48. 美少女怪盗ミカポン
美少女怪盗ミカポン。
そこはかとなく漂う地雷臭……転移者でなければ関わりたくない相手だ。
九龍城で知り合った露天商に乗せられて、この怪盗からオークションの品物を守るための警備を引き受けてしまった。
が、正直だるい。
オークション会場は湖に浮かぶホテルだという。
そこに行くには最寄りの波止場から水竜が背負う2人乗りボートに分乗しなくてはならない。
そこで俺は師匠と、ビッチはミルク、デッシュは露天商の3組に分かれることにした。
揺れもなく、湖面を滑るようにボートは進む。
師匠は風を浴びながら気持ちよさそうに背伸びをする。長い髪が程よくほぐれて風になびく。
これまで意識していなかったが、改めて見ると腰のくびれがなんかエロい。
「ん? どうかしたの?」
「い、いや。何でもない」
性的な視点で見とれていたとは口が裂けても言えない。
ボートの上でぶん殴られたら水に落ちてしまう。
しばらくボートの旅を続けていると、前方にリゾートホテルのような建物がポツンと湖面に浮いているのが目に入った。
「お! あそこが目的地か。なんか凄えな」
豪華客船とは違う。まるっきり建物が水上を漂っているのだ。
どういう原理で水に浮いているのかは分からない。だが、白い建物は、鮮やかな青の背景に凛と映えていた。
* * *
オークション会場となるホテルは、遠目には近代的な建物のように見えたが、そこはファンタジーの世界観を守るように石を積み上げた重厚な造りになっていた。
外観に負けず劣らず、ホテルの内部も豪勢だった。
宮殿をイメージさせる内装の造作は、随分と手が込んでいる。
壁床天井は真っ白で金の模様がふんだんに使用されている。ところどころに見えるアクセントの赤、青、緑は宝石のようだ。
上品な青い絨毯を歩くと、まるで海の上を歩いているような錯覚に陥りそうだ。
少し遅れて合流したビッチとミルクは、館内の豪華さに目を見張る。
「ホエエエ! すんごい豪華だネ!」
「フゥイイ」
1階は博物館のようになっていて、ここで展示されている品々がオークションにかけられる仕組みになっていた。
師匠の目の色が変わる。
「凄いわ! レア・アイテムの宝庫ね!」
さすがにオークションにかかるだけあって、師匠の『おたく心』がくすぐられるような珍しいアイテムがズラリと並んでいるようだ。
出品アイテムを夢中で見て回る師匠は、はじめて動物園に来た子供のようで微笑ましい。
出品アイテムは、ひとつずつ頑丈そうなガラスケース内で黒のクッションに鎮座している。
大げさな展示方法に反してアイテムは小さい。
「なんだかスカスカで安っぽく見えるな」
しょうもない展示物を馬鹿みたいにありがたがって飾っているようにしか見えない。
それを聞いて師匠が怒る。
「なに言ってるのよ! どれも凄い貴重なアイテムなのよ!」
ガラスケースの前にプレートがついている。それに触れると説明文が表示される仕組みだ。
「どれどれ? 夜泣きガラスの落涙粒? 予想落札価格が……」
暗算して驚いた。
「さ、300万? この耳クソの親玉みたいな欠片が!?」
誰がこんなもの欲しがるんだ? よっぽど金が余っている奴しか課金しないだろう。
師匠は「分かってないわねぇ」と、小ばかにしたように言う。
「これはね。この世界で4つしか存在しない素材よ。これを、ある素材と組み合わせた薬の効果が凄いのよ。命中率が常時プラス80、射程が3.8倍、貫通力も4.6倍、スナイパー系の人にとっては神の薬よ」
「ふぅん。そりゃ、ぶっ壊れ性能だな」
「そうよ。けど、調合に必要な他のアイテムもかなりのレア度なのよね。例えば、万年氷河漬惰眠古龍の緑黄胆石なんだけどね。これって……」
そういわれても名前が長すぎて良く分からない。
師匠はゲーム内知識を語るときは本当に生き生きとする。
適当に聞き流しながら館内を観察するが、結構な人だかりがあちこちで出来ている。
俺達が館内を半周したところで、ようやくデッシュと露天商が合流した。
「お前等、遅かったじゃねえか。なにやってたんだよ」
同じタイミングで出発したのに到着時間に、こんな差が出るのはおかしい。
デッシュが口を尖らせる。
「ボクチンのせいじゃないでしゅよ。このデブチンが重過ぎるんでしゅ。水竜が気の毒でしゅよ」
「はあ? ワイのせいか? 酔ったから止めてくれって騒いどったのはどこのどいつや?」
「な!? ボクチンが何時、船酔いしたでしゅか? 何時何分何秒でしゅか? 言うてみなしゃい!」
「せやかて、デッシュ。お前、まだ顎にゲロ着いてるで?」
「え? しょ、しょんなバカな? 全部ぬぐったはずしゅ」
慌てて顎を擦るデッシュを見て露天商が笑う。
「嘘じゃボケ。簡単に引っ掛かりおるな」
「むきぃー! く、悔しいでしゅ!」
「お前等、仲良いな」
太っちょの露天商にチンチクリンのデッシュ。なんだかんだいって、この二人は良いコンビだ。
