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42. 攫われたミルク 

 宿屋で寛いでいると、デッシュが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

「た、大変でしゅ! み、ミルクひゃんが!」


 調べ物をしていた師匠が顔を顰める。

「騒々しいわね。どうしたのよ?」

「ミルクひゃんが! 誘拐されたでしゅ!」


 予想外の言葉に仰天した。

「な!? 誘拐だと? ミルクが?」

「ウソっ? ホントに? え?」

 俺とビッチが混乱するのに対して師匠は冷静だ。

「それは本当なの? 状況は? どういう状況で連れ去られたのか、なるべく正確に思い出して」

 師匠の言葉でデッシュが落ち着きを取り戻す。

「あ、そ、そうでしゅね……」


 デッシュの説明によると、突然、上空からドラゴンが飛来して、ミルクを網で攫《さら》って飛び去ったというのだ。この町の近くで停泊している軍艦を見に港へ行った時の出来事だ。


「一瞬、だったでしゅよ! ボクチン、何も出来なかったでしゅ」

 そこで師匠が首を捻る。

「ミルクちゃん、抵抗しなかったのかしら?」

「無理でしゅよ! 本当にあっという間の出来事でしゅたから」


 ミルクを攫った網をぶら下げて飛行するドラゴンの図を想像した。

 確かに、いくら馬鹿力のミルクでも網に絡まったまま空中で暴れるわけにはいかない。


 ビッチが呆れ顔でデッシュをなじる。

「モウ! 役立たずネ! 一緒にいて、なんとかならなかったの? どうせ、びびってたんでしョ?」

「ち、違うでしゅ! ちびってなんかいましぇんよ! ちょびっとだけでしゅよ」

「ハ? チビったなんて言ってないケド?」

「無理でしゅ! さすがのボクチンでも、どうすることもできなかったんでしゅよ!」


 師匠は2人のやりとりを聞きながら腕組みする。

「困ったわね。誰が何の目的で……」

 そこでデッシュがポケットから紙きれを取り出した。

「そういえば、コレが落ちてきたでしゅ」

 師匠がそれを受け取りながら怪訝な顔。

「紙? これがドラゴンから?」

「そうでしゅ。なんか、ドラゴンに乗ってた奴が外国語で叫んでたでしゅよ。それでこれを落としたんでしゅ」


 師匠がデッシュを睨む。

「なんで早くそれを言わないのよ!」

 ボロい紙切れだ。

「で、師匠。その紙は何なんだ?」

「待って、何か走り書きがしてあるわ……一応、日本語だけど」


 紙切れには『なかま、帰してほしいか? 来ること、必要。九龍城まで』と、書いてある。


「なんだこりゃ?」

 師匠がしばし考えてデッシュに問う。

「外国語を叫んでた……ねえ、それって中国語じゃなかった?」

「そう言われてみれば、そうかもしれましぇん」

 師匠の顔色が変わる。

「まさか! もしかしたら、あの時のランカー!」


 師匠の言葉で思い出した。

 ブラッド・デーモンと戦った時に遭遇したランカー達。奴等は中国人だった。

「あの時の奴等か。なるほどな。狙いは経験値か」

「そうなるわね。転移者を倒すと莫大な経験値を得られる。おそらく、それが狙いだわ」


 ビッチが泣きそうな顔で尋ねる。

「エ? そうなの? それって酷くない? ミルクちゃん、ヤバくない?」

 師匠は静かに首を振る。

「分からないわ。ただ、彼等の目的は私達を全員倒して大量の経験値を得る事だと思う。だから、誘い出しているのよ」


「だな。九龍城《くーろんじょう》に来いっていうのは、そういうことなんだろ」

 そこで師匠お得意の聞き間違い。

「クローン・ジョー?」

 すかさずビッチが頷く。

「ウン。ジョーって人はクローン人間だったのヨ。怖いネ」

「違ぇええええ! 九つの龍と書いてクーロンって読むんだよ!」


 この紙切れのメッセージは、ミルクを返して欲しければ九龍城という場所に来いという脅迫状なのだ。

「畜生、あいつら、やっぱり俺達のことを狙っていやがったか」

「ヤだネェ。あの時は紳士そうだったのにネ」

「許せないでしゅね。ボクチンが返り討ちにしてやるでしゅよ!」

「無理だネ。アンタには無理だヨ」

「は? なんででしゅか?」

「だって無能だモン」

「な、なんでしゅと!? フザけんなでしゅ! この糞ブス!」


 その一言でデッシュの脳天に『バリッ!』と、雷が落ちる。

