64. 流星アキラ
次の目的地を目指して、日が暮れた街道をガタゴトと進む。
荷台に揺られながら対面のルサを見る。
彼女は飽きもせず流れゆく景色を見ている。誰と会話するでもなく、ただ同行しているだけだ。
NPCのルサはオッサンのパーティメンバーにしているので、いつもは別行動だ。
だが、今日は珍しく単独で俺達と行動を共にしている。
オッサンが急用で一時的にログアウトしてしまったからだ。
ルサが居ることは正直、嬉しい。彼女はやっぱりミステリアスで美しい。
ちょっとした時に目を奪われることもしばしばだ。
しかし、困るのは、ルサが居ると師匠達の機嫌が良くないってことだ。
喧嘩をするわけではない。だが、極端に口数が減る。
ルサも全く喋らないから移動の時なんかに無言の時間帯が続いてしまう。それが嫌だった。
荷台に揺られながら今夜の宿をどうしようかと考えていた時だった。
師匠が何かに気付く。そして「あ! 流れ星」と、進行方向の左を指差した。
皆で夜空を見上げる。
左方向の夜空で何かが動いた。確かに流れ星だ。
ビッチは荷台から身を乗り出す。
「ホントだネ! すごーい!」
「けど、何かデカくねえか?」
前に動画で見たことがある。ロシアで隕石が落下する瞬間が撮影されたというものだ。
それに似ている。
『シュゴウゥゥ!』という空気を斬り裂く音が聞こえてきた。
「近いわ!」と、師匠が目を輝かせる。
そうこうしている間に、流れ星は一瞬で消えてしまった。
ビッチが身をくねらす。
「イヤーン! 願いごとできなかったよーう。短すぎ!」
なるほど。聞いたことがある。
「ああ、あれか。流れ星が消えるまでに願い事3回繰り返すと叶うってやつな」
ベタな『おまじない』をビッチは信じているらしい。
「そうだヨ。あっという間だから1.5回しか言えなかったヨ」
と、その時、先程とほぼ同じ位置、同じ軌跡で、またしても流れ星が出現した。
「あれ? またかよ?」
何か不自然な出かただ。
普通、流星は遥か上空からやってくるものだろう。
なのにそいつは、まるで手品みたいに何もない空間から出現したように見えた。
それに色がピンクっぽい。
「隕石にしては変な色だな」
師匠も不思議がる。
「そうね。もしかして飛行物体? 確かめてみましょうか」
ルサはきょとんとしている。そして、微かに眉をひそめた。
ビッチはおまじないに夢中だ。
「……ますように、人気者になれますように。ヤッタ! 今度は3回言えたヨ!」
師匠は流れ星が消えた方向を確認すると、馬車を操っているミルクに指示を出す。
「ミルクちゃん! あっちの方向に急いで!」
「ウイ」
ミルクが鞭を振るって馬車のスピードを上げた。
ガタゴトとケツの下が跳ねるが構わず全速で落下地点に向かう。
荷台でいびきをかいていたデッシュの頭が跳ねて「ぐ、ぎ、あば、ばご」と、何度も台に打ちうつけられるが、起きる気配はない。
ルサは荷台に体育座りしたまま、じっと揺れに耐えている。
結構なスピードで真っ直ぐに落下地点に向かった。
だが、それでも直ぐには着かなかった。
飛んで行った物体までは見た目より距離があるのだろう。
30分ほど走ってようやくそれらしき場所に近付いた。
師匠が前方を指差す。
「ね、あそこじゃない?」
この辺りは森林地帯で人の気配は無い。灯りも無いので随分と暗い。
だが、師匠の示した箇所にはオレンジ色の炎が静かにユラユラと揺れていた。
周囲が静かなことに違和感を覚えた。
「妙だな。やけに静かだ。それに焼け焦げたような匂いが全然しないぜ?」
流れ星の正体が隕石だったとしたら落下時点ではかなりの運動エネルギーを持っているはずだ。
それが森に突っ込んだとなると少なくとも周囲が火事になったり、生き物が逃げ出してきたりすると思われる。
それなのに松明みたいな炎がチロチロ燃えているだけで、辺りは静まり返っている。
「ホントにこの辺に落ちたのか?」
半信半疑で前方に目を凝らす。
師匠も唸る。
「うーん。方向的には合ってると思うんだけど……」
