56. 大脱出
殺気だったNPC達が背後から迫ってくる。
デッシュの足が遅いので追い付かれそうだ。
「デッシュ走れ! もっと早く!」
「あばばば! これでも全力でしゅ!」
無我夢中で階段を駆け上がる。
5階ぐらいまで上ったところで階段は途切れた。
止む無く左手に向かう。
が、正面にドア!
「行き止まりか?」
幸い、鍵はかかっていない。急いでドアを開け放ち、細長い部屋に飛び込む。
だが、ドアの向こうにNPCが押し寄せてきた。
「追い付いてきやがった!」
そこでデッシュが振り返って「ハーフのじゅちゅ!」と、技を繰り出した。
『ポフン!』
なんと、ハーフの術の効果で部屋の入口の高さが半分になった!
「うわっ!」「くそっ!」
急に入口が狭くなったので、詰めかけたNPC達が足止めされた。
「やるじゃねえか! そういう使い方もできるんだな」
だが、感心している場合ではない。いずれはこの部屋にも奴らがなだれ込んでくるだろう。
「あっちに出口があるでしゅ!」
デッシュの指さす方向を見る。奥にもうひとつの扉がある!
そこを目指す。
奥の扉を開けると、また廊下になっていた。
急いで扉を通過し、デッシュが振り向きざまにハーフの術をかます。
今度は入口の幅が半分になる。
その隙に俺達は廊下を駆け抜ける。
右側は窓が続き、左には扉が等間隔で並んでいる。
おそらく、左側は小部屋になっていると思われる。逃げるならこのまま、廊下を行くしかない。
走りながら昨夜の集会のことを思い出した。
「くそっ! ルサを連れてくれば良かったな」
ルサならNPC達の怒りを鎮められるはずだ。
「無理でしゅよ。あんなメンヘラが言うことを聞くはずがないでしゅ」
「それもそうだな。けど、なんで上に逃げてきたんだ? 結局は行き止まりじゃね?」
「はあ? アンタしゃんがこっちに来るからでしゅよ?」
「てことは、どのみち飛び降りないと駄目ってことか。非常階段なんてねえだろうな」
「あるわけないでしゅ! ゲームでしゅよ? ファンタジーでしゅよ? 消防法の適用外でしゅ!」
そうこう言っている間に廊下の突き当りを左に曲がると、正面に巨大なステンドグラスが立ち塞がっていた。
「あばば! 行き止まりでしゅ!」
「このまま突っ込むぞ! どうせ降りなきゃなんねえなら同じだ!」
今更、速度を緩めるわけにもいかない。
全速力で色とりどりのステンドグラスの壁に向かっていく。
「嫌でしゅ! 怖いでしゅ! ここ、5階でしゅよ?」
「知るか! 行けっ!」
俺はデッシュの後ろに回り、サッカーのランニングシュートの要領でデッシュの尻を思い切り蹴飛ばした。
『バゴッ!』
そのキックが会心の一撃となった。
「あぎょ~ん!」
デッシュの身体がボールのように弾け飛ぶ。
『ガッシャーン!』
ステンドガラスの枠内にシュートが飛んだ!
それを追っかけて俺もダイブする!
そしてステンドグラスを突き破って飛び降りた。
ガラスに突っ込んだことがある人間なら分かると思うが、突っ込んだ瞬間は衝撃と抵抗感だけで音は無い。で、ガラスの割れる騒々しい音は、自分の後ろに向かって流れていく。
ガラスの破片を従えて宙に放り出される。
「うえっ! 高っ!」
目を開けてビビった。思ったより高い!
が、ちょうど目の前に大きな木がある。あそこまで届けばクッションになるかも?
