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66. 師匠の懸念

 ルサがこのゲームのNPCではないだって? 

 師匠は突拍子もないことを言う。


「師匠、何言ってるか理解できないんだけど?」

 俺の言葉に師匠は冷静に返す。

「世界観が違う。というか別なゲームだと考えた方がしっくりくるのよ」


 ビッチとミルクも困惑している。

「エ? 別なゲームってナニ? どういうコト?」

「ムヒュ?」


 デッシュは話についていけない。

「ボクチン、話がみえないんでしゅけど……」

 デッシュが合流したのはルサを拾った時点よりも後なので、それは仕方が無い。

 それはともかく、師匠がそう断言する根拠が気になった。

「なあ、師匠。確かにさっきの流星アキラって奴の装備。SFチックで別なゲームのキャラといった方がぴったりだ。けど、だからといって……」


 だが師匠は真剣だ。

「ねえ、トカゲのモンスターとお城のロボットは同じだと思わない?」

「ああ。あの紫禁城で遭遇した敵だな。ステータスが文字化けしてた奴」

「そうよ。私の図鑑にも載ってなかった」

「俺の会心連撃が効いてるような効いてないような……変な敵だった」


「それだけじゃないわ。ルサさんを見つけた部屋も変な場所だったわ」

 ルサを発見した場所……。

 紫色に包まれた金属っぽい部屋、装置のような物体、まるで宇宙船の内部のようだった。

 その直後に変な触手に襲われたので良くは観察していなかったが、あの時、他のゲームに紛れ込んでしまったような気がしたのは事実だ。


 ビッチが声をあげる。

「ア! そういえば、この子。半分、埋まってたンだよネ」

 その場面……ルサの白い裸体を思い出した。


 師匠が空を指差しながら言う。

「あの空を見て。さっきもそうだったけど、境目があるように見えない?」

「確かに妙だな。バグなのかもしれねえけど」

「ルサさんの居た部屋も同じだったんじゃないかしら。あそこが境界線だったのよ」

「つまり師匠は、あのSFっぽい場所が他のゲームと繋がっていたと?」

「そうよ。ルサさんも、さっきのアキラって人も、他のゲームのキャラクターなんじゃないかしら」


 俺達の会話を聞いていたデッシュが「しょんなバカな」と、一蹴する。

「ありえないでしゅ。異なるゲームが繋がるでしゅって? 子供っぽい発想でしゅね」

 師匠はデッシュを睨みつける。

「誰が子供っぽいですって! 子供扱いしないで」


「けどさ、師匠、俺も正直、半信半疑だぜ」

「あのでしゅねぇ。このゲームを運営している会社はSFのゲームは作ってないんでしゅよ? 違う会社のゲームが混じるはずないでしゅって」

 俺達が納得しないので師匠が「でも……」と、口ごもった。


 と、その時、第三者が言葉を発した。

「師匠殿のお考えは間違っておりませんぞ」

「誰だ!?」

 声のした方向に皆の視線が集まる。

 すると、茂みをかき分けてオッサンが現れた。


「オッサン!? 用事は済んだのか」

「はい。急いで戻ってまいりました。皆様に何があったのかは把握しておりませんが、お話は途中から聞かせて頂きました」


 デッシュが口を尖らせる。

「おかしいでしゅよ。別々なゲーム同士がリンクしゅるなんて。しかも会社が違うんでしゅよ?」

「いやはや。使用しているサーバもクラウド領域も異なるからということですな。物理的な接点が無いゲーム同士が繋がるはずがないと」

「そうでしゅよ。そんなことは有りえましぇん」

「さようでございますな。常識的には。しかしながらデッシュ殿。共鳴という現象はご存じでしょうか?」

「し、知ってるでしゅけど……」


 オッサンは諭すような口調で説明する。

「よろしいですかな。最近のゲームは、どれもかなりのデータ量を持っております。我々プレイヤーだけでなく、この木や草など、あらゆる物体はデータで構成されております」


 オッサンは木の枝を手に取りながら続ける。

「オープンワールドを維持するには、世界を構成する物体のために相当な量のデータを処理しなくてはなりません。それゆえ、データを頻繁に出し入れしなくてはゲーム世界が維持できないのでございます」


 それは何となく分かる。

 植物や生物、建物、地形など、単なる背景であっても、それらはすべてデータで出来ている。


「そこで多くのゲームでは、これらの背景に必要な物体のデータを引用しておるのです。ネットワーク上のあちこちに、それを収納する共有の倉庫があるというのを想像してみてください」


