44. 九龍城の罠
壁の崩落はランカー達の仕業に違いない!
上層階に見えた人影を追って、俺は目の前のビルに飛び込んだ。
ビルの1階はナイトクラブのような夜の店だった。
酔客をかき分け、バニーガールを押しのけ、制止するボーイを突き飛ばして階段を目指す。
階段を駆け挙げると2階は青い光に包まれた水槽だらけの部屋だった。
おそらく、アクアリウムを売る店なのだろう。水槽を縁取る青白いライトだけで店内は薄暗い。
「クソッ!」
階段が直ぐに見つからない。焦りながら店内を突っ切ると、緑の明かりが目に付く。
「非常口か? よし!」
扉を蹴破り、外階段に出る。螺旋階段は上から下まで繋がっている。
これなら一気に上まで行けそうだ。
階段を駆け上がり、屋上に出る。何もないのっぺりとした屋上。
「行き止まりか?」
隣のビルの屋上に、逃げて行く人影を確認した。
「隣のビルだ!」
人影を追って飛び移る!
「待ちやがれ!」
着地するのも、もどかしく俺は走った。
「ぬあっ!」
突然、床が抜け落ちた。
最近、よく落とされるなあ、と考えながら落下していると、バシャンと背中から液体に飛び込んだ。
「うわっ!」
落下した場所は、ビル内部のお風呂のような所だった。
浴槽に落ちた? にしては深い。大きさは幼稚園のプールぐらいだ。
「なんだ!?」
液体が、ぬるっとして、次に強烈な熱さに肌が焼けた。
「熱っ! なんだこれ!?」
熱湯かと思ったが違う。液体そのものは熱くない。なのに身体が熱い。
あわせて酸っぱい匂いに気付く。
「酸か!?」
泳ぐにも手足が痺れてうまく動かせない。
俺の周りに細かいダメージが表示される。それと同時に、転移者特典の超回復が発動する。
「痛ぇ! 身体のあちこちが痛ぇ!」
もがけばもがくほど、酸のプールに全身を焼かれる。
口に入ってしまった液体は猛烈に酸っぱくて、口内が痛い。
なんとかプールの端まで辿り着き、会心連撃で壁を破壊する。
『ざばっ!』と、流れ出る液体と一緒に水槽から吐き出される。
薄暗い室内に広がった液体は、床やガラクタを溶かしながら『ジュッ、ジュッ』と、嫌な音をたてた。
「うえぇ。身体はノーダメだけど防具がおしゃかになっちまったな……」
鞘に収まっていた剣はダメージを免れた。鞘はボロボロだが。
身体を洗いたい。酸まみれのままだと全身がヒリヒリする。
床に溜まった酸は膝丈ぐらいの高さにも及ぶ。
「とにかく、ここから出ないとな」
室内を見回して出入口を見つけた。
扉を開けると、酸が我先にと室外に流れ出した。
外の廊下に出ると目の前に手すりがあり、その先は吹き抜けになっている。
流れ出た酸は次々に吹き抜けに落ちて行った。
「こりゃ、下の住人は災難だな」
取りあえず屋上に向かう。
足止めをくったので、逃げて行った奴はもう居ないかもしれない。
吹き抜けを左手に臨みながら階段を上がる。屋上にはすんなり出られた。
「方向的にはあっちか……」
無駄だと思うが行ってみることにした。
もうひとつ隣のビルに飛び移る。
今度のビルも結構なボロさ加減で、まるで爆撃を喰らったように、あちこちが欠けている。
よくあるゲームのシチュエーションだ。
人類が滅亡して廃墟と化した都市。そういう雰囲気があった。
「この建物は酷いな。崩れ落ちそうだ」
屋上では、あちこちに大きな穴があいているので、足元に注意しながら進む。
『コンッ』と、下のフロアで物音がした。
大きめの穴に近寄って下を覗き込む。
「誰か居るのか?」
やはり廃墟なのか、下のフロアはガランとしている。
と、その時、背中を押された。
「ちょ、うわっ!」
また落ちるのかよ……。
半ば諦めながら落下していると、突如、何者かが現れた。
『ドゴン!』
衝撃と共に目の前に星が現れた。
「いでっ!」
只ならぬ圧力。
今度は身体が上に放り出される。まるでトランポリンのように跳ね上げられた。
落ちてきた穴を通って、屋上へ。
「くそっ!」
訳が分からない。まるで重力に弄ばれているみたいだ。
屋上まで浮き上がる。
手を伸ばして穴の縁に掴まろうとした。
だが、穴のところに二つの人影!