「あぐっ!」と、デッシュが身体を震わせる。

 が、そこは踏ん張って立ち続ける。

「お? 耐えたぞ?」

 デッシュは、頭を撫でながら強がってみせる。

「ヘ、ヘヘン。大して痛くないでしゅね。ボクチン、魔法耐性がついてきたでしゅよ」


 ダメージが足に来ているデッシュをジト目で眺めながらビッチが言う。

「フーン。じゃあ、威力、上げるネ」

『バリバリッ!』

 今度の一発は、さっきの雷と比較して密度と音が上がった。

 頭を押さえながらデッシュが喚く。

「うぎゃあん! ハゲる! ハゲるでしゅ! ハゲてしまうでしゅ!」

「バカだなお前。黙ってりゃいいのに」

 どうせこの先も電撃を喰らうことになるんだから、耐性のことは伏せておけばいいのに。

 一言多くて損をする。たぶん、デッシュはそういうタイプなんだろう。


 ひとり冷静な師匠が九龍城の位置を調べながら呟く。

「そんなに遠くは無いわね。でも、そこに呼び寄せるってことは……」

「ああ。自分達に有利なホームで戦うつもりだな」

 ビッチが神妙な顔つきで頷く。

「ウン。完全にファーラウェイ、だネ」

「は? アウェイだろ? ファーは余計だ」

 相変わらずの英語力不足。ファー・アウェイだと『遥か彼方』になってしまう。


 師匠は口元に手を当てて考えごとをしている。

「どうした、師匠? 行くしかねえだろ」

「それは分かってるわ。でも、ただでは済まないような気がする。準備をしておかないと」

「相手がランカーだからか?」

「そうよ。おまけに敵地。きっと何か策があるに違いないわ」

「けど、準備ったって何をすりゃいいんだ?」

「あなたの装備をアップグレードするとか」

 師匠はそう言って俺を見る。


「ああ……確かに、未だに初期装備だからな」

「そうね。せめて武器を調達したいとこだけど、そんな時間は無いし」

 そこでビッチが気絶しているデッシュの頭を蹴飛ばしながら言う。

「ネ。こいつが何か持ってるんじゃない?」

「あ、そっか。絆選手権の賞品ね!」と、師匠が手を打つ。

「そういえば、そういうのあったな」

 俺も思い出した。デッシュが絆選手権の集客のために用意していた武器。あれを使えばいい。


 ビッチが足の裏でグリグリとデッシュを起こす。

「起きなさいヨ! いつまで寝てンの?」

「う……うぃ……なんでしゅか?」


 目を覚ましたデッシュに師匠が命令する。

「武器を見せなさい。あなた、良いの持ってるでしょ?」

「な、何でしゅか急に……」

「お前、絆選手権の時に用意してただろ? あの中で俺に合うものを貸せ」

「ええ~ 嫌でしゅよ。結構、苦労して集めた物なのにぃ」

「いいから! 出しなさい!」

 師匠の命令は絶対だ。

 俺とビッチに睨まれ、師匠に恫喝されてはデッシュも逆らえない。


「分かりましゅたよ。もう、汚さないで欲しいでしゅ」

「ケチくさいこと言うなよ。お前が持ってても使い道がないだろ」

「そんなことないでしゅ。売れば、現実世界で結構な額になるでしゅよ」

「はん。戻れたらの話だろ? 現時点じゃ宝の持ち腐れだ」


 しぶしぶアイテムボックスを開くデッシュ。

 意外に綺麗に整頓されている。

 その武器コレクションは種類も多岐にわたり、どれも強そうで高価なものに見える。

「へえ! お前、凄いな! よくもまあ、こんだけ集めたもんだ」

「ホントだヨ! 意外とやるジャン」

「どうやってこんなに? あなた、何か悪いことしたんじゃないの?」

 師匠に問い詰められてデッシュが告白する。

「ち、違うでしゅ。武器商人から安く買ってるんでしゅ」


 その答えに師匠が疑いの目を向ける。

「幻術でしょ? 商人に幻術をかけてバカみたいに安く仕入れたんじゃないの?」

 師匠の鋭い指摘にデッシュが視線を逸らす。図星だったみたいだ。


「まあ、いいわ。そうね。それじゃ、ロングソードで手頃なものはないかしら? 手数が稼げるような軽めの物がいいわね。そうでしょ?」

 師匠に同意を求められて頷く。

「ああ。今のロングソードに近い方が扱い易いかな」

「それなら、これでどうでしゅか?」

 そういってデッシュが勧めてきたのはミスリルソードだった。


 それは、ウィングのように張り出した鍔《つば》が特徴的で、刀身とグリップがクロスして十字架のような形状だ。左右対称な刀身は先端に向かうにつれて少し広がり、きゅっと絞る形で剣先に収束している。鍔の中心に水晶の装飾。

