39. YO君、再び!
心地よい早朝の風を浴びながら馬車で移動していると、前方にこんもりとした森が見えてきた。
周囲は真っ平らな緑。その中央に、かき氷みたいな緑が鎮座している。それは、まるで一本の巨大樹が体育座りをしているみたいに見えた。
森に向かう一本道を進んでいると『カコーン』という乾いた音が聞こえてきた。ゲーム内で木を切る時によく聞く効果音だ。
森の中に入ると急にひんやりとした。木々の密度で日差しが遮られているのだろう。
師匠が前方を指差す。
「誰か木を伐り出してるみたいね」
その方向には丸太を山積みした荷馬車があった。
「あら? あの人!」と、師匠が驚く。
「どうした?」
荷台から身を乗り出して目を凝らす。
すると、荷馬車の傍で、だっさい白スーツに見たことのあるアフロ男が作業している。
「おりょ? あいつ、前に会ったことあるよな?」
「そうだネ。確か、動画の人じゃない?」
それで思い出した。
「ああ、俺達を凹るところを生中継しようとしてた奴か。名前は……なんだっけ?」
ビッチが一生懸命、思い出そうとする。
「えっとネ……確か、ヘイ君? ポゥ君? プゥ君だっけ?」
師匠が肩を竦めながら吐き捨てる。
「YO君。変態よ」
「それだ! 師匠、記憶力良いな」
「印象に残ってるのよ。悪い意味で、だけど」
デッシュがゲンナリした顔で言う。
「酷い恰好でしゅねぇ……センスの欠片もないでしゅ」
まあ、そういうデッシュも大差ないが、やはりYO君の装備は、初見ではドン引きしてしまうのだろう。
「あれでも動画で食ってるらしいからな。目立つ為の努力なんだろ」
YO君は、子供達に人気のゲーム実況者だったが、俺達に返り討ちされ、生中継で下半身を露出したせいで視聴者が離れてしまった。
恐らく視聴者は、師匠のビンタで止めをさされたYO君の情けない姿に幻滅したのだろう。
俺達の接近に気付いてYO君が素っ頓狂な声をあげる。
「ワオ! ユー達! ひょっとして!?
「なんだ。俺等のこと覚えてたのか」
「もちろんさー! あの時は参ったYO!」
YO君の連れは2人。前はちょっとした撮影隊だったのに、前よりもスタッフが減っている。こいつとカメラマン、集音マイクをもった奴だけだ。
ビッチが無邪気に尋ねる。
「前よりスタッフが減っちゃったネ。予算が少ないロケみたい。分かる~」
それがグサリときたのかYO君の表情が一瞬、強張る。
「ノ、ノウ……痛いところを突くねぇ」
斧を持っているYO君を見て、師匠が何気なしに尋ねる。
「あら、ジョブチェンジしたの? 魔法剣士から『木こり』に」
YO君がずっこける。
「ち、違う! これは素材集めだYO!」
そこで俺が素朴な疑問を口にする。
「素材集めって、そんなもん動画になんのか?」
「まさか! こんな地味な作業、ファン達にはみせられないYO」
師匠が覚めた目で言う。
「へえ、弱い物イジメの実況動画は止めたんだ?」
「動画は続けているYO。今はクラフトで稼いでるんだ」
それを聞いて師匠が「クラフト?」と、怪訝な表情。
「イエース! このゲームの醍醐味さ。みんなが驚くようなモノを作って、視聴者を楽しませるんだYO!」
なるほどな。クラフト系のゲーム実況に鞍替えしたわけだ。
「モノづくりってことか。それはそれでいいんじゃね? 需要があるんだろ」
それを聞いてYO君はウィンクして指を鳴らした。
♪ キミたちYO! ボクたちYO!
創ってワクワク 遊んでワクワク
一緒だYO! 楽しもうYO! ナウ!
何でも作れる ドリーム カム トゥルー!
エビバデ・メイキン ゴーエン・パーリィ♪
出たよ。素人ラップ。
「ゴーエン・パーティ好きだな。お前」
相変わらず寒いYO君のオリジナル・ラップ。
リアクションに困った師匠が呟く。
「けど、ラップにしては変じゃない? 素人っぽいっていうか……」
「ああ。多分、韻をふんでいないからじゃねえか?」
「インってなあに?」
「韻ってのはさ、語尾を揃えるって感じで、そうだな……」
師匠に分かり易く説明するために少し考える。
「例えば……気分は爽快♪ 仲間を紹介♪ みたいな感じだ」
なんだか急に恥ずかしくなってきた。即席でラップというのは結構、難しい。
「つまり、爽快と紹介の語尾が『カイ』で揃ってるんだ」
師匠は一応、理解したようだ。
「理解したわ。でも、この人のラップは、やっぱりなんか違うわよね」
ビッチが無邪気に笑う。
「キャハハ♪ たぶん、ボキャブラリーが貧乏なんでしょ」
「貧乏ってビッチ……そこは、ボキャブラリーが『乏しい』だろ」
珍しく横文字の使い方は合ってるが、こいつは日本語も怪しいのか?