そこに上品な身なりの男が近づいてきた。
いかにも紳士ですといったパーティ用の燕尾服にシルクハットの中年だ。
シルクハットの紳士は、このオークションの主催者だと名乗った。
そして、露天商に向かって訊ねる。
「そちらの御一行が今回の警備担当ですな?」
「せや。ワシが育てた、じゃのうて、スカウトしてきた。相当の腕利きやで」
「ほう。それは心強い。期待しておりますぞ。何しろ、相手があの怪盗ですからな」
2人の話では、この後、行われるオークションにおいて、お宝を頂戴するという予告状が怪盗ミカポンから届いたらしい。そこで、主催者としては全力を挙げてそれを阻止したいというのだ。
俺達への説明もそこそこに、露天商が紳士とゴニョゴニョ話をしているところを見ると、謝礼について交渉しているっぽい。
まあ、俺達を使って金儲けというのは気に食わないが、俺達の目的は転移者である怪盗ミカポンとの接触だ。
師匠が俺の肩にポンと手を置く。
「私たちは転移者に用があるだけで、大人の事情には興味ないわ」
師匠も露天商が俺達を利用しようとしていることはお見通しのようだ。
「だな。俺達は金が欲しいわけじゃねえし。ま、適当に警備してやるか」
露天商が、時折、俺達の方をチラ見しながら主催者と話し込んでいるのは気になったが、今は気にしてもしょうがない。
* * *
3階のオークション会場は思っていたよりも広かった。
6人掛の丸テーブルが50ぐらい設置されている。それがほぼ満席で、まるでディナーショーが始まりそうな雰囲気だ。
前方のステージは照明が最小限まで落とされていて、出品物がスポットライトを浴びている。
「30万!」「32万だ!」「ん……35万で!」
しばらくの静寂。そこで木槌が『ガコン』と打たれて「ハンマープライス!」
1Gは約10円なので金額がえげつないが、どよめきのようなものは見られない。
ということは、ここに居る連中はリアルでも結構な金持ちなのだろう。
客観的にみると、熱くなっているのは一部の者だけで、競りに参加しない大半の客達は、飲み物を片手に競りを傍観している。自分が欲しいものの時だけ腰を上げるといった具合だ。
なので、意外と淡々とした様子でオークションは進行する。
一応、俺も警備員なので、師匠と一緒に会場の後ろの方で客の様子を監視したりしてみる。
大した混乱もなく、また盛り上がりもなく、淡々とオークションは進行して、何事もなく最後の品物が落札された。
進行役を務めていた司会者が落札者に決済を促す。電子決済なので手続きは簡単だ。
「はい。それでは、87万Gの入金をたった今、確認いたしました。これにて本日のオークションは終了となります。本日は多数のご参加、まことにありがとうござ……」
締めの挨拶の途中で『バン!』と照明が落ちた。
会場内が真っ暗になる。ざわつく場内。
そこに突然のファンファーレ。
『♪パパパ パッパ パッパ パッパ パッパ・パパパ~』
それを聞いて師匠が言う。
「G1のファンファーレね」
「ジーワン? なんだそれ」
「競馬の大きいレースよ。発走前に演奏するのよ」
『♪パーンパパ パンパン チャチャチャチャーン』
曲が終わった。静まり返る場内。
そこで前方のステージに『ボンッ!』と、スポットライトが当たった。
そして『ボン!』と、金色の紙吹雪が放出される。
周囲の視線が、舞台中央の最後の出品物に注がれる。そしてその隣には得体のしれない物体。
「な、なんだ? あれは……女か?」
奇妙な物体は仮装した人間だった。
裸同然のヒョウ柄ビキニに紫の仮面。背中からはクジャクの羽根みたいなものが生えた、サンバの踊り子みたいな女がポーズを決めている。
少し場内がざわついた。
けったいな格好の女は仮面を取り、バニーガールのような決めポーズ。
「ミ♪ みんな、お待たせぇ! 美少女怪盗ミカポン! 参上だよ?」
呆気にとられる場内。
静まり返った会場の様子を一瞥してミカポンが口を尖らせる。
「ミ! ちょっと反応、薄すぎ! これじゃ、滑ったみたいやん!」
心底、呆れた。
「ば、バカだ……」
なんで泥棒がスポットライト浴びてアピールしてるんだ?
普通、怪盗というのは、スマートに盗みを働くクールなキャラと決まっている。
なのに、こいつときたら……。
怪盗ミカポンは人差し指を立ててウィンクする。
「はぁい。ここにあるお宝は、ぜーんぶミカポンのモノだよ? ミッ♪」
左右の舞台袖からそれぞれ大男が現れて、ミカポンに近づこうとする。
摘まみ出すつもりなのだろう。
それに気付いたミカポンが、指でピストルの形を使って「バン、バン」と、大男に向かって発砲する真似。
一寸の間があって、駆け寄ろうとした男達が前のめりに崩れ落ちる。
そしてゲーム・オーバー時のようにフェードアウトしてしまう。
「え? 何が起こったんだ?」
魔法のようには見えなかった。本当に指から弾丸を発射したのか?
