70 川崎防衛戦③ 会心電撃
飛竜の乗り心地は正直、あまり良くなかった。
人が乗る用に鞍と手綱がついているものの、飛行中はかなり不安定だ。
羽ばたく度に伝わる振動とドラゴンの呼吸が相まって、しがみ付いているのがやっとだった。
目指す方角は北。飛竜は真っすぐに飛ぶ。
正面から強い風を受け、背中にビッチの温もりを感じながら国境の川を越える。
ビッチは俺の腰に腕を巻き付け、ぎゅっと胸を押し付けてくる。
二人きりになって、今更のように気まずさが俺達を無口にさせた。
遊園地でのやりとりが思い出される。
何か言ってくれればいいのに……。
背中越しに密着しながら、ビッチの胸の内をあれこれ考えた。
色んな思いが浮かんでは消えた。
どうしてビッチは自分から『エッチしよ』なんて言い出したのか?
あのまま流されていた方が良かったのか?
どういうフォローするのが正解だったのか?
これからどう接すればいい?
幾ら考えても、しっくりくる答えなんて浮かばなかった。
夜空から見下ろす広大な森林地帯は、不気味なまでに静かだ。
太陽の下ではあんなに鮮やかだった緑が、まったく別物に成り果てている。
月明りを帯びた森の上っ面は、緑の濃淡を無数に纏った巨大な一枚布のように見える。
やがて前方に黄緑色の箇所が存在するのを発見した。
はじめそれは色が違うだけかと思われた。
しかし、接近するにつれ、その場所に光源があるように見えてきた。
さらに注視する。
「あれは……」
やはり森の中に明かりがある!
それはひとつの強い光ではない。幾つもの光源が丸く集まって、ほのかに光っているようだ。
もう少し近付いたところで、ようやく明るい円が4つ、等間隔で並んでいるのが目に入った。
ここからではそれが何かは判明しない。
だが、木々が折れるような音を風が運んでくる。
「もしかして、あれじゃねえか?」
「ン? どれどれ?」
ビッチが俺の肩越しに前方を見ようとした。髪が流れて頬をくすぐる。
「あの光、クリスタル・ゴーレムじゃないか?」
ちゃんと予習していたから分かる。
クリスタル・ゴーレムはゴーレムの亜種で、その身体は岩でなくクリスタルで構成されている。
その分、半透明のボディは堅く、暗い所では夜光虫のように発光する。
「ホントだ。師匠が言ってた通りだネ」
「ああ。けど、光ってるのは内臓なんだってな。気持ち悪い」
「アレ? でも明るいトコが4か所あるヨ?」
「マズいな。4つに部隊を分けていやがる」
それは想定していなかった。ターゲットが分散するとなると攻め方を考えなくてはならない。
個別撃破は難しくないだろう。だが、隣の部隊までの距離がある。
もたもたしてると川崎国への到達を許してしまう。
ビッチと二手に分かれてもいいが……。
「ビッチ、クリスタル・ゴーレムの弱点属性は雷だったよな?」
「ウン。そうだヨ」
「よし。じゃあ、雷魔法をチャージしてくれ」
俺は新品の魔法剣を抜いた。
「オッケ~」と、ビッチが人差し指を剣の鞘に当てる。そして『パリパリ』っと電気を流し込んだ。
見た目に大した変化は無い。
が、鞘に施された7つの水晶が左から順番に黄色に変化した。
「うおっ! ぶるっときた」
ゲージが満タンになると柄が振動する仕組みらしい。
魔法剣の準備はできた。
「ビッチ、ドラゴンを頼む。俺が飛び降りて片付けてくる」
「エ!? アタシ? む、無理、ドラゴンなんて操縦できないヨ!」
「やり方はミルクに聞いただろ。なんとか慣れろ。で、ひとつ片づけたら俺を拾ってくれ。それで次の部隊のところまで移動する」
移動の時間を節約する作戦だ。
飛竜の頭を押さえて高度を徐々に下げながら、ひとつ目のサークルに接近する。
ここまで来ると、ゴーレムが木々を押し倒しながら進軍するのがはっきり見える。
先頭の巨大なゴーレムが道を拓き、青白く発光する数十体のゴーレムがそれに続く。
『メキメキバリバリ』という音もはっきり聞き取れる。
さらに高度を下げ、ギリギリまで接近する。
「ビッチ! 後は頼んだ!」
ゴーレムの群れとすれ違いざまに飛び降りる!
敵の真ん中に向かって落下する。
「うぅぉぉぉ!」
慣性で落下地点が狙ったところから少し外れた。が、構わない。
上空から突っ込みながら、ゴーレム軍団のど真ん中にぶち込む!
