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53. オッサンからの新情報

 夜になってオッサンとルサがアクセスしてきた。

 会って早々にオッサンが変化に気付く。

「おや? 皆さん、なにか雰囲気が違いますな? 何かございましたか」


「オッサン、目ざといな。実はこいつら整形したんだよ」

 俺の言葉に師匠がムッとする。

「人聞き悪いこと言わないでよね。キャラクリよ。ボディの微調整をしただけ」


 オッサンは「なるほど」と頷いてから、しげしげと師匠を見る。

「ほお。師匠殿は、また一段とスタイルが良くなられましたな」

「え? そ、そうかしら?」と、師匠が赤くなる。だが、嬉しそうだ。


 デッシュがその様子を見て唸る。

「ううむ。やるでしゅね。あのオッサン」

「何がだ?」

「同じ褒めるのでも『スタイルが良くなりましたね』だと『じゃあ、前は悪かったのか?』という捻くれた女がいましゅからね。うまい褒め方でしゅ」

「へえ。そういうもんか。気付かなかった」


 オッサンは続いてミルクを褒める。

「ミルク殿は……少し背が伸びましたか。武装もさらに立派になられて頼もしい限りですな」

「モィイイ」と、ミルクはまんざらでもなさそうだ。


 オッサンはビッチの観察に移る。が、首を傾げる。

「ビッチ殿は……特に……」

 ビッチがモジモジしながら顔を背ける。

「いやはや、もともとビッチ殿はお美しく完成されておりましたから……」


 そこでデッシュが勝手に答える。

「股間をいじったでしゅよ」

『バリバリバリ、ドーン!』

 即座に雷がデッシュの頭上に落ちる。


「ぎ!」と、短く悲鳴をあげたデッシュが倒れまいと踏ん張る。

「いやはや、デッシュ殿、大丈夫でございますか?」

「だ、大丈夫じゃないでしゅ……でも、慣れてきたでしゅよ」

 フラフラになりながらもデッシュは笑みを見せる。

「ヘケケ。最近、後味が気持ち良くなってきたでしゅ」

 電撃を食らい過ぎて、むしろ快感になってきたらしい。


 オッサンが顔を強張らせながら提案する。

「実は、ご報告したいことがございます。どうでしょう? お食事を兼ねてゆっくりと」

「ああ、そうだな。さっき通ったところに飯屋があったろ」


 取りあえず、オッサンから報告があるというので、近くのレストランに入ることにした。


     *     *     *


 小さな町の二階建てのレストランは、石造りの箱のような建物だった。

 周囲にヒトの気配がなく、人の出入りもないので本当に営業しているのか少し怪しかった。

 が、意外なことに中に入ると客で溢れていた。


 師匠の表情がほころぶ。

「あら、繁盛してるじゃない。当たりね」

 テーブル席は満席だった。

「座るところがねえぞ。それになんだか落ち着かないな」


 師匠を先頭に店内に入ったところで、グラスを運んでいた給仕の青年が俺達に気付いた。

 師匠が給仕に声をかける。

「ねえ、もうすぐ空きそうな席は無いかしら?」


 給仕の青年は、ジロジロと俺達のことを見て、濃い眉毛を寄せた。

「すまない、NPC以外は帰ってくれないか」


「え?」と、師匠が驚く。

 俺も驚いて表示確認をオンにして周囲を見回す。

 そういわれてみれば……NPCだらけじゃないか! 

