60. 恐るべきシンクロ率
階段を上りきって開けた場所に出る。下のフロアと同様に何もない。
奥に階段が見える。3階に行くにはあそこを使うしかなさそうだ。
だが、おそらくは、行く手を阻むNPCが出てくる。
そして、その予想は当たった。
『ボフン!』『ボフン!』と、2つの煙が並んで目の前を遮った。
「やっぱりな。何もねえはずがない」
煙とともに現れたのは忍者のようなキャラクターだ。
青い忍び装束の二人組。見た目はそっくり。
「邪魔すんな! どけ!」
正面突破を試みる。
右の忍者が手裏剣を投げてきた。
『シュッ! シュッ! シュッ!』
走りながら右に流れて避ける。
すると、こちらの避けた方向に向かって左の忍者の投げた手裏剣が先回りするように飛んでくる。
『シュッ! シュッ! シュッ!』
「おっと!」
足の裏で床を強く蹴って踏ん張る。
『キン!』
最後の手裏剣を剣で弾く。
『シュッ! シュッ! シュッ!』
今度は右の忍者の内角攻めだ。窮屈になりながら剣で受ける。
『キン! キン! ガッ!』
最後の一発は弾き損ねて嫌な音がする。
左忍者が俺の足元に手裏剣を打ち込んでくる。
ジャンプで避けようとすると、飛び上がった方向に右忍者の手裏剣が来る。
「くそ! こいつらもシンクロしてやがんのか!」
やはり、敵NPCは絶妙なコンビネーションで意思疎通している。ツーカーの攻めは厄介だ。
「うぉらあ! 会心連撃!」
距離を詰めたところで右忍者に会心連撃をお見舞いする。
『ズパズパ、ズパッ』
クリーンヒット! が、ダメージ表示が出ない!
「なに!?」
そこで『ボフン!』とお約束の「変わり身の術」!
目の前に木の人形がポトリと落ちた。
『ザクッ!』
「痛って!」
背中を斬られた。
「野郎!」
振り返ってカウンターの会心連撃! バックステップで離脱する忍者に斬りつける。
『ズパ、ズパッ』
当たりは、やや浅かった。
『ボフン!』
またしても、変わり身の術だ。
そしてワンテンポ置いて背中に『ザシュ!』という痛み。
今度は振り返った時に敵を斬らずに、わざと左足で蹴った。
と、同時に右周りに反転しながら剣を大振りする。
背中に食らう前に斬る!
『ズパッ!』
背中への攻撃を食らう前に攻撃を当てた。
だが、やはり『ボフン!』と外れを掴まされる。
「奴等、交互に来やがる!」
何回か同じ攻撃を受けながら考えた。
おそらく、変わり身の準備をした方が囮として俺の正面に立ち、もう片方が後ろから攻撃を仕掛けるよう、役割分担しているのだろう。
「やっぱ、広範囲攻撃でないと面倒だな」
そんなせこい連携なんぞ、ビッチの魔法なら一撃なんだろうが……そこが物理攻撃一辺倒の辛いところだ。
「え?」
油断した! 顔面直撃の勢いで手裏剣が迫っていた。
「ミ!」
『ザクザクザクッ!』
思わず目をつぶってしまったので何が起こったか分からない。
目を開けて声のした方を見ると、ミカポンとデッシュが居た。
目の前に飛んできた手裏剣は消え失せている。
「今のは? ミカポンか!」
どうやらミカポンが、盗むスキルで手裏剣を奪ってくれたようだ。
「痛いでしゅ……」
代わりにデッシュの顔面に手裏剣が3つ刺さっている。
ミカポンの近くにいたからとばっちりを受けた模様。
「あばばば、こ、このバカ女! 盗んだモノをボクチンに押し付けるな!」
まったく、この2人は戦力になってんだか足を引っ張ってるのか……。
気を取り直して忍者に向き直る。
「おらっ!」
会心を狙って正面の忍者を斬る! 当たったはずが変わり身で交わされる。
振り返ってもう一体の忍者を斬る。また変わり身。
「なんだこいつ等? ずっと変わり身じゃねえか」
奴等の攻撃はさほど強力ではない。
踏み込みも甘いし、振り下ろす刀身に切れはなく、交わすのは容易だ。
カウンター気味にこちらの斬撃は入る。
なのに、ことごとく変わり身の術で本体にダメージを与えることができない。
それを何度か繰り返しているうちに疑問が生じた。
「どういうカラクリだ?」
術の発動に予兆が無い。
どんな術でも技でも、発動には何らかの動きがあってしかるべきだ。
なのに、こいつ等にはそれが無い。息を吐くように変わり身の術を使う。
おかしい。なぜノーモーションで術を出せる? それも延々と何度でも……。
何かカラクリがあるんじゃないか?
