65. 変身
割れた夜空を睨んで考え事をしていた師匠が言う。
「ねえ、さっきのお兄さん。あっちの方に行ったわよね? 追いかけてみない?」
「そうだな。気になるもんな」
師匠の提案で流星アキラを追うことにした。
「ミルクちゃん、お願いね」
「ウイ」
ミルクは木を避けるように慎重に馬車を進める。
しばらく進んだところで前方から音が聞こえてきた。
師匠がミルクの肩に手を乗せる。
「もう少し左! 爆発音のした方よ」
「ウィ」
ミルクは器用に手綱を捌いてユニコーンを操る。
スイスイと木々をスルーして前へ前へと馬車を導く。
『ドゴーン!』『バリバリッ!』『ドドン!』『バンッ!』
「聞こえるわ! 誰かが戦ってる?」
だとしたらさっきの流星アキラか?
馬車はさらに奥へと進む。
そして突如、開けた場所に出た。と同時に、黒煙と炎の明かりが目に入った。
「師匠! あれは!」
その時、ミルクが緊急停止で手綱を強く引いた!
そのせいで、荷台のデッシュとルサが放り出されそうになった。
慌ててルサの腕を掴み、荷台のヘリにしがみ付く。
デッシュは諦めた。
『ズバーン!』
進行方向で爆発が生じた。危うくあれに突っ込むところだった。
「危なかった。ミルク、良く回避できたな」
「フュィイ……」
馬車を降りて爆発の発生している場所に注目する。
はじめ、公園の遊具が動いているのかと思った。
滑り台や凹凸や穴が開いたカラフルな遊具。それが動き回っている。
が、良く見ると機械的なパーツが所々からはみ出ていて足も何本か生えている。
そんな得体のしれない物体から光弾が発射され、それが地面で爆発している。
「あれは何なんだ?」
とてもモンスターには見えない。
兵器なのか? まったくファンタジーっぽくない。
このゲームに登場するモンスターは、生き物をモチーフにした物が多い。
なのに、コイツは生物なのか機械なのか判別すらできない。
異様な物体と戦っている男の姿が目に入った。
「あれは、流星アキラ!」
師匠が頷く。
「うん。さっきの人だわ。戦ってるってことは、アレは敵?」
「全然、モンスターには見えねえけどな」
そこに荷台を放り出されたデッシュが頭をさすりながら会話に加わる。
「イダダダ。なぜか頭が痛いでしゅ。で、アレは何なんでしゅか? 状況が呑み込めましぇんね」
「お前、ずっと寝てたからだろ」
「すっかり目が覚めたでしゅ。ここはどこでしゅか?」
寝ぼけ気味のデッシュに説明する。
「流れ星を追い掛けて来たんだ。そしたら、あいつに会った。あそこで戦ってる男。流星アキラ」
それを聞いてデッシュが小馬鹿にしたように笑う。
「流星ア~キ~ラ~! ダサい名前でしゅねぇ。ヘケケケ」
「俺もダサいと思う。変な奴なんだ」
「なんか顔も昭和臭いでしゅね。装備もヘンテコでしゅ」
「ああ。安っぽいよな」
俺達にディスられてるとも知らずに流星アキラは右に左に動き回りながら、敵の攻撃を交わし続ける。
時折、光線銃で反撃するが、あまり効いている風ではない。
それを見守りながらデッシュが首を捻る。
「あれれ~ おかしいぞ。背中にブーストを背負ってましゅね。世界観に合わない装備はクラフトできないはずでしゅよ?」
このゲームでは世界観に合わない機械類の作成や使用は禁止されている。
だが、アキラの背負うブーストは移動手段に使う為の装備で明らかにメカだ。
流星アキラの奮闘を遠巻きに眺めながら援護すべきか迷った。
さっきのトカゲ男に会心連撃が入らなかったのを思い出す。
「助太刀してもいいけど……どうかな」
師匠が頷く。
「そうね。私達の武器ではダメージを与えられないかも」
見たところ流星アキラが劣勢のようだ。
ヒット&アウェイで敵の砲撃をかいくぐりながら時折、銃で反撃を試みるがダメージを与えている感じではない。
「まずいな。あいつ、押されてるぞ」
「じゃあ助けに入る? 私と俺君で」
「そうだな。効くかどうかは分かんねえけど」
剣を抜きながら参戦しようとした時だった。
流星アキラが敵の攻撃が緩んだところで足を止める。
そして両手を腰にあてながら構えた。
「変身!」
次の瞬間、アキラのベルトが光った!
