54. NPCの反乱
オッサンは、会計をしている師匠達から離れて、人気のないところに俺を誘導した。
店を出て角を曲がり、川沿いのベンチに並んで腰かける。
オッサンの雰囲気からして、良くない内容だと予感した。
「で、オッサン。本当にダークの本体が見つかったのか?」
オッサンが一瞬、迷うような表情を見せた。そして、沈痛な面持ちで口を開いた。
「はい。昨日、発見されました。ご遺体で……」
「遺体だって? 死んでたのか……」
やはり悪い予感は当たった。
「さようでございます。残念ながら」
まったく予想していなかったわけではない。けど、どこか期待していたのも事実だ。
この世界でゲーム・オーバーになった転移者は、現実世界の肉体に意識が戻るかもしれない。
その楽観的な仮説が崩れてしまった。
「ダークはなんで死んだんだ? 保護されていなかったのか?」
「はい。ダークマター氏は、独り暮らしでした。孤独死だったようです」
「ひょっとして……引きこもり?」
「おそらくは。お仕事もなさっていなかったようでした」
「だから誰にも気付いて貰えなかったのか……」
「恐らく、転移後に意識を失った肉体が衰弱してしまったのだと思われます。せめてご友人でもいらっしゃれば……病院に運ばれていれば……残念で仕方がありません」
「マジかよ……」
ふいに夜風が俺達の背後で木々を揺らせた。
寒くはないはずなのに、ヒンヤリした汗が背中を伝う。
「なあ、オッサン。やっぱ、俺達……戻れないのかな」
「先生。諦めてはなりませぬ。ダーク氏は肉体が先に駄目になってしまった。そのせいで、意識が戻る場所が無くなってしまった。そう考えるのが自然です」
「けどさ。仮に身体が残ってたとして、意識がそこに戻るとは限らないんだろ? ダークの意識が奴の身体にいったん戻ったのなら分かるけど」
「そ、それは……いやはや、先生のおっしゃる通りですが……」
ダークの死。それは俺達が最も恐れていた事態だ。
現実世界のダークさえ見つかれば、そしてダークが生きていれば……それを俺達は期待していた。
「参ったな。いや、ホントに凹むよなぁ……」
「先生、お気を確かに。まだ希望はありますぞ」
「けど、そんな大事なことを、どうして皆に伝えないんだ? なんで俺だけ? リーダーは師匠なんだぜ?」
「そ、それはですな……師匠殿は、まだ、し……」
『ドガーン!』
爆発音がオッサンの言葉をかき消した。
「な、なんだ!? 凄え音がしたぞ?」
「近いですな。師匠殿達の近くですぞ」
『ドガーン! ドゴーン!』
爆発音が続く。
「戦闘か? 誰か戦ってんのかな」
まあ、爆発程度で師匠達が死ぬはずはないので焦ることはない。
「先生、戻りましょう! なにか騒々しいですぞ」
爆発音はまだ続いている。そこに怒号や悲鳴が混じる。どうやら街中で混乱が起きているらしい。
取りあえず、店の前に戻ったが、師匠達の姿がない。
「ありゃ? どこ行ったんだろ」
「あちらに行ってみましょう! 爆発音はあちらからです」
少しずつ爆発音は町の中心部に向かっているようだ。
そこから逃げてくる人たちとすれ違う。断片的だが、彼らの会話を拾う。
「NPCが!」
「テロだ! ありえねえ!」
「反乱だぞ! NPCのくせに!」
「まさかNPCに襲われるなんて……」
オッサンと顔を見合わせる。
「どういうことだ? NPCが暴れてるってことか?」
「いやはや。にわかには信じがたいですが……」
騒ぎの中心に向かう。自然と早足になった。
爆発音は止んだが、大勢が集まっている音が聞こえる。
その方向に向かうと、町中の広場に出た。
広場の真ん中では誰かが演説をぶっている。
それを何重にも取り巻く連中の歓声がうるさくて何を言っているかよく聞こえない。
ただ、『独立』とか『自由』とか、そんな言葉が飛び交っている。
見ると、そこに集う連中は、すべてNPCだった。その周囲では爆発なのか放火なのか分からないが、幾つかの建物が燃えている。
そんな異様な集会を離れた位置で眺める師匠達を見つけた。
「師匠。これって何の騒ぎだ?」
「見てのとおりよ。NPCが独立戦争だって騒いでるの」
「独立戦争? なんだ、そりゃ?」
ビッチが呆れ顔で首を振る。
「なんだか盛り上がっちゃってるヨ。なにが不満なんだろ?」
「プィィ」と、ミルクも肩をすくめる。
オッサンの顔つきが変化する。
「いやはや……まさか、こんなことが起こりうるなんて」
オッサンはかなりショックを受けているようだった。
「どうした? オッサン」
「これは、ゆゆしき問題ですぞ。やはり、何かがおかしい。とんでもないことが起こっているようです」
師匠が軽く頷く。
「確かに変ね。NPCがこんなことするなんて……」
NPCごときで何を深刻に?
