40. 懲りないYO君
汚物まみれの落とし穴から脱出する方法。
そこで思いついた。
「ビッチ。このトラップ、建物ごと吹っ飛ばせないか?」
穴の深さは3メートルほど。落とし床まで上がれれば、要塞全体をぶっ壊す必要はないんだが、ムカつくからぶっ壊す!
「ビッチ! 水魔法だ! 溢れるぐらい水を出せ」
「オッケイ♪ そんじゃ、ウォータラド♪」
次の瞬間、バケツで水をぶっかけられたように顔面に水しぶきを浴びた。
続いて『ズォッ!!』と、足元から水柱が吹き出す。
その水圧で身体が浮かされる。それも相当な勢いで持って行かれる。
「うわっ!」
水流にもみくちゃにされながら吹き上げられ、流される。
もはやコントロールが効かない。まるで、洗濯機の中で絶賛、洗い中だ。
結局、穴の中で爆発的に発生した大量の水はトラップを破壊し、俺達は脱出することができた。
ただ、あまりに水が多かったせいで、YO君自慢の要塞が『ドーン! ドーン!』と突き上げるように何度も大きく揺さぶられ、膨れ上がる水量に耐えきれず、あっという間に大破してしまった。
水流が収まる頃には、周囲は水浸しの更地に変わっていた。
要塞は跡形もなく消え去り、その代わり大量の木材が残骸となってあちこちに転がっている。
「脱出はできたけど、水、多すぎだろ……」
相変わらずビッチの魔法は加減を知らない。
気付くとYO君が大破した要塞の残骸を前に呆然としている。
「ユー達、何してくれてんの? これ作るのに何十時間かけたことか……」
YO君はテンションが下がり過ぎて素の顔になっている。
ビッチが「テヘ♪」と、舌を出してウィンク。
「ちょっと水が多すぎちゃったネ」
「ちょっとじゃねえだろ。身体が洗えたのはいいんだけど、正直痛かったぞ」
水のおかげで全身洗浄されたものの、まだ匂いが取れない。
「お風呂入りたいヨ~ まだ気持ち悪い」
「ふぇぇ」と、ミルクも情けない顔で何か訴える。
「まだ、くっさいでしゅ! 最悪でしゅ!」
師匠だけは呆然と立ち尽くしている。まるで魂が抜かれてしまったみたいに。
俺達がブーブー文句を垂れていると、YO君が俺達の前に立った。
「相変わらずチートな魔法使いやがって……許さない。絶対にだ!」
素のYO君は怖い顔でビッチを睨みつける。そして、スタッフに声を掛ける。
「彼等を呼んで。それから準備を!」
YO君の只ならぬ様子にスタッフに緊張が走る。
慌てた様子でカメラを用意したスタッフに向かってYO君がカメラ目線。
「ユー達、覚悟しなよ。決着をつける時が来たようだ」
この期に及んで中継は続けるつもりらしい。動画投稿者の鑑だな。
YO君は宣言する。
「みんなの夢を乗せた要塞計画。それを踏みにじった奴にはバトルでお仕置きするYO!」
「別に構わんが?」
「YOYO! いいのかい? 魔法さえ封じてしまえば負けっこないYO!」
その視線は明らかにビッチに向けられている。
ただ、YO君は重大な勘違いをしている。チートなのはビッチの魔法だけじゃない。
「だってよ。んじゃ、メンバーどうするよ? 師匠」
デッシュが加わったので、チームバトルでは一人余る。なので、師匠に判断を求めたのだが反応が無い。
「およ? 師匠?」
師匠はブルブルと震えている。何かに怯えているようだ。まるで俺の声が耳に入っていない。
「師匠……どうしたんだ」
ビッチが気の毒そうに師匠を見て言う。
「さっきの汚物攻撃がショックだったんだヨ。そっとしてあげよ?」
「マジか……師匠が一番、怒ってると思ったんだがな。仕方ない。俺達だけでやるか」
師匠の異変は気になったが、止む無く俺とビッチ、ミルク、デッシュの4人でバトルに挑むことにした。
ところがYO君がミルクとデッシュを交互に見ながら困った顔をする。
「参ったYO……ちょっとカメラ止めてもらえる?」
YO君はカメラを止めさせると、素の表情で手を合わせる。
「すまないYO。申し訳ないけど、この子達はバトルから外して貰えないかな?」
「は? なんでだ? 4対4じゃないのか」
「分かってるYO。でも、絵的にマズイんだよね。オレが子供をボコるのは……ちょっとね」
そう言ってYO君は神妙な顔つきで首を振った。
呆れた。やっぱり勘違いしていやがる。
「は? そんな心配は無用だと思うけど?」
「ノン! ノン! ユーは分かっていないYO!」
YO君は声を荒らげながら続ける。
「いいかい? 動画は誰が見てるか分からないんだYO! このチャンネルはキッズのファンに支えられているんだYO。そんな愛すべきキッズ達が、オレが子供をボコるところを見たら、どんなに傷つくことか!」
言ってることは分かる。だけど、こいつ……。
「いや、だから何でお前がボコる前提なんだよ」
「頼むYO! 子供達を笑顔にしたいと思わないか?」
笑顔が冷笑に変わらなきゃいいがな。
「分かった。まあ、ハンデだと思って外してやるよ。じゃあ、ミルクとデッシュは横で見ててくれ」
ミルク抜きでも戦力的には問題ない。それにデッシュは最初から戦力外だ。
「サンキューだYO! サンキュー、サンキュー、ベリーマッチョ!」
「ベリーマッチョって……そういう寒いギャグがキッズにはウケるのか?」
よく分からんが子供相手の動画配信のノリってこういうものなのか?
