73 川崎防衛戦⑥ シンギュラリティ
ビッチのギガフレアなら、その膨大なエネルギーで水を蒸発させることができると思った。
なのに、ビッチは駄目だという。
「何でだ? 良いアイデアだと思ったんだけどな」
ビッチが答える。
「ダム湖にギガフレアを撃ち込むのはまずいヨ。水蒸気爆発が起きちゃうからネ」
「水蒸気爆発だと?」
そこで師匠お得意の聞き間違い。
「水曜日は草津?」
珍しくビッチの珍フォローがない。
「違うヨ。水蒸気の爆発だヨ」
ビッチによると高熱の物体を水に浸けると急激に水蒸気が発生して大爆発を起こすそうだ。
「マジかよ。それでダムが吹き飛んでしまうってことか……」
だが、待てよ? ビッチのギガフレアは地形すら変えてしまう。
ゴーレム軍団を殲滅したアレも結構な威力だった。
「ビッチ。さっきゴーレム軍団に放ったギガフレアなんだけどさ」
「ン? なあに? ちゃんと手加減したヨ?」
「あれで手加減かよ……まあ、いいや。コントロールできるようになったんだよな?」
「ギガフレアを? そうだヨ」
「お前さ、ゴーレム軍団を足止めした時みたいに一カ所にエネルギーを留めておけるか?」
「できるヨ。たぶんネ」
「全力パワーでも固定できるか?」
「ウン。今ならできるヨ」
「よし。じゃあ、飛竜に乗るぞ。俺に考えがある」
師匠が不思議そうに言う。
「飛竜に乗ってどこ行くの? 考えってなに?」
「まあ、師匠達はここで待機しててくれ。俺はビッチと飛竜で下流に向かう。そんで、適当な場所を見つけて、ギガフレアで地面に穴をあける」
師匠が驚く。
「ギガフレアで穴を?」
「ああ。たぶん、全力のギガフレアなら、でっかいクレーターが出来るはずだ」
ゴーレム軍団を倒した時のギアフレアはプラズマの玉みたいに見えた。
あれで大地に大穴を開ければ、ダムから溢れ出た水の受け皿になる。
「行くぞビッチ。どこに穴を開けるか上空から探るぞ」
そして2人で飛竜に乗る。
俺が飛竜を操縦して、ビッチは後ろで魔法に集中してもらうことにした。
「行くぞ!」
と、その時、ダムから漏れる水の勢いが増した。
メロスが慌てる。
「わわ、まずいッス! 穴が拡がったッス!」
しかし、デッシュは慌てない。
「大丈夫でしゅよ。効果が切れただけでしゅ。また、じゅちゅをかければ問題ないでしゅよ」
デッシュは余裕がありそうな様子でダムに向かって手を伸ばす。
「アンタしゃん達は焦りすぎでしゅよ。では……むむ。ハーフ&ハーフのじゅちゅう!」
そして『ポポフン!』と、術が発動した。
次の瞬間、ダムが消失した。
支えを失った湖の水が上の方から崩れて前のめりに倒れる。
それがビッグウェーブになって落下し、地面に激しく打ち付ける。
「あばばば! 間違えたでしゅ!」
そこで皆が気付いた。
デッシュはダムに開いた穴ではなく、ダムの高さを四分の一にしてしまったのだ。
「バカ、デッシュ! 何やってんだ!」
急いで飛竜を上昇させ、川崎国に向かって全速で飛ぶ。
振り返ると大量の水が木々をなぎ倒し、猛烈な水流となって流れ出るのが目に入った。
「くそ! 場所を選んでる時間がねえ!」
水は濁流となって扇状に拡がりながら川崎国に向かっている。
「ビッチ! 行けるか?」
「OKだヨ!」
「思い切りぶっ放せ! そうだな。あの辺りを狙え!」
水流の先頭と川崎国の中間地点を目標にビッチが狙いを定める。
「いっくヨォ! 最大、全力のォ……超ギガフレア改!」
『ズォッ!』
反動でぶわっと浮いた。
眩い光に包まれて、それが前方に向かって収束していく。
集まった閃光は、徐々に球体の形になっていく。
やがてそれは巨大な火の玉となって大地に根付く。
『ズズズォォ!』
白い灼熱の玉は一カ所に留まっている。
その周囲では王冠のように爆発が起こり、跳ね上げた物体を飲み込んで溶かしている。
夜だというのに昼間のように明るい。いや、それより何倍も明るい。
まるで大量のフラッシュを浴び続けているように目を開けたままでいられない。
『ズズズォッ! ガガガガガ!』
火の玉と大地の壮絶な押し合いが続く。
もの凄い熱気がここまで届く。怯えた飛竜を宥めながら熱風の突進に耐える。
まるで上昇気流が真横に向かっているみたいに大気の流れが無茶苦茶だ。
そんな状態がどれぐらい続いただろうか。
少しずつ火球の勢いが弱まり、急速に萎んでいった。
