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72 川崎防衛戦⑤ ダムを守れ!

 このダムが決壊したら下流の川崎国には甚大な被害が出るに違いない。

 すでに避難を始めているとはいえ、洪水に飲み込まれた人達は無事では済まないだろう。

 そして何より、数々のアミューズメント施設が破壊されてしまう。


 デッシュのポケットに収まった俺達は上空からダムの全景を見下ろす。

 師匠がため息をつく。

「……本当に大きいわねぇ」

 ただでさえ巨大な物体なのに、ハーフ&ハーフの術でフィギュアサイズになった俺達からすると、それは異次元の大きさに見える。


「こんな巨大な物をどういう方法で破壊するつもりなのかしら?」

「爆弾だってよ。敵の指揮官に吐かせた」

「え? どうやって?」

「デッシュが身を張って聞き出した。顔面をベトベトにされながら」


 この飛竜の持ち主である敵の指揮官にデッシュが幻術をかけて、スパルタの作戦を聞き出したのだが、詳細までは師匠に話していなかった。


 師匠が改めてダムを観察しながら言う。

「これだけの大きさよ。爆弾は1個や2個じゃないかも?」

「そうかもな」


 ダムはコンクリのような頑丈な素材で作られている。それを壊すとなると大変だ。

 ビッチのぶっ壊れ魔法なら一撃かもしれないが、普通のプレイヤーには簡単にいかないだろう。

 ということは、師匠の言う通りに、幾つも爆弾を仕掛けていると思われる。


「師匠、あそこ!」

 ダムの上に等間隔で並ぶ明かりが目に入った。

 よく見ると、それは松明《たいまつ》のようで、明かりと明かりの間には人の姿がある。

 フードのようなものを被った集団が配置されているようだ。


 師匠が顔を顰める。

「何やってるのかしら?」

「ダムの水位を上げるために水を足しているんじゃないか」

 限界までダムを満タンにしてから崩壊させるんだろう。その方が破壊力がある。


 よく見るとフードの連中は、それぞれダム湖に向かってロッドを突き出している。

 そしてそこから水のような物を放出している。

「あれは水魔法ね。30人ぐらい居るわ」

 ダムの上部は反対側の山に続く一本道になっている。

 そこに魔法使いが一列になって、せっせと水を足す作業をしているようだ。


 その時、下の方から矢のようなものが『ヒュンヒュン』と幾つか飛んできた。

 そのうちの一発が飛竜の羽を掠めた。

『ギャワゥ!』


 飛竜の悲鳴にビッチが慌てて手綱を引く。

「イヤン! 大丈夫? ピープ君!」

 ピープ君? いつの間に名前をつけた? しかも妙な名前を……警察のマスコットかよ。


 ビッチが飛竜の体勢を整えようとする間にも、弓による攻撃は続いた。

 矢の直撃は無いが、うかつに近寄れない。


 ビッチが怒りをあらわにする。

「よくもピープ君を傷つけたナ! 許さないヨ!」

 そう言ってビッチがロッドを振る。

「怒りのサンダトス!」


『パリッ!』と、下方向に小さな雷が生じた。

 それが力を溜めるように一寸、小さくなり、次の瞬間に盛大に拡がった。

『バリバリバリ、ズドン!』


「ぎゃっ!」「ぐぎゃ!」「ぬわっ!」

 既にだいぶ高度を下げていたので敵の悲鳴がはっきり聞こえてきた。

 何人いたか分からないが、たぶん弓を撃ってきた連中だ。

 けど、今の魔法でパタリと弓の攻撃が止んだ。


 弓の対空攻撃で邪魔してきた敵をビッチの魔法で一掃し、そこに飛竜がさっそうと着地する。


 ビッチがひらりと飛竜の背中から飛び降り、『スタッ』と、軽やかに着地した。

 デッシュは飛竜の背から転がり落ち、『べちょ』と、地面に叩きつけられた。


 デッシュが着地に失敗したせいで、デッシュのポケットに入っていた俺達もあおりをくった。

 みんな、ポケットから放り出されて地面に転がされる。


「あちち……デッシュの奴、どんくさいな!」

「ムィィ」と、ミルクは頭を下にしてメロスとライオン丸をクッションにしている。

 下敷きにされたメロス達は死にそうな顔だ。


 師匠はお尻をさすりながら起き上がる。

「痛いわねぇ。まだ身体のサイズも戻らないみたいだし……」

 デッシュの術はいつ効果が切れるか分からない。その時々によって持続時間が異なる。

 いい加減なところは使い手のデッシュに似たらしい。


 飛竜で着地した地点からダム上部の一本道に向かう。

 俺達は身体のサイズが小さいので全力で走らないとビッチとデッシュに置いて行かれてしまう。