半ば呆れていると隣でビッチが「キャハハ、超ウケるゥ~」と腹を抱えて笑っている。
「ビッチ……お前……」
ビッチは笑いの沸点が低いらしい。
カメラの撮影を再開して、YO君はドヤ顔で宣言する。
「こっちも2人外すから2対2でバトルだYO! でも、サポートはOK!」
「別に2対4でも構わないんだけどな」
「そうもいかないYO! 正々堂々、バトルしよう♪ カモン!」
♪ キミたちYO! ボクたちYO!
正々堂々 それ、重要!
SAY・SAY・DO・DO それ、行こう!
バトルはYO! ゲームだYO! チェキ!
エビバデ・セイ・イエス ゴーエン・パーリィ♪
「結局、ゴーエン・パーティかよ……」
お約束の素人ラップにゲンナリしているとカメラに背を向けてYO君が「かかったな」と、邪悪な顔を一瞬、見せる。
「は? 何がだ?」
YO君はパチンと指を鳴らすとサポートメンバーに指示を出した。
「ヘイ! 沈黙の魔法、ヨロシク!」
沈黙の魔法。相手の呪文を封じる『沈黙』のステータス異常を与える攻撃だ。
「なるほど。そういうことか」
ビッチの魔法を封じる作戦。
「ヘイヘイ! 解除しようとしても無駄、無駄、無駄だYO~ サポートの2人が交互に沈黙魔法をかけ続けるからね! これぞ名付けて、エンドレス・サイレンス!」
こいつ、前も得意気に手の内をばらして自滅しなかったか?
ビッチが小声で言う。
「アタシには効かないのにネ」
「そうなのか?」
「ウン。呪文無しでも出せるンだよネ。イメージすればちょびっと魔法、出るヨ」
ビッチの魔法の『ちょびっと』は元が元だけにそれなりの威力が期待できる。
「ああ、そういう仕様なんだな。そりゃ、チートだわ」
転移者ならではの、ぶっ壊れスキル。YO君はそのことをまだ知らない。
「ヘイヘイ! これでユー達のチート魔法は封じたYO! ここからは物理攻撃オンリーのガチンコ勝負! では、お願いしまーす。処刑人ゴーレムさん!」
YO君の召喚で煙と共に大男が出現した。
随分と大きなキャラだ。まるでアメリカのコミックに出て来るような筋骨隆々のボディ。
肉を捌く職人のようなエプロンに長靴。そして顔面には無数の傷。
YO君はもう勝ったつもりでいる。
「勝った! この処刑人ゴーレムさんは攻撃力にステータス全振りした最強戦士なんだYO! 魔法の無いユー達なんて、ラー油の無い担担麺と同じだYO!」
「どういう例えだ?」
YO君の例えは意味が分からない。
「まあ、いいや。さっさとやっちまおう」
処刑人ゴーレムさんの武器はハンマー。それもパワー系モンスターが振り回してそうなビッグサイズだ。ハンマーヘッドの部分だけでもバランスボール2個分の大きさ。
「うおっ、デカいな!」
ハンマーの大きさに見惚れていると、処刑人ゴーレムさんが高々とそれを頭上に掲げた。
「やべ! 来るぞ!」
処刑人のハンマーヘッドが俺とビッチの間に振り下された。凄い風圧!
