59. 地下世界のピラミッド
変装してピラミッドの入り口に勢い良く踏み込む!
だが、数歩、足を踏み入れた所で気付く。
「おりょ? 誰も居ねえ……」
ガランとしている。
拍子抜けした。敵の姿どころか罠の一つもない。
「なんて不用心なんだ」
殴り込みをかけた自分が言うのもなんだが、こんな無防備でいいのか?
本当に何もない。暗くはないが明るくもない。
壁床はベージュ色のタイルで組まれている。凝った装飾は皆無。
まるで、夜逃げした古い博物館に足を踏み入れたような感覚だ。
もっとこう、茶色くて埃っぽくて狭い空間を想像していた。
「スカスカじゃねえか。立派なのは外観だけかよ」
見掛け倒しのピラミッド。内部は思ってた以上に空っぽだ。
俺を盾にしていたデッシュが、恐る恐る周囲を眺め回す。
「思ったより広いスペースでしゅねぇ」
秘密の入り口から入ってすぐの俺達が立っている場所は、闘技場のような四角い部屋だ。
広さは体育館ぐらいで、天井は高く5メートルほどある。
「見るでしゅ。そこから上に行けるようでしゅが……」
デッシュが指し示したのは部屋の奥だ。
見ると、奥の壁面に剥き出しの階段がついていて、上に行けるようになっている。
「だな。これって上に行くほど部屋が狭くなっているのかな」
「ピラミッドでしゅからねぇ。おそらく、上の層ほど狭くなっているんでしゅよ」
「そうか。じゃあ、どんどん上に行けば、いずれ奴を捕まえられるな」
「司祭はずっと上の方でしゅね」
とりあえず、この部屋を突っ切って奥の階段に向かった。
と、その時、『ヒヒーン!』という鳴き声が響いた。
「馬!?」
驚いて周囲を見回そうとしたら、デッシュに後ろから突き飛ばされた。
「あばばば! 怖いでしゅ!」
「痛ぇよ! デッシュ、押すな!」
振り返るとデッシュが一目散に来た道を戻ろうとしている。
「逃げんな! ボケ!」
デッシュの襟首を掴んで引き戻す。
その時、右方向から長い槍を持ったケンタウロスが現れた。
下半身が馬、上半身が人間の怪物だ。
だが、このケンタウロス、上半身に西洋鎧を纏っている。
「ヒヒーン!」と、下半身がいななき、前足を高く持ち上げた。
大きな蹄は堅そうな素材で出来ている。
ミカポンが首を捻る。
「ミ? 今、どこから鳴き声を出したの?」
確かに馬のパーツは下半身だけだ。馬の頭はついていない。
「ホントだ。でも、さっき「ヒヒーン」って鳴いたよな?」
「ミ? 鎧とったら実は上半身も馬だったりして。ミッ♪」
そんなバカな。上半身も馬なら、それは全部馬だろ?
人間と混ざってるからモンスターの意味がある。
と、思っていると鎧の上半身から声が漏れてきた。
「侵入者め! ここは通さん!」
それを聞いたミカポンが驚く。
「ミミッ!? 上の口はそっち? じゃあ、さっきの「ヒヒーン」は下の口?」
デッシュが咎めるように言う。
「下の口って、いやらしい女でしゅね」
「ミ? なんでよ? ミカポン、意味わかんな~い」
「むきいぃ! 物分かりが悪い女でしゅね!『げへへ、下の口は正直だな』って良く言うでしょうが」
「ミ?」
ミカポンはキョトンとしている。
「常識でしゅよ。あんたシャン、エロ本を読まなさすぎでしゅ! 勉強しなしゃい!」
デッシュが馬鹿なことを言っている間にケンタウロスがダッシュしてきた。
『パッカ、パッカ』と、蹄の音が迫る。
「死ねい!」と、上半身の鎧が槍を突き立ててきた。
まあ、長い槍なんで大振りな分だけ避けるのは簡単だ。
「おっと」
軽く右に身をかわした。
が、目の前で馬が後ろ足で立ち上がり、前足で蹴りを繰り出してきた。
蹄が顔面に迫ってくる。
「近い! くそっ!」
無理な体勢で強引に剣を振る。が、少し雑な軌道になってしまった。
『ガキン!』
剣の先端が辛うじて前足の蹄に接触する。
会心攻撃にはなったが、与ダメージが表示されない。
どうやら馬の蹄には当たり判定が無いようだ。
「野郎! 接近戦とは上等じゃねえか!」
受けて立つ!