ミカポンはウィンクしながら指を振る。
「ミッ♪ 誰にも邪魔はさせないピョン。邪魔するような悪い子は、お仕置きだよ?」
なんだろう。この脱力感。
喋り方もアレだが、アニメ声というか、そのキャピキャピ感に蕁麻疹が出そうだ。
しばらく舞台上の奇妙キテレツな空気と冷え冷えの場内客との無言の対峙が続いた。
なんだこいつは? という戸惑いの方が大きかった。
あのイカれた女を捕まえた方がいいのか?
とはいえ、得体のしれない攻撃があるので、直ぐには手出しが出来ない。
そこに、ステージ近くに居たデッシュがしゃしゃり出る。
「そうはイカんでしゅ!」
それにステージ上のミカポンが反応する。
「ミ? この美少女怪盗のミカポンに逆らう気? お仕置するピョン」
「へけけ。お仕置きを受けるのはアンタしゃんでしゅよ!」
デッシュは、そう予告して「ハーフのじゅちゅ!」と、得意の術を繰り出す。
すると『ポフン』と、便秘の不発弾みたいな間抜けな音がしてミカポンのビキニが小さくなった。
ハーフの術でビキニが半減!
ただでさえ裸同然だったミカポンの小さなビキニが極小になってしまった!
「ミミッ!? 嘘? きつっ、はみだしちゃうピョン!」
溢れ出す胸の谷間、深く浸食された股間。ミカポンのあられもない姿に場内の目が釘付けだ。
「けしからん! いいぞ、デッシュ! もっとやれ!」
ほとんど全裸のミカポンが頬を膨らませてデッシュに指を向ける。
「ミ! んもう、ヤラしい子! ダメだよ。バァン!」
一瞬、何かが過った。
それは速すぎて細い線のように見えた。
が、認識できたのは、ほんの一瞬で、どこからどこに何が移動したのか見当もつかない。
「いでっ!」と、デッシュが額に手をやる。
ステージの方に何か飛んで行ったらしい。
「痛いでしゅよ……やりやがったでしゅね」
デッシュは倒れまいと足を踏ん張って、舞台上のミカポンを睨む。だが……。
「デッシュ! おま、お前、頭……」
デッシュがぼやく。
「痛かったでしゅねぇ。頭に穴が開いたかと思ったでしゅ」
「いや……空いてるし。てか、向こう側が見えてるぞ」
デッシュの額には直径5センチぐらいの丸い穴が開いて、きれいに貫通している。
しかも、短いトンネルを覗き込んだ時のように向こう側の景色が丸く切り取られて見える。
ステージ脇のビッチが、デッシュの額を覗き込んで意地悪く言う。
「アララ。やっぱり、頭、空っぽなんだネ」
「な、な、なんでしゅと!? 失礼でしゅね!」
あの穴はミカポンの攻撃で出来たものなのか?
いや。方向がおかしい。ミカポンが至近距離で撃ったとは思えない。
「さっきそこを過ったのが関係してるのか? けど、どこから撃ってきたんだ?」
ミカポンの見えない攻撃。
まさか、本当に指でピストルを撃つマネをしただけで、相手をブチ抜くことが出来るとでもいうのか?
師匠も戸惑っている。
「分からないわ。あれって転移者の能力?」
ミカポンの装備を注視する。だが、飛び道具らしき武器は持っていない。
「分からん。どういうトリックだ?」
デッシュが額の穴から垂れてくる血を拭いながら喚く。
「イカサマでしゅ! インチキ女でしゅ! うす汚い詐欺師でしゅ!」
デッシュに罵られてミカポンが口を尖らせる。
「インチキじゃないもん!」
「ボクチンの可愛いおでこを傷物にして何言ってるでしゅか! インチキする女はクズでしゅ! ブスに決まってましゅ!」
「ミッ! ブスじゃないもん! もう! そこまで言うなら教えてあげる! いい? そこのカッパ小僧!」
「な!? 誰がカッパ小僧でしゅか!」
デッシュは動揺しているが教えてやりたい。
「多分、ステージの上からだと丸わかりなんじゃないか?」
ミカポンは勝ち誇ったように種明かしする。
「ミ! ウチの仲間が弓で狙撃してるんよ! 湖畔のトコからね」
言ってる意味が分からない。
弓で狙撃? 湖畔から?
ミカポンは得意げにウィンクする。
「ミッ♪ マーヤはね。ウチが指定した個所をピンポイントで打ち抜けるんだよ?」
ちょっと待て。湖畔から弓矢でスナイプだと?
それもミカポンの指定した箇所を正確に撃ち抜くだって?
「おいおい。ここ、室内だぜ? まさか、貫通するってか?」
俺の言葉に師匠が苦笑する。
「まさか、この距離で? え……まさか!」
師匠が何かに気付いた。それを見て俺も悟った。
「まさか、そいつも転移者か!?」
転移者はミカポンだけじゃないのか!