試しにフェイントで斬るのを途中で止めた。
すると、一瞬、目の前の忍者が戸惑ったような表情を見せた。
そして、俺の斬撃を受けていないのに、変わり身の人形が出現した。
「何だ? 今のリアクションは」
攻撃を受けていないのに変わり身で逃げた。
待てよ? ひょっとして変わり身は自分で発動している訳じゃないのか?
確かめるために、振り返ってもう一体に斬りかかるとみせて寸止め。
同時に後ろを見た。
「やっぱりそうか!」
俺の後ろにいた忍者が手のひらを突き出して口を動かしている。
直後に、俺に斬られかかった忍者のダミーが『ポフン』と出現した。
分かったぞ!
仮に、この2体をAとBとしたとき、こいつ等は必ず俺を前後に挟んで向かい合うポジションをとる。
そこでAが攻撃を仕掛けて、俺が反撃する。
その攻撃が当たる寸前に、俺の背後にいるBがAに対して変わり身の術をかけるのだ。
そして、Bが俺に斬られそうになると、今度はAがBに術をかける。
つまり、相互に術をかけることで、ノーモションで術を発動させているように見せかけているわけだ。
「ということは……」
俺は正面の忍者Aを攻撃するフリをして、反転して後ろの忍者Bに斬撃を浴びせた。
Bは技の発動中のはず!
『ズパッ』『ポフン』
フェイントでBを狙ったのに変わり身の術で交わされた。
多分、寸前で術をかける役を入れ替えたのだろう。
「マジかよ……」
カラクリは見破った。
攻撃されそうな方を、攻撃されていない方がフォローするというのが、こいつ等のお約束だ。
ということは、AとBを同時に攻撃しないと奴らの連携を封じ込むことができない。
それに、奴等は、仮に同時攻撃を受けたとしても、お互いに相手に術をかければ、変わり身で逃げることができる。
単純な戦法だ。しかし、抜群のコンビネーションがなければ、こんな芸当はできない。
恐るべきはAIのシンクロ率だ。
「やっぱ、範囲攻撃が無いと厳しいな」
こいつ等に負けることは無い。だが、時間は浪費してしまう。
フェイントで正面の忍者Aを斬るフリ。そして右足の後ろ蹴りで後ろの忍者Bを攻撃。
当たり前のように変わり身でスカされる。
そこで、ダッシュでその場を離れた。
挟まれなければいい!
しかし甘かった。そこは忍者。目の前に煙が生じて1体が先回りしてきた。
続いて背後を取るようにもう1体。
あくまでもこのポジションをキープするつもりのようだ。
短刀を構えて踏み込んでくる忍者。余裕で交わせると思いきや……。
『ザクッ』
「な!? あ、当てられた?」
奴等は攻撃のスピードを上げてきた。
俺がカラクリに気付いたところで、ピッチを上げてきやがった。
「うっ! 痺れ……る」
忍者の短刀はリーチが短い。刺されても浅い。
だが、刺された肩口が強烈に痺れるということは、刃先に『しびれ薬』を塗っている?
「こいつ!」
咄嗟に短刀の刃を握った。
俺の肩口に刺さったままの刀身を握って離さない。
そして右手のミスリルソードで縦に斬る。
当然、正面の忍者Aは変わり身で逃げる。
が、奴の短刀は俺が握ったままだ。
正面を向いたまま、後ろ手で背後の忍者Bを斬るフリ。
その間に、正面に現れて術を発動させようとする忍者Aは刀を持っていない。
肩口に刺さったままのAの刀は俺の左手が握っている。
俺は右手の剣をAに向かって突きを出す。
と同時に左手でAの短刀を傷口から抜いて、後ろのBを斬りつけた。
急造の二刀流、同時攻撃だ!
『ザク!』『ザクッ!』
前後ともに手応えあり!