「会心連撃!」
『ズバズバズバ、バリバリッ!』
剣先から雷のエフェクトが生じた。
最初に斬りつけた1体だけでなく、その周辺のゴーレムが雷に巻き込まれた。
直接斬ったゴーレムに『9999』の物理ダメージと『9999』の魔法ダメージが入る。
さらに半径十数メートル内のゴーレム全部に魔法ダメージが表示される。
「凄ぇ! 魔法の間接攻撃が入ってる!」
最初の強襲で倒したゴーレムが消失する前に、そいつの頭を蹴飛ばして足場にした。
その反動で隣のゴーレムの頭に向かってジャンプする。
「会心連撃! プラス電撃!」
『ズバズバ、バリッ』×4
2体まとめて斬り捨てる。
即座にゴーレムの肩を足場にして次のゴーレムへとジャンプ!
会心連撃とゴーレムを足場にしたジャンプを何度か繰り返した。
ゴーレムからゴーレムへ。
一度も地面に着地することなく、それだけで十数体を葬った。
俺の存在に気付いたゴーレムと、そこに紛れていたモンスター軍団にタゲられた(標的にされた)
敵のヘイトが集中する。
「いいねぇ、手間が省ける」
俺を囲んで一斉に飛び掛かってくる敵に容赦なく剣を振るう。
「会心連撃!」
水平に切り裂く。剣の軌道を電撃が覆い、そこから雷が扇状に広がる。
回転しながら「会心連撃!」
右に走りながらの「会心連撃!」
木を足場にジャンプしながらの「会心連撃!」
無我夢中で剣を振り続けた。
四方八方が敵だらけ。闇雲に切っても手応えがズンズン来る。
バッタバッタと斬り倒していく。斬れば斬るほど乗ってくる。
雷の効果も素晴らしい。ちょっと遠いかなという敵にもバシバシ当たる。
広範囲を雷で薙ぎ払いながら、ゴーレムとモンスターを駆逐した。
『ウォォォン!』
その雄たけびは周囲を震わせた。
最後に残った一体は、やはり先頭に立って進軍していた巨大ゴーレムだ。
キング・ゴーレム。
通常のゴーレムの3倍はあろうかという見上げる高さ。幅も視界に収まりきらない。
『ブンッ!』と、拳が降ってくる。大岩のような拳が、文字通り真上から落ちてきた。
「危ねっ!」
真後ろに飛び退く。
『ドムッ!』と、地面にめり込んだ拳が衝撃波と土を撒き散らした。
揺れる地面に着地。と、同時に迷わずダッシュして巨大な足に叩き込む。
「会心電撃!!」
『ズバババ、バリッ!』×4
縦・横・斜め・斜めに斬り込む。
続いて一回転。遠心力を乗せた一振りを見舞う!
「会心電撃!!」
『ズバッ、バリバリッ!』
『バシュウゥゥ!』
ゴーレムの足が破裂した!?
斬撃のマックスダメージ4連発。続いて魔法ダメージが巨大ゴーレムを貫いた。
追い打ちは不要だった。『9999』の表示以上のダメージが確実に入っている。
右に傾いた巨体が音もなく倒れ始め、身体を折り曲げるように『ズズーン!』と地面に突っ伏した。
「一丁あがり! 次だ!」
地上からでは他のゴーレム部隊との距離感が掴めない。
「ビッチはどこだ?」
上空を探す。が、ビッチが操る飛竜は見つからない。
あいつ、どこに行きやがった?
しばらく上空を凝視していると、後方から「イヤ~ン!」という声と風を切る「ゴォォォ」という羽音が迫ってきた。
「うおっ!?」
咄嗟にしゃがんで助かった。
飛竜があっという間に地面すれすれに俺を掠めて飛んで行った。
「全然だめじゃん」
まるで制御できてない。あれじゃ飛竜にしがみついているだけだ。
飛竜は上空で旋回すると急降下して、今度は正面から突っ込んできた。
「スピード落とせよ!」
飛び退きたくなるのを我慢してよく見る。
結構なスピードで迫ってくる飛竜の正面に立つのは勇気が要った。
集中……飛竜と目が合う。
「ええい!」
身をかわすと同時に尻尾に飛びついた。脇に抱える形で何とか尻尾にしがみ付いた。
「うわ!」
もの凄い浮力で宙に引き上げられる。
ガックン、ガックン揺さぶられて視界が暴れる。
アクション映画ばりに何とか飛竜に飛び乗れたものの、前方でビッチが泣き言を言っている。
「ヤダもう! 言うこときいてヨ~」
「おいビッチ! 次、行け! 次!」
「エ? ヤダ。いつの間に乗ったの?」
「いいから! 早く!」
早くしないと次の敵に遭遇するまでに振り落とされてしまいそうだ。
飛竜は激しく蛇行しながら次のゴーレム群に近付いていく。
「ビッチ! 飛竜の方を何とかしろよ! 援護はできたらでいい!」
「エ? なぁに? 良く聞こえないヨ!」
ビッチは手綱と格闘中でそれどころではない様子。
「やっぱ、援護は期待できねえな」
仕方が無い。俺は尻尾から手を放して2つ目のゴーレム群の真上で飛び降りた。
上空からの急襲。
会心電撃を繰り出しながらゴーレムの頭から頭への連続ジャンプで片っ端から斬り捨てていく。
着地してからは敵の注意を引き付け、できる限りまとめて斬り捌く。
反撃の隙を作らないように続けざまに技を繰り出す。
魔法剣にチャージした雷のストックはまだ十分だ。
チラリと鞘の水晶メモリを確認したが、まだ4つ黄色が残っている。
「会心電撃!」
『ズバズバババ、バリバリッ!』
連続で叩き込む会心電撃が放つ雷で暗闇ごと敵を斬り裂く!
