52. キャラクリイベント
荷台で揺られながら田舎道を行く。
穏やかな午後。牧歌的な緑の光景が続く。
師匠がデッシュのおでこを眺めてゲンナリする。
「ねえ……それ、何とかならないの? 痛々しいんだけど?」
デッシュの額には直径5センチぐらいの穴がぽっかり空いたままだ。
女狩人の麻耶に射抜かれた跡は、回復系の魔法や薬ではどうにもならないらしい。
確かに、常時、額の穴から向こう側まで見えてしまうのは違和感がある。
ビッチもジト目で文句を言う。
「マジでキモいヨ。お面でも被ってたら? できれば永遠に」
デッシュが、わざとらしい溜息をつく。
「はぁああ、何なんでしゅかね。ここの女どもは、優しさの欠片も無いでしゅね。胸も色気も無いでしゅけど」
『ドゴッ!』『バリバリッ!』
師匠の蹴りとビッチの雷魔法が同時に決まった。
「あばばば! 痛っいでしゅ!」
デンシュが悶絶して荷台から転がり落ちそうになる。余計なことを言うからだ。
にしても変だな。転移者の回復力をもってすれば……。
「普通は自然に治るだろ。どうしてデッシュの穴はそのままなんだ?」
師匠が難しい顔つきで首を振る。
「そこが分からないのよ。切り傷も火傷も、たいていのダメージは自然に治るはずよ。あと、ゲーム・オーバーになってから復活する時は完全修復されるわね」
そうか。ゲーム・オーバーでリセットされるという手があるか。
「じゃあ、デッシュ。死ね。今すぐ」
「はあぁ!? な、なに無茶なこと言うでしゅか!」
「いや、リセットすれば直るんじゃねえか? だったら死ぬしかないだろ」
「あばばば! 現実世界に戻れるかどうかも分からないんでしゅよ? そのまま死んじゃったら、どう責任取ってくれるんでしゅか!」
そこでビッチが冷たく言い放つ。
「お墓を立ててあげるヨ」
デッシュが真っ赤になって怒る。
「こ、ここ、このクソビッチ! クソクソビッチ! お前なんか、ビチグソ……」
『バリバリバリッ! ドン!』
特大のカミナリ魔法がデッシュの脳天に直撃した。
衝撃で荷台がちょっと浮いた。
余りの威力に、こっちまでビリビリきた。
「おいビッチ! 狭いところで止めろよ。こっちまで、とばっちりだぜ」
「だってエ。このチンチクリンのハゲチャビンが……」
かくいうデッシュは、余りの痛みのせいか白目を向いて半分、炭化している。
けど、そこから回復しても額の穴だけは多分、治らない。
「なんでだ? 転移者にやられた傷は特別なのか?」
俺の疑問に対して師匠は首を振る。
「違うと思う。もしそうなら、この子、とっくに消し炭になってるわ」
「それもそうか。こいつ、ビッチの魔法を散々、食らってるけど、その都度、復活してるもんな。髪の毛は例外みたいだけど」
小石混じりの田舎道をさらにガタゴトと進む。
延々と続く小さな揺れは眠気を誘う。
ウトウトしていると、師匠の声で起こされた。
「これはいいわね!」
「んあ? どうした? 師匠」
「ファスト・トラベルでここまで飛んで、そこからドラゴンで行けば……」
師匠がルートを調べているということは、次の目的地が決まったということか?
