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63. デッシュの新技、ビッチの進化

 思えば、この世界に転移してこのかた排泄をしたことが無い。


 尿意もなければ腹が痛むこともない。

 デッシュみたいにゲップやおならをする奴も居るが、それは空気が漏れてるだけで本物ではない。

 俺達の身体は、内臓や消化器官まで作りこまれているわけではないからだ。


 だが、睡眠だけは必須だ。脳という器官があるわけでもないのに疲れると眠くなる。

 この世界での実体は意識だけだ。生身の身体は現実世界に置いてきた。

 なのに腹が減ったり、眠くなったりするのは、本体である身体と何らかの繋がりが残っていると解釈できる。

 そう考えると少し安心できる。


 とはいえ、はじめのうちは眠りから覚めるたびに混乱した。

 いつもの部屋じゃない。ここはどこだ? どういう状況だ? 

 あ、まだ、こっちの世界なんだ……という具合に。

 それもいつの間にか慣れてしまったが。


 それにしても、よく眠ったおかげで地下世界での激闘の疲れは癒えた。

 次の目的地に当てはないが、とりあえず旅は続けよう。


 出発前にそんなことを考えながらユニコーン馬車の荷台で皆が来るのを待っていた。

 ミルクは欠伸をしながらユニコーンの手綱を握ってスタンばっている。


「お待たせ」と、師匠とビッチが宿から出てくる。

「ファぁ、眠いヨ。髪も手入れしてないし」

 ビッチはまだ眠そうだ。髪もサイドが跳ねている。


 2人が荷台に乗り込んだ。

 ミカポンと麻耶は別行動するといって今朝早くに宿を立った。

 ミカポンは名残惜しそうにしていたが、麻耶が無理やり引っ張っていくような形で連れて行ってくれたので正直、助かった。

 なぜならミカポンが居ると、どうしても師匠達がピリピリしてしまうからだ。


「さて、じゃあ出発するか」

 オッサンとルサがアクセスしていないのでこれで全部だ。

「ミルク、出してくれ」

 そう言ったところで師匠が待ったをかける。

「待って。デッシュ君は?」


 そうだ。デッシュの存在を素で忘れていた。

「そっか、なんか忘れてたと思ったらデッシュか」

 髪をお手入れ中のビッチは手鏡から目を離さない。

「ン? 置いていけばいいンじゃない?」

 相変わらずデッシュには厳しい。


 ミルクは、いつでも馬車をスタートさせられる体勢で「フミュ?」と、首を傾げている。

「デッシュが約束の時間に遅れるなんて珍しいな。あいつ、あれでも時間には正確なんだよな。なぜか」

 師匠が頷く。

「そうね。意外と律儀に時間を守るもんね」

「デッシュの奴、どこ行ったんだ?」

 ビッチは興味なさそうに「知らなァい。どうでもいいし」と、気のない返事。


 そこに宿の裏庭方面からデッシュが、ひょっこり現れた。

「デッシュ、なにやってんだ? そろそろ行くぞ」


 デッシュは息を弾ませながら馬車に駆け寄ると、急に立ち止まった。


「どうした? 早く乗れよ」

 俺が促してもデッシュは、もったいぶって荷台に乗ってこない。

 しかも変な立ちポーズを決めてニヤけている。


 妙な沈黙……。


「お前、置いてくぞ?」

「クックックッ。我ながら自分の才能が恐ろしいでしゅ」

 そういってデッシュはおかっぱ頭を掻き上げた。


「なに言ってんだ? いいから早く乗れよ」

 しかし、デッシュはナルシストみたいに自分に酔っている。

 そして、うっとりした顔から一変、キメ顔で言う。

「ボクチンは覚醒しますた」


 いきなり何を言い出すかと思えば……。

「覚醒? 何いってんだ? お前」

「ヘケケ。ボクチンは次のステージに進んでしもうたでしゅ」


 こいつは何を言っているんだ? 意味が分からない。

「次のステージに進んだ、だって?」

 そこでビッチが口を挟む。

「フーン。つまり、ハゲが進行したンだね」

「ち、違うでしゅ! 一皮剥けて強くなったんでしゅよ!」

「ハ? だから頭皮が剥けちゃったんでしょ?」

「違うでしゅ! 強さのレベルが格段に上がったんでしゅよ! レベルアーップでしゅ」


