43. 潜入! 九龍城
ランカー達の根城だと思われる九龍城までは3時間の飛行で着いた。
ドラゴン・タクシーはこういう時に便利だ。
敵に感知されないように、九龍城の手前でドラゴンを降りる。
九龍城は『城』と名がついているが、実際は建物が極度に密集した廃墟だった。
現実世界の九龍城も確かそんな感じの場所だった。ネットで見たことがあるレベルの知識だが、確か香港かどこかだと記憶している。
この場所からだと、それは一体化した建造物のように見える。
鉄くずを圧縮したスクラップのようなそれは、幾つものビルがギザギザの輪郭を成し、灰色の濃淡がその混沌を孕んでいる。
何やら不穏な空気。それがあちこちから漏れ出てきそうな存在だ。
九龍城を臨む小さな無人の村。俺達はそこで待機する。
「師匠、ここで待つのか?」
「ええ。あと10時間少々ね。夜になるまで待つわ」
ビッチが髪の毛先を指に絡めながら言う。
「なるほどネ。夜襲するってわけ?」
貧乏ゆすりをしていたデッシュが首を竦める。
「そういう作戦でしゅか。闇に紛れて攻めるんでしゅね」
「そうね。それもあるけど……」
師匠には何か考えがあるらしい。
「師匠。そろそろ教えてくれよ。足りないピースって何だ?」
痺れを切らして尋ねた俺の顔をじっと見ながら師匠が答える。
「あの子よ。ルサさんの能力。あれが必要になるかもしれないから」
「な!? ルサを連れて行くのか」
「保険よ。うまく行くかどうかは不安だけど。あの子、気まぐれだから」
ルサの能力……それは時間の流れを遅くする能力。
あのサポート能力にはこれまで2度助けられた。
特に、ダークマターとの戦い。もし、あの時、彼女の能力が無かったら消えていたのは俺達の方だったかもしれない。
「そういうことか。オッサンとルサが合流するまで待つってことだな」
「ええ。あの子が協力してくれるといいけど」
師匠の表情が冴えないのは、それがあるからだ。
ルサは未だに俺達に心を開かない。NPCでありながら、自分の思うがままに行動する。
そんな彼女の能力に頼らざるを得ない場面になるかどうかは分からない。
だが、師匠がそこまで考えているということは、やはりランカーとの戦いはダークと戦った時以上に慎重にならないといけないのか……。
「よっしゃ! 気合を入れないとな」
身が引き締まる思いがした。
* * *
夜になって合流したオッサンが事情を聴いて興奮する。
「いやはや、なんということでしょう! これは、ゆゆしき事態ですな!」
肝心のルサは知らん顔で九龍城の方向を見つめている。
夜になって九龍城には、星の瞬きのような明かりが、ぎっしりと表面に張り付いている。
「意外に住んでる奴が多いのか?」
その疑問に師匠が答える。
「外国人プレイヤーの溜まり場になっているから、それなりに人は居るでしょうね」
九龍城の周りは真っ暗だ。その真ん中に鎮座するギザギザの塊が微かに発光していて、不夜城のように病的な存在感を誇示している。
ビッチが「ウエェエ」と、ゲロを吐きそうな顔をする。
「なんだよ、ビッチ。怖いのか?」
「ウン。なんか心霊スポットでロケするみたいでヤダ」
師匠が警戒する。
「気を付けないと。あそこはお行儀の良くない中華系のプレイヤーが集まっているみたいだから」
「どういう意味だ? お行儀よくないって」
「無法地帯なのよ。市場で売り買いされてるアイテムや装備は殆どが改造データなの。他にもチートだったりニセモノだったり、盗品も普通に売買されてるそうよ。おまけに、リアルでもアカウントの乗っ取り、規約違反のデバイス使用をしてる人達が沢山いるそうよ。まともなプレイヤーは近づかないのが賢明ね」
「要注意プレイヤーの巣窟か。まさにこのゲームの暗部だな」
「そうね。あの国は人口が半端ないわ。廃人レベルのプレイヤー数も桁違いだと思う」
