62. AIの悪魔
胸の痛みを堪えながら周囲を見る。
「ヤダ、痛いヨ~」と、ビッチが胸を押さえて跪く。
師匠も「何……これ?」と、胸から血を流しながら苦悶の表情を浮かべる。
ミルクもミカポンも同じように胸を貫かれて痙攣している。
麻耶も弓を支えに片膝をついている。
皆、背後から胸を貫かれてダメージを負っていた。
なぜかデッシュだけは、お尻を押さえて中腰の姿勢でプルプルしている。
「痛いでしゅ! お尻が痛い、痛いでお尻~」
ポタポタと尻から零れ落ちる血。
単に痔を患っているようにも見えるが、デッシュの尻から管のような物が伸びている。
転移者なので致命傷にはならないが、俺達はみんな同時に胸を貫かれてしまった。
改めて俺の胸を貫いた物体を観察する。
「刃物……爪?」
すると『ヒュン』と、目の前の物体が消えた。
抜ける時に痛みが強まった。
ほぼ同時に皆を貫いた物体が身体から抜かれた。
その物体には紐のようなものが着いていて、まるで蛇の集団のように『シュルシュルシュル』と、ある一か所に向かって引いていく。
紐か、触手か……それらが集まっていくのは祭壇の棺桶だ。
「嘘でショ!? また、あの子……」と、ビッチが目を丸くする。
石の棺桶の横には少年が立っていた。
俺達が司祭と戦っている間に姿をくらませていた彼が、いつの間にか澄ました顔でそこに居る。
ほんの数メートルしか離れていないのに、その存在にまるで気付かなかった……。
少年と目が合った。彼は俺の目を見ながら尋ねる。
「ねえ、痛い?」
お前は何を言っているんだ?
まじまじと少年の顔つきを観察する。
意図や感情は読み取れない。まったくの素の表情。というより人形やマネキンのそれに近い。
「痛いかだと? 当たり前じゃねえか!」
俺の答えを少年はスルーする。
「やはり、痛みとは刺激。刺激は接触による摩擦。摩擦で生じた電気信号を神経が伝達……」
奴は何をブツブツいってるんだ?
「お前、自分で質問しておいて無視かよ」
だが少年は、独り言を止めない。
「信号の大小。受ける側の判定。経験との照合。痛み、痒み、ときに快感……」
少年は拳を顎に当てながら考え続ける。そして、こちらに顔を向けた。
「もう一度」
それが合図のように石の棺桶から『ヒュンヒュン』と何か飛び出した。
目を凝らす。が、何か飛んでくるか分からない。
「避けろ!」
右へのステップで接近する物体を交わす。が、先端の軌道がブレる。
「くそっ!」
剣を振って飛んでくる物体の軌道に合わせる。
『カツッ!』
弾かれた物体は下へ流れる。そして『ガッキン!と、床で弾けた。
「きゃっ!?」
「イヤン!?」
「ムィッ!?」
「ミ!?」
「なっ!?」
『ブスリ』「あぎょーん!」
デッシュを除いて、皆なんとか回避したらしい。
触手のような物体は、最初と同様に『シュルシュル』と、床を這いずって引っ込む。
そして、いったん棺桶に収まったかと思うと、再び『ヒュンヒュン』と飛んでくる。
まるで蛇が飛び掛かってくる時のような動き!
今度は軌道を見極めて「オラッ!」と、剣を振る。
『ガキッ!』
ジャストミートとはいかなかったが、物体は大きくうねって軌道を変えた。
「えいっ!」
「ホイッ!」
「フィィ!」
「ミ♪」
「はっ!」
『ブスリ』「あばばば!」
皆うまく対処したようだ。一人を除いて。
触手が『シュルシュル』と下がっていく。
どうやら触手だと思っていたのは鞭のようだ。
「分かったぞ。ウィップか!」
すかさず師匠が反応する。
「うえっぷ? 二日酔い?」
続いてビッチも聞き違い。
「うぇぇっぷ? ツワリ?」
しかし、突っ込んでいる余裕はなかった。直ぐに第3波が襲ってくる。
『ヒュヒュヒュン!』
「なに!?」
鞭の数が違う! さっきの何倍もある!
4本の軌道が迫ってくる。
『ガッガッゴッ!』
3つは剣を当てていなした。が、逃したもう一本が横から回り込んでくる。
「危ね!」
身を捩って何とか回避。
鞭なので軌道が直線的ではないのか……。
「皆、無事か!?」
振り返るとミカポンの体中に無数の鞭が絡みついている。
ミカポンはクネクネしながら顔を赤らめる。
「ミィ、縛られるのは初めてなのだ。ミ♪」
ズッコケそうになった。なんだ。余裕があるじゃねえか。
「しょうがねえなぁ」
俺が鞭を切ってやると、ミカポンがどさくさに紛れて抱き着いてきた。
「ミ♪ ありがとダーリン♪」
「おい、くっつくなよ」
「ミ♪ これが終わったら普通にプレイしよ♪」
「へ?」
こいつ、こんな時に何を言ってるんだ?
