46. ランカーを倒せ!
俺がよそ見した隙を狙って黒剣士が迫ってきた。
「ぐ! 速い!」
苦し紛れに剣を翳して相手の剣を受ける。
『ガキッ!』
まるで奥歯で固い物を思い切り噛んでしまったような感触で剣と剣が絡まる。
力比べでギリギリと剣を押しあう。やばい。こいつ、腕力も相当なものだ。
剣を引くタイミングを計ろうとしたところで、黒剣士が『それっ!』と、前蹴りで俺の腹を蹴ってきた。
「ぐふっ!」
さらに黒剣士は回し蹴りを繰り出す!
間一髪、バックステップで直撃は免れた。が、右の肩口を浅く弾かれた。剣を持つ右腕が痺れる。
さらに、回し蹴りを繰り出した足が、また一回転して飛んで来る。
「ぐ!? クソ!」
右腕を上げてガードするが、ビリッと衝撃を受ける。
続いて黒剣士は、蹴ってきた足を軸足にして、もう一方の足で蹴りを繰り出してきた。
「まだ来るか!?」
『ズン!』
脇腹に強い痛み……重いのを貰ってしまった!
左右の脚を巧みに使った攻撃……こいつ、剣技だけでなく格闘も強い!
このまま接近戦を続けるのは分が悪い。それに、奴には分身攻撃がある。
「さて……どうしたものか」
と、その時、なぜかアイテムの存在を思い出した。
脇腹を庇った右手がポケットの膨らみに触れたからだ。
黒剣士が追い討ちのミドルキックを放つ。
フェイント気味のワン、ツーに3発目が俺の顔面に向かって伸びてくる。
そこで俺は商人から購入した煙玉を放った。
「これでも食らえ!」
『バフン!』
煙玉は黒剣士の正面で爆発する。と同時に茶色い煙が放出され、視界が悪くなった。
『オウッフ!』
煙幕の向こうで黒剣士が呻く声がした。それは意表を突かれたときのリアクションとも取れるが、悲鳴のようにも聞こえた。
『カハッ! ゴヘッ、アイヤァ!』
翻訳できない呻き声!?
だが、この匂い……。
「うげっ! く、臭っ! おえっ!」
強烈な悪臭がこっちにも漂ってきた。
これは酷い! 酷すぎる。まるで発酵した靴下に腐った納豆のゲロをぶちまけたような臭さだ。
YO君に浴びせられた『ウンチの雨』に比べれば、まだ耐えられるレベルだが、これは流石に酷い。
『目が!? 臭すぎて、目が異変!』
黒剣士はパニックに陥っている。
こっちが風上で助かった。こんな臭い煙に纏わりつかれたら大変なことになる。
てか……これってチャンスじゃね?
黒剣士は強烈な匂いで麻痺している。こっちは身体が動く。
奴のサポート連中もこの匂いで参っているようだ。
「会心連撃!」
残った煙のせいで相手のシルエットしか見えない。が、構わない。
ダッシュしてありったけの会心連撃を叩き込んだ。臭いのは我慢!
『ズバズバズバッ!』×5
手応えは十分! けど、これで終わりじゃねえ! ミルクの分もお仕置きだ!
「おまけの会心連撃!」
『ズバズバズバッ!』×4
斬ってる最中に黒剣士が『ギャァワォン!』と、絶叫した。
煙のせいで与ダメージ表示が見にくいが『9999』のマックスダメージが無数に点滅する。
黒剣士は目を見開いて絶命した。
その驚愕の表情は、ゲーム・オーバーで薄っすらと消えて行くまで固まったままだった。
『こ、ここまで超越します、とは……』
変な翻訳の台詞を残して黒剣士は消え去った。
しかし、ホッとしている暇はない。
「師匠達は!?」
振り返ると師匠とデッシュのコンビは、ハンマー使いのラッシュに防戦一方だった。
ハンマー使いの攻撃を巧みにかわす師匠の後ろでデッシュが印を結ぶ。
「ハーフのじゅちゅう!」
デッシュにしては力強い呪文だ。
それに反して『ボヨン!』という間の抜けた効果音。
だが、何が起こったのか分からない。
ハンマー攻撃を軽やかなステップで左右に避けていた師匠が変な顔をする。
「なんだか背中がスゥスゥするわ」
「し、師匠! 後ろ、後ろ!」
なんと師匠の装備の後ろ半分が消失している。そのせいで、お尻が……。
異変の原因に気付いて師匠が真っ赤になる。
「え? 嘘? なにこれ? ええええ!?」
師匠は「きゃー、きゃー」叫びながら座り込んでしまった。
そこにハンマーヘッドが落ちてくる。
「師匠、危ないっ!」
間一髪、俺の剣がハンマーヘッドの行く手を遮った。
「デッシュ! その技、禁止!」
「おかしいでしゅね。ハンマーの大きさを半分にしたつもりだったんでしゅが」
「アホか! 足を引っ張ってどうする!」
半べそで女の子座りをする師匠に声を掛ける。
「師匠、苦戦してるな」
師匠は顔を赤らめながら答える。
「仕方ないでしょ! 手数が凄いのよ。あんな大きなハンマーなのに」
「ボクチンは80回ぐらい殴られたでしゅ」
「お前、ちょっとは避けろよ……」
ハンマー使いは飽きもせずにデカいハンマーを振り回してくる。
ただ、闇雲に振り回すだけの攻撃なので、直撃さえ避ければどうってことはない。
奴の攻撃は空振りばかりで、壁や床を破壊するだけだ。殆ど、建物を解体しているようなものだ。
「当たらなきゃ問題ないな」
そう思った矢先、ハンマー使いが動きを止めた。
焦った様子はみられない。攻撃が当たらなくてイライラしている風でも無い。
奴はハンマーを天に突き上げて叫んだ。
『特別に秘密にした技! 披露する!』
そしてハンマーを振り下す。
『ギンッ!』
なんか音が変だぞ!?