前にぐっと踏み込む。
「会心……連撃!」
張り付いてからの連撃を試みる。
が、深く踏み込もうとすると、ケンカキックの要領で馬の蹄が飛んでくる。
「くそ! 足が邪魔だ!」
本体に接近しようにも前足の蹄に阻まれて思うように切り込めない。
しかも上半身の鎧は槍で攻撃してくる。
ケンタウロスから振り下ろされる槍先は、まるで2階から落ちてくるような角度だ。
「うぉっ、危ね!」
咄嗟に剣を合せて槍先の軌道を『ガキン』と、弾く。
弾かれた槍先が『ズドッ!』と、重い音を発して床を抉る。
そして次の瞬間、割れたタイルが細かく跳ねて、こっちに飛んできた。
バックステップで避ける。
それを追尾してくるように、床を抉った槍先がアッパーカットのように伸び上がってくる。
「うぉっ!」
上半身を反らして寸前で回避! 俺の顎の数センチ先を槍先が掠める。
そこに『カッカッカッ!』と、割と近い位置でリズミカルな音がした。
それは俺の足元から生じた。
足元をチラ見すると、矢が3本、等間隔で俺の踵すれすれに着弾している!
「弓の攻撃だと!? どこからだ?」
弓の出所を探る。背後まで目をやると奥の階段にエルフ風の弓兵がいた。それも3体!
「あれか!」
どうやら弓兵が援護射撃をしてきたようだ。
目の前にケンタウロス、後方に弓兵。この位置取りはまずい。
そう思って時計回りにケンタウロスのサイドに回り込む。
『カッカッカッ!』
俺の動きを追うように矢が飛んでくる。
「くそ! 遠距離攻撃うぜえ」
こんな時にビッチかミルクが居てくれれば……。
その間にもケンタウロスは攻撃を仕掛けてくる。
図体がデカいくせにステップは軽やかだ。
しかも、上半身の槍攻撃と下半身の蹄キックの連携は、やたらと滑らかだ。
間合いを取りながら、つかず離れずのポジションをキープする。
が、今度は前方にキラリと光る何かを認めた。
はじめは小さなオレンジの点だったものが、『ゴォォ』と空気を震わせながら接近してくる。
「火球!?」
『ボバンッ!』と、火球が目の前で弾ける。と、同時に猛烈な熱波に押し返される。
「熱っ!」
急ブレーキで足を止めて、炎の勢いに突っ込みそうになるのを堪えた。
火球の飛んできた方向を凝視する。
「左の方になんかいる!」
援護は弓兵だけじゃない。魔導士が紛れていやがる。
足を止めてしまうと、立ち止まった箇所を奴等に狙われてしまう。
「ぬふんっ!」と、ケンタウロスの槍が降ってくる。
『カッカッカッ!』と、執拗な弓攻撃が俺の逃げ場を奪おうとする。
かといって意識をそちらに向ければ『シュゴゥ!』と、火球も不規則に乱入してくる。
何に集中すべきか? 一瞬の迷いが生じた。
『ドスドスドス!』
「痛え!」
背中に弓を被弾した。等間隔に矢が刺さったようだ。
「くそ、全部は交わせねえよ……」
背中の痛みで足を止めたところに、今度はケンタウロスの槍先が『ビュン!』と、迫ってくる。
「会心!」
剣で受けるしかなかった。
『グアッキィン!』
辛うじて槍先を弾く。タイミングがギリギリで、それが精一杯だった。
反撃のつもりでカウンターを狙って踏み込む。
が、前方に『ボッボッボッ!』と、ナパームばりの火柱が出現!
止む無く引く。
そこに『カッカッカッ!』の弓攻撃!
「なんだ! こいつらのコンビネーションは!」
凄い連携だ。
まるで全盛期のスペイン代表のパスワークみたいだ。短いダイレクトパスで繋がれてDFは何もできない。
かといって、こちらから動こうにも詰将棋のように、こちらの動きが封じられてしまう。
奴等のひとつひとつの攻撃は致命傷にはならない。だが、地味に痛いしイライラが募る。
「奴等……どうやってこんな連携を?」
そこで思い当たる。
NPCは情報を共有している? それもリアルタイムで!
そうとしか考えられなかった。
完璧な連携。俺のアクションを全方向で監視しているかのような攻め。
奴等は完全にシンクロしている!
だとしたら……相打ち狙いなんてできっこない。
「なら、正面突破するしかねえな」
それには奴等の攻撃の核になっているケンタウロスを何とかするしかない。
奴にダメージを与えるには、当たり判定のない下半身の馬ではなく、上半身の鎧に斬り込まないとならない。
けど、上半身まで届くか?
