47. 九龍城を後にして
ルサが見知らぬ少年の顔面を斬り裂いた!
一瞬の出来事に俺は固まった。
血まみれの少年を見て、師匠が卒倒しそうになる。
これはマズイ!
「ビッチ! 回復の魔法は!?」
「そ、そンなの出来ないヨ! アタシ、攻撃魔法だけしかできないモン!」
「マジかよ! 使えねえな!」
「いやはや! これは不味い! 非常に不味い状態ですぞ!」
「クソ! せめて回復薬でも! てか、何の薬がいいんだ?」
俺達がパニックに陥る中で、デッシュが「任せるでしゅ」と、少年に近付く。
「デッシュ、けが人を助ける術でもあるのか?」
「あるでしゅよ」
そう言って自信満々のデッシュは「カーッ! ペッ」と、自分の手に唾を吐きかけた。
そしてその手で少年の顔を撫でまわす。
「うげっ! 汚ぇな」
「ヤだ。傷が悪化しそうだヨ! てか、臭そう」
「うるさいでしゅねぇ、こんなのは唾をつけとけば治るでしゅ。ボクチンの唾液は切り傷や火傷に良く効くでしゅよ」
「唾液かよ……便利だけど嫌すぎる」
ゲンナリする俺達をよそに、デッシュのおかげで少年の出血が止まった。
斬り裂かれた傷口も塞がったように見える。
その様子を険しい顔つきで見守っていたルサが、剣を振り上げる。
「止めろって!」
慌ててルサの剣を取り上げる。
ルサが無言で睨みつけてくる。
俺は言いたいことをぐっと堪えて睨み返す。
ビッチがルサを非難する。
「アンタ、子供相手になんてことするのヨ! 頭、おかしいンじゃない!?」
だが、ルサは何も答えない。
少年が目を開けた。血だらけではあるが、斬られたダメージは回復したようだ。
ふらふらと立ち上がった少年がルサに訴えかける。
「お願いだよ! 一緒に行こう! そうしないと、この世界は……」
しかし、ルサはチラリと少年を一瞥して顔を背ける。
師匠が少年の手を取り立ち上がらせる。
「とりあえず、ここは諦めなさい。彼女は拒否してるようだし、無理に連れて行くのは、あなたにとって危険だわ」
「嫌だ! 一緒に行かないと!」
必死な少年に向かってルサが吐き捨てる。
「やはり、殺した方がいい」
慌ててビッチが少年とルサの間に割って入る。
「だ、ダメだヨ! 早く逃げなヨ!」
少年は悔しそうな、それでもって涙を堪えるような表情でクルリと背を向ける。
「次は諦めないからねっ!」
それが彼の捨て台詞だった。
寂しそうな少年の後姿を見送りながら師匠がルサに尋ねる。
「本当に知り合いじゃないの?」
ルサが珍しくしっかりした声で言う。
「なぜ邪魔したの?」
師匠は信じられないといった表情で答える。
「だって、残酷だもの! あの子、あなたに殺されるようなことをしたの?」
「……」ルサは答えない。
俺は少年が口にした言葉が気になった。
「そういえば、あの少年、世界がどうたらとか言ってたな。何者なんだ?」
「……」それにもルサは答えない。
師匠と俺の質問にルサはだんまりを決め込んだ。
普段から無口で何を考えているか分からないルサのことだから、本当のことを言う可能性は低い。
ルサは俺達の顔をぐるりと見回して言った。
「多分、後悔することになる……最悪な選択。あなたたち人間にとって」
彼女のセリフに俺達は言葉を失った。
いつもは喋らないルサが発した言葉だけに意味は分からないが……なぜか鳥肌が立った。
* * *
俺達は戦いの疲れを癒すために九龍城に最寄りの宿をとった。
無事にミルクは取り戻したものの、後味の悪さが俺達の中に大きな影を落としていた。
ルサの蛮行……。それは2回目だった。
バグだらけの祠での『赤ちゃん殺害未遂』に続いての残虐な行為。
加えてルサがその理由を語ろうとしないこと。それが余計に疑念を生じさせた。
食事をしても美味しく感じられない。温泉に浸かってもリラックスできない。
口数も少なく、俺達は部屋で思い思いに身体を休めた。
オッサンが気を利かせてルサを連れていってくれたのがせめてもの救いだ。
そこに思わぬ来客がやってきた。
「やあ、皆さん」
そういってシルクハットを取った運営の男は丁寧にお辞儀をした。