ハンマーが打ち下ろされた部分がカッと光る。
そして、周囲の瓦礫や石が、無重力状態のように浮き上がった。
「な、なんだ?」
奴が破壊しまくった建物の残骸やコンクリの破片。それらが無数に宙に浮き、一箇所に集まっていく。そして奴を取り巻き、やがて回転し始めた。まるで、竜巻のようだ。
『弾塊、無散、大解放!』
ハンマー使いが技の名前らしき言葉を叫んだ。
と、次の瞬間、無数の瓦礫が一斉に俺達に向かって猛スピードで突っ込んできた。
「げっ!? ちょっ、タンマ!」
『グワババババババ!』
まるで弾丸の嵐だ。細かくて硬い物質の集団が俺の前面に集中した。
辛うじて身体の前で剣を小刻みに左右に振る。会心の効果で、多少は防御できる。
しかし、これはさっきの黒剣士の分身攻撃以上の手数だ。一個一個のダメージは2桁程度でも、それが短時間で積み上がればマズい……。
「エイッ!」
『ガゴッ!』
前方で師匠の掛け声と鈍い音がした。
それで竜巻の攻撃がパタリと止んだ。見ると、防具を着替えた師匠が、ハンマー使いの顔面にレイピアを叩き込んでいた。
「師匠、ナイス! 助かったぜ」
師匠が指示する。
「同時に攻撃するわよ! あなたは前から、私は弱点特攻で後頭部を狙うわ!」
「おっしゃ! 分かった!」
「ボクチンも加勢するでしゅ」
「いいわよ。でも、またアレを使ったら殺すからね」
師匠の目は本気だ。
「逃げてばかりじゃ、ラチがあかねぇからな。行くぜ!」
少々、攻撃を喰らっても構わない。真正面から斬り込む!
それに気付いたハンマー使いが、カウンターの回転攻撃を繰り出す。
「うぉおお! 会心連撃!」
『ズバズバズバッ!』
『ガガガ、ガッキン!』
ハンマーヘッドと剣が交錯する! 奴の回転が止まった。
「まだまだ! 会心連撃!」
バランスを崩し、動きの止まったハンマー使いに会心連撃を叩き込む!
『ズバズバズバッ!』×5
間髪入れず、師匠がハンマー使いの後方から奴の後頭部にレイピアを突き刺す。
「いくわよっ! 猛虎牙突連撃!」
『ズボズボズボッ!』
どさくさに紛れてデッシュも飛び掛かる。
「チネッ! アルティメット・デス・パンチ!」
『ポコッ、ポコン、ペチン』
デッシュはハンマー使いの脚に纏わりついてパンチを浴びせる。
俺達の連携攻撃をまともに喰らったハンマー使いが『グワァァ!』と、絶叫する。
与ダメージ表示『9999』が幾つも表示され、『1240』『1520』といった四桁表示が混じる。そしてなぜかそこには『2』とか『4』の一桁表示。
「おい。なんだよ。あの一桁ダメージは……」
師匠と俺は呆れてデッシュを見る。
が、当の本人は他人事のように決め顔で言う。
「ボクチンの究極奥義で9999のダメージが入ってるでしゅね」
「なっ!?」
俺と師匠が同時にずっこけた。こいつ、本気でそう思っているのか?
『グオォ……信じる事、困難な現象! 不正的性能、使用中、不正的性能……』
ハンマー使いも変な翻訳の台詞を残してゲーム・オーバーになった。
師匠が肩で息をしながら溜息をつく。
「ふぅ……さすがランカーね。かなりの攻撃力だったわ」
「ああ。転移者でなきゃ、やられてた」
さっきの黒剣士の分身の術にしても、今の竜巻攻撃にしても、手数が半端ではない。
「師匠、あとはビッチ達だな」
「ええ。援護しないと」
残るは斧使いだ。おそらくは、奴も同じように秘技を持っているに違いない。
上のフロアでドッカン・ドッカンと派手な爆発音が発生している。
俺達は床が抜けた箇所を見つけて、上のフロアへ向かった。
上のフロアでは、ビッチとミルクのコンビが優勢だった。
斧使いはハイ・スピードでミルクの砲撃を交わし、接近を試みるが、ビッチの雷魔法に手を焼いているようだ。
ビッチが珍しく怖い顔で魔法を繰り出している。
「モウ! チョロチョロと! 面倒だからやっちゃうヨ! どうなっても知らないンだからネ! ウルトラ・スーパー・マックス・ギガ・フレア!」
次の瞬間、強烈な光が空間を支配した。
その閃光には、明らかに圧力があった。光の質量を感じるなんてことがあるのか!?