 どのテーブルも頭上に緑の逆三角錐が表示された客しかいない。


 ビッチが膨れっ面で言う。

「なにコレ? なんでNPCがレストランを占領してんの?」

「おかしいでしゅねえ。こんなにNPCだけが集まるのは珍しいでしゅ」


「いやはや、仕方がありません。出ましょう」

 オッサンが急かすような格好で俺達は出口に向かった。

「なんだよ。感じ悪い店だな」


 ちょうどそこに3人組のNPCが入店してきた。

 先頭の男と軽く肩がぶつかった。

 悪びれるでもなく俺をチラ見する男。チビだががっちりした格闘家タイプだ。


 怪訝に思って相手の顔を見ると睨み返された。

「おい! 何見てるんだよ!」

 NPCの格闘家はそう言って腰にぶら下げていたヌンチャクを抜いた。


 そいつの仲間がそれを制する。

「止めとけ。今はまだ……」

 それで格闘家はヌンチャクを下ろし、舌打ちをする。そして、尚も鋭い視線を向けてくる。


「なんだ? やけにケンカ腰のNPCだな」

「珍しいわね」と、師匠も不思議そうな顔をする。


 ふと視線を感じた。気付くと店内のNPC達が一斉にこちらを凝視している。 

 まるで時間が止まったみたいに彼等は動きを止めて俺達の様子を伺っている。

 一瞬、またルサが時間の流れを遅くしたのかと思った。


 異様な空気に気分を害した。足早で店を出る。

「なんなんだ。この店は!」

 憤る俺に対してオッサンが険しい顔で答える。

「出て正解です。ここは明らかに異常です」


 師匠が身震いする。

「気味が悪いわ。あれが全部NPCだなんて……」

「だな。なんかマネキンの集団に囲まれたみたいだったな」

 デッシュが首を捻る。

「おかしいでしゅねえ。なんでレストランなんでしゅかね?」

 師匠も首を傾げる。

「変よね。NPCに食欲なんてないはずなのに」


 そう言われてみればそうだ。NPCがレストランに集結とは奇妙な話だ。

「いやはや。このゲームのAIは優秀だと聞いておりますが、まさか、欲を持つNPCがあれほど多く存在するとは……驚きですな」


 そこで思い出した。

「そういえば、オークションの時にもNPCが混じってたぞ。ひょっとして奴等には物欲もあるのか?」

「いやはや。それは考えにくいですが……」

「キャラクリの会場でもNPCがいたぞ。NPCが外見を気にするなんて変だなと思った」


 俺達の会話を聞きながらビッチがフンフンと頷く。

「人間の欲ネ。ウン。やっぱ、欲なんだヨ。NPCに欲があるなんてネェ」

「なんだよ。知ったようなこと言うじゃねえか。お前、ホントに分かってんのか?」

「へ? それぐらい分かってるヨ。いろんな欲があるって話でしょ?」


「じゃあ、食欲、物欲の他に、何欲があるか言ってみろよ」

 俺の質問にビッチが一寸、考える素振りを見せる。そしてポンと手を打つ。

「分かった! ン~とネ。性欲! 愛欲! 色欲! だヨ」

「全部エロじゃねえか……」


 ビッチが口を尖らせて言う。

「クイズ苦手なんだよネ。前にも『三大食肉は何?』ってクイズで、牛肉、豚肉、ぜい肉って書いたら笑われちゃった。アタシ、おバカキャラじゃなくて、お色気担当なのに」

「ほぉん。そっか……」

 まあ、ビッチらしいエピソードだ。別に驚きはしない。


 ビッチのおバカぶりはさておき、俺達が追い出されたレストランの明かりを眺めながら考える。

「NPCが好き勝手に行動するのって最近のことなのか?」

 てっきりNPCはプレイヤーのお供か、オープンワールドの隙間を埋めるためのモブキャラだと思っていた。


 オッサンがひとつ咳払いをして説明する。

「確かに、現実世界で話題になっております。野良NPCがやたらと増えたという書き込みや、NPCらしからぬ行動の数々が報告されておるようです」


 師匠がため息をついて首を振る。

「やれやれね。ゲーム内の情報板にもそういうスレッドがあったような気がするわ。噂だと思ってスルーしてたけど……」


「いやはや、驚くべきスピードでAIが進化しておるのでしょう。おそらくはディープ・ラーニングで」

 そこですかさず師匠の聞き間違い。

「デブ、ランニング?」

 そしてビッチが反応する。

「ウン。ダイエットには良いンだろうけど、膝を痛めそうネ」


 俺に代わってオッサンが突っ込んだ。

「ち、違います! ディープ・ラーニングでございます!」


 デッシュが珍しく真顔でコメントする。

「どうでしゅかね。人間の欲とか感情は、ディープ・ラーニングの苦手分野でしゅよ?」


「いやはや、デッシュ殿はよくご存じですな。確かに、蓄積された情報を活用して形を判別したり、分析や予測をするのはAIの得意分野ですが、人間の思考に近付けるアプローチとしてディープ・ラーニングは弱いという説がございます」


「そうなんでしゅよねえ。AIに感情が芽生えるというのは、まだまだ先のことだと思っていましゅたのに」


 なんかデッシュとオッサンの話が噛み合っている……しかも難しい話をしている! 

