57. 覚悟の暗殺
俺達の意識がこちらの世界にあること。俺達の家族はそれを知らないという。
なぜ、オッサンや運営は知らせないのか?
その理由をオッサンが説明する。
「被害を拡大させない為でございます」
その言葉に俺達は息を飲んだ。
師匠は唖然としてオッサンを凝視する。
オッサンは俺達の表情を順に確認した。そして冷静に告げる。
「以前、申し上げました通り、転移の原因はデバイスと身体的特徴との関係性にあります。皆様のご家族は、当然に遺伝的な身体の構造も似ていると考えられます。ということは、転移してしまうリスクが非常に高いと言わざるを得ません」
その説明に反論が出来ない。
俺とビッチが顔を見合わせていると、デッシュが口を開いた。
「けど、デバイスを変えればいいのではありましぇんか?」
おお! その発想は無かった! デッシュにしては鋭い。
しかし、オッサンは首を振る。
「デバイスが違えど、転移しやすい体質というリスクは排除できませぬ。皆様のご家族まで転移してしまうかもしれないのです。ですので運営は、これ以上、被害者を増やす可能性を排除したいのです」
そこで師匠がポツリと口を開く。
「被害者なんだ……私達」
オッサンが慌てて取り繕う。
「いやはや、い、今のは失言でございました! 決して私どもは皆様を被害者などとは……」
「それが本音なんでしょ!」
師匠が強い口調でオッサンの言葉を遮る。
涙目で怒りを露わにする師匠。黙り込むオッサン。
まずい……実に気まずい雰囲気だ。
そこに一石を投じたのはデッシュだった。
「仕方が無いでしゅ」
キッと師匠がデッシュを睨む。
「なによっ! なにが『仕方がない』よ!」
いつもなら師匠の剣幕にビビりまくるデッシュが珍しく引かない。
「だって事実でしゅから」
デッシュの冷静な物言いに師匠も返す言葉が無い。
「みなしゃんの身体は、現実世界では意識不明なんでしゅよ。客観的に見れば、ゲームの世界から戻って来れなくなった被害者なんでしゅ。分かった?」
言ってることは正しい。が、最後の「分かった?」という上から目線は鼻につく。
そこでオッサンが大きくため息をついた。
そして一人で納得したように大きく頷く。
「分かりました。ご家族に心配をかけたくないという皆様のお気持ち。皆様の意識はゲーム内でご健在であること。この事実をお伝えすることにしましょう。私が運営を説得いたします」
それを聞いて師匠の表情にパッと明るさが差した。
「ホントに?」
「はい。そろそろご家族の精神状態も限界だと考えておりました。せめて、皆様の意識がこちらにあることをお伝えできれば、ご安心されるかもしれません」
それを聞いて師匠とビッチが嬉しそうに顔を見合わせる。
「ただし……」と、前置きしてオッサンが続ける。
「情報統制はしっかりせねばなりません。万が一、このことが外部に漏れ伝わってしまい、ゲームが存続できなくなってしまっては大変です。今のところ、皆様の意識は、このゲーム内に存在します。もし、ゲームが強制終了されてしまった場合、意識が元の身体に戻ることが出来なければ……」
皆を代表して俺が頷く。
「ああ。分かってる」
敢えて『死』という言葉は口に出さなかった。
だが、それは師匠をはじめ、皆、分かっていることだった。
デッシュが考え込む仕草をみせる。
「ううん。けど、事実を伝えるのは諸刃の剣でしゅね」
そこで恒例の聞き間違え。
「ホモ派のケン?」
すかさずビッチの珍フォロー。
「ウン。ゲイの人にはケンって名前の人が多いンじゃない?」
「ち、違うでしゅー! ケンって人に失礼でしょうが!」
気を取り直してデッシュが考えを口にする。
「諸刃と言ったのはでしゅね、事実を知った家族の中には運営に怒りを向ける者が出て来るかもしれないってことでしゅよ」
オッサンが唸る。
「むむう……デッシュ殿のご明察、その通りでございます。おそらく、このような状況に陥ったことについて、運営への責任追及は免れませぬ。そして運営が怖れているのは、それが露見することでございます。結果、このゲームが立ち行かなくなってしまうこと……それだけは避けなくてはなりませぬ」
