41. 師匠のトラウマ
YO君の蜘蛛の糸に拘束されて俺達は動けない。
処刑人ゴーレムさんは、トゲトゲしいハンマーを携えて、のっしのっしと近づいてくる。
このまま的にされるのも癪なのでビッチに指示する。
「ビッチ、この糸、燃やせるか?」
「ウン。分かった。やってみるヨ」
そう言ってビッチは目を閉じてイメージする。
と、次の瞬間、周囲が炎に包まれた。
「うあっ! 熱っちい!」
「アン! 熱いヨ!」
2人して強烈な炎の渦に焼かれる。
「バカ! 火の勢い強すぎだって! ちょっとは加減しろ!」
「だってェ、イメージするの難しいんだモン!」
炎が蜘蛛の糸を焼き尽くす。とばっちりで俺達も半分、丸焼きだ。
「呪文無しでソレかよ! まあ、結果オーライだけどな」
粘着性の糸から脱出して動けるようになった。
改めて剣を構えて処刑人さんを迎え撃つ。
『ギュワォォォン!』
処刑人さんのハンマーが唸りをあげて、俺の頭上に振り下される。
「もう、手加減しねえぞ! 会心……連撃!」
『ズバババババ! ガッキン! ズババババ! バシュッ!』
途中でハンマーヘッドが降ってきたが関係ない。
思い切り踏み込んでの会心連撃が処刑人さんに炸裂した。
『ムォォォォイィィン』
処刑人さんの周囲で『9999』の与ダメージ表示が乱舞する。
攻撃力に全振りしている処刑人さんの防御力は、たぶん悲惨なことになっているはず。なので、表示上はマックスだが、実際はもっと多くのダメージが入っているだろう。
そこで、処刑人さんは終了。
うっすらと消えて行く処刑人さんを見送るYO君は言葉が出ない。
「おい。いいのか黙ってて。生中継なんだろ?」
俺の指摘にYO君が我に返る。
「は、はひっ、ハハ……参ったYO。ここで逆転されるなんてね。てか、どうやって魔法を出した?」
YO君の疑問にビッチが無邪気に答える。
「イメージだヨ。こんな感じ♪」
そこでYO君の身体に火がついた。細かい炎があちこちにボッと点火して、それが大きな炎に成長する。
「NO! NO! NO! 熱っ! 熱いんだYO! ポウッ!」
YO君を包む炎は轟々と音を立てて周囲を焼いた。
「ビッチ、やりすぎ」
「ア、つい、出ちゃったヨ。ゴメンちゃい。お詫びに冷やすネ」
ビッチが申し訳なさそうに、今度は氷の魔法を繰り出した。
たちまち氷漬けにされるYO君。
ダメージ表示は良く見てなかったが、もう死ぬんじゃないかと思われた。
「NONO……そんな……」
炎で衣装と頭髪を焼き尽くされ、氷漬けにされたYO君はキラキラしながら昇天。
カメラだけが虚しく、その様子を淡々と映している。
「ありゃりゃ。こりゃ、また視聴者が減るな」
俺の言葉にぎょっとしたカメラマンと目が合った。気まずい……。
まあ、奴の人気が落ちるのは自業自得だが。
「あ、それよか、師匠だ」
思い出した。師匠はどこに行ったんだろ?
俺達は氷漬けのYO君を放置して、師匠を探しに行くことにした。
* * *
手分けして探しまわったところ、師匠は川で見つかった。
俺達が駆けつけると、半裸の師匠が川で泣きながら身体を洗っている。
「師匠……」
必死に布で身体をこする師匠は、何かに取りつかれているようで痛々しい。
声を掛けるのも気が引ける。だが、このまま放っておくわけにもいかない。
川に入ろうとするビッチとミルクを押しとどめて、俺が代表して声を掛ける。
「臭いは取れたか?」
師匠は首をブンブン振る。
「分からない。でも、まだ着いてる気がするわ」
そう言って泣き疲れたような顔で俯く師匠。そんな弱々しい師匠は初めて見た。
「もう、それぐらいにしとけ。風邪ひくぞ」
ゲーム内で病気にかかるとは思えなかったが、何となくそう口にしてみた。
「嫌よ。まだ洗わないと。汚いものが取れない」
「どこかの町で風呂に入ればいいだろ」
「嫌。こんな汚い姿で表を歩くのは耐えられない」
綺麗好きにも困ったもんだ。これはちょっと度が過ぎている。
仕方が無い。
「ビッチ。師匠にギガフレアを」
ビッチが目を丸くする。
「エ? なんで?」
「いいから! 早く!」
「ホントにいいのかナ? じゃ……ギガフレア♪」
次の瞬間、ビッチのギガフレアが師匠に炸裂した。
『ズォゥッ!』
猛烈な熱気! 凶暴な炎の乱舞!