それに併せて周囲の眩さが失われ、闇の領域が息を吹き返してきた。
「す……すげえ……」
爆煙が凄すぎて、どういう状態になったか視認できない。
爆発地点に向かって飛竜を飛ばす。
振り返ってビッチの様子を見る。
「ビッチ、大丈夫か?」
するとビッチはケロっとした顔で頷く。
「ウン。大丈夫。ストレス発散になったヨ」
「……マジかよ」
こんなド派手な魔法でストレス発散とか……。
キノコ雲の足元にオレンジ色の円形が見えた。黒い大地に突如出現した大穴。
溶岩のようなオレンジ色に染まっているのは、まだ大量の熱エネルギーがこもっているのだろう。
そこに水の大群が押し寄せてきた。
圧倒的な物量で森を蹂躙し、大地を舐め回していた濁流が次から次へと大穴に吸い込まれていく。
水が触れた箇所では絶えず水蒸気爆発が発生する。
やがて水と高熱のせめぎ合いが均衡し、穴の色はオレンジから黒へ変化していった。
「なんとか間に合ったみたいだな」
川崎国に向かっていた濁流は大穴に飲み込まれて、その進軍を止めた。
ダムから流れ出た水は勢いを失い、後続は続かなかった。
「ビッチ、グッドジョブだったな」
だが、俺の言葉に返事はない。
「ビッチ?」
もう一度、声を掛けてみる。
振り返るとビッチと目が合った。
するとビッチは「まあネ」とだけ言って小さく笑った。
そして、ぎゅっと俺の腰に手を回してきた。
とりあえず、何とかなったな。
川崎国の防衛も、ビッチとの仲直りも……。
* * *
夜が明けて、俺達はメロス達の案内で国王の邸宅に招かれた。
国王の家は公民館のようなシンプルな二階建てだった。
内部も至って質素だ。
流石に応接室は、壁床が上品なこげ茶色の木目の造りになっていて、ソファやテーブルも高級そうなものが使われている。
王宮のようなものを想像していた俺が「なんか、市役所みたいだよな」と、感想を口にする。
すると、メロスが「そうッスよ」と、軽い感じで答えた。
「え? 役所なのか? ここ」
「そうッス。役所というか、この国の中枢ッス。2階の会議室で政治とかやってるッス」
「会議室で政治かよ……」
そこに国王が入室してきた。
メロスとライオン丸が慌てて立ち上がる。
「PPMさん、お疲れッス!」
国王のPPMという人物は、いたって平凡な男だった。
Tシャツにジーンズ。顔の造形も美形とは程遠い。40歳前後の中年というルックスだ。
髪は短めで黒縁の眼鏡をかけている。
ただ、現実世界に忠実すぎる見た目は、このファンタジー世界では異端に映る。
PPMは部屋に入って来るなり握手を求めてきた。
「ありがとう! 川崎を代表してお礼を言うよ。本当にありがとう!」
彼は俺の手を両手で包み込み、目を潤ませた。
「え、まあ……」
泣くほどのことか?
俺がリアクションに困っているとPPMは、微笑と切なさが混じったような表情で言う。
「洪水を食い止めてくれてありがとう。町が流されるところは二度と見たくないから……」
それを聞いて師匠が気付く。
「あ、それってもしかして、地震の津波……」
PPMが頷く。
「うん。実家があったんだ。あの日の光景は一生忘れないよ」
師匠が俯き加減に言う。
「そう……やっぱり」
PPMは俺達に向かい合う形でソファに腰掛ける。そして頭を掻く。
「国王らしくないでしょ? こんな格好で申し訳ない」
ビッチが思っていることを口にする。
「思ってたのと違うネ。王冠も被ってないし、普通のおじさんだし」
直立不動のメロスが小声で口を挟む。
「姉さん。それ、失礼ッス」
それをPPMが制する。
「いいんだよ。ゲームなのに何でこんなキャラにしてるか、誰だって不思議に思うだろうからね」
デッシュが尋ねる。
「ひょっとして、リアルの自分をそのままキャラにしてるんじゃないでしゅか?」
「うん。実はそうなんだ」
「分からないでしゅねぇ。なんでデフォルメしないでしゅか。ボクチンみたいに男前にすればいいのに」
「ははは。普通はそうするよね」
デッシュは師匠達を指差して続ける。
「ここの女どもはみんな整形してるでしゅよ。たぶん、リアルはもっと不細工……」
『バリバリッ!』「ふぎっ!」
デッシュの言葉を雷が遮った。
しかし、俺もデッシュと同じ感想をもった。
「何か意味があるんじゃないか? なぜ現実世界の自分をゲーム内に持ち込む?」
PPMが「ごもっとも」と、話し出す。