 熱弁をふるうデッシュに対してビッチは冷めている。

「ハ? アンタ、元が超、弱いジャン」

「ムキー! ムカつく女でしゅね! いいでしゅか? ボクチン、凄い新技を開発したんでしゅよ!」

「新技だって? ははーん。それを裏庭で練習してたのか」

「そうでしゅ! 極めたんでしゅよ」


「で、どんな技だよ?」

 俺の問いにデッシュがドヤ顔をみせる。

「ハーフの術でしゅ」

 どんな凄い技かと思いきやハーフの術って……。


「それは前から使ってるだろ?」

「ヘケケ。それが只のハーフじゃないんれしゅよ。その名もハーフ&ハーフのじゅちゅでしゅ」

「パッとしない名前だな。で、前のと何が違うんだ?」

「それがでしゅね。重ね掛けが出来るようになったんでしゅよ!」

「重ね掛け? 何だそれ」


「効果が重なるってことでしゅ。まあ、見せたほうが早いでしゅね。百聞は一見に如《し》かずでしゅ」

 そこで師匠が恒例の聞き間違えを披露する。

「セブンは一軒しかない?」

 それをビッチが間違って解釈する。

「ウン。セブンイレブンが町に一軒しかないンだヨ。田舎なンだネ」

「違ぇよ……何でそうなる?」


 俺が呆れる傍でデッシュも脱力している。

 が、仕切り直しで姿勢を正す。

「いくでしゅよ! ハーフ&ハーフのじゅちゅ!」


 デッシュは荷台のビッチに向かって手のひらを突き出す。

 すると『ポフン』『ポフン』と音がして、ビッチの身体が半分、さらに半分になってしまった。


 ビッチの身体は、見た感じミルクより一回り小さい。

「エ? 嘘!? なにコレ?」と、ビッチがパニックに陥る。


「ヘケケ♪ ざまあみろでしゅ」

 急にチビになってしまったビッチが喚く。

「チョット! ふざけないでヨ! 戻しなさいヨ!」

「無理でしゅよ。解除の仕方は分からないでしゅ」

 デッシュはすっとぼける。けど、自分の意思で解除できないのはいつものことだ。


 身体のサイズは4分の1なのに、姿かたちはそのまま縮小しただけなので、なんか遠近感がおかしい。

 ビッチは発狂したように暴れる。

「ムキッー! バカバカバカ! チンチクリンのハゲカッパ! カッパ野郎のウンコ野郎!」


 ビッチの罵詈雑言にデッシュがムッとする。

「どうやらお仕置きが足りないようでしゅね。だったらもっと小さくしてやるでしゅ!」

 デッシュは『ニチャァ』と、キモい笑みを浮かべてビッチに迫る。


「ハーフの術! ハーフのじゅちゅ! ハーフのじゅちゅう!」


 デッシュがハーフと口にする度にビッチが『ポフン』と半分になる。

 それを何度か繰り返していくうちにフィギアサイズになって、ついには親指ぐらいの大きさになってしまった。


 ビッチは何やら喚き続けているが、親指サイズでは『キーキー』言っているだけでよく聞こえない。

 身体のサイズに比例して、声も小さくなってしまったようだ。


 それを満足げに見ていたデッシュが、一瞬、悪魔のような顔をみせた。

「チャンスでしゅ。これまでの恨みを晴らすでしゅよ」


 そういうや否や、デッシュは、親指サイズのビッチを摘まみ上げると自らのズボンに隙間を作って、そこにポイと放り込んでしまった。


「ギャー!」と、ビッチが叫んだようにも聞こえる。

 声が小さくなっても断末魔の叫びだというのは分かった。


「ヘケケ! ボクチンのパンツの中で反省するでしゅよ」


 一瞬の出来事で止める隙が無かった。


 師匠が呆れ顔で呟く。

「酷い……最悪だわ」

「ムィィ……」と、ミルクが顔を顰める。

 流石にビッチが可哀そうになってきた。

「デッシュ……お前、いくらなんでもそれは……」


 と、その時、デッシュの股間がモコッと膨らんだ。

 まるでボールでも入れたような不自然な盛り上がりだ。

 続いて、その膨らみから眩い光と共に『バッシュン!』と破裂音が生じた。


 眩しい! それと強烈な熱気がムワッと広がる。

 デッシュの股間が爆発した!?


 デッシュが股間を押さえて飛び上がる。

「あぎょーん! ポコ〇ンが! ポコ〇ンが溶けたでしゅ!」


 その拍子にドングリみたいな異物がデッシュの股間からポトリと落ちた。

 よく見るとそれはビッチだった!