「で、どこに向かうんだ?」
「ちょっと寄り道よ。少し戻ることになるけど、いいイベントがあるの」
ビッチが話に割って入る。
「ネ、どんなイベント?」
「キャラクリよ」
「師匠、キャラクリって何だ?」
「キャラクターを創れるの。というか部分修正ができる特別なイベントが開催中なのよ」
「ホントに? やったネ♪」と、ビッチが飛び跳ねる。
「キャラの修正か。俺は今のままでいいけどな。ビッチはどっか直したいのか?」
「エ? ああ、まあネ。ちょびっとだけネ……」
「なんだ。整形するのか?」
「違うヨ! アタシは、整形やらない派! 他の子と違って」
「私も興味あるかな」
「え? 師匠もか? てか、パラメータは弄れるのか?」
「それは無理ね。修正できるのは外見だけよ」
「なんだ。ジャンプ力とかスピードとか強化できるなら意味があるんだけどな」
なぜかビッチが顔を赤らめる。
「女の子はネ。色々、あるンだヨ……」
「くだらないでしゅ」
いつの間にか復活したデッシュが鼻で笑う。
「フフン。一度、整形にハマったら泥沼でしゅよ。そういうのは際限が無いんでしゅ」
師匠がムッとしながら言い返す。
「あなたの為に見つけたのよ? そのおでこ。直しなさいよ」
ビッチが舌を出す。
「ついでに、そのみっともないハゲも直せばいいヨ」
ビッチに指摘されてデッシュが、ハッとする。
「そ、その手があったでしゅ! 是非、行かなくては! 急いでくだちい!」
デッシュだけでなく師匠とビッチも、すっかりその気になっている。
なので、俺達はキャラクターの修正が出来るイベント会場に向かうことにした。
* * *
「え? これがイベント会場か?」
目的の場所は思ったよりショボかった。
イベント会場というよりは、ただのキャンプ地のように見える。
山間のキャンプ場に小さな三角テントが所狭しと並んでいるだけだ。
「師匠、本当にここなのか?」
師匠も心配になってきたのかマップを見直す。
「場所は合ってるわ。でも、思ってたほど人が居ないわね」
もっと人で溢れているかと思っていた。
が、性転換とか種族変更とか、大幅なキャラクターの作り直しならともかく、見た目の微調整だけだと、あまり需要は無いのかもしれない。
入り口付近に案内所のような屋台がある。そこで受付を行っているようだ。
「早く行くでしゅ! 一刻も早く植毛するでしゅよ!」
「一分一秒を争うようなことかよ……」
やけに積極的なデッシュに引っ張られる形で俺達は受付を済ませた。
料金自体は大した額ではないが、俺は特に不満がなかったのでキャラクリは断った。
ここの仕組みは、受付で購入したボディ改造用のキットを持って、各自が個室の三角テント内で鏡を見ながら好きなように身体を弄れるものになっていた。
各自がテントに入っていくのを見送ってから、ひとりで付近を散策する。
全体的に人の数は少ないが、ポツポツと人の姿が見られる。
そして、ここに集まっている人達は、どことなく浮かれているように見える。
気軽に身体を改造しにきている割には遠足気分というか、お祭りに来ているようなノリだ。
上半身裸で筋肉を誇示しているキャラがボディビル大会みたいなポーズで仲間に尋ねる。
「どうよ? 脇のところを盛ってみたんだけど?」
「うーん。バランス悪くない? 前より、肩幅が狭く見えるよ」
「そうかな? じゃあ、もう少し肩周りのボリュームを増やすかな」
別なテントの前では女の子グループがお互いの成果を披露し合っている。
「その目、可愛いぃ」
「ありがと。ちょっと角度下げて、黒目の部分を大きくしてみたの。まつ毛も髪の色に合わせたよ」
「わたしはウエスト細くしてみた。お尻も削ってみたんだけど変じゃないかな?」
「ぜんぜん大丈夫だよ~ けど、胸はそのままなんだよね?」
「ううん。ちょっと寄せた。谷間が出来やすいように。あの防具に合うようにしたかったの」
驚いた。そういう考え方もあるのか!