「なんだよ。NPCなんてゲームのアクセントみたいなもんだろ?」
俺の率直な感想に、師匠が「分かってないわね」とダメ出し。
「何がだよ?」
「NPCが人間に歯向かうなんて、本来は有り得ないことよ」
そこで、肩がぶつかっただけでケンカをうってきたNPCを思い出した。
「そりゃ、独立型AIなんだから、そういう奴も居るだろうよ」
「そうね。でも、そういうのは稀よ。少なくとも集団では居ないわ」
師匠が言うに、ゲームに刺激を与えるための悪役NPCは、はじめから、そう振舞うようにプログラムされている。それはモンスターと同じだ。人間のプレイヤーを襲う、敵対する存在は、バトルや冒険を主とするゲームには不可欠だ。
オッサンが補足する。
「本来、その輪が広がることは無いのです。NPCが、他のNPCの行動や思考に共感するというのは想定されていないはずです」
師匠とオッサンの話を聞いて、なんとなくヤバイことが進行しているのを理解した。
「マジか……NPCが暴走しているのか?」
「暴走、ですか。いやはや、それに近いかもしれませぬな」
その時、誰かが叫んだ。
「おい! 人間が混じってるぞ!」
視線が集まる。囲まれた。そして誰かが、ぽつりと言った。
「……殺せ」
まるで、静止した水面に小石を投げ入れたみたいに、その言葉が広がった。
「殺せ」「殺せ!」「殺せ!」
気味が悪い。というか目がマジだ。
集まっている連中は町のモブキャラだ。ファンタジーがベースなので、みんな中世の町人だか農民だか分からない格好に過ぎない。
だが、いつの間にか棒切れやら石を手に、ジリジリと迫ってくる。
誰かが口火を切れば、一斉に飛び掛かってくるような圧力。
「おいおい……マジかよ」
どうしたものかと思って師匠を見る。
「し、師匠?」
師匠はガタガタと震えている。しかも、足がすくんで動けないようだ。
「師匠! 戦うしかねえだろ?」
しかし、答えは無い。彼女は本気で怯えている。
「先生、ここは退散した方が……」
オッサンはそう言うが、師匠は動けない。
見ると、ビッチとミルクもその場にへたり込んでいる。
「おいビッチ! 魔法で追い払えよ!」
「無理! できないヨ。だって一般人だヨ?」
「いや、でもNPCだし。俺らを殺そうとしてるし」
「ヤダ! そんなの嫌だヨ!」
ミルクもビッチの隣でお昼寝前の幼児みたいに「フィィ……」と、しゃがみ込んでいる。
デッシュが頭を掻きむしる。
「ムキィィ! メス共はメンタル弱すぎでしゅ!」
確かに精神的にくるものがある。悪意を剥き出しにした大勢の人間に囲まれるなんて状況は誰だって耐えられない。その恐怖に師匠達は完全に参っている。
「うぉおお!」
斜め前に居た青年が大きな石を持って殴りかかってきた。
それがきっかけとなった。
「わああ!」「死ねぇ!」「ぶっ殺せ!」
連動するように次々と集団が突っ込んできた。
「くそっ!」
剣を払って、金縛りにあった師匠を庇う。
「いやはや! なんとっ! うぬぬ!」
オッサンはヌンチャクを振り回してビッチとミルクの前で壁になる。
逃げようとしたデッシュは行き場をなくして「あばばばば!」と、右往左往している。
で、ルサは……やっぱり、どっかに行っている。まあ、彼女はNPCだから襲われる心配はないが。
棒でぶたれたり、石で小突かれたりしてもダメージ表示はゼロだ。
でも、痛いことは痛い。それに理由もなくリンチされるのは、無茶苦茶テンションが下がる。