「と、届くか!?」
空中でもがく。足をバタつかせて。
「もうちょい……」
緑が迫る。ぐんぐん迫る。
「届いた!」と、同時に『バキバキバキ!』と猛烈な音が周囲で弾けた。木の枝の手荒い歓迎。
「いででで!」
枝や葉を強引に押しのけながら落下する。その代償に全身に小枝が突き刺さる。
『ドシーン』と、着地して、ようやく重力の支配から逃れた。
「痛ぇえ! 堪んねえな……」
そこに遅れてデッシュが落ちてきた。
「あれ? 先に飛び降りたはずなのに?」
どうやら俺よりも激しく木の枝に揉まれたんだろう。
「あばばば! お尻が痛い、痛いで、お尻!」
デッシュが地面を転がりながら悶絶する。よく見ると、尻に大きな枝が刺さっている。
「穴でしゅ! 穴にハマったでしゅ!」
「なんで尻の穴に枝が刺さるんだよ……」
「ギギギ……抜いて、抜いてくだちい」
「やだよ。自分で抜けよ。汚えな」
「汚くないでしゅ。うんこしてないでしゅ」
「そりゃそうだろうけど……なんだかなぁ」
仕方がないので遠慮なく枝を引き抜いてやった。
が、デッシュが微妙に内股で身体をくねらせながら「ありがとさんでしゅ」と、礼を言ったのが少しキモかった。
* * *
師匠達と合流して潜入調査の結果を報告する。
「結局、あの司祭がカリスマかどうかは確認できなかった」
俺が正直にそう報告するとデッシュが首を竦める。
「でも、結構な数の信者を集めてたでしゅよ?」
「うーん。どうだろ? けど、言うほどカリスマかなぁ。もう少し情報が欲しかったな」
「まったくでしゅ。酷い目にあった割には成果が無かったでしゅよ」
「あ? 誰のせいだ? お前があんなトコでくしゃみなんかするから……」
そこでオッサンが「まあまあ」と、間に入る。
「しかし先生、逃げて正解でしたな。もし戦っていたらNPC達に顔を覚えられてしまうところでした」
「ああ。一応、スパイ活動だから目立たないようにと思って戦闘は避けたんだ」
「賢明な選択でございます。まだ確定ではございませんが、NPC達は情報を共有しております。場合によっては意識も共有しているかもしれません。したがいまして、先生が敵であると彼等に強く認識されてしまいますと、他のNPCにもそれが伝わり、行く先々で狙われてしまうリスクが生じます」
「げげっ! マジかよ……NPC全部を敵に回してしまうってことか」
「いやはや、極論すれば、そうなりますな」
師匠が指を噛む。
「困ったわね。てことは、敵の親玉を倒したりしたら、確実にお尋ね者になっちゃうわ」
「それは面倒でしゅ。やっぱりスルーが一番でしゅ」
「そういう訳にもいかねえだろ」
「そこで私に考えがございます」
「なんだよ。オッサン。どうするつもりだ?」
「はい。暗殺するのでございます」
「暗殺? けど、どうやって?」
「狙撃でございます。離れた所からの飛び道具で攻撃するのです」
「ああ、なるほど。ビッチの長距離魔法か」
「エ? やだヨ? アタシ、NPCに恨まれたくないもん。それにそんなに遠くからピンポイントなんて無理」
「じゃあ、教会ごと消し炭にしちまえばいいんじゃねえか?」
「オレ君、酷すぎ。それは乱暴だヨ」
「いやはや、確かにそれはやりすぎです。そこまで派手なことをしてしまうと、いずれ先生方の存在が露見してしまいます。ですので、首謀者である司祭だけを葬り去るのです」
「そんなこと、できましゅかねぇ」
「いやはや、困難であることは間違いがありません。ですが私には心当たりがございます」
「マジかよ、オッサン。で、良い手があんのか?」
「はい。うってつけのスキルをお持ちの方がいらっしゃるではございませんか。私は直接、お目にかかっておりませんが……」
そこで思い出した。
「ミカポンの相棒か! 超遠距離で弓矢を撃ってくる女。名前なんだっけな?」
師匠も「なるほどね」と手を打つ。が、なぜか浮かない顔。
「マヤさん、だったわね。てことは、またあの人も……」
ビッチも不満そうな顔で呟く。
「あの女、ネ……」
ミルクは眉間にしわを寄せて「ムィィ……」と唸る。
「え? なんだよ、お前ら? なんか嫌そうだな」
「だってサ。あの女がついてくるんだヨ?」
「私も仲良くなれそうにはないわ」
どうやらビッチと師匠はミカポンが気に入らないらしい。
「けど、仕方ないだろ。あいつ等も転移者なんだし、こういう時ぐらい協力してもらわないと」
俺の説得に対して師匠は冷たい。
「好きにすれば?」
妙な雰囲気にオッサンが慌てる。