『ポフン! ポフン!』と、何度か音が繰り返して、術の効果が切れる。

 そして段階的にビッチが大きくなる。


 元通りのサイズになったビッチは死にそうな顔で吐き捨てる。

「うげえ……最悪だヨ。顔が腐るヨ」


 デッシュは股間を押さえながら、のたうち回っている。


 さっきの小さな爆発。

「ビッチ。ひょっとして、魔法をぶっ放して脱出したのか?」

「ウン。ギガフレア」と、ビッチがあっさり答える。

「マジかよ!? そりゃ、ポ〇チンが焼けるわな」


 なるほど、ビッチはパンツの中でギガフレアを放って脱出を図ったのだ。

 サイズが小さくなっていたので魔法の威力も小さめだったのだろう。

 だが、デッシュの股間を焼き尽くすには十分な火力だ。


 ビッチが顔を顰める。

「鼻が曲がっちゃたヨ。臭すぎ!」


 師匠が首を傾げる。

「こっちの世界では排泄しないのに? 臭かったの?」

 師匠の指摘にビッチが考える仕草をみせる。

「臭かった! 確かに臭かったヨ。ウン。精神的なものかもしれないケド」


 確かに臭いがあるとは思えない。

 が、デッシュのパンツの中に放り込まれるなんて、とんでもないストレスには違いない。


「ビッチ、とんだ災難だったな」

「そうだヨ。こいつ、マジで最悪!」

 地面を転がりながら股間を押さえ続けるデッシュを皆で見下ろす。

 こいつは本当に置いていった方がいいかもしれない。


 と、その時、ビッチが素っ頓狂な声を上げた。

「ア! そうだ!」

「なんだよ急に」

「できるようになったヨ!」

「だから何が?」


「ネ、見てて」

 そう言ってビッチが人差し指を立てて「ギガフレア」と小さく呟いた。

「ちょ、お前、なにを……」

 何でギガフレア? と思いきや、ビッチの指先から3センチほど離れた位置に、豆粒ぐらいの青白い玉が出現している。

『キィィィン』と、高音を発するそれは、LEDライトを極限まで凝縮したみたいな光の玉に見える。


 ビッチが得意げに言う。

「ほらネ? これ、ちっちゃいけどギガフレアなんだヨ」


 師匠が眩しそうに目を細めて感心する。

「へええ。圧縮してるのね。でも、魔法を一カ所に留めることが出来るなんて凄いわ」

「ネ? ネ? ギガフレアでこんなことが出来るなンて凄くない?」

「確かに凄いけどさ。どんな使い道があるんだよ」


 そこで師匠は「時限爆弾みたいな使い方ができるかも?」と提案する。

「なるほど。他の魔法でもそれが出来るなら戦い方に幅が出るな」

 発動前の魔法を罠のように設置したり、トリッキーな時間差攻撃に利用したり、その用途は色々考えられる。


 俺達がビッチの指先に注目していると、デッシュがようやく立ち上がった。

「ひ、酷いでしゅよ。危うく女の子に目覚めてしまうところだったでしゅ」


 そういうデッシュのズボンには大きな穴が開いている。

「デッシュ、ズボン。履き替えた方がいいぞ」

「あばばば! 穴が開いて大事なものが丸見えでしゅ! これじゃ変態みたいでしゅ!」

「もともと変態ジャン」と、ビッチは冷たい反応。


「お気に入りのズボンでしゅたのに……」

 デッシュはブツブツ言いながらアイテムボックスを取り出した。

 いそいそと着替えるデッシュを横目にビッチが何か閃いたらしい。

「いいこと考えたヨ」


 ビッチのひとさし指の先には、さっき作った小さなギガフレア。

 ビッチはそれを鼻くそをなすりつけるみたいにデッシュの頭に擦り付けた。


 一呼吸おいて、デッシュの頭が『カッ!』と、激しく光る! 

 そして『ズォォォッ!』と、小さなきのこ雲がデッシュの頭に立ち上った。


「熱っ! 熱いでしゅ! 頭があちゅい!」


 ミニサイズとはいえ、ギガフレアの威力は強烈だ。

「禿げる! 禿げてしまうでしゅ!」

「もう手遅れだヨ」と、ビッチがいたずらっ子のように笑う。


 ミルクが眼を細める。

「フヒィィ」

 それを聞いてビッチが笑いながら通訳する。

「きのこ頭に、きのこ雲で、二段きのこ! だってサ」

 2人とも楽しそうだ。師匠は若干、引き気味だが……。


 ボロボロのデッシュをよそにビッチが胸を張る。

「エヘヘ♪ これって進歩? 進化だよネ?」

「まあ、そうかもな。魔法のコントロールが向上したってことだもんな」


 転移者だからレベルアップは無いと思っていた。けど、そうでもないらしい。


「そっか、俺達もまだ強くなる余地があるんだな。俺もなんか覚えようかな」

 師匠が頷く。

「そうね。いい心がけだわ。火力は幾らあっても邪魔にはならないもの」

「けど、どんな技を身に着ければいいんだろ? 誰か教えてくれねえかな」


「ハーフの術なら幾らでも教えるでしゅよ?」

 いつの間にかデッシュが復活していた。頭のてっぺんは焼け野原のままだが。


「ハーフの術? 要らね」

「だったら、偽装の術なんかどうでしゅか?」

「お前の技、変なのばっかじゃねえか。どうせなら火力が乗るようなのがいいな」


 師匠が尋ねる。

「具体的には、どんな系統の技がいいの?」

「そうだな。やっぱ、魔法代わりに広範囲を攻撃できる技が欲しいとこだな」


 一人で戦う時に遠距離や広範囲の攻撃が無いと面倒だ。

 それは地下世界のピラミッドで痛感した。


 師匠が端末を調べながら言う。

「そういうことなら……魔法剣を入手するのがいいわ」

「魔法剣? そんなのがあるのか」

「ええ。剣士が手っ取り早く魔法を使うならこれよ。それに、ここからそう遠くない所に魔法剣の有名な産地があるみたい」

「おお! それいいな。じゃあ、次の目的地はそこにしようぜ」


 そんなわけで、自然と次の目的地が決定した。


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