 持った感じは見た目より軽めだ。

「思ったよりいいな。軽くて振り易い」


 師匠が俺のステータスを確認して、にっこり笑う。

「いいじゃない。基礎攻撃力がこれまでの約12倍になったわ!」

「へえ、前のも気に入ってたんだけどな。武器でそんなに違うものかな」

「どう? 試してみる?」

「師匠がいいならやってみるけど。どこで?」

「そうね。ここから南に行ったとこでイベントやってるわ。ゴーレム祭りですって」

「ゴーレムか。いかにも硬そうだな」

「そうね。でも、試し切りにはもってこいよ。行きましょ」

 師匠の提案で軽く祭りに参加することにした。


     *    *    *


 ゴーレム祭りは、文字通り狭い古城の中にゴーレムがひしめくイベントだった。

 古城の門に入ってすぐの中庭で、無数のゴーレムがプレイヤー達とくんずほぐれつしている。


 ゴーレムといえば、防御力が高く、あまり物理攻撃が効かないモンスターと相場は決まっている。

 角張った身体はガッチリした格闘家の体格に似ている。それが狭い空間で所狭しとバトルを繰り広げる様は、柔道の乱捕り稽古を連想させた。


 ビッチがそれを見てゲンナリする。

「ヤダ。なんか臭そう……」

「そりゃ偏見だろ。分かるけどさ」

 師匠は満足げに頷く。

「うん。ちょうどいい具合に密集してるわね。じゃ、早速、実験よ」


 そして壮絶なバトルロイヤルに単独で参加する。

 比較実験なので、最初はいつものロングソードで攻撃してみることにした。

 師匠の指示が飛ぶ。

「3回だけ斬ってみて!」


「あいよ。そんじゃ、ちょこっと会心!」

 あまり力まずに軽く会心連撃を目の前のゴーレムに当てる。

『ズバズバズバ』

 硬い手応え。与ダメージは『8979』『84』『9302』

 それを見て師匠が頷く。

「うん。レベル42のゴーレムね。会心じゃない攻撃だと84ね。じゃあ、剣を変えて!」


 言われるままにデッシュから借りたミスリルソードに持ち替える。

「よし。そんじゃ、もう一丁、会心!」

 同じように力まない程度に剣を振る。

『ズバズバズバ』


 振った感じは変わらないような気もする。

 が、斬った時の手応え。そう、剣を伝わって手に感じる手応えが随分と軽いように思えた。

 硬いゴーレムを斬ったという感覚は無い。

 半面、与ダメージは『1480』『9999』『9999』の3つ。


『ヌゥオオオオン!』と、ゴーレムが絶叫して倒れる。

 イマイチ違いが実感できない。

「なあ、師匠。そんなに差があるか?」

 しかし、師匠は手応えを感じているような表情だ。

「大成功よ! 会心じゃない攻撃のダメージが桁違いよ。おそらく、同じ9999の表示も実際はその何倍もダメージが入っているはずよ!」

「え? そんなもんかねえ?」

「そのまま、あっちまで走って行ってみなさい。たぶん、一発でも倒せるはずだから!」


 師匠は、ゴーレムの団体さんに斬り込みながら突入しろという。

「分かったよ。そんじゃ、まあ……行くぞ!」


 半信半疑ながら軽く助走をつけて団体さんに突っ込んでいく。

 剣を振りながら、すれ違うゴーレムに斬りつける。

 右に左に手当たり次第。

 走りながら斬撃を繰り返すので何がどうなっているのか良く分からない。

 とにかく中庭を斜めに突っ切る形で、一直線に走り切った。


 端っこまで来たところで一息ついて振り向く。

「おお! きれいに道ができてら」

 まるでモーゼの十戒のようにゴーレムの海を分断するかのように一本の道が出来ていた。

 俺が通りすがりに斬り倒したゴーレムと戦闘していたプレイヤー達が固まっている。

 まあ、一振りでゴーレムを瞬殺するところを目の当りにしたら引くわな……。


 会心の一発はダメージ表示が『9999』だが、実際はその何倍あるいは何十倍の与ダメージが入っている。結果、ゴーレムは軒並み即死してしまった。

「ひい、ふう、みい」

 会心が出なかったゴーレムが5体ほど残ったようだが、8割がたのゴーレムは昇天した。

「剣の攻撃力が上がると、こんなに違うもんか」

 もっと早く武器をチェンジしておけば良かった。

 てか、もっと強力な武器ならどうなるんだろ? それはそれでエグい話だ。


 師匠のところに戻ってから尋ねた。

「師匠、これでいけるよな? 相手がランカーでも」

「そうね。大幅な火力アップはできたわ」

「よっしゃ。じゃあ、早速、ミルクを取り戻しに行こうぜ!」

「待って。あと16時間待つわ。こっちの時間で」

「え? なんでだよ。早く行かないとミルクが……」

「分かってるわ。でも念の為よ。彼等とやり合うには、あとひとつ、ピースが足りないの」


 そう言って師匠は厳しい表情で時計を見た。


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