「いやはや、女性陣には何かお考えがあるようですが、ここはひとつ割り切ってですな。そのマヤという方のスキルを利用してみてはいかがでしょう?」
「分かったよ。じゃあ、ミカポンにアプローチして頼んでみる」
すると師匠が目を吊り上げる。
「そ、それぐらいなら! 私がやってもいいわよ」
どうも師匠の様子がおかしい。
ビッチやミルクも、ミカポンの名前を出した途端に不機嫌になってしまった。
「何なんだよ?」
俺が首を傾げているとデッシュがニヤニヤしながら言う。
「ははーん。ここのメス共はミカポンに嫉妬してるでしゅね」
その言葉に反応して、師匠がキッとデッシュを睨みつける。
ビッチとミルクの視線もデッシュに注がれる。どちらも怒りを含んだ視線だ。
空気を読めないデッシュは呑気に続ける。
「確かにミカポンの方がセクシーで魅力ありましゅからねぇ。男好きするというか、モテるタイプでしゅ。あんたシャン達と違って」
そこに特大の雷と砲撃が『ドーン! バリバリッ!』と、炸裂した。
黒焦げになったデッシュが「な、なんででしゅか……」と、師匠の立ち位置に向かってよろめく。
そこに師匠の張り手が『バッシ-ン!』と、後頭部に命中してデッシュは顔から地面に倒れこむ。
オッサンが顔を強張らせながら場をとりなす。
「いやはや、とにかく、マヤ殿に接触して作戦を練りましょう」
* * *
ミカポンは俺の姿を見つけるなり、豪快に抱き着いてきた。
「ミッ♪ 俺君だぁ♪ また会えたね?」
ミカポンの胸がグイグイ押し付けられる。その圧力にのけぞりながら答える。
「ちょ、いいからくっつくな」
予想通り師匠達の視線が痛い。
「ミ? 会いたかったんだよ? この前のお礼もしてなかったし」
ミカポンは両腕を俺の首に回して顔を近づけてくる。顔を逸らしながら抵抗する。
「とにかく離れろ。手を貸して欲しくて呼んだだけだ」
師匠達の方向を見るのが怖い。
さっき一瞬、ビッチとミルクがジト目でこっちを睨んでいるのが目に入った。
オッサンが顔を強張らせながら説明する。
「お会いできて光栄です。実は……」
このゲームのAIに異変が起きていること。その原因かもしれないカリスマ司祭を排除するには麻耶のスキルが必要だということを端的に伝える。
麻耶は口元に手を当てて「そんなことが……」と、表情を曇らせる。
それとは対照的にミカポンは身体を密着させたまま離れようとしない。
「ミッ♪ オレ君、大好き! あとで二人きりになろ?」
「だからそれどころじゃないんだって」
しかし、ミカポンは人の話を全然聞いていない。
「ミッ♪ オレ君のおかげで借金、無くなったよ! お母さんも喜んでた!」
そこで、それまで浮かない顔で話を聞いていた師匠が「え?」と、顔を上げた。
そして急にミカポンに詰め寄った。
「ちょっと! あなた、現実世界の人とコンタクトしてるの!? 言いなさいよ!」
師匠の剣幕にミカポンが固まる。
「ミ? 直接ではないけど、お兄ィを通じて……」
それを聞いた師匠は「ずるい!」と、言って顔を歪めた。
そしていきなり泣き出した。
「師匠……」
しゃくりあげる師匠の肩が小さく震える。
ひとしきり泣いたあとで師匠がオッサンの方に顔を向ける。
「ねえ? ママは私の意識がこっちにあること知ってるの?」
泣き顔でそう尋ねる師匠。
オッサンが困った顔でなだめようとする。
「師匠殿……お気持ちは分かります。ですが……」
「知ってるかどうかを答えなさいよ!」
師匠の迫力にオッサンがたじろぐ。
「い、いやはや、その……ご存じありません」
「なんでよ! その子の家族は知ってるのに?」
「そ、それはそうですが、師匠殿や先生方のご家族には……お知らせしておりません」
「なんで? ママもパパも心配してるはずなのに!」
師匠の訴えにビッチも同調する。
「そうだヨ! アタシ達はこっちで生きてるンだって伝えてヨ! 何で隠すの?」
師匠とビッチに責められてオッサンが苦悩の表情を見せる。
ミルクはオロオロ、デッシュも軽蔑するような目でオッサンを見る。
きょとんとするミカポン。麻耶は考え事をしている。
かくいう俺も戸惑っていた。
てっきり、俺達の本体が病院に収容された時に運営が説明していると思っていたからだ。
「なあ、オッサン……どうして俺達の家族に転移のこと黙ってるんだ?」
「それは……」
そう言いかけてオッサンは一寸、目を閉じた。そして、思考を巡らせるように頭を振った。
「どういうことだ、オッサン? 説明しろよ」
オッサンは小さくため息をつくと、俺達に向き合って口を開いた。