『つうぇえええい!』という叫び。そして『ザクザクザク!』と、斬りつけられた。
「ぐえっ!」
血が噴き出した。腕と胸を切られてしまった。
さらに『ザシュッ!』と、背中に痛みが生じる。
穴を通って打ち上げられ、ちょうど頂点となる位置で攻撃を受けた。
そして再び、重力の虜に。
「い、今のは!? 例のランカーか?」
自由落下に身を任せながら考える。
が、『ドゴン!』と下からの衝撃!
強烈な突き上げに成すすべなく宙に浮かされる。
「痛てぇな畜生! またかよ」
そして、上に向かう加速が失速する頃に『ザクザクザク!』『ザシュ!』と、斬りつけられる。
「ぐあっ! なんなんだ!?」
後から来る『ザシュ』は弱めの圧力だ。
どうも、そいつのせいで同じ位置に落とされているような気がする。
そう分析しているうちに三度目の『ドゴン!』で、また強制的に浮かされる。
そして、ワンパターンな『ザクザクザク!』『ザシュ!』を喰らう。
「やっぱりランカーだ! 黒い剣士と斧使い!」
ということは、落ちてくる俺を打ち上げているのはハンマー使いか!?
『ドゴン!』
下のハンマー使いがアッパースイングで落下する俺を浮かせる。
上で待機する剣士が技を叩き込んでくる。
斧使いは細かい攻撃で俺が落下する位置を調整する。
落とされる、浮かされる、斬られる、これの繰り返しだ。
何とか反撃しようと抵抗するが、空中では姿勢が安定せず、力が入らない。
「クソ! なんだこれ!」
可能な限り暴れてみるが、完全に奴等の手中に嵌ってしまった。
「完全にハメ技じゃねえか!」
そういうことか。酸のプールで防御力を下げて、そこを3人のハメ技で袋叩きにする。
落とされ、浮かされ、斬られる。
これを何度も繰り返しながら、脱出方法を探る。
お手玉みたいに流れ作業で浮かされ続けているうちは、できることは限られる。
「うまくいくかどうか……」
落下の際に身体を捻り、下に向かって「会心連撃!」
『ズバズバズバ!』
そのうちの一発がハンマーヘッドの振り上げに掠った。
『グワッキン!』
会心攻撃をぶつけた反動で、跳ね上げられる速度に勢いが付いた。
流れに逆らわず大ジャンプの要領で高く飛び上がる!
「よっし!」
これまでは所定の位置に浮かされるだけだった。
が、今度は姿勢を制御するだけの滞空時間を得られた。
上で待ち構えている黒剣士に向かって会心連撃を叩き込む!