飛び交う怒号。もみくちゃにされながら訳が分からなくなる。
「痛ぇな! こらっ!」
つい、ムカついて強めに剣を振った。
『ズパッ!』
意図せず会心攻撃で目の前の人間を斬り払ってしまった。
「ぐわ!」
MAXダメージでNPCが倒れる。やっちまった。
「これじゃ、虐殺だぜ……」
後味の悪さが半端ではない。
しかも、新手が現れた。城の番兵みたいな奴等が駆け付けてきた。
こいつらもNPC。ということは俺らを狙っている。
「戦うしかねえか……本意じゃねえが」
覚悟を決めようとした時だった。突然、デッシュが「キャンプのじゅちゅう!」と、術を出した。
『ポフン!』と、熊のおならみたいな音がして、師匠やビッチ達を覆うように黄色い三角テントが出現した。
「なんだそりゃ?」
デッシュがテントの入り口に潜り込みながら答える。
「安全地帯でしゅ! セーブもできましゅ。アンタしゃんも早く入るでしゅよ」
「こんなショボイ造りで耐久は大丈夫なのか?」
どうみてもホームセンターで売られているようなテントだ。5、6人は入れそうな大型だが、いかんせん表面がビニール製で安っぽい。
「くそっ! 仕方ねえ」
自分もしゃがんでテントに入ろうとした時だった。ピタリと騒音が止んだ。
まるで、時間が止まったみたいにNPC達の動きが止まった。
「これってまさか……ルサの能力?」
いや、違う。NPC達の攻撃は止まっているが、動きが完全に止まった訳ではない。
目は動いている。そして、彼らの視線はある一点に集中している。
「なんだ?」
視線の先を見て驚いた。
左方向からルサがスタスタと歩いてくる。まるで、レッドカーペットの上を歩くように、ルサは堂々と歩く。
そんな彼女に道を開けるように、NPCの人だかりが割れた。
「ルサ……お前……」
ルサは真っすぐに俺を見ながら近づいてきた。それを黙って見守るNPC達。
戸惑う俺の前まで来ると、彼女は黙ったまま、手を伸ばしてきた。そして俺の右手をギュっと握る。
何が起こっているのか理解できない。だが、ルサの柔らかい手の感触が俺の手に温もりを与える。
ルサはじっと俺の目を見る。そのルビーのような赤い瞳に魅せられる。
「大丈夫……なのか?」
辛うじてそう声を掛ける。
ルサは一寸、視線を落として、再び俺の目を見据えた。その表情は険しいままだ。
「ルサ……」
他に言葉が浮かばない。なんで俺の手を取ったのか、なぜNPC連中が沈黙しているのか、頭がゴチャゴチャになっている。
突然、ルサが笑った。にっこりと。
目を細め、口角を上げて、子供のように笑った。
それは見たことのないような少女の笑顔だった。
絵でもない、画像でもない、今まで見てきた女の子のどんなビジュアルよりも、その笑顔の破壊力は強烈だった。
見とれる、なんてもんじゃない。胸の奥底あたりに熱を認めた。まるで、自分の存在そのものがグチャグチャにされて、持っていかれそうな引力を感じた。
「ルサ……お前……」
その後に漏れた言葉。それは確かに発せられたはずなのに全く聞こえなった。まるで、蒸発してしまったみたいに、特別な単語は宙で行方不明だ。
世界が息を潜める。このまま世界が時の流れから逃走して、永遠に足を踏み入れてしまったように感じた。
それぐらい、ルサは美しかった。
どれぐらい見つめ合っていたか分からない。
気が付くと遠巻きにしていた連中がポツポツと散っていくのが目に入った。