師匠が上目遣いでオッサンに尋ねる。
「ね。私の……私のママは心配してた?」
「勿論ですとも。ご家族の中では一番、熱心に付き添われています。いつも師匠殿の手を握って話し掛けておられるそうなのですが、時々、微かに反応するとおっしゃっています」
「そう……良かった。怒ってないのね。ケンカしたままだったから。仲直りしないで転移しちゃったから……心残りだったの」
そう言って師匠は何かを思いついたらしく、オッサンに何やら耳打ちした。
「いやはや。承知いたしました。そのようにお伝え致します」
「うん。お願いね」
2人のやりとりが気になったので尋ねてみた。
「師匠、オッサンに何を頼んだんだ?」
「秘密。てか、あなたに関係ないでしょ」
「なんだよ。まあ、いいけどさ」
オッサンが気を引き締めるように言う。
「現実世界のことは我々にお任せください。その代りといっては何ですが、先生方はこの世界をお守りください」
「AIの異変でしゅね? AIの悪魔」
「さようでございます。なんとしてもそのような異変は、大事になる前に葬り去らなくてはなりませぬ」
「だな。他のプレイヤーが異変に気付いて騒ぎになったら、このゲーム世界が滅茶苦茶になっちまう」
オッサンは俺達の顔を見回しながら言う。
「その為にも、NPCを扇動している者を抹殺しなくてはなりませぬ。こっそり。秘密裏に」
俺達の話を聞いて麻耶が腕組みしながら口を挟む。
「話は理解した。で? 自分はその扇動してる奴を長距離スナイプで消せばいいんでしょ?」
「そういうことでございます。本当は移動中に狙撃するのが宜しいのですが、あの司祭はずっと教会に引きこもっておるようですので」
師匠が頷く。
「問題はそこよね。確かに、この人達の能力は目の当たりにしたけど、できるかしら?」
摩耶はクールに答える。
「問題ない。絶対貫通、それが自分のスキル。放たれた矢は20秒間、重力に影響されずに飛び続ける。その軌道上の障害物は無になるの」
「あぎょーん! 恐ろしいでしゅね! だからボクチンの可愛いおでこに修復不能な穴が開いたんでしゅか!」
「ミ! そうだピョン。てか、よく治ったわねぇ」
ミカポンが、しげしげとデッシュのおでこを眺める。
「治ってないでしゅよ! 応急処置でしゅ。穴を塞いだだけでしゅよ!」
ビッチが冷ややかに笑う。
「フフン。つまり空っぽってことだヨ」
「ムッキッー! 誰の頭が空っぽでしゅか! 脳みそ足りないデカ乳女に言われたくないでしゅよ!」
『バリバリバリ!』
デッシュが黒焦げになったところで、麻耶が腕組みしながら言う。
「でも、本当にその司祭がAIの悪魔だと言い切れるの?」
オッサンが少したじろぐ。
「そ、それは……確証はございませんが、芽は摘みとっておかなくてはなりませぬ」
デッシュとの潜入が失敗した後に、もう少し調べたところ、例の集会は一日2回、毎日、あの教会で行われていることが判明していた。
昼間はデッシュのせいで失敗したが、今度はうまくいきそうだ。
「よし。今からなら夜の部に間に合う。潜入するぞ」
「先生! お願い致しますぞ」
そこで師匠が得意げに胸を張る。
「そうね。じゃあ、私から作戦を発表するわね」
師匠はニッと笑みを浮かべて潜入班のメンバーを指名した。
「潜入するメンバーは、俺君、ミカポンさん、デッシュ君の3人よ」
「おい。何だ? その編成は? 無理があるだろ!」
俺の抗議に対してデッシュが答える。
「仕方ないでしゅ。ボクチンの偽装の術は必須でしゅし、スナイプの目印をつけるにはこのイカれたアバズレが必要でしゅから」
ミカポンがプゥとむくれる。
「誰がアバズレよ! 大事な物、盗っちゃうぞ! ミッ♪」
確かにミカポンと麻耶はセットだ。
ミカポンがマーキングした箇所に麻耶が超長距離の弓による狙撃をピンポイントで成功させる。
それも壁や障害物を無関係に100発100中で。
「だったらデッシュとミカポンの二人組でいいだろ。なんで俺が……」
師匠が腕組みしながら顎を上げる。