「お? 久しぶりじゃねえか。今まで姿を見せなかったってことは、言うほど深刻じゃないのか?」
俺の問いに運営の男が「そうではない」と、大きく頭を振る。そして、肩を落とした。
何だか疲れてるみたいだ。
師匠が呆れたような顔つきで尋ねる。
「で、何の用なの?」
ビッチが疑うような目つきで言う。
「また、邪魔しにきたの? アタシ達、このまま旅を続けるンだからネ」
運営は現実世界で俺達の身体を病院に保護している。
運営としては、こっちの世界の俺達も管理下に置きたいのだろうが、それは俺達が拒否している。
運営の男は、疲れ切った表情で言い訳する。
「忙しかった。君達のことだけでも大変だったが、経営問題などに追われて寝る間もない状態だ」
師匠が鋭く突っ込む。
「だったら、こんな所にアクセスしてくる余裕は無いんじゃない?」
「そうだ。君は利口な子だな。だが、今日は、大事なことを伝えに来たんだ」
「ほお、大事なことって何だよ?」
「前にも話したかもしれないが、いよいよ会社が立ちいかなくなるかもしれない」
それを聞いて師匠が眉を顰める。
「どういうことなの?」
「恐らく、このままだと我が社は倒産してしまうだろう。ここ数日、対応に追われていた。君達の存在がマスコミに漏れそうになってね」
ビッチはきょとんとする。
「エ? マスコミ? アタシ達、テレビに出れるの?」
運営の男はビッチの反応を見て、溜息とも呆れともとれる吐息をひとつ。
「はぁぁ……そんな悠長なことを言っている状況じゃない。考えてくれたまえ。意識不明のプレイヤーが複数名。それも我が社のゲームで、だ」
運営の男は続ける。
「君等が転移してしまったのはシステムの欠陥なのか、或いは別な要因なのか……それが未だに分からない。君達の家族から訴えられるのも時間の問題だ。今のところ、説得はしているが……」
「なるほどな。損害賠償か」
俺の言葉に師匠が首を傾げる。
「Song by ショウ?」
「ウン。たぶん、ショウって歌い手さんがボーカルなんだヨ」
「違えよ。相変わらず、どんな耳してんだよ……」
笑う気にもならない。確かに、損害賠償の裁判になってしまったら大変だ。
金銭的な問題もさることながら、この件が表ざたになってしまうと、会社の運営が経営が行き詰まる可能性がある。
デッシュもそのことを心配しているのか珍しく神妙な顔つきで言う。
「まずいでしゅねぇ……ゲームの運営が規制されたらエラいことになるでしゅよ。ゲーム内通貨で生活してるプレイヤーは大損害でしゅ」
運営が神妙な顔つきで頷く。
「その通りだ。そういう人達からも損害賠償を求められることになるだろう。そうなると損害は計り知れない。我が社は確実に倒産する」
運営会社が潰れてしまったら、このゲームは終わってしまうかもしれない。
「まずいじゃねえか! おい! 何とかなんねえのかよ?」
「努力はしている。せめて君達の転移の原因が判明すれば対処しようがあるんだが」
師匠が半べそで訴える
「なんとかしてよ! だったら、こんなところにアクセスしてる場合じゃないでしょ?」
「ああ、そうだな。時間が無いんだ。もはや一刻の猶予も……」
その時、運営の周辺で『ビーッ!』という警告音が発せられた。
「くそっ! こんな時に緊急か!?」
運営の男は手の平を耳に当てて通信している。が、その内容はこちらまで聞こえない。
「な、なんだと!? それは本当か? 分かった直ぐ戻る!」
師匠が不安そうに言う。
「ちょっと! 何があったの?」
「サーバーがクラウドから隔離された。今はバックアップで維持している。だが、それもいずれ限界が来る。この世界は今この瞬間もAIが世界を構築しているからな」
「は? 意味わかんねえぞ」
正直、何が問題なのか良く分からない。
そこで運営の男が説明する。
「実は、データ量が異常に増えて負荷がかかり過ぎているんだ。原因は分からないが、有り得ない速度でデータが増えている」
それを聞いて師匠が言う。
「マップを自動生成してるからじゃなくて? だったらそれを止めるとかの対処はできないの?」