ハッとして殺気だった視線を感じた。
師匠とビッチがこっちを見ている。その目は明らかに……ヤバい!
「離れろって! 次が来るぞ」
ミカポンを押しのけて剣を構える。
だが、さっきのミカポンの肉感と温もりでムズムズした。
「来るぞ!」
『ヒュヒュヒュヒュンヒュン』
俺に向かってきた鞭は軌道を変える前に、剣の大振りでまとめてぶった切った。
隣を見る。
「あれ?」
師匠の動きが良くない。というかアクションが小さい。
「どうした? 師匠、具合でも悪いのか?」
「や、そうじゃないけど……私、女の子だし」
そう言って師匠がぴたっと俺の横にくっついた。
「近いよ! 師匠」
「だって……守って欲しいっていうか……もうっ!」
師匠らしくもない。なんか普通の女の子みたいだ。
戸惑いながら少し距離を取ろうとすると、いつの間にか寄ってきていたビッチの横乳を手の甲で持ち上げてしまった。
「あ、悪ぃ! 触っちまった」
「いいンだヨ。それくらい」
「あれ? 怒らないのか?」
「ン……怒らないヨ。なんならもっと触っても……」
どうしたビッチ。なんか変だぞ?
「みゅぃぃん」
今度はミルクが足に絡みついて、やたらと甘えてくる。
師匠とビッチに囲まれてミルクにも密着される。
「ちょ、次が来んぞ? 密集してたら避けられないだろ」
デッシュが呆れ顔で言う。
「ははーん。ミカポンのせいでしゅね。ミカポンに刺激されて、女どもは発情したんでしゅね!」
『ドガッ!』『バリバリッ!』『ズドドド!』
師匠の蹴り、ビッチの雷、ミルクのガトリングがデッシュに直撃した。
そこに何度目かの鞭攻撃が迫ってくる。
ミルクの対空砲火で迎撃、残った鞭をビッチの水魔法で弾く。
鞭の攻撃はクリアした。
だが、またしても俺の肩口にビッチが胸を押し付けてくる。
ミルクは俺の太ももに頬ずり。
師匠はモジモジしながら、つま先で地面に円を描く。
「マジで皆なにやってんだよ!? それどころじゃねえだろ!」
このままじゃ埒が明かない。
突っ込んでいって棺桶をぶっ壊すか、あの少年をぶちのめすしかない。
纏わりつくビッチとミルクを振り切って単独で前に出る。
ダッシュで少年に急接近! 一気に距離を詰めた!
「会心……うわっ!」
目の前にブワッと鞭の群れが出現して視界が遮られる!
棺桶から出た無数の鞭が少年を守る盾になった。
「だったら、まとめてぶった斬る!」
だが、鞭の群れがそれを阻む。
まるで大量の鞭が少年のバリアになっているみたいだ。
「クッ!」
剣を振りたくてもウネウネと少年に纏わりつく鞭が邪魔だ。
と、その時、『ビシッ!』と、鞭の固まりに穴が開いた。
鞭のバリアの向こうで「え?」と、いう少年の声。
鞭のうねりが止まった! 今だ!
「会心連撃!」
『ズバズバズバ!』×3
目いっぱい叩き込んでやった。
鞭のバリアごと斬り捨てる。手応えは十分!
