
「乗組員のNPCも配置済みや。あとは司令室で指示するだけやで。艦長はお嬢ちゃんやね」
ミルクが「プゥ!」と、敬礼する。
随分と張り切っている。まるで、お遊戯会に臨む主役の子みたいだ。
「そいで、これはサービスや」
そう言って露天商が、艦長が被るような帽子をミルクの頭にのっけた。
「プミィ♪」
ミルクのテンションがさらに上がる。
そこでビッチがミルクに尋ねる。
「ネ? 名前はつけないの?」
「ウニィ?」
「エ? 何がいいかって? そだネ……」
師匠がハイと手を挙げて提案する。
「とんでもない大きさだから『超ビッグ戦車』とか『メガトン移動要塞』とか?」
「ブミィィ」と、ミルクが首を振る。どうやら気に入らないらしい。
対抗してビッチが手を挙げる。
「ハイ! じゃあネ、可愛く『プリティ・ビッグモンスター』なんてどう?」
「ブミィィ」と、ミルクが渋い顔。どうもしっくりこないようだ。
そこでデッシュがしゃしゃり出る。
「あんたシャン達はセンスないでしゅねぇ。しょうが無いでしゅ。ボキャブラリーの足りない女どもに代わってボクチンがピッタリな名前を考えるでしゅ」
そう言ってデッシュは胸を張る。
「そうでしゅね……『ギルガメッシュ・ナイトメア』なんてどうでしゅか?」
「フニィィ!」と、ミルクは力強く首を振る。
「却下だってサ」
ミルクの判定はNOだ。
悔しがるデッシュを横目に、何気なしに思いついたことを口にする。
「ミルクの物だから……いちごミルク、なんてな」
それを聞いて「フニュッ!?」と、ミルクの目が輝く。
「え? そんなのでいいのか? じゃあ、威力の『威』に大地の『血』。それと強豪の『豪』でいちごって書くのはどうだ?」
「フミィ! プミィ♪」
ミルクが手を叩いて飛び跳ねる。
まるで、お目当てのおもちゃを買ってもらった幼女のようなはしゃぎっぷりだ。
ビッチがゲンナリする。
「威血豪ミルクって……暴走族みたいだネ」
確かに自分で提案しておいてなんだが、漢字で書いてしまうと物騒なネーミングだ。
ミルクが右手を高く掲げて「ムィィフ!」と、号令をかける。
それを見てデッシュが驚く。
「あばばば、ミルクしゃん、本気でしゅね!」
「デッシュ、ミルクはなんて?」
「全力で殴り込むって宣言したでしゅ」
「この城塞でか? 大丈夫かねえ」
大砲などの火器はだいぶ積み込んでいるようだが、敵国にこれで突っ込むのはどうなんだろ?
なんだか、ガチンコの撃ち合いになりそうな予感……。