「ガフッ!」と、先に後ろのBが呻いた。
右手の剣はAのダミーに刺さっている。
BがAにかけた術でAは逃げたが、AがBにかけるはずの変わり身は間に合わず、俺の攻撃が当たった。
ワンテンポ置いて、正面に忍者Aが姿を現した。
すかさず、左の手首を返して刀でそこを突く。
『ザクッ!』
今度は忍者Aに刀が刺さった。会心ダメージ『9999』が入る。
俺の背後の忍者Bは刀の痺れ薬のせいで、忍者Aを回避させるための変わり身が出せなかったのだ。
思い付きで放った急造の2本同時攻撃。
奴等は俺のアドリブに対処できず、完璧なシンクロを乱されたのだ。
ミカポンが拍手する。
「ミ♪ すごぉい。肉を切らせて役に立つだね?」
それを言うなら『骨を断つ』だろ……。
ミカポンの天然ボケに気を取られていた。
そのせいで、まだ死んでいなかった忍者Bが斬りかかってきたのに気付くのが遅れた。
「しまっ……」
『ドゴォォン!』
銃声と共に、まるで突風に吹き飛ばされたレジ袋みたいに忍者Bが舞い上がった。
だが、なんか形が変だ。人の形ではない。千切れた布切れみたいだ。
忍者Bが消えた……。
それが千切れた布切れと同一のものと理解するのに時間を要した。
振り返ると後方にでっかいライフルが見えた。
よく見ると階段の段差に二脚のスタンドを立てて、ミルクが狙いを定めている。
「ミルク!? ミルクが撃ったのか?」
「ウィィフ」
「その銃、デカいな! 威力もエグいけど」
余りの威力に、忍者Bの肉体は瞬時に粉砕され、忍者装束だけが残ったのだろう。
ミルクの隣で師匠が首を竦める。
「凄い音……対物ライフルなんですって」
ライフルというか機銃みたいな大きな銃だ。
大人が持ってもデカいのに、幼女がそれを構えていると違和感がありすぎる。
「フミィィ」と、ミルクがドヤ顔をみせる。
ビッチが通訳。
「バレットM82、だってサ」
「そんなので撃たれたら、そりゃ布切れだけになっちまうわな……」
師匠、ミルク、ビッチが俺のところに集まってきた。
師匠が呆れたように言う。
「もう、なにモタモタしてるの?」
「そう言うなよ。結構、手強いんだぜ。AIの連携は」
いつの間にか寄ってきたミカポンが、俺の腕に抱き着きながら師匠に訴える。
「ミッ! このチーム、もう解散していいでしょ? ミカポンと俺君だけでいい!」
どうでもいいけど離れろ。おっぱいは心地良いけど、師匠達の視線が怖い。
「ミ! このチンチクリンは全然役立たずなの。最初からミカポン達だけで良かったのだ。ミ♪」
デッシュが「は?」と、怪訝な顔をする。
「あんたシャンこそ、コンビネーション最悪じゃないでしゅか!」
ミカポンが「ミィーだ」としかめっ面を返す。そして、デッシュを指さしながら言う。
「ミ♪ それにあいつ、変態なんだよ? 渋谷の交差点でウンコしようとしてるんだよ!」
師匠がゲンナリする。
「それってテロじゃないの……」
ビッチが汚いものでも見るような目で吐き捨てる。
「最低だヨ。変態なのは知ってたけど、そこまで落ちたンだネ」
ミルクも軽蔑したような表情で「ケッ!」と、蔑む。まるで道端にタンを吐くオッサンみたいな態度は幼女とは思えない。
「あばばば! バ、バカでしゅか? あんたシャン達は! あれは『例え』でしゅよ? 本当に交差点でンコなんかしないでしゅよ!」
デッシュは、完璧な変装ができたことで冗談を言ったつもりなのかもしれないが、ミカポンの暴露ですっかり変態扱いされてしまった。
「あれ? そういやオッサンは?」
ビッチが首を振る。
「例によってアノ子を探しにいったヨ」
「ああ、またルサが勝手なことを……」
好奇心旺盛なルサのことだ。この地下世界を探索したいんだろう。
「とにかく、師匠達が合流してくれて助かった。俺の近接攻撃だけだと大変なんだ」
「そう。じゃ、皆で一気に行くわよ」
師匠が先頭に立って次のフロアを目指す。
そこからは早かった。
ひとつ上の3階フロアには4つ子の剣豪が待ち受けていた。
4つ子だと思ったのは、その姿恰好がコピーしたみたいにまったく同じものだったからだ。