 しばらく走ったところでガタイの良い兵士が3人、ビッチとデッシュの前に立ちはだかった。


 3人のうち、真ん中に立っている奴が怒鳴る。

「何者だ! ここから先は通さんぞ!」

 胸にバッジを沢山つけているところを見ると、そいつがリーダーのようだ。


 ビッチとデッシュがそれに対峙する。

「ソコ、どいてヨ!」 

 敵のリーダーは、ビッチをねっとり観察しながら薄ら笑いを浮かべる。

「ここは我々スパルタ軍が占拠している。お前みたいな娼婦《しょうふ》が何しに来た?」

「ハ? 誰が丈夫《じょうぶ》だって? そりゃ健康だけどネ」

 ビッチの奴、さり気なく聞き違いしてやがる……。


 そこでビッチの後ろに隠れていたデッシュが珍しく前に出る。

「へへん。一度、やってみたかったでしゅよ」

 そう言ってデッシュが深呼吸する。そしてリーダーを指差しながら啖呵を切る。

「あんたしゃん達の悪だくみは、ブルっとお見通しでしゅ!」


 デッシュは格好つけたつもりだ。が、敵も味方もぽかんとしている。

 しらけた空気にデッシュが狼狽《ろうばい》する。

「あばば、間違えたでしゅ。「ブルっと」じゃなくて「ヌルッと」でしゅた」


 いや、そうじゃない。「ブルっと」でも「ヌルっと」でもどっちでもいい。

 問題は、お前みたいなビビりのチンチクリンが言う台詞ではないから皆、固まっているんだ……。


『ポ、ポ、ポフン!』

 そこでデッシュのハーフ&ハーフが一斉に解けた。


 俺や師匠達が普通サイズの身体に戻ったのを見て敵が警戒する。

「ぬぬっ! 仲間がいたか!」


 ビッチを先頭に俺、師匠、ミルクが続き、メロスとライオン丸が控える。

 いつものようにデッシュは最後尾で既に隠れようとしている。


 敵のリーダーが拳銃のようなものを腰から抜いて銃口をこちらに向ける。

「フン! その程度の戦力でここを奪還しに来たのか?」

 リーダーに続いて部下の兵士2人が剣を抜いて構える。


 ちょうどいいや。

「師匠。言うの忘れてたけど、俺、新しい技というかスキルをマスターしたんだ」

「え、そうなの? いつ?」

「ゴーレム軍団と戦ってるときに閃いた」

 ビッチがワクワクしたように言う。

「ア、それそれ。アタシもまだ見てないンだヨ」

 

 リーダーが訝《いぶか》る。

「ゴーレム軍団だと? 何を言っている?」

 情報が伝わっていないようなので教えてやる。

「お前等の北方面からのゴーレム部隊。全部、片付けたから」


 それを聞いてリーダーが動揺する。

「な!? 何を言っている! バカな! そんな報告は……」

「大事に育てたゴーレムだったのに。悪かったな」

「信じられるか! ガセに違いない! 惑わされるものか!」

「本当なんだなぁ、それが。キング・ゴーレムが4体、クリスタル・ゴーレムが百か二百?」


 リーダーと兵士達が信じられないというような顔を見せる。

 そして、ヤケクソ気味に宣戦布告する。

「ええい! 一網打尽にしてくれる! 覚悟しろ!」


 リーダー達までの距離は十メートルほど。新技を披露するにはもってこいだ。

「とりあえず、そこ。どいてもらえるかな?」


 剣を抜いて構える。手順をヴィジュアルでイメージ。息を軽く吸って止める。


「神速会心《しんそくかいしん》!」

 ぶわっ、と強烈な加速力が全身を包む。飛ぶように前へ押し出される感覚!


 一瞬、だった。

 止まった、と認識した時には終わっていた。


 振り返ると敵の3人組の背中があった。

 一呼吸おいて「ぐこっ!」と、リーダーが呻き、続いて「ゲッ?」「ガハッ!」と、兵士達が身体をビクつかせた。

 そして『9999』のダメージ表示を撒き散らして3人同時に絶命した。


 3人が立っていた場所のさらに奥、さっきまで俺が立っていた地点では師匠達が唖然としている。


 向こうにいる師匠達を呼ぶ。

「終わったよ~!」


 師匠達が駆け寄ってくる。

「凄いじゃない! まったく見えなかったわ」

「まあ、こんな感じだ」


 ビッチが目をキラキラさせる。

「スゴーい! スゴーい! カッコ良いジャン♪」

 デッシュはジト目で呟く。

「ま、まあまあでしゅね……」


 ミルクは「ほえぇ」と、感心している。

 メロスは「兄貴、ヤバすぎッス」と、顔が強張っている。

 ライオン丸は興奮して叫ぶ。

「うぉぉおお! 凄ぇ! 速えぇ! チーターみたいだぁ!」

 チーター? 動物の? 比較対象がなんで動物?