弾ける雷で周囲は明るく照らされ、フラッシュバックの効果で敵の動きはコマ送りのように見えた。
斬撃と電撃の音だけが聞こえる。
視覚、聴覚、そして手の平に残る斬撃の手応えが高揚感を煽る。
己の動きが加速していくのが分かる。
クイックの補助魔法が無くてもスピードが乗っている感覚。
俺は狂ったように、あらゆるものを斬り裂き続けた。
そこに『ウォォォォン!』というキング・ゴーレムの雄たけび。
音のする方へ走る。
「会心……」
その時、フッと加速する感覚に包まれた。
「え?」
まだ距離はあったはずだ。目測と違う。
だが、次の瞬間、俺はキング・ゴーレムと目が合った。
というより、気が付くとキング・ゴーレムの頭よりも高く飛び上がっていた。
まるで、物理的な距離が消失したみたいに、一瞬で接近し、ジャンプしながらの斬り上げを繰り出したようだ。
『ズババババ、バリッ!』
音が下から追いかけてきた。振り上げた剣からは今更のように斬った手応えが感じられた。
「今の……なんだ?」
無意識に技を繰り出した? 電光石火のように一瞬で?
空中で今の出来事を思い返す。
だが、キング・ゴーレムに会心電撃をぶち込んだ手順がリピートできない。
ゴーレムは倒れた。遅れて着地する。改めて剣先とキング・ゴーレムを見比べる。
やはり斬ったという実感が湧かない。
「自覚できないぐらいのスピードで斬った……のか?」
その時、周囲が真っ白になり『ズォォッ!』と、比較的近くで爆発音がした。
音のした方向を見ると光のドームが目に入った。そして爆風が押し寄せてきた。
「こ、これは!?」
この熱風は身に覚えがある。
「ビッチのギガフレアだな……」
おそらくビッチが他のゴーレム部隊に撃ち込んだんだろう。
半球状の光のドームは10秒ほど続いて消えた。
その後も熱風がガンガン押し寄せてくる。
この勢いだと、幾ら堅いゴーレムといえども只では済まないだろう。
しばらくして、上空から『バッサバッサ』と羽音がして飛竜が降下してきた。
飛竜はゆっくりと着陸する。どうやら多少はコントロールできるようになったらしい。
「ビッチ。乗りこなしてるじゃねえか」
飛竜の背中でビッチが胸を張る。
「まあネ。実力、実力」
ビッチの後ろに乗りながら尋ねる。
「さっきの爆発。あれ、お前がやったんだろ?」
「そうだヨ♪ とりあえずギガフレア撃っといた」
ウィンクしながら言う台詞じゃねえ。無慈悲すぎる。
そもそも、触れただけで致命的なレベルの魔法なのに、それに十数秒間も閉じ込められるなんて、考えただけで肌が焦げてしまいそうだ。
こんな強烈なギガフレアを使いこなせるなんて召喚獣ぐらいなものだ。
「ビッチ。お前、もう殆どバハムートだろ」
「ハ? 誰がババア・モードだって? 失礼ネ!」
ビッチも耳が悪くなったのか?
「いや、召喚獣レベルの魔法だからさ。バハムート並みだろって意味で」
「フゥン。言っとくけど、アタシ、リアルでもギリ十代なンだからネ!」
「分かった、分かったって。それよか次行くぞ、次」
敵のゴーレム部隊は4つ。うち1つをビッチ、2つを俺が片付けた。
となると、残りは1つ。
もたもたしていると川崎国に到達されてしまう。その前に叩き潰さなくてはならない。
それと、先ほど無意識に出した技、というかあの感覚をもう一度、試しておきたかった。