俺が喰らっている訳でもないのに全身が痛い。てか消し炭の気持ちが良く分かる。
轟音と眩さが収まると、目の前の光景は一変していた。
川は干上がり、周囲は焼野原。火球が地面を抉った跡がずっと先まで続いている。
そこにポツンと師匠が立ち尽くしている。
「ビッチ、次は水だ! 冷やしてやれ」
「あいヨ! じゃあ、ウォタラガ♪」
『ズドドド!』
今度は大量の水が頭上から落ちてきた。
バケツの水を被るとか、滝にうたれるとかのレベルではない。
視界が塞がれる。息が出来ない。上からの水圧で地面に押し付けられる。
それが収まると周囲は膝丈まで水没していた。まるで池の真ん中にワープしたみたいだ。
「おい、ビッチ。もうちょっと手加減できねえのか?」
「したヨ! これでも、だいぶセーブしたんだヨ!」
ビッチは頬を膨らませて反論するが、相変わらず滅茶苦茶な魔法の威力だ。
「きゃぁ!」という師匠の悲鳴で俺達の視線がその方向に向けられる。
見ると、師匠が慌てふためいている。
「ちょ、ちょ、ちょっと! ヤダヤダ、なんで!?」
「ああ、防具、溶けちゃったな。ギガフレアで」
「ウン。溶けちゃったネ。ギガフレアで」と、ビッチが頷く。
前にビッチと相討ち狙いをしたことがあったが、あの時と同じだ。
転移者の身体は軽いダメージで済むが、装備はギガフレアの高熱に耐えられない。
「なんてことするのよ! 変態!」
真っ赤になって抗議する師匠。
そんな師匠に言ってやった。
「これで綺麗になっただろ?」
「え!?」
「何千度か何万度だか知らねえけど、汚物は消毒された。もう洗わなくてもいい」
「あ……そ、そうね。服、着なきゃ」
師匠が女の子らしく恥じらう。そんな姿も新鮮だ。
師匠が着替え終るのを待って、デッシュが呆れたように言う。
「潔癖症でしゅねぇ~ 病的でしゅよ」
無神経なデッシュにゲンコツを落とす。
「バカ! そういうことを言うなって!」
しかし、普段なら激怒するはずの師匠が顔を背ける。そしてか細い声で言う。
「汚い子だって思われたくないから……」
その言葉に俺はビッチと顔を見合わせた。
俺達が沈黙する中、師匠が続ける。
「潔癖症なのは自覚してる。私、幼稚園の頃、外で遊ぶのが好きだったの。男の子達と一緒に泥だらけになってた。でも、お母さんに凄く怒られた。女の子は、そんな遊びをするもんじゃないって。私が服を汚して帰ると、汚い子だ、汚い子は嫌いって何度も言われた。内緒で洗濯機を回して叱られたこともあるわ。そのうち、嫌われたくないから、好きでもない大人しい遊びをするようになった。つまんなかったな。やっぱり外で遊ぶの楽しいもん。でも、汚くなっちゃったら、お母さんに嫌われる。嫌われるのはイヤ。だから汚れたら綺麗にしないと……お母さんは、汚い子には興味が無いの。相手にして貰えない。お母さんに無視されるのは辛いの……私は愛されていない」
途中から涙声になっていた。その告白は重い。重すぎる。
涙を零す師匠のもとにビッチが静かに歩み寄る。そして、そっと師匠の頭を抱く。
「違うヨ」
「え?」
「師匠のお母さんは、理想が高すぎたンだと思う。時々、居るの。子供に期待しすぎて、理想の子供像を求めちゃう人が」
ビッチはいつもと違った落ち着いた口調で続ける。
「でもネ。それだけ愛してるンだヨ。好きだから。愛おしいから。もっと愛したい。自分の望む理想の子供になって欲しい。その気持ちが強ければ強いほど、求めちゃうんだヨ」
ビッチの言葉に師匠の涙が止まらない。
ビッチは囁くように優しく言った。
