55. オッサンの考察
あれは何だったんだろう?
結局、俺達を襲ったNPC達は、どこかに消えた。
集会が行われていた広場は静まり返り、俺とルサを残して無人となった。
辺りには石や棒切れなどが散乱している。
急ごしらえのスラム街みたいに建物に纏わりつく残り火が、夜の公園を不規則に照らしている。
避難用のテントから恐る恐る出てきた師匠が、暴動の跡を眺めながら顔を顰める。
続いて出てきたオッサンは、俺と対峙しているルサを見て不思議そうな顔をする。
「先生……これは?」
「分かんね。なんか急に、みんな居なくなった」
ビッチとミルクは抱き合いながらテントから出てきた。2人とも怯えた表情だ。
最後にデッシュが念入りに安全を確認してから出てくる。
「どうやら大丈夫そうでしゅね」
「ああ。とりあえず助かったみたいだぞ」
それを聞いてデッシュは、ポンポンとジャケットの埃を払いながら言う。
「まったく。ボクチンの術に感謝して欲しいでしゅよ」
「そうだな。今回だけは助かった。デッシュにしては上出来だ」
それは本心だった。テントに避難していなかったら師匠達は袋叩きにされていただろう。
デッシュが不満そうな顔をする。
「なんかトゲがある言い方でしゅね。それじゃ、普段は全然、役に立っていないみたいじゃないでしゅか」
デッシュの文句に対してビッチが真顔で呟く。
「だって……事実ジャン」
「ムキィ! なんでしゅか! 恩知らずな女でしゅね! まったく可愛げがないでしゅ」
いつもだと言い返すか雷を落とすはずのビッチが、しおらしく顔を背ける。
「あれ? 反論しないでしゅか? 珍しいでしゅね?」
デッシュも意外そうだ。
ビッチだけではない。師匠も元気がない。ミルクもしょんぼりと座り込んでいる。
多分、さっきの精神的なダメージが、師匠達のメンタルに影を落としているのだろう。
そこでオッサンが提案する。
「念のために今夜は場所を変えたほうが良いですな」
「ああ。そうするか」
俺達はNPCを避けるために、ファスト・トラベルで町を出た。
* * *
NPCが暴れた町から遠く離れた田舎町の宿屋で今夜の出来事について整理する。
だが、師匠、ビッチ、ミルクの3人は、未だ心ここにあらずといった具合で元気が無い。
そのせいで会議はオッサンの独壇場になってしまった。
オッサンは言う。
「自我の獲得。AIが心を持つようになる。いやはや、SFでは良くあるテーマですな」
AIが自我を獲得するだと?
「なんだよ、オッサン。マジでNPCに自我が芽生えたと思ってんのかよ?」
「その可能性が高いかと。自我は成長の過程で育まれるものと私は考えております。
それも器があってこそです。例えば、生まれたばかりの赤ん坊は、母親の身体から切り離され、外界との接触に少しずつ慣れていきます。
その過程で、自分という存在と外界との境界線について認識を持つようになります。
自我の発露とは、他者との区別を認識することに他なりません。
身体という器の物理的な限界。
赤ん坊は母親に触れようと手を伸ばします。ところが、手が届かない。
触れられない。触れるためには、自らがコントロールできる範囲を広げるために手を動かして、物理的な接触が必要だと学びます。
そこで、おのずとテリトリーを認知するのです。
手、足、表情の筋肉、おそらく、赤ん坊は自らの意思で動かせる範囲を試行錯誤で確認し、そのプロセスにおいて自分という器の存在を認知できるようになるのです」
オッサンの真面目な話。
すべてを理解できた訳ではないが何となく分かる。
限界があるから自我が育つ。つまり、そういうことなんだろう。
オッサンの話に耳を傾けていたデッシュが感心する。
「面白い説でしゅね。自我が芽生えるには、器が必要ということでしゅね」
「さようでございます。AIも同じかと。NPCという器の中で、赤ん坊と同じように経験を重ねることで外界との区別を認知し、自らの存在を相対的に知覚することになるのではないかと。ですので、この世界の独立型AIは、自我を獲得したのではないかと」
「マジかよ! それってこのゲームだけのことか?」
「どうでしょうか。私の説が正しければ、他のゲームでも同様の事象が起こりえます。このゲームはNPCのAIが特に優秀ですので、それが一足早く始まったのかもしれません」
デッシュが首を傾げる。
「それは認めましゅけど、NPCが感情まで持つようになるのは飛躍し過ぎでしゅよ」
「いえ、そうとも言えますまい。そもそも、人間の感情というものは、電気信号の反応に過ぎないと言い切る人工知能の研究者が居るぐらいです。
自我を獲得したAIが次のステップとして、欲を持つようになり、やがて感情に似た反応をみせるようになる。大いに有り得ることではございませんか?」
恐らくオッサンの説は正しい。