それぐらい強い光だ!
続いて聴覚が消し飛ぶような轟音!
最初の『グバァッ』だけ聞こえて、そのあとは耳が完全に塞がった。
ワンテンポ置いて光が弱まった。
ビッチの周囲からレーザービームのような太い光の筋が伸びている。その光の筋の中で、斧使いの身体が溶けていく。まるで、湯に漬けた綿菓子のように形が崩れ、縮むように消えていく。
そして光の暴動が収束する。ようやく背景が戻ってきた。
だが、斧使いのボディはどこにも見当たらない。
与ダメージ表示の数字だけがピコピコ点滅する。勿論、それは殆どが『9999』を示している。
エネルギー量が凄すぎて、斧使いの身体を構成するデータが全部飛んでしまったようだ。
消し飛んだのは斧使いだけではない。奴が居たはずの空間が、ぽっかりと消失している。
ちょうど、ビッチを起点としてフレアの通った跡が直線的にくり抜かれて真っ黒になっている。
壁や床といった建物のパーツは瓦礫を残すこともなく、完全に消え失せていた。
「ビッチ、エグすぎ……」
師匠も驚きを隠せない。
「そんなに威力あったっけ?」
「頭おかしいでしゅよ……マップデータまでぶっ壊してしまったんじゃ?」
当のビッチはあっけらかんとしている。
「テヘ、ちょっとやりすぎちゃったかな♪」
やり過ぎといっても限度がある。敵本体どころか、周囲を消失させてしまう魔法って何なんだ?
斧使いは技を披露する間もなく、瞬殺されたことになる。
とにかく、ランカー3人組は葬った。
師匠が大きく息をつく。
「ふう。オーバーキルしたから、だいぶレベルは剥いだわね」
「どれぐらい下がったんだろ?」
「そうね。20以上は持って行かれたんじゃない?」
師匠はあっけらかんとしているが、奴等にとっての1レベルは何千時間の価値があると思われる。まあ、ミルクを拉致するような奴等だから、自業自得なんだけど。
これでもう、九龍城に用はない。
「けど、マジで疲れたな」
「そうね。私もよ」と、師匠が力なく笑う。
疲れているのは俺だけではない。師匠は勿論、ビッチもミルクも足取りは重い。大して活躍していないデッシュまで疲れた顔をしている。オッサンとルサは最後尾をトボトボ付いてくる。オッサンはルサをコントロールできなかった責任を感じているらしい。
露店が並ぶ通りを出口に向かっていると、正面から男の子がスタスタと歩いてきた。
この雑多なスラム街に小奇麗な白シャツのおぼっちゃんというのは違和感がある。
青い目に金髪の少年は、俺達に目もくれない。
そのまま、すれ違っただけと思っていた。が、最後尾のオッサンのところで少年が立ち止まった。
「どうして?」と、少年が言った。
それが誰に向けられた言葉か一瞬、分からない。
「ボクと一緒に。さあ、行くよ」
少年はルサの手首を握って、彼女の顔を見上げている。
その手をルサが「嫌っ!」と、振り払う。
勢い余って少年は水溜りに尻もちをついてしまった。
「時間が無いんだよ……」
彼は訴えるような眼差しでルサを見つめる。
師匠が「知り合い?」と、首を傾げる。
何ともいえない微妙な空気。
と、その時、俺の背中でカチャッと音がした。と同時に背後で何かが過る気配がした。
『ズパッ!』
次の瞬間、少年に異変が起きた。
「な!?」
その光景に俺は息を飲んだ。
「あ……」と、息を漏らす少年。
彼の目の下あたりに赤い線が水平に現れた。
その赤が瞬時に濃くなり、線が太く膨らむ。そして『ドパッ』と、鮮血が吹き出し、少年の顔が上下真っ二つに分離した。
師匠とビッチが同時に悲鳴をあげる。
オッサンの呻き、ミルクの唸り、デッシュのゲップが凍りついた空気に響く。
それは信じがたい構図だった。
少年と背中合わせとなる形で、剣を手にしたルサの後姿があった。
剣を振り終わった彼女の姿勢は、駆け抜けながらの居合切りを決めた後のように見える。すなわち、俺の剣を抜いて、少年とすれ違いざまに顔を斬り裂いたのはルサだった。
「な、なんでそんなことを……」
信じられない。ルサがそんな残酷なことをするなんて……。
それにそんな高速な動きをどこで覚えたんだろう?