「だから、逆なンだヨ。師匠はネ。お母さんに愛され過ぎなんだヨ」
ビッチに抱かれたまま、師匠は幼い子供のように声を上げて泣いた。
そんな師匠の頭をビッチは撫で続ける。母親が赤子を包み込むように。
ビッチ、イケメン過ぎ。もし、俺とビッチの性別が逆なら「やだ! イケメン……抱いて!」って気持ちになってしまうかもしれない。
ミルクも「フミィィ……」と、目をウルウルさせている。
ところが、デッシュは覚めた目つきで吐き捨てる。
「ケッ! そんなのはただの毒親でしゅ。クズでしゅよ」
せっかくビッチが師匠のトラウマを癒そうとしているのに、デッシュの野郎は身もふたもない。
「うるさい! 黙れ!」
デッシュの脳天にゲンコツを落とした。
「フギ!?」
デッシュが気絶。今のゲンコツは会心になってしまったらしい。
まあ、いいや。こいつはこのままで。
師匠がツカツカと近づいてくる。近いな、と思った次の瞬間、脇腹を強烈につねられた。
「いでで、師匠、痛いって!」
師匠はいたずらっ子のような上目づかいで言う。
「ギガフレアのお礼よ」
「ゲ! あ、あれは、だな」
「分かってるわ。おかげでスッキリした。ありがとね」
頬に柔らかい温もり。
え? あの師匠が? 俺にキス、した?
意外過ぎる……てか、なんでだ? 胸がドキドキする。
何とも言えないアクシデント。
何とも言えない動悸を抱えながら、俺達は次の町に向かうことにした。
気絶したままのデッシュは、足に紐をつけてミルクに引っ張らせて……。
* * *
最寄りの町に到着して寛いでいるところにオッサンとルサが合流した。
目を覚ましたデッシュにオッサンが尋ねる。
「いかがでしたか? デッシュ殿、何か痛みは感じられましたか?」
デッシュはきょとんとしている。
先にビッチが実験の事を思い出した。
「そういえば、アンタ、お尻。チクってしたの?」
「あ……忘れてたでしゅ」
「バッカねェ! ダメじゃない。使えない奴だネ」
「む、無理でしゅよ。気絶していたんでしゅから。誰かさんのせいで」
「俺のせいにするなよ! お前が一言多いからだろうが」
「いやはや。そうでしたか。しかし、デッシュ殿。お尻に何か違和感はございませんでしたか?」
「うーん、どうでしゅかねえ。お尻がかゆかったかもしれまちぇんが、お尻がかゆくなるのはいつものことでしゅからねぇ」
「いつも痒いんかい!」
ビッチがイライラしながら言う。
「モウ! 一瞬だから分からないンだヨ。痛みが続けば、さすがに分かるでしょ? いっそのことお尻に火を点けてみれば? 本体が火傷したら流石に痛みを感じるはずだヨ」
「な、なんてことを言うんでしゅか! 人の身体をなんだと思ってるんでしゅか! アンタシャンは血も涙も胸も無いクソ女でしゅ!」
「胸が無いは余計だヨ!」
そこでデッシュの脳天に雷が落ちる。
呪文無しの魔法攻撃が、ノーモーションのジャブのように決まった。
「あぎょーん! 痛ったいでしゅ! 痛いでしゅって!」
頭を押さえて悶絶するデッシュは全身が痺れている。
「やれやれ。結局、実験は失敗か」
デッシュが間抜けなせいで実験は失敗した。しかし、チャンスはまだある。
現実世界とこの世界の繋がり。
普通のプレイヤーは、好きなようにログインして、当たり前のように現実世界に引き戻される。
だが、俺達は違う。帰れないだけだ。
何が原因かは分からない。だけど、ひょんなことで戻ることができるかもしれない。
まだ、焦る時間じゃない……俺は自分にそう言い聞かせた。