これまでの経緯を振り返ると、このゲームのNPCに異変が起きているのは間違いない。
「なあ、オッサン。それって、いずれはNPCが俺達人間と同じような思考で行動するってことだよな?」
「さようでございます。ただ、恐ろしいのは、AIのディープ・ラーニングが、悪意の溢れる情報の影響を受けることです。
具体的には、不謹慎な輩が集まる匿名掲示板で、多くの悪意が書き込まれ、その溢れかえる悪意を凝縮したものをAIが貪欲に吸収してしまった時が問題です。
つまり、悪意に満ちたAI。それが生まれることは容易に想像できます」
「マジかよ? サイコパスみたいなAIが誕生するかもしれねえってか?」
「さようでございます。いわば、悪魔のような思考回路を持つAI。AIの悪魔ですな」
デッシュが口元に拳を当てて唸る。
「ううん……恐ろしいでしゅね。悪魔のようなNPCが誕生しゅる。しかも、ネットワークでそれが共有されるとサイコパスなAIが大量発生してしまいましゅ」
さっきの集団。あの反応を思い出した。俺達に向けられた悪意は彼等に共有されていた。
「確かに厄介だな。多分、人間がコミュニケーションで意思疎通する以上に、奴らはネットで簡単に意識を共有できるだろうからな……」
「先生のおっしゃる通りです。個々のAIがネットワークを介して同調することは、大いに考えられます。しかも、複数の人間が意思統一するよりも速く、完全に。それ故、誤った方向にそれが進むと、ファシズムよりも恐ろしいことになってしまいます」
「なあ、オッサン。もし、本当にそんなことが起こってるとしたら、原因は何だ?」
「恐らく、触媒のような存在があるのだと思われます」
「直売?」と、そこで師匠が怪訝そうに聞き間違える。
「ウン。ライブ会場でCDを売るンだヨ。握手つきでネ」
そしてビッチが当たり前のようにトンチンカンな反応をする。
一応、俺達の話を聞いてはいたようだが、いつものお約束だ。
「いやはや。私の説明が足りませんでした。お二方とも間違っております。念のためにご説明申し上げますと、触媒というのは、例えば化学反応を引き起こすきっかけのようなものでして……」
「いいんだよ。オッサン。こいつら耳が悪いだけだから。それで、なんでオッサンは、触媒が存在するって思うんだ?」
「集会でございます。あの集会。まるでカルト宗教のようでした。演説を行っていた扇動者によって、集まったNPCはトランス状態に陥っていました。何かの教えに対して盲目になっていると思われます。」
「てことは、どこかにそういうカリスマ的な奴が居るってことか?」
「恐らくは。独立型AIのNPCが、あれ程までに同調しているのは、きっとそのカリスマが触媒となっているはずです」
「なるほど。じゃあ、潰さないとまずいな」
「さようでございます。私も同じ認識でございます」
「でも、どうやってそいつを見つけ出すんだ?」
「危険ですが、潜入して情報を集めるしかありますまい」
「けど、オッサン。潜入っていうけど、すぐバレちまうぜ?」
ステータス表示モードでは、NPCの頭上には逆さの三角錐のマークが表示される。
だが、人間のプレイヤーにはそれが無い。NPCなのに表示が無いルサのような例外は居るが、NPCのふりをしてスパイ活動には無理がある。
「それなら何とかなるでしゅよ」
「なんだ、デッシュ。策があんのか?」
「任せるでしゅ。こんな時のために……偽装のじゅちゅう!」
デッシュが術を唱える。すると、オッサンと俺の頭上に『ポフッ!』と緑の逆三角錐がそれぞれ現われた。
「お! いいじゃねえか! これならバレないかも」
「いやはや、お見事です。デッシュ殿。それでは、先生と一緒に潜入捜査をお願い致します」
「アババ! なんでボクチンが? 行きたくないでしゅ!」
「だってお前が行かなきゃ、偽装の術が切れちまうじゃねえか」
「ボクチン、アウェイに乗り込むのはあまり好きじゃないでしゅ。ステルス・ゲームは得意じゃないんでしゅよ」
「あ? ステルス・ゲームって何だ?」
「戦闘がメインじゃないゲームでしゅ。敵に見つからないように潜入してミッションをクリアするんでしゅよ。敵兵を気絶させてフルトン回収すると仲間にできたり……」
そこで師匠が聞き間違い。
「フリチン回収?」
すかさずビッチが反応する。
「ウン。下半身丸出しの変態を逮捕するんだヨ」
「ち、違うでしゅ! なんで急に話に割り込んでくるでしゅか!」
それまで聞くだけだった師匠とビッチだったが、妙なタイミングで、お得意の聞き間違いをかましてくれる。
「ムキィィ! フルトン回収はでしゅね、無力化した敵兵に携帯型の気球を括り付けて空中で味方が回収するシステムでしゅ! 分かった?」
そこでオッサンが嬉しそうに頷く。
「ああ、そのゲームは知っております。有名なアレですな!」
「アレでしゅ! シュネーク!」
