50. 美少女怪盗ミカポン③
オークション客達の期待を背に、俺達は飛竜でミカポンを追った。
最も速そうな飛竜には俺とデッシュ。師匠達は普通の飛竜に分乗する。
ミカポンが飛び去った方向に見当をつけて、湖畔に向かって飛ぶ。
「デッシュ、位置は分かるか?」
デッシュは使えない奴だが、感知能力がある。
九龍城で監禁されたミルクを見つけた時のように、逃げたミカポンの行方を探れるはずだ。
「任せるでしゅ! んんん、もうちょっと右でしゅね」
「分かった。急ぐぞ!」
オークション客が提供してくれたこの飛竜は、高スペックで、かなりスピードが出る。
俺とデッシュはグングンと加速して飛び続けた。
振り返ると師匠達の飛竜は付いてこられないようで、その姿が小さくなっていく。
「ちょっと飛ばしすぎかな? 師匠達を置いてきちゃったぞ」
「仕方ないでしゅ。あいつを捕まえるのが先でしゅ」
「だな。じゃ、もっと飛ばすぞ!」
飛竜の手綱をしごいて、首をグィっと押し込む。
飛竜がさらにスピードを上げた。
「あばばば、落っこちそうでしゅ! 支えて欲しいでしゅ」
体の小さなデッシュは、必死で飛竜の首にしがみついているが、今にも振り落とされそうだ。
かくいう俺も余裕は無い。
しかし、無茶な飛び方をしたおかげで、前方にミカポンらしき飛行物体が目に入った。
「居たぞ! 追い付いた!」
ミカポンのドラゴンはのんびり飛行している。
それに対して、こっちは限界スピードで突っ込んでいるので、その距離はあっという間に縮まる。
もう少し、というところでデッシュが手を前に突き出す。
「足止めするでしゅ。ハーフのじゅちゅ!」
デッシュの得意技で『ポフン!』と、ミカポンの乗ったドラゴンが突然、半分のサイズになった。
「ミッ?」と、前方でミカポンが驚く。
そして、大きくバランスを崩し、転がり落ちて『バシャーン』と、派手に落水した。
「あ、落ちた」
落下したミカポンが水面でバタバタしている。
背泳ぎのつもりなのか溺れているだけなのか、ミカポンは、ミーミー喚きながら水面から顔を出したり引っ込めたりしている。。
「あれはヤバい。泳げないんだな」
「ヘケケ。ザマあでしゅ。天罰でしゅよ」
「けど、苦しそうだぞ」
転移者なら溺れ死ぬことは無いだろう。
ゲーム・オーバーなら安全地帯でリボーンされる。
が、このままだと、ずっともがき苦しみ続けるということになってしまう。
「しょうがねえな」
なんとなく、救出するために飛竜の背中から飛び込んでみた。
『ドプン!』
「うわっ冷え!」
思ったより水が冷たい。おまけに着ている服が水を吸って急に重くなった。
「ちょっ! リアルすぎんだろ」
こんな時でも無慈悲な物理法則。泳ぐのも一苦労だ。
なんとか水をかき分け、ミカポンが溺れている地点に近付く。
「おい! 大丈夫か!」
浮いたり沈んだりで、絶賛パニック中のミカポンがこっちに気が付く。
そして獣のように「ミッ!」と、覆いかぶさってきた。
「重っ!」
只でさえ泳ぎ辛いのに、ミカポンにしがみ付かれて身体の自由が利かない。
というか、巻き添えで俺まで溺れそうだ。
「お、お、落ち着け! てか、暴れるなバカ!」
「ゴポ、ミミッ! 助けてピョン!」
ミカポンは俺の首に腕を巻いて離さない。まるで大蛇にとぐろ巻にされたように息苦しい。
「ちょ、息ができねえ……」
おっぱいが顔に押し付けられる。普段ならご褒美だが、今は違う。立派な殺人兵器だ。
意識が遠のく……まずい。これ、ブラック・アウトとかいうやつじゃねえか?