「無論やっている。だが、なぜかデータが想定外の増加を続けている。データを軽くするために削除もかけてはいるんだが……AIがうまく制御できていないらしい。なのでこれから緊急会議だ。サーバーがダウンしたら大変だ」
「待ってくれよ! サーバーがダウンしたら俺達はどうなるんだ?」
「予測できない。ゲームが落ちた時に何が起こるかは……」
それを聞いて「ムイッ!」と、ミルクがふくれっ面で運営の男を睨む。
「い、いや、その、そうならないよう努力する。私を信じてくれ」
結局、運営の男が何をしにきたのか良く分からなかった。
会社がヤバい状況だということは理解した。
そして、データの氾濫でこのゲームが危ないことも……。
「なんだか……な」
余計にムードが悪くなってしまった。
ルサの件といい、運営の報告といい、悪いことだらけだ。
「俺達、呑気に旅を続けていいのかな?」
半分、独り言のように言ってみた。
そんな俺の問いは、誰にも触れられず虚しさに追い討ちをかけただけだった。
師匠は何か考え事をしている。
ビッチはぼんやりとテーブルの表面を指で撫でまわしている。
俯き加減のミルクは時折、皆の表情を盗み見しては、しょんぼりする。
デッシュだけは鼻をほじりながら欠伸ばかりしている。
なんともいえない無駄な時間。早く朝になればいいのに。
と、その時、またしても来客が現れた。
「よお! 探したで!」
思わぬ来客に俺達は、ぽかんとした。
「なんや、辛気臭い顔しよってからに。ランカー倒したんちゃうんかい」
関西弁の男は、九龍城でイカサマのアイテムを売っていた露天商だった。
「何の用だ?」
不機嫌なままに、そう口にしてしまった。
だが、露天商は気にする風でも無く、馴れ馴れしく俺達の前にデンと座り込む。
「あんたらに頼みたいことがあるんや」
師匠が面倒臭そうに言う。
「それで? わざわざ追いかけてきたってこと?」
「せや。転移者にしか、できん仕事や」
あれ? こいつに明かしてたっけ? 俺達が転移者だってこと。
師匠も少し警戒する。
「転移者? 何のことかしら?」
「隠さへんでもええ。あのランカーを始末するとはな。転移者にしかできへんことや。噂通りのぶっ壊れ性能やな」
ビッチの表情が明るくなる。
「ヘ? 噂されてるの? アタシ達、そんなに有名?」
能天気なビッチを肘で軽く押す。
「バカ、喜ぶなよ。あんまり目立つとロクなことがないんだぜ」
露天商はニヤリと笑う。
「まあまあ。あんたらが転移者じゃないと困るんや」
「どういうことだ? まさか、お前も俺達を倒して経験値を……」
「ちゃうちゃう! ワシはそんなこと望んどらん。興味があるのは金だけや」
師匠がツンとする。
「嫌よ。お金儲けに協力する気はないわ」
「そう言わんと話聞いてぇな。悪い話やない。人助けや」
「は? 人助けだと?」
「せや。明日、大規模なオークションがあるねん。それを守って欲しいんや」
「なんだ? 俺達に警備員をやれってことか?」
「まあ、ありていに言うとそうやな」
「ふざけるな。なんで俺達がそんなもの……」
「怪盗に狙われてんねん。聞いたことないか? 最近、話題になっとる美少女怪盗ミカポン!」
美少女怪盗ミカポン? なんだろう。その頭が悪そう感は……。
師匠が首を振る。
「知らないわ。それがどうかしたの?」
露天商は顎を擦りながら勿体ぶる。
「あんたらに関係あるんやけどなぁ」
「なんだよ。どういうことだ?」
「目には目を。転移者には転移者を。つまりそういうこっちゃ」
「なんだと!?」
師匠も驚く。
「まさか、その怪盗が転移者なの?」
「そういうことや。あんたらでないと対抗できへん。どや? 興味あらへんか?」
確かに、他の転移者には接触しておきたいところだ。
「また転移者でしゅか。まったく、転移のバーゲンセールでしゅね」
デッシュはうんざりしたようにそう言うが、俺はオッサンから他にも転移者が居て、病院に保護されていることを聞かされている。
「そういうことなら……関わらざるを得ないな」
なんだか、露天商に利用されているようで気に食わないが、この依頼は受けざるを得ない。