『カシュッ!』と、歯切れの良い機械音。
それを合図に赤いオーラが彼の全身を包む。
『カッカカカ、カッキーン!』
音とともにボディの輪郭が変化する。
そして赤いオーラが消え去ると、アキラはヒーロー物の主人公のようなフォームに変身していた。
「かっけええ!」
「あばば! なんでしゅかアレは! うらやましいでしゅ!」
「いいなあ! 俺も変身してえ!」
俺とデッシュが興奮している横でビッチが呆れる。
「男の子ってそういうの好きよネ」
「幼稚なのよ」と、師匠はにべもない。
でも格好いいものはしょうがない。
黒をベースにした全身のフォルム。頭はカブトムシを連想させるメットだ。
マスクと一体化したそれは流線形でV字型の角が後ろに流れている。
尖った肩当て、頑丈そうな胸板、装置がふんだんに盛られたベルト。
腕や足を完全に覆う防具は肘当てや膝当てが防具と一体化していて、エッジの効いたパーツを形成している。
変身した流星アキラは明らかにスピードがアップした。
背中のブーストも性能が上がったようで、ステップの質と距離が格段に上がった。
左右への動きもキレが段違いだ。
敵の砲撃をスイスイと交わしてアキラは的確に光線銃で敵の砲口を撃つ。
アキラの攻撃で大型モンスターの砲口がひとつずつ潰されていく。
爆発する光弾の砲口を失って、徐々に敵の攻撃が弱まっていく。
併せて本体の動きも緩慢になったように見える。
完全に形勢逆転だ。
「圧倒的じゃねえか。すげえな」
にしても、変身という概念がこのゲームに存在したとは驚きだ。
モンスターの形状変化は時々ある。
だが、プレイヤーがこんな風に変身できるなんて、世界観は台無しだが自分もやってみたいと思った。
アキラが「フィニッシュだ!」と叫ぶ。
続けて「アルティメット・フォーム!」と、ベルトに両手を添える。
そこで再び『キュィンキュィン』と、電子音が発生する。
デッシュが興奮する。
「すごいでしゅ! フォームを変えられるんでしゅか!」
アキラが右手でベルトをなぞる。
すると『ウィンウィン』と唸っていた電子音がピタリと止んで、全身が発光。
今度は水色のオーラで全身が包まれた。
『カッカカカ、カッキーン!』
さらなる変身!
ベースは変わらないが、さっきよりも派手に尖った肩当てや肘当て、頭のフォルムにも流線形パーツが重ねられ、角はよりダイナミックに変化した。
随所に赤い彫りが施され、微かに光っている。
素直に感心した。
「さっきのも恰好良かったけど、これもいいな!」
「いいでしゅねえ。嫌いじゃないでしゅよ」
アキラはリレーのバトンのような物をベルトから外す。
彼が右手でそれを握ると『ブゥゥン』と、蛍光ピンクのレーザーが出て剣ほどの長さで留まる。
それはSFの専売特許だろう。レーザーの剣とかファンタジーじゃねえ。
「なんだ? あの武器! あんなのアリかよ」
「ビーム・セイバーでしゅね! ボクチン、テンション上がってしまうでしゅよ!」
アキラがダッシュで敵に接近し、縦横に剣を振る。
蛍光ピンクの軌道は美しく、さらに炎のエフェクトが現れた。
『ザシュッ!』と、斬撃が命中した箇所に『ボボッ!』と、火が付く。
「はっ!」と、アキラがさらに追撃の斬撃。
その度に炎のエフェクトがかかる。
そして当たった箇所に炎を生じさせる。
「あばば、燃えてるってことは、属性があるんでしゅかね?」
「かもな。けど、いちいち格好いいな」
レーザーの剣で炎を纏うとか贅沢な仕様だ。
大型モンスターを斬りつけながら一周したアキラが「止めだ!」と、叫ぶ。
彼はブーストで敵から距離を取ると、いったんしゃがんで右の足首あたりを触った。
そこで『キュィンキュイン』と電子音が鳴り始める。
そしてアキラは、立ち上がって構える。
走り幅跳びのように助走をつけて敵に向かう。そしてダッシュ&キック!