「やっぱり隕石じゃなかったのかな? そういや落下した時の爆発音は聞こえなかったよな?」
隕石の落下なら何らかの音が発せられるはずだ。
燃えていると思われる場所は森の中なのでユニコーン馬車を降りる。
ゲームの世界なので、真っ暗で何も見えないということはない。
特に明かりが無くても夜の森を歩くことはできる。
「師匠、奥まで行ってみるか?」
「そうね。みんなで行くほどのことじゃないから2人で見てきましょ」
ビッチとミルクとルサ、そして未だ熟睡中のデッシュを馬車に残して、俺と師匠だけで偵察しに行くことにした。
「そんじゃ行きますか」と、森に入ろうとした時だ。
『ザッ!』と、茂みから何かが飛び出してきた。
「うわ!?」
ビックリした。モンスターがいてもおかしくはない。
攻撃されても問題は無いが、急に出て来られるとビックリしてしまう。
「なんだよ。驚かせやがって」
見るとトカゲ頭の人型モンスターが1体、目の前に突っ立っている。
ただ、見かけがちょっと変だ。
首から下が白っぽいテラテラした宇宙服のように見える。素材が安物のビニールバッグっぽい。
「宇宙服? なんでトカゲが宇宙服、着てるんだ?」
トカゲ男が手にしている武器もSFに出て来るような銃だ。
それもハンドガンにゴテゴテとパイプやパーツを盛りつけた、ちょっとこの世界では見かけない代物だ。
「ガンナーにしては変な武器だな。世界観が合わないぞ?」
俺がしげしげとトカゲ男を観察している間に師匠は端末を操作する。
「おかしいわ。こんなモンスターは登録されてない。検索でヒットしないもの」
「師匠の図鑑に載ってないとか新種か? それかプレイヤーの装備なのか?」
「分からない。けど、これって……来るわ!」
トカゲ男が銃口をこちらに向けてきた。
『ビッ!』と、音がしてピンク色のレーザーが俺の左側を掠める。
「おっと、こいつやる気か!?」
まあ、そうだろう。モンスターだもの。
剣を抜いて距離を詰める。その間にもトカゲはレーザー銃を撃ってくる。
軽く左右にステップしてレーザーを避ける。
銃口から目を離さなければ飛んでくる場所は予測できる。
ダッシュして距離を詰める。
取りあえずトカゲ男に会心連撃を軽く当てる。
「おらよ! 会心連撃!」
だが、剣先から伝わる手応えがやたらと軽い。
『ギョイ~ン、ボギョーン、ピシュン、パロン』
不快なエラー音。ダメージ表示も文字化けしてやがる。
「こいつ! 効いてないのか?」
トカゲ男は俺に頭を斬られてピヨっている。だが、即死する気配は無い。
師匠が叫ぶ。
「やっぱり! あの子を助けたイベントの時と同じだわ」
師匠は振り返って荷台のルサを見る。
そういえばルサと出会った紫禁城みたいなところのイベント……記憶が呼び起こされる。
随分前のことのように思えるが、あそこで遭遇した3体のロボット。
あれと戦った時のことを思い出した。
「くそ! まったく手応えがねえや。ホントにダメージが通ってるのか?」
確かあの時はポコポコ殴っているうちに勝手に相手が倒れた。
斬っているはずなのに剣で殴っているみたいな変な感触。
「くそ! どうなっていやがる?」
面倒くさいがタコ殴りするしかないのか?
と、その時、背後で誰かが叫んだ。
「危ない! 下がって!」
誰だ?! 今の? 男の声?
『バシュッ!』
次の瞬間、目の前でトカゲの頭が派手に爆発した。
血肉が飛び散る。そして頭を吹っ飛ばされたトカゲ男がバタンと倒れる。
「うえ……グロいな」
返り血というか得体の知れない黄緑色の液体を浴びてしまった。
顔を拭って手の平を見る。
「おりょ? 何も着いてない?」
確かに液体をぶっかけられた感触があった。なのにその痕跡は嘘のように消えている。
「あなた何者?」という師匠の言葉で気付いた。
振り返るとトカゲ男の頭を吹っ飛ばしたと思われる男が立っていた。
その手には光線銃のようなものが握られている。
師匠の質問に対して謎の男は素っ気なく答える。
「流れ星と書いて流星、流星アキラ。運び屋だ」
リュウセイアキラ?