「捕まるでしゅ!」
デッシュの声が聞こえた。そして視界にチラッと何か長いものが入った。
「クッ!」
右手を伸ばす。むにっと柔らかい感触。手触りはビニールっぽい。
「うぉぉおお!」
強く握った。頼りはそれしかない。と同時に引き上げられるような感覚が生じた。
「引き上げるでしゅ!」
全身にまとわりつく水が、一気に足元に流れていった。そして気付いた。
「飛竜の尻尾か……助かった」
俺が掴んでいるのは飛竜の尻尾だった。
見上げるとデッシュが心配そうにこっちを覗き込んでいる。
俺に絡みついたままのミカポンの重みにゲンナリしながら、ようやく水から脱出することが出来た。
幸い、湖畔まではあと少しの位置だった。
おかげで、俺達は飛竜の尻尾にぶら下がったまま、陸地まで運ばれる。
右手で尻尾を掴み、左手一本でミカポンを抱きかかえているので大変だ。
「にしても重いな。こいつ、何キロあるんだ?」
俺のボヤキを聞いてミカポンがパチっと目を開ける。
「ミミッ? 失礼だピョン! 水を吸ってるから重いだけピョン」
「そのバカみたいな羽根のせいだろ」
「ミ? 仕方ないピョン! 目立つにはこれがないと。半分ぐらい抜けちゃったけど。ミ~」
抱き合うような形で言い合いするのも何なので、そのあとは無言。
それにしても顔が近い。
ミカポンが俺にしがみ付いているのだから当たり前といえば当たり前だが、密着していることが今更のように恥ずかしくなってきた。
はじめは冷たかった衣類から、徐々に温もりが伝わってくる。
首を曲げてミカポンの顔を見る。
俺の視線に気付いてミカポンが頬を赤らめる。
「ミ……とりあえず……ありがと」
なんだ。可愛いじゃねえか。
そう思って、何か気のきいたセリフを吐こうと考えていた時だった。
湖畔で誰かが叫んだ。
「ミカっ! 大丈夫!?」
声のした方向を見ると、狩人の女がこっちに向かって走ってくる。
「ミ? あ、麻耶ちゃんだ。大丈夫だピョ~ン♪」
ひょっとしてあれがミカポンの仲間か?
水上ホテルに弓を撃ち込んできたスナイパーの転移者……。
「ミカ! そいつに変なことされない?」
女狩人は険しい表情でこっちを見上げている。
失礼な奴だな。こっちは命懸けで助けてやったっていうのに……。
* * *
服を乾かしながら焚火を挟んで、お互いに自己紹介する。
やはり、女狩人はミカポンの相棒で、湖畔から弓矢で長距離スナイプをかましてきた転移者だった。
女狩人の麻耶は素直に謝る。
「申し訳ない。ミカを助けて貰ったのに変質者扱いして」
お詫びの言葉を口にしながらも顔は笑っていない。
ファッション雑誌のモデルみたいに挑発的な目つきだ。
ツンとしているというか、とっつきにくい印象の女だ。
そこに師匠達の飛竜が遅れて到着する。
キャンプファイアーみたいに焚火の四方を皆で囲む。
丸太を転がして椅子代わりに、時計回りで俺とミカポン、麻耶と師匠、ビッチとミルク、デッシュが並んで座る。
最初に、なんでずぶ濡れになっているのかを俺が説明して、改めて自己紹介をする。
ここにいる全員が転移者だと知ってミカポンのテンションが上がる。
「ミッ♪ わぁい。みんな、同じ境遇だなんて心強いね!」
ミカポンは、なぜか俺との距離を詰めてくる。
「おい。なんでくっつく?」
俺が尻の位置をずらして距離を取ろうとすると、ミカポンもついてくる。
「ミ♪ さっきは格好よかったピョン♪ どうせなら、お姫様抱っこして欲しかったな」
それを聞いて師匠が顔を顰める。
「お姫様ダッコウ?」
そしてビッチが頷く。
「ウン。お姫様でも痔になるンだヨ。便秘のせいだネ」
「ん? てか……ヘルニアじゃねえ!」
お姫様脱肛なんて直ぐに気付けるか!
お約束とはいえ、これは酷い。下品すぎる聞き間違いだ。
一方、ご機嫌なミカポンとは対照的に女狩人は渋い表情だ。
「7人とも転移者……どうなってるんだろ? 明らかに異常じゃない?」
そのコメントに師匠が同調する。
「おかしいと思うでしょ? 不思議よね。てか、正直、気味が悪いと思ってるわ」
女狩人の麻耶が頷く。
「ああ。ミカと自分だけだと思ってた。なのに、こんなに転移する人間が居るなんてね」
「何か異常が起きているらしいわよ。運営の人が言ってたわ」
「運営!? おたくら、運営と接触したの?」
「ええ。調査中とは言ってたけど……」
師匠は運営のこと、自分たちの本体が極秘裏に病院で保護されていることを説明した。
師匠と女狩人のやり取りを聞きながら、ビッチとミルクは時々、首を竦めて顔を見合わせた。
デッシュは他人事のように鼻をほじっている。
女狩人の麻耶が唸る。
「やっぱりそうか。自分とミカはリアルでも親戚だから、大阪の病院で一緒に保護されてる。それは知ってたけど……」
それを聞いて師匠が驚く。
「知ってた? なんで現実世界の状況が分かるの?」
「それは……」
女狩人の答えに被せるように「ワイがおるからや」と、後ろで誰かの声がした。
振り返ると、露天商が立っていた。
それを見てミカポンが「あ、タケ兄ぃ」と、言う。
「な!? 妹だったのか!」
グルだとは思っていたが、まさか兄妹だったとは!