 オッサンは俺達の反応を見ながら言葉を選んでいる。

 なるべく分かり易いように、と考えてのことだろう。

「オッサン。続けてくれ」


「かしこまりました。それで、共鳴という作用でございますが、物理的に離れた音叉《おんさ》が……」

 そこで師匠が顔を顰める。

「ぶたれすぎて腫れたポン太?」

「ウン。動物虐待だよネ。タヌキのポン太、カワイソウ」

「……お前らは黙ってろ」

 師匠の聞き間違いとビッチのトンチンカンなフォロー。いつものことだ。


 さすがに慣れたのか、オッサンは苦笑いを浮かべながら続ける。

「音叉というのはU字型の金具で、叩くと音が鳴るものです」

 その説明で師匠が納得する。

「ああ、あれね。音楽室にあったわ」

「さようでございます。2つの音叉を並べて、一方だけ叩くと、何も触れていない方も同じように振動する現象が起きるのです。それを共鳴といいます」


 デッシュは疑り深い。

「あり得ないでしゅよ。それがゲーム同士で起こっているでしゅって?」

「いやはや、推測の域は出ておりません。ですが、背景に使われる物体の基礎データはフリー素材として使いまわしておりますので、それを使っているゲーム同士で振動数が揃う可能性はございます」


「オッサン。フリー素材ってどういうことだ?」

「そうですな。例えば、そこの木がありますでしょう。木が無い世界はありますまい。どんなゲームでも、木は必ずあるものです。植物だけではございません。石やガラス、水などの頻出するデータは、誰でも自由に入手できるようになっておるのです」


「へえ。じゃあ、この世界で使われている殆どの物体は、どこかにアップされてるデータを拝借してるだけなのか」

「大抵のゲームはそうでございます」

 デッシュはまだ納得できないらしい。

「おかしいでしゅよ。そりゃ、ネットを介して常時データを出し入れしてるのは分かりましゅが……」


「デッシュ殿。有り得ないことが起こっている、とも考えられませぬか? 皆様の転移も本来では有り得ないことでございます。医学的にも科学的にも、その原理を説明することはできませぬ」