「不測の事態があった時の保険よ。万が一囲まれたら、この2人では太刀打ちできないわ」
「そりゃそうか」
ミカポンは俺が付いていくことを喜んでいる。
その様子を見る師匠は、複雑な心境の様子。
それが気がかりだが、今は作戦に集中しなくては。
そう自分を納得させて、俺達は急造のパーティで臨むことにした。
* * *
NPC達の秘密集会は、ロウソクの明かりで埋め尽くされた礼拝堂で行われていた。
ロウソクといえども、これだけの数が集まると結構明るい。まるで星空の一画を切り取ったみたいに、箱の底に光が密集している。
昼間と同様に司祭は「盲目的に従うな」「自覚を持て」といった説教をしていた。
俺達は遅れてきたフリをして、ゆっくりと前の方の席に向かう。
誰も俺達のことは気にしていない。皆、熱心に司祭の言葉に聞き入っている。
その面々は様々だ。若干、町人のモブキャラが多いようだが、冒険に同行しているような格好の魔法使いや剣士、騎士、狩人なども少なくない。
前から5列目に空きがあったので、そこに俺が座り、デッシュは最前列の端っこ、ミカポンは俺の斜め前に座った。
分散して着席したところでタイミングを図る。
あまりモタモタしていると、またデッシュの術が切れてしまうかもしれない。
偽装の術は、ちょっとしたことで解けてしまうからだ。
前方のミカポンが振り向いて目配せする。既に右指でピストルの形を作っている。
俺が頷くとミカポンは、指先を司祭の方に向ける。
緊張の一瞬……。
固唾をのんでミカポンの動きを見守る。
「バッキュン♪ ミ♪」
ミカポンの声が響いた。
間が悪いことに、司祭の話が途切れた瞬間に声を発したものだからミカポンの合図は浮いてしまった。
場内に「?」が広がる。
そこに、空気を裂く『キィィィン』という音がして、司祭の額に『ビシッ!』と、穴が開いた。
そして、司祭は目を見ひらいたまま後ろにぶっ倒れた。
やったか!?
場内がシンと静まり返る。何が起こったのか分からずにNPC達は固まった。
「やったピョン! 大成功♪ ミッ♪」
空気を読まないミカポンの小ジャンプ&Vサイン。
異変に気付いた壇上の牧師達が騒ぎ出す。
「し、司祭様!」
「な、な、なんということだ! 急いで地下に!」
倒れた司祭を抱えながら牧師達が奥の部屋に向かう。
ざわつく場内。
「あ! 逃げたぞ」
後を追わなければ!
あの様子では仕留め損なったかもしれない。頭を撃ち抜かれただけではくたばらないのか?
だが、息の根を止めなければ意味がない。
NPCの反乱を抑制するには、触媒である司祭を片付けなくては!
俺は混乱するNPC達を押しのけ、ミカポンとデッシュを連れて奥の部屋に向かった。
だが、NPCの神兵が3体、行く手を阻む。
「ここから先は幹部だけだ!」
「うるさいでしゅね。邪魔するとケガするでしゅよ?」
「なんだと! やる気か?」
「ボクチンの強烈なカミナリ魔法をお見舞いするでしゅよ? 言っておきましゅが、転移者仕様のぶっ壊れ性能でしゅからね?」
「え? デッシュ、お前、攻撃魔法なんて出せんのか?」
「当然でしゅ。伊達にあのクソビッチの雷を何度も喰らってましぇんよ」
デッシュは、不敵な笑みを浮かべながら顎を上げ、指でピストルの形を作って神兵達に向ける。
「ボクチンを怒らせないほうが良いでしゅよ?」
デッシュの目がマジだ。
神兵達に緊張が走る。
「いくでしゅよ! 究極魔法! その名も……」
デッシュは右手を頭上に翳して呪文を唱える。
「カミナリ、どーん!」
デッシュの手が下がると同時に『パリッ』と、小さく乾いた音が生じた。
神兵達の頭上にチョロっと稲妻が走る。といっても、ジジイの残尿みたいなショボい稲妻だ。
「あ!」と、神兵が小さく声をあげる。
が、ダメージを受けている風では無く「なんかチクッとしたぞ?」と、訝りながら頭を掻くだけだ。
「おい! 全然、効いてねえじゃねえか!」
「あれれぇ? おかしいぞ?」
デッシュはそう言って首を捻るが……。
「やっぱ、才能ねえわ、お前」
一瞬でも期待した自分がバカだった。所詮、デッシュはデッシュだ……。