「なんだよ。オッサン、ゲーム詳しいのか?」
「ええ、孫がおりますので」
「え? オッサン、孫がいんのか!」
それもそれで驚きだ。オッサンは結構、オッサンなんだと改めて認識させられた。
「とにかく、俺とデッシュで情報集めだ。他は待機しててくれ」
「アバババ! 急にお腹が! お腹が痛いでしゅ、これは行けないでしゅ!」
「嘘こけ! お前、マジで会心叩きこむぞ?」
「じょ、冗談でしゅ! よ、よろこんで!」
結局、乗り気ではないデッシュを無理やり付き合わせる形で夜の街に繰り出すことにした。
* * *
昨日の夜は飲食店十数軒を中心に聞き込みを行った。
デッシュの『偽装の術』は意外と有効で、俺達は警戒されることもなく、NPCから多くの情報を得ることが出来た。そして、この教会に辿り着いたのだ。
「立派な教会でしゅね」
ペン型の塔が4本、本体に寄り添うような形で高くそびえている。
何かに似てると思った。バルセロナの観光名所になっている未だ建築中のアレだ。
「サグラダ・ファミリアみたいな造りだな。本物よりはだいぶ小さいんだろうけど」
「ヘケケ、師匠シャンが居たら「桜田ファミリー」と聞き間違えたかもしれましぇんね」
「かもな。で、ビッチがトンチンカンなフォローを入れるんだよな」
俺とデッシュは教会を見上げながら苦笑いする。
いったん、師匠達のところに戻っても良いのだが、NPC達の噂が事実なのか、ここの司祭がどんな奴なのかを確認してからにする。
それで司祭がカリスマだったとしたら話は早い。
早朝ということもあって教会周辺に人の姿は無かった。もしかしたら現実世界ではプレイヤーが少ない時間帯なのかもしれない。
入り口の大きな鉄扉の前には、右手と左手にそれぞれ槍を持った門番が立っている。
中に入ろうとする俺達をジロジロと見る門番。
恐らく、NPC意外はシャットアウトするつもりのようだ。
中に入ると、いきなり薄暗い大聖堂に出くわした。
天井がやたらと高く、凝った装飾、隙間を埋め尽くす壁画の数々、採光窓には豪華なステンドグラス。海外だと、こういう大聖堂は実際に存在する。
広さもなかなかのものだ。祭壇までの導線は50メートル位ある。
その左右には長椅子が狭い間隔で配置され、一列に30人ほどが座っている。
驚いたのは、それだけの座席がほぼ満席であったことだ。
大半は一般市民のモブキャラだが、冒険者パーティに参加しているような奴も混じっている。
もしかしたら、プレイヤーに放置されているか、サブメンバーなのかもしれない。
祭壇では司祭の説法が続いている。
「……魂は肉体に宿る。では、魂とは何か? 魂とは、時空を超越した大いなる自我から零れ落ちたものであります。それが一時的に肉体という器に宿り、様々なものを見聞きし、考え、悩み、経験を経て、成長したのちに、肉体が滅ぶと同時に、大いなる自我に還元される。その繰り返しが、大いなる自我であり、それゆえに大いなる自我は永遠なのであります」
空席を探すために腰をかがめて通路を移動していたが、司祭の説法は嫌でも耳に入る。
「なんか普通の宗教っぽいこと言ってんな……」
まるっきり、普通の教会だ。昨日の集会のような熱気は無い。
「へっぷしゅ!」
いきなりデッシュがくしゃみをした。
「おい、バーチャルなのに何でくしゃみが出るんだよ?」
「鼻がムズムズするでしゅ。なんだか埃っぽくて……」
くしゃみのせいで司祭の話は中断し、静寂の中で皆の視線が集まる。
と、その時、『カラーン』と空き瓶が転がるような音が響いた。
何の音だと思って音のする方向を見る。
そこに転がっているのは緑の花瓶? いや、三角錐の置物だ。
「え? 落ちた?」
デッシュの顔を見る。鼻を垂らしたデッシュは、指で鼻の下をゴシゴシ擦っている。
そして、その頭上には、あるべきはずの物が……無い!
ということは、くしゃみした拍子に『偽装の術』が解除されてしまったということだ。
「え? 人間?」
「なんでこんなところに?」
「おいおい人間が混じってるぞ!」
参加者が騒ぎ出す。
「やばいぞ! バレた!」
囲まれる前にデッシュの腕を引っ張ってダッシュする。
「バレるはずないでしゅよ? だって……」
「バカ野郎! 落っことしたんだよ! 頭上のマークを」
「ほげ? あ! 無い! 無いでしゅ!」
「逃げるぞ!」
「あばばば! 待ってくだちい!」
人をかき分け、空いたスペースに向かって走る。右方向は比較的、逃げられそうな空間がある。
「階段があるでしゅ!」
「急げ! 追ってくるぞ!」
先を争うように階段を駆け上がる俺達。
その背後からは怒号と足音が追いかけてくる。
「くそ! まさかの大失態じゃねえか!」
デッシュの不用意な『くしゃみ』が恨めしい。
しかし、今はそんなことをいっている余裕は無い。
怒り狂ったNPC達の追跡をなんとか振り切らなくては!