「ランカーはその頂点にいるってことか」
「たぶんね。もしかしたら、彼等があそこのリーダーかもしれない」
「マジかよ。だとしたら完全アウェイじゃねえか」
とはいえ、ミルクを取り戻す為には突入するしかない。
俺達は徒歩で九龍城を目指した。
* * *
九龍城には、すんなりと足を踏み入れることが出来た。
どこが入口という訳では無く、密集した建物の隙間から中に入っていく感じだ。
建物の大半は朽ちたビルだった。それも建て増しを繰り返したもので、所々、隣のビルと結合したような跡があり、それらが結合し、支え合って巨大な建物を構成しているように見えた。
トタンやベニヤ板で補強された箇所も少なくない。壁の色はまちまちで、そのどれもが表面に積もった埃に雨水が垂れた跡がついている。
全体的に湿気が凄い。それが閉鎖的な空間にありがちなカビ臭さと相まって息が詰まる。
看板、落書き、奇妙なポスター、それらはすべて中国語。中には日本語の漢字っぽいものもある。
通路なのか道路なのかよく分からない場所を進む。
灯りはそれなりにある。人の姿もある。プレイヤーなのかNPCなのか分からないが、道路脇で暇を持て余している者も見受けられた。
「活気が無いな。人が居る割には」
俺が素直な感想を口にするとオッサンがしかめっ面で答える。
「みんな目が死んでおりますな。人が居るのにこの重い空気感は……いやはや」
「なあ、師匠。こいつらみんなNPCなのか?」
「さあ? どうかしら」
見られている、という感触はあった。
俺とオッサン、師匠、ビッチ、デッシュ、ルサの6人は、色彩の乏しいこの町では異端だ。
たまに騒がしい音が窓から漏れてくる。中を覗くと賭け事に興じている連中が居る。
その隣の窓からは室内でアイテムのセリが行われているのが見えた。
「あ! あれは風俗店でしゅね」
デッシュが指差した方向には、女体を模ったネオンサインに怪しいピンクの明かりに包まれた一画があった。
しばらく歩き回ったが、これは迷宮といっていい。雑然とした意味の無い構築物に、散乱するゴミ。まさに、スラム街を掻き集めたような場所だ。
師匠が唸る。
「うーん。やっぱり、聞き込みをしてみるしかなさそうね」
「だな。無闇に歩き回ってもランカーは見つかりそうにないもんな」
「そうね。翻訳機能があるから会話はできると思うんだけど、素直に教えてくれるかしら」
「そういう場合は力づくで、だろ?」
そう言った俺の顔を見て師匠が笑みを漏らす。
「わざと騒ぎを起こすのも手かもね」
俺達のやり取りを聞いていたオッサンが不安そうに言う。
「いやはや、先生方のお力をもってすれば怖い物などありますまい。ですが、私など、どうにも落ち着かないもので……」
「大丈夫だ、オッサン。俺達からはぐれなければ」
と、その時、右手から日本語が聞こえてきた。
「アラ? 日本人?」と、ビッチが声のする方向へ歩き出す。
「日本人でも出入りしてる奴がいるんだな」
師匠が頷く。
「そうね。行ってみましょう。日本人なら情報を貰えるかもしれないわ」
声のする方向に進むと、露天商の男が客を集めてアイテムを売っていた。
「どや! お買い得アイテム満載やで! ここでしか買えへんもんが一杯や!」
露天商の男は小太りでアラビアンナイトの商人のような格好をしている。
師匠が呟く。
「大阪弁……関西の人かしら」
「みたいだな。声かけてみっか」
そこで俺が代表して商人に話しかける。
「なあ、アンタ、日本人だろ?」
商人がおや? といった顔を見せる。
「お? なんや、こんなとこに日本人やて? そりゃワイは大阪人やけど」
「大阪人って……なんでこんな所で商売してんだ?」
「そんなもん、規約に引っ掛かるからに決まっとるやん。ここなら安心して金儲けでけるんや」
規約に抵触するからだと?