その右足は青白いオーラを纏っている。
『ザシュッ!』
まるで斬撃のような音でアキラのキックが敵を斜めに切り裂いた。
硬直する敵モンスター。着地してポーズを決めるアキラ。
キックが炸裂した個所が『パキパキパキ』と、凍っていくように見えた。
それが一瞬で大型モンスターの全身に拡がり、まるで液体窒素を被ったように凍り付いた。
アキラは敵に背を向けたまま、すっと立ち上がる。
そして「チェックメイト」と、言って指をパチンと鳴らす。
すると、凍り付いた敵モンスターがボロボロと崩れ出し、バラバラになった部品が地面に『シャリン、シャリン』と落下して粉々になった。
「凄えな……」
「すげえでしゅ……」
このゲームで他人のバトルに目を奪われる機会なんてそうは無い。
しかし、ガキの頃に夢中で見たヒーロー物のように、目の前で繰り広げられた戦いに目を奪われてしまった。
気が付くとアキラに駆け寄って声を掛けていた。
「アンタ、凄いな! めちゃ格好良かったぜ!」
「欲しいでしゅ、ほちいでしゅ、それ、見せて見せて!」
しかし、アキラは変身を解きながら無言のまま俺達をスルーした。
「あれ?」
無視された? てか、ちょっと感じ悪い。
「クラフトでしゅか? どうやって作るでしゅか?」
デッシュはアキラを追って纏わりつく。
だが、それでもアキラは周囲を確認する仕草を見せるだけだ。
「あのさ。何で無視するんだよ。てか、さっきの敵といい、アンタの装備といい……」
アキラがちらりと俺のことを見た。そして表情を曇らせる。
「こんな村人が居るところまで侵攻しているなんて……」
「へ? 村人?」
なんでだ? 俺って村人に見えるのか?
そりゃ、アキラの装備に比べれば俺達の中世風ファンタジー装備は時代遅れかもしれないが……。
そこで師匠の「ちょっと、手伝いなさいよ!」の声で我に返った。
振り返ると、師匠達が傾いたユニコーン馬車を直しているところだった。
爆発の巻き添えを食ってしまったらしい。
ミルクが車輪を修理をしている横でビッチも文句を言う。
「モウ! こういうのは男の仕事でショ!」
「あ、悪ぃ。気付かなかった」
アキラの変身バトルに夢中で、そっちのことはすっかり忘れていた。
馬車に近付こうとした時にアキラがピクリと反応した。
「な!? まさか!」
人の話を聞かないアキラが驚いた顔で荷台の方を凝視している。
その視線の先には……怯えた様子のルサが居た。
アキラは大げさに首を振る。
「いやいや、まさかな。ルビー・アイの女性。王家の人間がこんな辺鄙な星に居るはずがない」
何を言ってるんだこいつは?
ルビー・アイはルサの赤い瞳のことだと分かる。けど、王家とか星とか何の話をしているんだ?
師匠が怪訝そうにアキラを見る。
「どういうこと? あなた、いったい何者……」
アキラは師匠の問いも無視した。
そして見慣れないタブレット端末を取り出すと「座標の相異ベクトル」がどうとか「クォーツのクラリティ」がどうとか、意味不明なことを口にした。
そして急に走り出す。
「お、おい!?」
俺が呼び止めるも、アキラはブーストを噴射して、高速の連続ジャンプで、あっというまに視界から消えてしまった。
残された俺達は疑問だらけだ。
結局、異形の大型モンスターのことも、俺達を辺鄙な星の村人と言ったことも、何も聞けなかった。
師匠がルサを見て尋ねる。
「あなた、何者なの?」
ルサが顔を逸らす。何か知っているけれども言えないといった風に。
師匠が問い詰める。
「さっきの人。そこで戦ってた大きなモンスター。それから最初に遭遇したトカゲのモンスター。どれも普通じゃなかったわ」
ルサはぎゅっと目をつぶって首を振る。
師匠はじっとルサの目を見据えながらジリジリと迫る。
「ルビー・アイっていうのは、あなたのことでしょ?」
ハッとしたようにルサが目を開ける。
その瞳は紛うことなきルビー色だ。
その表情に胸を抉られるような痛みを覚えた。なぜだか分からない。
ただ、強烈に惹かれてしまう。
「ねえ、答えなさいよ! さっきの人が言ってたわよね。王家の人間ってどういうこと?」
師匠の質問攻めにルサが困っている。
可哀そうになって助け舟を出す。
「し、師匠……そんなキツい言い方しなくても……」
「俺君は黙ってて! 大事なことなのよ」
キリッと睨まれて、たじろぐ。師匠、目がマジだ。
「あなたと初めて会った時から違和感はあったの」
師匠の剣幕と異様な空気にオロオロしていたビッチが恐る恐る口を挟む。
「ネ、それって、お城のイベントだよネ?」
「そうよ。オジサンと初めて会った時のイベント」
そこで、ルサを発見した時のことを思い起こす。
俺達はイベントで紫禁城のようなところでロボットみたいな敵と遭遇した。
そしてさっきのトカゲ男みたいなやつと同じように手応えのない戦いをした。
その後で、裸で放置されていたルサを見つけた。
師匠は腕組みしながらルサに向かって言う。
「あなた、このゲームのNPCじゃないでしょ」
「な、何だって!?」