「僕は株のデイトレードで生計を立てているんだけど、現実世界では引きこもりでね。仕事以外の時間は、ほとんどこっちで過ごしている。完全な二重生活だね」
その言葉でゲーム廃人という単語を連想した。
VRMMOは没入性が高い。
のめり込んでしまうと何時間も連続でプレイしてしまうし、重度の中毒ユーザーの中には、現実世界とゲームの感覚が逆転してしまうことがあるともいう。
PPMはじっと俺達を見て言う。
「だから君達がうらやましいよ」
師匠が俺の顔を見て首を竦める。
「うらやましいなんて……」
PPMがほほ笑む。
「転移、だよね。君達はみんな。教えて欲しいよ。どうすれば転移できるのか」
「そう言われても俺達にも分からない。デバイスと体質の関係だとか、副交感神経がなんとか……」
そこで師匠が変な顔をして聞き間違える。
「服交換しねえか?」
「違うヨ。副交感神経だヨ」
ビッチが珍フォローではなく師匠の聞き間違いをまっとうに訂正する。
「まあ、転移の原因として確定じゃないけどな。今のところ運営はそういう分析をしてる」
そして俺の口から、これまで分かったことを、ひととり説明した。
ただ、ダークマターの本体が死亡していたことだけは伏せておいた。
それは師匠達がショックを受けるかもしれないのでオッサンと俺だけの秘密だ。
俺の話を聞いているうちにPPMの表情が徐々に硬くなった。
「どうかしたか?」
PPMが眉間に皺を寄せる。
「いや。やはり情報は正しかったんだな。仕事柄、企業の情報には詳しいつもりなんだけど、あの会社、そういう状況なんだね。まずいな……」
「ああ。このままだと倒産するかもってさ」
「分かった。できる限り資金援助することにする。このゲームが落ちるのだけは避けないと」
PPMはそういうがデッシュが心配そうな顔をする。
「大丈夫でしゅか? ちょっとぐらいアンタしゃんがお金を出したところで焼け石に水でしゅよ?」
「そうだね。とりあえず30億ぐらいは出そうかと思う」
「さ、30億!? マジかよ!」
驚いた。どこからそんな金が出るんだ?
そこでメロスがドヤ顔で説明する。
「PPMさんは伝説のトレーダーッスよ? 総資産だけで200億以上は堅いッス」
PPMは「いやいや」と手を振りながらも否定はしない。
「マジかよ……とんでもねえな。けど、それは助かる」
師匠も金額に圧倒されながら頷く。
「すごい金額ね。それでこのゲームが維持されるなら、ありがたいことだわ」
PPMは涼しい顔で言う。
「その程度の出資で危機が回避できるなら安いもんさ。データ量が激増している問題はハードの増設で対応できると思う。ただ……他にも問題は山積だねえ」
彼は他の問題についても指摘する。
「おかしなNPCが多数出現しているという報告は最近よく見かけるね。それから、他の会社のゲームと繋がっているかもしれないっていうのも気になるね」
「ああ、それは師匠の説だけどな」
ルサや流星アキラが他のゲームのキャラではないかという疑惑。俺は半信半疑だが……。
PPMがしばらく考える素振りを見せてから呟く。
「シンギュラリティ……」
「なんだそれ?」
俺の質問にデッシュが答える。
「技術的特異点でしゅ。AIが人間の知能を超える時点でしゅね」
AIが人間の知能を超えるだって?
「マジかよ!? そんなことが起こりつつあるってのか?」
「どうでしゅかね。2045年頃という説が有力でしゅが」
PPMが頷く。
「そうだね。でも、もしかしたら、もう始まってるのかもしれない。ひっそりと」
「そうでしゅね。そういう変化は小さすぎて誰にも気付かれないんでしゅよ。シンギュラリティも世界のどこかでポッと発生してもおかしくないでしゅ」
「僕もそう思う。後になって気付くことはあっても、リアルタイムでそれが発生していることは誰にも把握できない」
「これはボクチンの想像でしゅが、たぶん、シンギュラリティはネットワークの中で発生するんじゃないかと」
「同感だね。特定のAIが突然変異的に進化するというよりは、AI間のネットワークの中で形成された共通意思というか意識の共有みたいな状態で芽生えるような気がしてならない」
デッシュとPPMが難しい話をしている。
全部理解したわけではないが、少なくともAIの暴走とか、ゲームの共鳴とか、このゲーム内で起きている現象に繋がる可能性があることは分かった。
そして、俺達が転移した原因にも……。