上半身の鎧が振り下ろした槍を回避し、タイミングを見計って高くジャンプする。
「食らえ! 会心……」
すかさず下半身の馬がジャンプの軌道上に蹄キックを挟んでくる。
「くっ! やっぱ足が邪魔……」
ジャンプ中は方向転換できない。しかもそこを矢と火球で狙い撃ちされてしまう。
「くそっ!」
中に浮いた状態で身を捩る。
3本の矢が目の前を掠めていく。
時間差で火球が迫ってくる。
剣でケンタウロスの蹄を弾く。その反動で体勢を変えて、火球をいなす。
今の同時攻撃は何とか避けることが出来た。しかし、ジャンプ中はどうしても隙が生じてしまう。
「これじゃ下手にジャンプもできねえな」
この連携攻撃は厄介だ。ごり押しするにも隙が無さすぎる。
だったらスピードで掻き回すか……。
「こっちだ!」
ケンタウロスに張り付くのを止めて、わざと距離をとる。
その間も遠距離攻撃は俺を追っかけてくる。
バックステップとサイドステップを織り交ぜて20メートルほど離れた。
ケンタウロスは俺が止まった位置に狙いを定めて突っ込んでくる。
距離を詰めに向かってくる奴の直線的な動きを見極め、こちらもケンタウロスに向かって走る。
狙いはすれ違いざまのジャンプ斬りだ。
『パカッ、パカッ』と、真っすぐに接近してくるケンタウロス。
右か左か、どちらに飛ぶか……。
突っ込んでくるケンタウロスの左側をする抜けるようにギリギリで飛ぶ!
予想通り、走行中の前足は蹄のガードが遅れた。
「いける!」
空中で上半身の槍を避けて会心連撃を叩きこむ!
「会心連撃!」
『ガガガガッ!』
「なっ!?」
剣先が鎧に到達する前に真横に押された! そのせいで俺の斬撃が届かない。
真横からの圧? それが俺の振った剣を横から押して軌道を狂わせやがった。
「まさか……今のは矢!?」
しかし弓矢の勢いなんて大した圧力にはならないはず。
ということは、何本もの矢が一点に集中して、俺の剣をケンタウロスの上半身から遠ざけたのだ!
「信じられん。ピンポイントで剣に当てやがっただと? しかも振っている最中に……」
階段のエルフ達はそんな精密射撃ができるというのか?
奴等の弓攻撃は、せいぜい俺の動きを牽制するレベルと見くびっていた。
「マジかよ。ますます鉄壁じゃねえか」
これもAIならではの連携技なんだろう。
ひょっとしたら視覚を共有しているとか、瞬時に最適解を見つけだすとか、チート的な連携を繰り出せるのかもしれない。
「ちょっと想定外だな。突撃するには、やっぱ戦力不足だったか」
AIの連携に対抗するには、こちらも連携が必要だ。
だが、デッシュとミカポンではそれも期待できそうにない……。
ミカポンにケンタウロスの槍を盗ませるか? でも、そんなのは時間稼ぎにしかならない。
孤立無援。これは不味い状況だ。
と、その時、聞き慣れた甲高い声がした。
「ハーフのじゅちゅう!」
声はすれども姿は見えない。どうせどこかに隠れているんだろう。
だが、術の効果は発動した。
『ぽふん!』という煙とともに、ケンタウロスの脚が半分になった!
下半身の馬が短足になってしまったケンタウロスは、素人の手抜き芝居に出てくるハリボテみたいで滑稽だ。
急に足が短くなったせいで「ぬぬ!?」と、ケンタウロスの上半身がバランスを崩した。
「今だ!」
ダッシュ&ジャンプで上半身の懐に飛びこむ! その高さなら届く!
「会心連撃!」
『ズバズバズバ!』
今度は攻撃が通った!
「グォォーン」と、上半身の鎧が叫ぶ。
そして『9999』のダメージ3連発でケンタウロスは即死した。
「でかしたデッシュ! 今のは良いサポートだったぞ」
珍しくデッシュが役に立った。
「ヘヘン。これぐらいへのカッパでしゅ」
そのコメントにミカポンが突っ込む。
「ミッ♪ アンタはハゲてるからカッパそのものだけどね!」
「むぎぎ! このクソアマ、超むかつくでしゅ」
仲間割れしている場合じゃない。
「まだ敵は残ってる! 次は階段の弓兵だ!」
部屋を突っ切って奥へ向かい、上のフロアへ続く階段を駆け上がる。
階段の途中に陣取っていたエルフの弓兵達を視界に捉えてダッシュ!
俺の接近に弓兵3人組が慌てて迎撃態勢を整えようとする。
構わず突っ込んで一直線にダッシュ! すれ違いざまに会心連撃をお見舞する!
『ズバズバズバズバ!』×2
エルフ1体あたりに2回攻撃を当てれば十分だ。
防御力の低い弓兵にとって会心連撃はオーバーキル過ぎる。
「ぎょ?」と、エルフの弓兵はきょとんとした。が、既に奴は死んでいる。
残る2体も「ぎょ?」「ぎょ?」と、同じようなリアクションで昇天する。
1階には、まだ火球を撃ってきた魔導士が残っている。
だが、時間をロスしてしまうので無視して先を急ぐことにした。
「デッシュ! 司祭はこのまま上でいいんだな?」
「そのままでしゅ! 最上階でしゅよ」
「分かった! ついてこい!」
エルフの弓兵を切り捨てた勢いのままに階段を駆け上がり、俺は上のフロアに向かった。