俺に斬られた鞭が、ボトボトと落ちていく。
そこに目を見開いた少年が立ち尽くしていた。
彼の周りでダメージ表示がフラッシュする。『9999』の表示が幾つも出た。
流石に表情を歪めながら少年は「これは……」と、立ちすくむ。
その額には穴が開いている。
それを見て気付いた。さっきの穴は麻耶の狙撃だったんだ。
振り返るとミカポンがこっちを見て「ミッ♪」とVサイン。
その後ろには弓を放った麻耶の姿がある。
なるほど、彼女の絶対貫通スキルで鞭のバリアをぶち抜いたのだ。おかげで敵に隙ができた。
少年の輪郭が消え始める。
「なるほど。理解した」
それが彼の遺した言葉だった。
消失しながらも少年は余裕の笑みを浮かべていた。
まるで友達に「また会えるよ」と伝えるみたいに……。
激戦の余韻が漂う最上階のフロアは祭壇と柱を残して静かになった。
ようやく、かたが付いた。
ほっとしたところで疲労感が押し寄せてきた。
「なんとか……片付いたみたいね」
師匠が肩で息をしながら安堵の表情を見せる。
ビッチが「さすがに疲れたヨ……」と、ペタンと床に女の子座りで座り込む。
ミルクは頭を揺らしながら「ネムィィ……」と既に眠りの体勢に入っている。
ミカポンもグッタリしている。
麻耶はしゃんとしているが顔は疲れている。
デッシュは半分お尻を出した状態でうつ伏せに倒れている。
「なんで半ケツなんだよ……」
疲れ切っていたので、それ以上、突っ込む気力もなかった。
* * *
ピラミッドを出たところでオッサンとルサが待っていた。
相変わらずルサは周囲の観察に余念がない。
「いやはや、先生。ご無事で」
「何とか司祭は倒した。けどな……」
変装を解きながら俺はオッサンに司祭との戦闘、そして謎の少年とのやりとりを伝えた。
その最後の部分で、オッサンが過剰反応する。
「な、なんということでしょう! いやはや!」
「なんだよ。そのリアクションは?」
オッサンは冷静さを取り戻そうと呼吸を整える。そして呟いた。
「その少年は『なるほど理解した』と申したのですか……」
「ああ。そういうことかって納得してた感じだな」
俺の言葉にオッサンがガタガタ震え出した。
「どうしたオッサン?」
「先生。そ、それは、怖しいことですぞ。とんでもない台詞でございます」
「は? なんでだ?」
そこで師匠が口を挟む。
「ディープ・ラーニングね?」
師匠も今度は間違えなかった。ディープ・ランニングだと深い走りになってしまう。
師匠は装備の汚れを払い落しながら続ける。
「理解したから次は対応できるって意味じゃない? つまり、これで終わりじゃないってことよ」
「いやはや。流石、師匠殿。その通りでございます」
「マジかよ? あいつ、死んでねえのか?」
「そうではございません。個体は死んだと思われます。ですが、意識そのもの、もしくは、それを承継するものが再び現れることを意味しておるのではないでしょうか?」
「うへえ、それじゃ、今までの苦労は何だったんだ? 奴ら不死身かよ」
「いやはや、ある意味、そうとも言えるでしょう。不死身というか不変というか、終わりのない意識の継続性ですな」
師匠が警戒する。
「おまけに学習するのよ。強いプレイヤーとの戦いで得た経験値で、より強くなっていくの」
「マジか! 技とかスキルとかパクられるのか?」
「造作もないことでしょうな。彼等がこのゲームの中枢であるAIと結託すれば簡単にできてしまうことです」
珍しくデッシュも真剣だ。
「厄介でしゅね。対策を練られるのも、共有されるのも厄介でしゅが、一番、不味いのは、AIが自分達に都合の良いようにデータを書き換えることでしゅよ。幾らでも強くなれるでしゅからね……」
「確かにそうだよな。ゲームを作る側のAIが自分の意思で好きなように改造できるとか反則だろ」
ビッチが泣きそうになる。
「ヤダ、ヤダ、アタシ達のチート能力だって真似できちゃうってこと?」
師匠が頷く。
「そういうことよ。いつかは私達のスキルをコピーすることができるかもしれない」
「あぎょーん! 怖ろしかぁ~ そいつは恐ろしかことでしゅよ! 優秀なボクチンのクローンが大量生産されたら最強軍団が生まれてしまうでしゅ」
「ハ? 最悪軍団でショ? てか、アンタみたいなゴミを大量生産する意味がないヨ」
「な、なんでしゅと! このバカ乳が!」
「ナニそれ? 意味わかんないヨ」
「バカチンじゃなくてバカチチでしゅ! 脳みその栄養が全部おっぱいに流出してるからバカなんでしゅよ!」
「うるさいヨ!」
そして『ドガーン! バリバリー!』と、お約束の電撃がデッシュの脳天を貫く。
相変わらずな2人のやりとりを横目に考える。
「そういやピラミッドの中の敵……あれはコピーしてたのかもな」
まるで分身の術のように完全一致した個体といい、寸分の狂いもないシンクロした動きといい、AIが量産したとしか思えない。
だとすると確かに脅威だ。NPCといえど、数の論理でこの世界を席巻することは可能だ。
「まずいな。もし、AIが俺達を本気で潰しにかかってきたら……」
オッサンが深刻そうな表情で呟く。
「いやはや、プレイヤーに悪意を持つAIの出現ですか。悪魔としかいいようがないですな。AIの悪魔……」
AIの悪魔!
確かに、恐ろしい存在だ。
それはもうこのゲーム内に生まれているのかもしれない。
まるで、俺達の旅に暗雲が立ち込めるような、そんな漠然とした不安を感じた。