「なるほど。改造データのアイテム販売か。まあ、それはいい。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「おいおい。何も買わへんとか? そりゃないで。話を聞きたかったら何か買うてや」
「なんだよ。がめつい奴だな」
「どや? おすすめは、このドーピング・ガムやで。ガムを噛んでる間は、攻撃力がアップするんや。こっちのドリンクは魔法の効果持続、回復薬も半端無いやつが揃ってるで」
「うーん。俺等には要らないもんばかりだな」
「そう言わんと! これなんか、どや? 特製煙玉! 強敵から確実に逃げられるで。しかも、肥やし玉の効果で悪臭のダメージを与えられるんや。勿論、改造してあるから効果はバツグンやで。痺れる臭さや!」
「仕方ねえな。じゃあ、それでいい」
「まいど! 他にはどうや? もっと見てってや」
ドリンクや錠剤以外のものは、どれも使い道の分からないガラクタだ。
変な形のオカリナや気持ち悪い色合いのクッションやら、どこで拾ってきたのかという代物ばかり。
そんな品物ではあったが、ルサはしゃがんで熱心に値踏みしている。
師匠がお金を払いながら尋ねる。
「聞きたいのは、ランカーのことなんだけど?」
「なんやって!? ランカーやと?」
「知ってるでしょ? ここを根城にしてるんでしょ?」
「せや。けどな、悪いことは言わん。関わるのはやめとけ!」
「そうもいかねえんだよな。仲間が攫われちまったんでな」
「ホンマかいな! なんでまた、奴等、そんなことを……」
その時、『プピィ』と変な音がした。
誰か屁でもこいたのかと思ったら、ビッチが売り物のオカリナを吹いたのだ。
「あ! 姉ちゃん、それはアカンで!」
「エ? 何かまずかった?」
「それは口寄せのオカリナなんや。こんなトコで吹くもんやないで」
口寄せ?
「で、何を口寄せするんだ?」
「ナメクジや」
商人がそう答えた次の瞬間、ビッチの頭上にナメクジがボトリと落ちてきた。
それがボトボトボトと幾つも続く。足元からもナメクジがワラワラ湧きだす。
「ア、ア……ぬるぬるしてて……キモいヨゥ」
ビッチは身体中、無数のナメクジに舐めまわされてプルプル震えた。
ナメクジはビッチの防具にも侵入する。意外とアクティブな奴等だ。
見かねた師匠がアドバイス。
「雷の魔法を自分に使ってみれば?」
「ちょ、ちょっと……無理カモ」
ビッチは、それどころではない様子。
「仕方が無いわね。麒麟突≪きりんとつ≫!」
師匠が軽く突き技を放つ。
『キィィン!』という高音に続いて、青白い麒麟のエフェクトがビッチの全身を貫通する。
「キャイン!」と、身体を大きく痙攣させて、ビッチは卒倒した。
ビッチの全身に張り付いていたナメクジはどれも真っ黒焦げ、というか『かりんとう』みたいに変色している。
それを見たデッシュが顔を顰める。
「汚い絵図らでしゅねぇ。ウンコまみれみたいでしゅよ」
ふと、ルサの方を見ると、彼女が嬉しそうに何かを観察している。その横顔に目を奪われた。
「あ……」
良く見るとルサの指先にアゲハ蝶がとまっている。黒いアゲハ蝶の羽根は電飾のような鮮やかな模様だ。それが角度によって微妙に変化する。
ルサはアゲハに顔を近づけて目を細める。
「あいつ。気に入ったのかな」
「電子アゲハやな」と、商人が言う。
「じゃあ、あれも買う」
「まいどあり!」
ルサがこっちを見た。
「いいよ。それ買ったから。持って帰りな」
それを聞いてルサの顔がぱっと明るくなった。
「うっ……」
胸にズキュっと重みを感じた。
ルサの笑顔。それは、滅多に見ることができない。その貴重な笑顔に胸が締め付けられる。
ルサが上目づかいで俺を見る。
「……ありがと」
たったその一言で……いや、その仕草と表情のせいで、俺は何かとんでもないものに取りつかれたような気がした。
人ではない何か、例えばサキュバスの魅力に陥落してしまったような背徳感。
それは甘く、切ない痛みのように思えた。
と、その時、露天のアイテムの上にパラパラと何か落ちてきた。
何だろうと見上げた瞬間、落下物が堰をきったように『ドドド!』と、派手に降り注いできた。
「アカン! ビルが崩れよった!」
轟音と共に広範囲でビルの壁面が崩れ落ちてきた!
回避できたのは俺と師匠、商人だけだ。あとの4人は瓦礫の下敷きになってしまった。
「ンもう! 痛っいナァ」
声がするからビッチは大丈夫そうだ。
「重いでしゅ、誰かどけてくだちい」
デッシュも放っておいて大丈夫。
転移者はこんなことでは死なない。だが、ルサは!? あと、オッサンはどうだ?
上の方で、ちらっと人影が見えた! この崩落は人為的なものだと直感した。
「野郎! 向こうから来やがった!」
俺は目の前のビルに飛び込む。
「待って! オレ君!」という師匠の声が聞こえた。
が、構わない。逃がすか!