露天商は頭を掻く。
「そやねん……恥ずかしいからホンマは言いとうなかってん」
「ミ? なんで恥ずかしいのよ!」
ミカポンの反応を見てデッシュがあざ笑う。
「ヘケケ。そりゃ、ボクチンならイカレポンチの身内がいたら恥ずかしくて生きてられましぇんよ」
「おいおい、酷いこと言うなや」
露天商は苦笑いを浮かべながらデッシュの隣に座ろうとする。
ミカポンはムッとした表情でデッシュに言い返す。
「ミ! 誰がイカレポンチで恥ずかしいって! このバカチンのチンチクリン!」
師匠がミカポンと露天商を交互に眺めながら納得する。
「そっか……だからリアルの状況を知っていたわけね」
露天商はミカポンの身内だった。
ミカポンは転移しているのでリアルの世界には帰れない。
が、露天商は普通にログアウトすれば現実世界に戻れる。
つまり、俺達にとってのオッサン的なポジションとして露天商が彼女達に情報を伝えているわけだ。
「なるほどな。事情は分かった。けど、泥棒は良くないぜ?」
俺の言葉にミカポンが「ミィ……」と、シュンとする。
代わりに露天商が応える。
「ああ、そのことなんやがな。見逃してくれへんかなぁ」
師匠は生真面目なのできっぱりと断る。
「ダメよ。泥棒は良くないわ。しかも何百万でしょ? 返してあげないと犯罪よ」
「そっか。アカンか……」
ガックリと項垂れる露天商をミカポンと麻耶が心配そうに見つめる。
「なんでそんなに金が必要なんだよ? 主催者と幾らで約束してたんだ?」
「折半……半分や。オークション客の入金分を主催者が取って、保険金はワイが貰う。で、こいつが盗んだアイテムは換金後に山分けってことになっとる」
師匠が呆れ顔で尋ねる。
「で、幾らになるの?」
「せやな、保険金で約600万や」
「600万だと!?」
驚いた。そりゃボロ儲けだ。
師匠が諭すように言う。
「そんな大金どうするのよ? 金額が大きい分、恨みをかうことになるわよ」
「分かっとる。せやけど、現実世界で金が必要なんや。実は、ミカと麻耶の治療費、それとオカンが仕事できへん分の補填や。うちはオカンとワイとミカの三馬力で生活費を稼いどったからな。ミカが意識不明になってから生活が苦しくなっとってん。オカンはこいつらの看病で仕事できへんから……」
「ああ、そういうことか。なるほどな」
ミカポンが露天商を庇う。
「ミィ~ お兄ぃは頑張ってるピョン。ウチがこんなことになってしもたから」
「すまんな。借金も限界なんや……」
そこにガラの悪いパーティが接触してきた。
彼等を一目見て露天商がバツが悪いような顔を見せたので、おそらくは知り合いなのだろう。
ダボダボの黒スーツにヒョウ柄のシャツ、紫のファーを首に巻いたパンチパーマの男が凄む。
「おう! 金は用意できたんか?」
露天商が首を振る。
「い、いえ……まだ、ですわ」
パンチパーマが声を荒らげる。
「なんやと? うまく行ったんとちゃうんか! だったら、パクったお宝、寄越せや。利子を貰わなアカンからな。勿論、借金は別やで。キッチリ返して貰うわ!」
師匠が嫌そうな顔つきで露天商に尋ねる。
「誰? この人達? あなたがお金を借りてる人?」
「利子代わりにアイテムを寄越せとか、ぼったくりじゃね?」
俺の言葉を露天商が青ざめた表情で遮る。
「止めとけ。その人らは……その、現実世界では、ヤのつく職業の方々や」
パンチパーマの後ろでは、ザ・チンピラという感じの2人組が控えている。
シーンとしたところで、ビッチが「アッ! 分かった」と明るい表情をみせる。
そして、ドヤ顔で「八百屋さんだネ? ヤがつく職業って」と、素で間違える。
「違ぇよ。ヤクザってことだろ?」
リーダー格のパンチパーマが不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことや。なんちゅうか、暴排条項だとかで現実世界じゃ、年々シノギが厳しなってな。いち早く目え着けて正解やったわ。この世界でシノギの拠点を、ぎょうさん構えられたから助かるわ」
なるほど、現実世界でもゲーム世界でも暴力団というわけだ。
ミカポンが首を振る。
「ミ! アイテムは渡せないピョン!」
パンチパーマは後ろの2人組をチラ見しながら言う。
「力づくでもええんやで? どの世界でも力がないとやっていけへんからな。こいつらには四六時中、ゲームやらせてんねん。ワシらに逆らうと後悔するで?」
やれやれ。幾ら鍛えてるとはいえ、俺達に敵うはずがない。
しかし、倒すのは簡単だが、本職がヤクザとなると現実世界での報復があるかもしれない。
露天商はリアルの身元が割れている。さて、どうしたものか……。