 師匠はニコニコしている。

「クロック・アップのスキルね。桁違いの効果だけど」

「そうか。これってクロック・アップなのか」

 ルサのスキルは時間の流れを遅くするもの。このスキルは自分が周りよりも速く動けるもの。

 似ているようで、仕組みは別物だ。


 デッシュが前方を指差す。

「しょんなことより、あいつ等を放っておいていいんでしゅか?」

 そうだった。水魔法でダムに水を注ぎこんでいる奴等を止めなくてはならない。

「そだネ。じゃあ、アタシの魔法で一気に……」

「ダメだろ! お前のぶっ壊れ魔法じゃ、ダムが壊れる!」


 一直線だからミルクのドローンでも……と考えた。

 ところが、ライオン丸が「うぉぉぉ!」と、先に突進してしまった。


 ライオン丸は一番手前に居た兵士を重量挙げみたいに担ぎ上げると、ポイ捨てするようにダム湖に投げ込んだ。

 そこにメロスも続く。騒ぎに気付いた敵兵や魔法使いがワラワラ集まってくる。

 あっという間に乱戦模様だ。


 ライオン丸の暴れっぷりを見ると、敵に対するヘイトが相当、貯まっていたんだろうと思う。

 メロスも欲求不満のヤンキーみたいに暴れまわる。


「やれやれ。血の気が多い奴等だな」

 それを師匠が聞き違い。

「地の毛が多い?」

 ビッチがデッシュの頭をチラ見しながら頷く。

「ウン。そこのハゲ坊主と違って毛がフサフサだネ」

「あばば! 失礼でしゅね! 名誉棄損でしゅ!」


 いつものやりとりはさて置き、メロス達は怒り心頭だろうから、しばらく好きにやらせよう。

 加勢するのはその後でいいか。

「まあ、いいじゃねえか。気が済むまでやらせてやろうぜ」

 それを聞いて師匠が同意する。

「そうね。少し待ちましょ」


 ライオン丸は熱い男だ。

「うぉおお! よくも俺達の故郷《ふるさと》を!」

 彼は泣きながら敵兵を投げ飛ばし、片っ端から噛みついた。


 メロスは、ああ見えて結構、機敏な動きをする。

「おらおらおらッス!」

 敵に囲まれながらも、それを巧みに回避してパンチとキックを繰り出している。

 まるでヤンキー同士の喧嘩だ。


 そんな微笑ましい光景を見守っていると、『ズン!』と、短い揺れが生じた。

 続いて『ズヲォッ!』と、ダム湖方面で巨大な白っぽい物体が下から突き上げる形で出現した。


 最初、それが何なのか分からなかった。

 が、水が飛んできたということは水柱だったのかもしれない。

「師匠、今のは……」

「爆発、よね? まさか……」

「奴等の爆弾かもしれない。水柱が上がったってことは水中に仕掛けてたのかもな」


 そこで『ゴゴゴゴ』と、低い地鳴りが足元から伝わってきた。

 そして、ダム湖とは反対側で『ブシャァア』と、水が流れ出るような音が聞こえてきた。

「まずい!」

 急いで反対側を確認する。


「やっぱりか! 水が漏れてる!」

 ダムの下流側は、ここから見ると切り立ったコンクリの壁に見える。

 が、その真ん中あたりで水が放出されている箇所が目に入った。

 それは、意図的な放水ではない。

 まるで、水風船に針をで刺した穴から水が飛び出してくるように見えた。


「あーあ。穴が開いちまったか。けど、あの程度なら大丈夫かな」

 俺が下を覗き込みながらそう言うと、ビッチが血相を変えて否定する。

「大丈夫じゃないヨ! 最初は小さな穴でも、水圧でどんどん拡がっちゃうンだヨ!」

「え? そうなのか。あんなショボイのが?」


「崩壊しちゃうヨ! ここに居ると巻き込まれちゃう」

 ビッチが慌てた様子で俺の手を引く。

 仕方が無いので師匠やミルクにも声を掛け、メロス達も引き上げさせて、山道まで戻る。


 ビッチは水が出ている箇所を見つめながら指を噛む。

「さっきより水の勢いが増してるヨ」

 師匠は苦虫を噛み潰したような表情で「間に合わなかったわ」と、呟く。


 ライオン丸は茫然とダムを眺めている。

 メロスが心配そうに尋ねる。

「兄貴、ダムはダメになるッスか?」

「ああ。ビッチが言う通りならな」

「マジッスか? そんな……俺達の川崎が……」


 そこでデッシュが「やれやれ、でしゅ」と、しゃしゃり出る。

「仕方がありまちぇん。ボクチンに任せるでしゅよ」

 そう前置きして、デッシュは袖を捲くり、両手を突き出して構えた。

「ハーフ&ハーフのじゅちゅ!」


 何をやってんだと思った矢先、ダムから出る放水の勢いが弱まった。

「ヘケケ、これがボクチンの実力でしゅ。メシアと呼んでいいでしゅよ。なんなら銅像を建てても構いまちぇん」

 そう言ってデッシュは胸を張るが、術の効果が切れたら意味がない。


「そんなの一時しのぎじゃねえか。お前、ずっとここで待機するのか?」

「あばばば、それは勘弁してくだちい。ひとりにしないで欲しいでしゅ」


 確かにデッシュをここに常駐させたとしても根本的な解決にはならない。

「さて……弱ったな」


 ふと、ビッチの横顔を見て思いついた。

「そうだ! ビッチのギガフレアで水を蒸発させればいいんじゃね?」

 ギガフレアの火力なら水そのものを減らすことが出来るはず。


 だが、ビッチが悲しそうな表情で首を振る。

「ダメだヨ……それは」


 なんでだ? いいアイデアだと思ったんだが?


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