いかにも城の重要拠点を守っていそうな剣豪が日本刀で斬りかかってくる。
それは俺の会心連撃と師匠の飛び込み攻撃で秒殺した。
その上の4階フロアには8体のゴブリン。これも、どれも同じような姿格好だった。
見分けのつかない8体のゴブリンは、モーニングスターを頭上で振り回しながら、フォーメーションで俺達を取り囲もうとした。
が、それをミルクがガトリング砲で粉砕。
さらに上の5階フロアには16体の魔導士。こいつ等もコピーしたみたいに同じで区別がつかない。
数えるのが大変だ。
というか、数え終わる前にビッチが炎の魔法でフロアごと焼き尽くしてしまった。
「なんか、どんどん増えてないか?」
階を上がるごとに敵の数が2倍になっている。
それもクローンというか、まったく同じにしか見えない個体が分身の術のように多数、出現する。
俺に並走しながら師匠が言う。
「単純にコピーしてるのかもね。AIが対策してるんじゃない?」
「倒されたら次は数を倍にして対抗しようって思考か」
「でしょうね。でも、単純すぎるロジックね」
数を増やしたところで俺達を止めることはできない。
どんなにフロアを敵キャラで埋めようとも、今ならビッチやミルクの広範囲攻撃で秒殺できる。
そして俺達は、ついに最上階と思われるフロアに到達した。
「この部屋は何か雰囲気が違うな」
これまでのフロアは敵の気配が溢れていた。
しかし、ここはひんやりとした重い空気に包まれている。
まるで、賑やかな祭り会場内で人気のない社に出くわしたような感覚だ。
「見て!」と、師匠が奥の方を指差す。
このフロアは太い円柱が多い。そしてエジプトの神々のような像が手にした灯りが、ほんのりと周囲を照らしている。頭が犬で身体が人のアヌビス像だ。
「あれか……ここだけは妙にピラミッドっぽいな」
奥に祭壇があり、その中心に石の棺桶が鎮座している。
棺桶の上では緑色のオーロラが神々しく揺らめいている。
まるで、超高級なカーテンが風に揺らされる度に陽光を漏らすように、緑の光が棺桶を照らしている。
「司祭はあの棺桶の中か?」
「でしょうね」と、師匠がレイピアを握り直す。
周囲に敵がいないことを十分に確認してからデッシュが先頭にしゃしゃり出て啖呵を切る。
「そこまででしゅよ! ボクチンが止めを刺してやるでしゅ!」
「アレ? 誰か居るヨ?」
「あばばば! 前言撤回! 嘘でしゅ、ボクチンは敵ではないでしゅよ!」
独りで大騒ぎしながら俺の後ろに慌てて隠れるデッシュ。
「あのなぁ……お前って奴は……」
ビッチが指摘した通り、祭壇上の棺桶の横に椅子があって、誰かが座っている。
薄暗いのでどんな奴なのかは判別できない。
椅子からすっと立ち上がった何者かが、こちらに顔を向けた。
牧師のように見える。いや、少年か? 顔が童顔で背も低い。
彼はファッションモデルのような決めポーズで俺達を眺めている。
ゆっくり祭壇に近づきながら様子を見る。
あの棺桶の中は瀕死の司祭のはずだ。
そしておそらくは、あの怪しい光で治療だか再生だかを行っているに違いない。
それを阻止して、司祭に止めを刺さなくては……。
牧師の恰好をした少年と目が合った。
彼は薄紫の髪をかき上げて呟く。
「ふうん。君達か……」
直感した。こいつがボスだ。
一見すると中性的な優男風のスマートなキャラクター。
だが、得てして、この手のキャラがラスボスだったりする。
敢えて挑発するように言う。
「その棺桶。中身は司祭だろ? 片付けておきたいんだけど?」
牧師の少年は表情を変えずに「駄目だと言ったら?」と返す。
「お前ごと倒すだけだ!」
鋭く剣先を相手の顔に向かって突き出した。
そして、顔の手前で寸止め。
初めからそのつもりだった。そして反応を見る。
彼は微動だにしない。すまし顔のまま、表情一つ変えない。
こいつ……恐怖心が無いのか?
彼は、自分からすっと剣先に顔を近づけた。まるでそんなものは存在しないかのように。
そして、微かに笑みを浮かべた。
「違うよ。戦うのはボクじゃない」
やはりこいつは……強キャラだ。
久しぶりに手の平に汗の冷たさを感じた。