『ガッ、ゴッ!』
衝撃波で俺達は吹っ飛ばされた。
「うわっ!」
「ヒャン!」
強烈な揺れで地面が液状化したように波打つ。
ビッチは尻もちをついて、お約束のパンツ丸見え。
「やだァ! もう~」
顔を赤らめながらも隠さないビッチ。
そこにYO君が血相を変えて飛んで来る。
「NO! NO! ダメだYO! マジで、そういうのいいから! 言っただろ? この動画の支持層はキッズ達なんだYO! エロは厳禁! ノー・モア・エロス! ノー・モア・パンツ!」
YO君に詰め寄られてビッチが困惑する。
「ハ? アタシのせいじゃないのに?」
「お前が映ると教育上、よろしくないんだってよ」
「ハ? 酷くない?」
「まあ、立てよ。ここは俺がやるから」
手を伸ばしてビッチを立たせてやる。
そこに『ウォォオン!』と、処刑人の雄叫び。
ハンマー攻撃の第二波が襲ってきた。
「危ねっ」
ハンマーヘッドが2階から落ちてくるような角度で頭上に迫る。
取りあえず剣でそれを受ける。
『ガッキィン!』
思った以上の大きな音が生じる。カウンター気味に軽く剣を振っただけだが、会心攻撃でハンマーの威力は相殺された。
それを見てYO君が驚愕する。
「な、な、な、なんだってぇ!?」
目一杯振り下したハンマーヘッドを弾かれて処刑人の上体が大きくぶれる。
2、3歩後ずさりしながら体勢を整えた処刑人ゴーレムさんが困惑する。
危なかった。会心が出たから良かったものの、剣どころか腕がもがれる勢いだった。
「確かに、攻撃全振りのようだな」
俺が剣を構えるところを見てYO君が喚く。
「ち、ち、チートだYO! 今の防御は絶対、チート! どこまで卑怯なんだYO!」
「卑怯って、お前が言うな」
「話が違うYO! チートは魔法だけじゃないのかYO? ヘイヘイ、良い子のみんなは、真似しちゃ駄目、駄目。チートはダメだYO! ノー・モア・チート!」
YO君は動揺を隠そうとして捲し立てるが、完全にブルっている。
「なあ、ビッチ。ここでお前が魔法出したら、アイツ卒倒するんじゃないか?」
「いいのかなァ。またチートって騒ぐんじゃない?」
「面倒くせえ奴だな。とっと片づけたいところだけど……」
汚物塗れにされた恨みを晴らすには、なるべく恥ずかしい負け方を生中継させたい。だが、これといって良いアイデアが浮かばない。
もたもたしている間に、処刑人さんが突っ込んできた。
『ヌォォオン!』
ハンマーヘッドが右から飛んで来る。
「ほい」『ガッキィン!』
今度は斜め上から。
「へい」『ガッキィン!』
大振りなので軌道は読み易い。カウンター気味に剣を当てれば会心の効果で威力は殺せる。
処刑人さんは業を煮やしたのか『グゴォォオン!』と、回転し始めた。まるでハンマー投げの選手のように激しく回転する。
「ああ、単発じゃ効かないから回転攻撃か。複数ヒット狙いだな」
処刑人さんのハンマーヘッドが迫ってくる。まるで台風のような風圧と音。結構な迫力だ。
「無駄なんだよなぁ」
俺は首を回して軽く息を吐いた。
「そうくるなら……会心連撃!」
『ガガガガガッキン! ゴッ!』
「うるせぇな、おい!」
自分でやっておいて何だが、耳障りな衝突音にうんざりした。
絶賛、回転中の処刑人さんは回りながら『ゴベ! ムノゥ!』と、後方に吹っ飛ばされた。
まあ、斬ったのはハンマーだけだったので、処刑人さん本人にはダメージは通っていない。が、代わりにハンマーがおしゃかになった。
「YOYOYO? 処刑人さん?」
YO君がボロボロになった巨大ハンマーを見て仰天する。
処刑人さんの自慢のハンマーは、洗濯の時にポケットに入っていたテッシュのようにポロポロと崩れてしまった。
YO君がサッカーの主審みたいなアクションで俺を指差す。
「ユー、チィィィト!」
あーあ。また始まった。いちいち『チート』って指摘すんなよ。こっちも自覚してるんだから……。
YO君はワナワナと震えながらも生中継であることを忘れない。
カメラに向かって視聴者に呼びかける。
「ヘイヘイヘイ! みんな、心配しないでくれYO! 俺はチートになんか負けないぜ。良い子のみんな、俺に力を分けてくれ!」
「めげないネェ。尊敬するワ」と、ビッチが感心する。
「動画投稿者のプライドなんだろ」
YO君は「ハァァ」と、気合を溜めるポーズ。
そしてカッと目を見開くと、バッと両手の平を突き出した。
「スパイダー・ロック!」
YO君の両手から白いものがプシャァと飛び出して、こっちに飛んで来た。
「なんだそりゃ」
ひょいと避ける。が、目前でその白い液体がぶわっと広がった。
「げっ! なんじゃこりゃ!?」
白い液体はネバネバした糸の束のように見える。それが手足に絡みつく。
「動けない!? これって蜘蛛の糸か?」
スパイダーというのはそういうことか!
「良かったYO。このスキル、身に着けておいて正解♪ クラフトにも便利だからね♪」
どうやら奴は、接着剤代わりにこれを使っているらしい。
「イヤァン! ベトベトしてキモい!」
見るとビッチも蜘蛛の糸に囚われてクネクネしている。何だかゲームか漫画のエロシーンみたいだ。
「今のうちだYO! ゴーレムさん! お願いっす!」
処刑人ゴーレムさんは、いつのまにか新しいハンマーを用意している。
今度の奴も同じぐらい大きくて、おまけにトゲトゲが付いている。
「動けねえ……まずいな、こりゃ」