防具ではなく、身体の方を調整して合わせるというのは斬新だ。仮想空間ならではの発想といえる。
普通ではない見た目の人も少なくない。
多いのは動物を模した頭だ。宇宙人みたいな人もいる。妖怪や伝説の生き物をモチーフにした者も見かけた。中でも、ユニコーンのような角をつけた奴は格好良いと思った。
ここに集う人々を観察していると結構、楽しい。
中にはNPCも混じっている。NPCが見た目を気にするというのも妙な話だが……。
一回りして、なお時間が余ったので、皆が出てくるのを待った。
しばらくして、デッシュが最初にテントから出てきた。
「お? デッシュが一番乗りか……ゲッ!?」
デッシュの額は綺麗に治っていた。穴が開いていた個所は完全に塞がれている。
が、問題は異様に高い鼻だ。
「なんだ、お前はピノキオか?」
「し、失礼でしゅね! ちょっと鼻を高くしただけでしゅよ」
「キモいよ。お前の場合、イケメンにしても意味がないんじゃねえか?」
「だめでしゅか。じゃあ、直すでしゅ」
そういってデッシュはポンポンと鼻を手のひらで叩いて、粘土をこねるみたいにして鼻を元通りに直した。
「ちょっ! そんな簡単に直るのかよ?」
「まだ固まってないでしゅからね。まあ、おでこの穴ポコも埋まったし、頭のてっぺんも、増量したでしゅから、ボクチンとしては満足してましゅ」
「ほーん。そういうもんか。で、師匠達は、まだかな」
「ちょっと見てみるでしゅ。ボクチン、透視できましゅから」
そう言ってデッシュは目の能力を解放した。
「おい、いいのか? 勝手に覗いたら怒られるぞ?」
だが、デッシュはじっとテントを見つめる。
「ああ、師匠シャンは、胸を弄ってましゅね。角度を気にしてるみたいでしゅ」
「なんだ、その能力? マジで透視できるのか!」
「テントの中が丸見えでしゅ。フムフム。さて、あのクソビッチは……」
そう言いながらビッチの入ったテントを凝視していたデッシュが「エンッ!」と、突然、鼻血を噴き出して卒倒した。
「おい! どうした?」
「あばばば……あの女、やっぱり、クソビッチでしゅ」
「意味が分からん。お前、何を見たんだ?」
滝のように鼻血を流しながらデッシュが荒い息を吐く。
「はぁ、はぁ……恐ろしいでしゅよ。あの女、足をおっぴろげて、変なトコを……」
「な、なんだってぇ!?」
あいつ、何やってんだ……。
なんだかガッカリしたような、知ってはいけないことに触れてしまった罪悪感というか、複雑な気分になってしまった。
何だか気まずい空気の中、ミルクがピョコンとテントから出てきた。
見たところ変化はない。
「あれ? ミルクはどこをいじったんだ?」
「フニュ~」
デッシュが通訳する。
「砲台を取り付ける穴を増設したそうでしゅ」
「プニィ~」
「特殊兵器のポッドも拡げたそうでしゅ」
「そ、そうか。それは良かったな」
さすが武装幼女。その方向に肉体改造するか……。
表情が強張る俺とは対照的にミルクは目尻がトローンと垂れている。どうやら満足な改造が出来たらしい。
「おまたせ」と、次にテントから出てきたのは師匠だ。
「えっと……師匠はどこを?」
「もう! そんなこと聞かないの! モテないわよ?」
デッシュの透視では、おっぱいを調整していたようだが?
「え? けど、あんまり見た目、変わってないな」
「だから! そこで気付いてあげるのが、モテる男の子なの」
「そんなこと言われてもな」
「ああ、分かったでしゅ! おっぱいを大きくして、ロケット乳にしたでしゅね?」
「ちょっ、恥ずかしいでしょ」
師匠が頬を赤らめて胸を隠す仕草をみせる。なんか可愛くてドキっとした。
最後にビッチが現れた。
「ゴメンネ。アタシが最後みたいネ」
「遅えよ、ビッチ」
「イヤ、まあ、その……ちょっとネ」
ビッチも恥じらいのポーズで頬を赤らめる。ビッチにしては珍しい反応だ。
そこにデッシュの余計な突っ込みが入る。
「スケベでしゅねぇ。変なトコばかり弄ってるから時間がかかるんでしゅよ」
ビッチが真っ赤になって「ナ!? なんでェ?」と、固まる。
師匠が疑いの目を向ける。
「あなた、まさか目の能力で覗いてたんじゃないでしょうね!」
「あばばば! 違うでしゅ、透視したんじゃないでしゅ! ちょこっと見えちゃったんでしゅ!」
ビッチが涙目で叫ぶ。
「変態! 死ネ!」
師匠も激怒する。
「変態! ド変態!」
「へ、変態じゃないでしゅ! 変態っていうのは、排便の写メを取って仲間内で品評会をするような奴らのことでしゅ!」
意味不明なデッシュの言い訳に師匠がパニックになる。
「キモい! キモい! キモい! もう、やだっ!」
ビッチはデッシュを睨みつけて「マジで死ネ!」と、雷を落とす。
『バシーン! バリバリバリ!』
お約束の脳天直撃。
だが、デッシュがギリギリ耐える。
転びそうになるのを踏ん張って格好をつける。
「へ、へへん。良いのを貰っちまったでしゅ。けど、大丈夫でしゅよ。今度の頭髪は耐電、耐熱でしゅから。ボクチンはハゲましぇぇん!」
何がボクはハゲませんだ。そこまで情熱をかけることかよ……。
「結局、こうなるんだよなぁ」
やれやれ、だ。