「くそったれ! 会心連撃!」
『ズバズバ、ガキン!』
黒剣士の剣と俺の剣がぶつかった。その反動で後方に飛ばされる。
「おわっ!」
体勢を崩しながらも足を伸ばして穴の縁を蹴り上がった。
「ふう……」
ようやく、奴等のハメ技攻撃から逃れることが出来た。
屋上に着地した俺のダメージ表示と回復速度を見て黒剣士が驚愕する。
『信じること、困難!』
斧使いが叫ぶ。
『愚かなこと! 与えた損傷、軽微! 軽微!』
下からは戸惑ったようなハンマー使いの声。
『回復速度、異常!? 彼の損害、蓄積が皆無?』
黒剣士は忌々しそうに首を振る。
『無理的、信じること!』
奴等の言葉の翻訳が変なことになっている。
『想定の外に能力が存在します! 私の計算を間違うか? 守る力と快方の数値、上限無し!?』
『狂っています! 壊れている性能、過剰な状態!』
翻訳されてるのに、何を言ってるかよく分からない。
「うるせえよ! さっさとミルクを返せ!」
黒剣士に向かって突っ込む! が、奴が大きく飛び上がって逃れる。
『計画中断! 退避! 退避!』
奴等が二手に別れた。と、同時に『ボフン!』と、煙が出て視界が悪くなる。
「くそ! 逃げやがった!」
身体的なダメージは超回復のおかげで少ない。
しかし、上に下に振り回され続けたせいで平衡感覚が怪しい。ふらつく足元。若干、目が回る。
しばらく屋上でじっとしていた。そこに師匠達がやってきた。
「もう! なに勝手に突っ走ってるのよ!」
師匠に怒られてしまった。
「すまん。つい、熱くなっちまった」
この穴を使ったハメ技や酸のプールのことを説明する。
それを聞いて師匠が頬を膨らませる。
「もう。罠に決まってるじゃない。安っぽい挑発に乗るからよ」
「いやはや。敵を迷路に誘い込んで地の利を活かす。まさにゲリラ戦法の定石ですな」
「ああ。確かにやりにくいな。奴等はこの辺りの構造を熟知しているみたいだ」
オッサンが唸る。
「うむぅ。彼等は、この複雑な構造を利用して、先生方を分断し、集中攻撃による個別撃破を狙っているのでしょうな」
なぜかデッシュの鼻息が荒い。
「フフン。無駄でしゅね。ボクチンは独りになっても返り討ちにしてやりましゅ」
その台詞にビッチが突っ込む。
「たぶん、あいつら狙わないと思うヨ。アンタ、弱いから。弱すぎて転移者だと思われていないンじゃない?」
「し、失礼でしゅね! 口を慎むでしゅよ! この腐れ……」
「その可能性はあるわね!」と、師匠もビッチの意見に納得する。
「俺もそう思う。奴等、俺達がブラッド・デーモンと戦ってたのを見て転移者だと気付いたんだろ? デッシュは、土投げてただけだもんな」
目潰しの術と称して土を投げつける攻撃。デッシュは、それぐらいしか貢献していない。
事実を指摘されてデッシュが唸る。
「うぐぐ……あのときはお腹が痛かったんでしゅよ」
デッシュの言い訳は放っておいて、次の作戦を練る。
「結局、逃げられちまったな。奴等の居場所を突き止めるのは大変そうだぜ。この町は3D迷路みたいなもんだ。複雑すぎる」
師匠が腕組みしながら小さくため息をつく。
「失敗したわね。マーカーを付けておけば良かったのに」
「そっか! その発想は無かった」
そこでデッシュがある方向を指差す。
「ミルクしゃんは、あっちでしゅよ」
「え? お前、分かんのか!?」
「え? 普通に分かるでしゅよ? 逆に何で分からないでしゅか?」
ビッチがデッシュをからかう。
「意外だネ! とんでもない役立たずだと思ってたけど」
「役立たずとは失礼でしゅね。使い道が無いのに無駄にでっかいアンタしゃんのオッパイの方が、豚に巨乳でしゅよ」
「うるさいヨ!」『バリバリッ!』
デッシュの脳天に青白い閃光が突き刺さる。
「アギョーン! 熱っついでしゅ!」
デッシュの頭のてっぺんから煙が立ち昇る。続いて髪の毛が焼け焦げる嫌な臭い。
師匠が顔を顰めながら次の行動を決定する。
「とにかく、デッシュ君には感知能力があるみたいだから、早くミルクちゃんを助けに行きましょ。ランカーの始末はその後よ」