 それはちょっとした驚きだ。

 しかし、なんだか知らんが変なNPCが増えているということは事実のようだ。


 師匠がルサを見て言う。

「まあ、わがまますぎるNPCなら身近に居るんだけどね」


 相変わらず誰とも話さないルサは目に入った物を観察するのに夢中だ。

 人間には興味がないくせに、珍しくもない植物とか昆虫とか、そういうものには興味津々だ。


「やれやれ」

 結局、俺達は話を中断して別なレストランを探すことにした。


     *     *     *


 さっきの町は小さすぎて他に食べるところがなかったので、止む無く俺達はファスト・トラベルで隣町に移動した。


 少し高級なレストランの個室で改めてオッサンの話を聞く。


 オッサンは、ひとつ咳払いをして話を切り出す。

「運営は、現実世界における皆さんの共通点を探しておりました」


 オッサンの言葉に師匠がナイフとフォークの手を止めて身を乗り出す。

「それで? 何か見つかったの?」

「ええ。ございました。これは重要な手掛かりになるかもしれません」


 ビッチが横目でデッシュを見て舌を出す。

「ウエェ、なんかヤダ。こいつと共通点があるなんて」

「なんでしゅか、アンタしゃんは? いちいちムカつくでしゅね」

 デッシュがフォークの先をビッチに向ける。

「ちょっと! 止めてヨ。危ないでしょ!」

「アンタしゃんの電撃の方がよっぽど凶悪でしゅ」


 2人のやりとりは放っておいて続きを促す。

「で? オッサン。何が共通点だったんだ?」


 オッサンは俺達の顔を見回してから答える。

「デバイスでございます。頭につけるヘッドギアです」


 VR系のゲームで必須なデバイスといえば、標準的なものはゴーグルとヘッドフォンの一体型だ。


 視覚と聴覚はゴーグル、その他の感覚を電気刺激として脳に伝えるヘッドギアと組み合わせて使用する。

 俺が愛用していたのは、それほど高価なものではない。量産されているもので、普通にネットで買ったものだ。


「は? あれがか? あれって、ありふれた市販品だけどな」

 オッサンが大きく頷く。

「さようでございます。メーカーによると3200台が生産されており、そのうち7割が販売されておりました」


 それを聞いて師匠が驚く。

「ちょっと待って! だとしたら転移者の数は物凄いことになるんじゃない?」

「その通りでございます。ですので、すべてのデバイスが対象というわけではございません。ある時期に製造された、限られたロットに特徴がございました」


「おいおい。それでも相当な数になるんじゃねえか?」

「はい。問題はデバイス本体だけではございません。皆様方との相性が関係しておるのです」

「エ? 意味分かんないヨ? 相性って何?」


「おそらくは、デバイスの電気信号と脳の構造。それがある条件に嵌った場合のみ、転移という現象が起こったのではないかと考えられます」

「ある条件だと? オッサン、それは何だ?」


「交感神経《こうかんしんけい》と副交感神経への過剰作用です。皆様の場合は、一般的な方よりも強く作用することが判明したのです」

 そこで、師匠のお約束の聞き間違え。

「コカン神経?」

「ウン。なんかエッチよネ」

 俺に代わってオッサンが突っ込む。

「ち、違いますぅ! 交感神経と副交感神経でございますぅ!」


 オッサンの説明によると、交感神経と副交感神経は、総称して自律神経といわれるもので、自らの意思とは無関係に反応する器官だという。

 例えば、意識をしなくても呼吸したり、消化したりするように、生命を維持するために内臓器官を制御する役割を持つ。

 また、体温が高くなり過ぎれば汗をかかせるといった、生体を適正に保つための調整機能をもっている。


 オッサンが続ける。

「この二つは対になっておるのですが、交感神経はアドレナリン、副交感神経はアセチルコリンというホルモンをそれぞれ出して身体を調整します。興奮とリラックス。その働きは、意識してコントロールすることはできません。身体の状態に合わせて勝手に働く物です。ですが、皆様の場合、この働きが電気刺激の影響を強く受けてしまうのでございます」


「マジか! なんか難しい話だな」

 よくわからん単語ばかりで正直、半分も理解できなかった。


 師匠が考え込む素振りを見せる。

「つまり、私達の場合は、デバイスと身体の相性のせいで、普通の人よりゲーム世界の影響を強く受けてしまうってこと?」


「いやはや。師匠殿のおっしゃる通りでございます。我々は、その可能性が高いと考えております。ただ、それが原因と断定はできません」


 しかし、少なくとも、転移した俺達には共通する事項があるってことだ。

 すなわち、特定の条件を満たした人間は転移してしまう可能性が高い……。

「おい! てことは、俺達5人にこないだのミカポンと女狩人、それからダークも、みんな同じ条件だったってことか!」


 オッサンの報告は思いのほか、重大なものだった。

 原因究明の手掛かりが発見されたことは大きい。

 だが、肝心なことは、現実世界に戻れるかどうかだ。


 なんとなく食事どころではない雰囲気になってしまった。

 みんな各々に思うところがあるようで、その後の会話は無く料理は殆ど残ってしまった。


 レストランを出る際に、オッサンが小声で俺に話しかけてきた。

「先生、ちょっとよろしいですかな? 先生にだけ、お話しておきたいことがございます」

「なんだよ?」


 オッサンは師匠達に気付かれないように耳うちする。

「ダークマター氏のことでございます」

「なっ!? マジか!」

「しっ! 声が大きゅうございます」

「ダーク……もしかして奴が見つかったのか?」

 その質問に対してオッサンは無言で大きく頷いた。


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