変な名前だな……それに運び屋だって?
師匠は続けて尋ねる。
「そのトカゲみたいな敵は何属性?」
だが、アキラはその質問は答えずに「失礼」と、俺達の横をすり抜けてトカゲ男の死骸に近付く。
良く見るとこいつも妙な格好だ。
流星アキラは、防具というよりは宇宙服のようなものを着込んでいる。
表面がテラテラした素材。SFに出てくる宇宙船の船員のようだ。
首に巻いた赤いチーフ、逆立った青い髪。太い眉に立派な揉み上げ。
まるで昭和の劇画みたいなゴツイ顔つき。そしてなぜかランドセルのようなものを背負っている。
そんな違和感満載のアキラを見て思った。
どうも世界観が合わない。というか、完全に浮いている。
その間にアキラは跪いてトカゲの死体からオレンジ色の石を取り出した。
「良かった。間に合ったか!」
彼はそれをポーチに仕舞いながらホッとしたように頷く。
「よし。残るエナジー・クオーツはあと2つか」
訳が分からない。
トカゲ男の死体が消えないのも不思議だし、アイテムが自動的に入手できないのも変だ。
「あのさ……」
そう話し掛けようとしたところで流星アキラはバッと立ち上がった。
「まずい! 急がないと!」
おいおい。完全無視かよ。
彼はこちらを気にする風でも無く、立ち去ろうとした。
「ちょっ、待てよ!」
しかし、流星アキラは足を止めることなく森の奥へ向かった。
『パシュッ』『パシュッ』という小刻みな噴射音に合わせて、彼が大きくジャンプする。
どうやら背中のランドセルにブーストが付いていて、それで移動できるらしい。
さっそうとブースト・ジャンプで去っていく後姿を見送る。
「なんだあれ? へんちくりんな奴だったな」
師匠が首を傾げる。
「あの装備、自作かしら? あんなの見たことないわ」
「ああ。けど、なんか全般的にSFっぽくないか? 武器も光線銃みたいだったし」
アキラが持っていた光線銃みたいなものは質感が金属っぽく機械がかっていた。
ただ、SFものなら違和感は無いのだろうが、ここでは異質だ。
師匠が唸る。
「うーん。このモンスターも見たことない型だし、死体も消えてない。バグかしら?」
「ああ、それは有り得るな」
血や体液は消えていたがトカゲ男の残骸は転がったままだ。
得体の知れない敵を正体不明の男が倒した。
ただ、それだけのことだが、どうも引っ掛かる。とてもこの世界で起こった出来事とは思えない。
流れ星、宇宙人のような敵、SFチックな男……。
荷台に戻ると、頭を低くして隠れていたルサが、ひょっこり顔を覗かせる。
その仕草は外国アニメで小動物が恐る恐る顔を出すシーンを連想させた。
彼女は顔だけ出して周囲を警戒する。明らかに怯えている。
「大丈夫だって。変な奴等はもういない」
俺の言葉を聞いてルサがホッとしたような表情を見せる。
と、その時、師匠が空を見上げながら呟く。
「なんか変ね。空が……割れてる?」
夜空は黒一色ではない。微妙に濃淡があって、それは星の密度に関係があると思われた。
師匠が指差す方向に目を凝らす。
「空が割れてるって……どこだ?」
分かった! 確かに境目が見える!
その境界線は、並べかけのポリゴンのようにギザギザしていた。
向かって左手は紺色で月明かりを反映しているのに対して、右の方は真っ黒だ。
ビッチが呟く。
「ウソ? 手抜きなんじゃないの?」
ビッチはそう言うが師匠は首を振る。
「そんなはずないわ。だって背景はAIの自動生成なのよ。AIが手抜きするはずないわ」
なんというか二種類の背景が混じり合おうとしている。そんな風に見える。
夜空なんてそうは観察するものではないので気が付かなかった。
「師匠、あれもバグなのか? それとも普段からあんなもんか?」
「分からないわ……さっきの変な人と何か関係があるような気がする」
このゲームのAIが、おかしな動きをしていることは確実だ。
これもその異変と関係があるのか?
そして、あのSFかぶれの男、流星アキラの出現も、その異変によるものなのか?
師匠は何かを不穏なものを感じ取っているらしいが……。