「それもそうだな。俺達の転移だって訳わかんねえんだから。ゲーム同士がリンクしてもおかしくないのかもな」


 師匠が大きく頷く。

「そうよ。でも、嫌な予感がするわ。あまり良いことではないんじゃないかしら」

「いやはや、師匠殿の仰る通りでございます。先のAIの不穏な動きといい、他のゲームからの干渉といい、何か良からぬことが起きているのではないかと懸念しております」


 何ともいえないモヤっとした感覚が俺達を黙らせた。


 そこにジェット音のようなものが聞こえてきた。

 音のする方向に皆の視線が集まる。

「あ! あれって!」と、師匠が指差す。


 上空にオレンジ色の筋が見える。流れ星のような光が右斜め上に進んでいる。

 それは流れ星の動画を逆再生したみたいに不自然だった。

 そしてそれは、空の境目あたりでフッと消え失せた。


 奇妙なものを目の当たりにして俺達は顔を見合わせる。

 今の現象が何を意味するのか。俺達は皆、理解していた。

「参ったな。アレが証拠ってことか」


「いやはや。とんだエビデンスでございますな」

 こんな時でも師匠は聞き間違える。

「飛んだエビでやんす?」

 ビッチがそれに続く。

「ウン。活きが良い海老なんだヨ。今日のおすすめだネ」

 オッサンが強張った表情で説明する。

「いえ、エビデンスは証拠という意味でございます……」


 最近、師匠の聞き間違えがひどくなったような気がする。

 日によって頻度は異なるが、酷い時はこんな感じで何度も間違える。


「ああ、もうなんだかな! 次行こうぜ! 次!」

 暗くなってしまった空気を変えたくて、わざと大きな声でそう言ってみた。

 そして、ルサのことをチラ見した。

 相変らず、俺達のことなんてまるで興味が無いみたいな様子のルサだが、珍しく目が合った。


「あ……」

 予期せぬ出来事に戸惑う。胸がズキンとした。


 なんだろう? 心臓があるわけでもないのに胸が痛む。

 特にルサのことを想うときにその傾向にある。

 ルサはNPC。それも、他のゲームから紛れ込んできたかもしれないキャラ。

 なんとなく、ルサとの距離が広がってしまったような気がした。


     *      *      *


 岩肌が露出した山岳地帯の一本道を、もくもくと進む。


 流星アキラの件で道草を食ってしまったが、当面の目標である魔法剣を求めて旅を続ける。

 荷台ではデッシュが熟睡している。ビッチもウトウトしている。

 師匠は、ぼんやり考え事をしている

 オッサンとルサとは朝、別れたので、今はこの4人と馬車を操るミルクの面子だ。


「師匠、目的の町まで後どれくらいだ?」

「そうねえ……ひと山越えた所みたい」

「この山を越えればいいのか」

「もうちょっと先よ。この先に大きな町があるみたいなんだけど、さらにその先ね」


 このまま真っすぐ目的地に向かうか、大きな町で一休みするか考えていた。

 そこでユニコーン馬車の前に2人組が現れた。

「ムイィィ」と、ミルクが手綱を引く。

 馬車がガックンと急ブレーキ。デッシュとビッチが飛び起きる。


 通せんぼをしてきた2人組。見たところ友好的な雰囲気ではない。

 一人はシンプルな防具を気崩した感じで短髪に赤いハチマキをした男。

 もう一人は茶色でやたら毛髪量が多い大男。

 ならず者といった風貌ではあるが山賊ではなさそうだ。

 だが、一本道を遮る形で彼等はこっちを睨んでいる。


 足止めを食ってミルクが「プィィ」と、振り返る。

 仕方がないので俺が荷台から降りて話をつけることにした。

「なんか用か? 邪魔なんだけど?」

 わざとぶっきら棒な口調で警告する。


 すると右側の男が『ピュウ』と口笛を吹いて、おどけたポーズをとる。

 そしておもむろに口を開く。

「俺はメロス。傭兵だ」

 荷台の上でビッチが師匠に耳打ちするのが聞こえた。

「変わった苗字だよネ。『メロス洋平』だってサ」

 師匠は怪訝そうに頷く。やっぱりこの2人は耳がどうかしてる。


 にしても、聞いてもいないのに自己紹介? 変な奴だ。

「なんで名乗ったし?」

 俺に言われてメロスと名乗った男が一瞬、きょとんとする。

「え? だって人に名前を聞くときは、まず自分からって、ばっちゃが……」

「ばあちゃん? ああ、そういうことか」

 やれやれ。やっぱり変な奴だ。


 メロスは腰に手をあてて凄む。

「ここからは許可が無いと通れないぞ」

「は? そんなの誰が決めたんだ?」

「知らねえのか? 田舎者だな。ここから先はKKK《ケーケーケー》の領土なんだよ!」

 誰が田舎者だって? ムッとして一歩前に出る。


 それを制するように師匠が「待って」と、荷台を降りて俺に尋ねる。

「ねえ、ケーケーケーって何?」

「知らね。何かの略なんじゃねえの?」

 するとメロスがニヤリと笑った。

「フッ。知らねえなら教えてやんよ」

 別に興味は無いが一応、黙って聞いてやる。


 メロスは、まるで重大発表をするみたいに腕を組みながら背筋を伸ばした。

「川崎・かっけぇ・キングダム、の略だ!」

 すかさず師匠の聞き間違え。

「川崎・カッペ・金・マダム?」

 荷台の上からビッチがフォローする。

「ウン。川崎には田舎者の成金《なりきん》マダムが多いンだヨ!」

 デッシュがその隣で呆れる。

「酷いでしゅねぇ。確かに『カッペ』は田舎者のことでしゅが……」

 あまりに酷い聞き違い。


 メロスは激怒した。


「オメエら! 今のはマジで川崎民全員を敵に回したぞ?」

 メロスの隣でニタニタしていたガタイのいい大男が口を挟む。

「KKKはなぁ、川崎が生んだ伝説のトレーダーPPMさんが作った王国なんだよ。俺達、川崎市民のためにな」


「PPM。また省略かよ」

 俺が呆れてそう言うと、師匠が興味を持ってしまう。

「ねえ。PPMは何の略なの?」

「知るか。ピー・ピー・マジ漏れるの略なんじゃねえか。下痢便で」


 俺の言葉に大男が激高する。

「おひっ! PPMさんを侮辱するなぁ~!」

 

 そして大男はガチ泣きしながら、角材で殴りかかってきた。


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