俺達の会話を聞いていたYO君が、どんよりした表情で嘆く。
「ユー達、容赦ないね……」
YO君の余りの落ち込みようにビッチがフォローを入れる。
「ご、ゴメンネ。でも、立派だヨ。動画続けてるなんて」
「そ、そう?」
「そうだヨ。信者もいるんでしょ?」
「もちろんさー! 前よりは減っちゃだけどね。君達のせいで」
やっぱり、こいつ根に持っていやがる。しかし、俺達に対する敵意はさほどでもない。
YO君はパチンと指を鳴らす。
「そうだ! ユー達を招待するよ! 今、作り中のすっげえ要塞に」
師匠の反応は良くない。
「要塞……別に興味は無いけど」
そこでミルクが「ムィィ」と、目を輝かせながら、俺の裾を引っ張る。
「ミルクは好きだなあ。武器とかメカとか」
要塞というからには攻撃や防御のための仕掛けがあるのだろう。ミルクはその手のものに異常な興味を示す。
師匠がふぅと息を漏らす。
「しょうがないわね。ミルクちゃんが見たいのなら」
そういう訳で、俺達はYO君の要塞に招待されることになった。
* * *
YO君の要塞は、森を抜けてしばらく馬車で進んだ場所にあった。
「うお! 意外にデカいな!」
驚いた。小さな町ならすっぽり収まりそうな大きさ。しかもそれが全部、木造だ。
さすが、クラフト動画で稼いでるだけあって、外壁からして随分と凝っている。溝やトゲといったトラップは勿論、仕組みが分からない謎の仕掛けもあちこちに見受けられる。
「なんかゴチャゴチャしてんな」
それが素直な感想だ。
大きさで圧倒するだけでなく、手の込んだ仕掛けを満載することで、YO君の要塞は異彩を放っている。こういうのが好きな人にはたまらないのかもしれないが、その病的な作り込みに、ちょっとひいた。
ビッチと師匠も、はじめは物珍しさでキョロキョロしていたが、直ぐに飽きてしまったようだ。
「なんか、ツマンないネ。やっぱり興味がある人でないと」
「そうね。作り込みは凄いんでしょうけど。分かる人にしか分からないのかもね」
デッシュとミルクは2人で仲良く仕掛けを触っては、その動きにいちいち『きゃっきゃと』喜んでいる。
「あいつら気が合うな。見た目、幼女と坊主が戯れているようにしか見えん」
おそらく、精神年齢も同じようなものなのだろう。
要塞に辿り着くまでは遠い。一本道を進むが、要塞の周りをグルグルと5周ぐらい回らされた。
「近道ぐらい作っとけよ。面倒くさいな」
そこで師匠が気付く。
「あら? あの人、どこに行ったのかしら?」
後ろから付いて来ているはずのYO君の姿が見えない。
「そういえば居ないな。あいつ、人を招待しておいて自分だけショートカットしやがったな?」
止む無く一本道を歩き続ける。そして、ようやく要塞の入口らしき開けた場所に出た。
結構、広めのウッドデッキは、歩くとミシミシ音がする。
「おおい! ミルク、デッシュ! 早く来い。置いて行くぞ!」
俺と師匠、ビッチの3人でミルク達の到着を待つ。
「いい加減、飽きてきたな。こんなのどこが面白いんだか……」
と、俺がボヤいた次の瞬間、足元がフッと不安定になり、重力に囚われた。そして俺達は落下した。
「うげっ! またかよ!」
デッシュにやられたのと同じ、落とし床だ!
ただ、今回はそれほど深くない。着地の衝撃が足に伝わるが、何とか転ばずに済んだ。
だが、ビッチは尻から着地してしまったらしい。
「イヤン! もぅ」と、尻もちをついてM字開脚のビッチが顔を顰める。
師匠もおかんむりだ。
「どういうことかしら? トラップを解除し忘れたのかしら?」
デッシュはミルクの下敷きになって呻いている。
「お、重いでしゅ……」
「プゥィィ」
見上げると、落とし床が3メートルぐらい上にある。
ここから見るとそれは、まるで空が長方形に切り取られたみたいに見える。
そこにひょっこりアフロヘアーが現れた。YO君は上に居るらしい。
「おい! 変態アフロ野郎! これはどういうことだ? 招待しておいて何しやがる」
俺が文句を言うと、YO君は俺達を見下ろしながらニヤニヤ笑う。
「ククク、かかったね。作戦通りだYO」
「てめえ! 最初から、そのつもりだったのか!」
「もちろんさー! 招待なんて真っ赤な嘘さ。お馬鹿さん♪」
そう言ってからYO君は、箸から逃れようとする『うどん』みたいにクネクネした。
そして得意気に言う。
「じゃかじゃん! それではここでネタバレ! 題して、YO☆KUNの『インチキ・チート野郎を汚物トラップでドッキリ』の巻~ ウェェーイ♪」
「は? あいつ、何言ってんだ?」
「さあ?」と、師匠も首を捻る。
「汚物トラップってどういうことだ?」
「分からないわ」
師匠がそう答えたと同じタイミングで『ボトボト』と茶色いゼリー状の物体が落ちてきた。それも大量に……。
「うえっ! 何だコレ!?」
肌に触れたそれは、生暖かくて気持ち悪い。
師匠の顔が歪む。
「臭っ! なにこれ!?」
「おえっ! 臭ぇぞ! マジでこれ、ほとんどウンコの匂いだろ!」
色といい、匂いといい、どうみてもウンコです。本当にありがとうございました。
「ムゥイイイ!」
流石にミルクも鼻を押さえて匂いに悶え苦しむ。
汚物を頭から浴びた師匠は完全に思考停止。セミの抜け殻みたいになっている。
ビッチは気がふれたみたいにブツブツ言っている。
「ウンチ? なんでウンチ? 酷くない? ウンチはない。さすがにやりすぎ。演出? それ、誰が許可したの?」
デッシュが一番、パニックになっている。
「くっさいでしゅ! くっさいでしゅ! きたない! きったないでしゅ!」
穴に落とされてウンチを浴びせられている?
この状況は受け入れ難い。理解することを脳が拒んでいる。
「そもそも、ウンコだと? なんでこの世界にこんなものがあるんだ?」
ゲーム内で排泄する必要なんて無いはずだ。むしろ、あったらマズイ。なぜなら、プレイ中に催してきて、きばったら、本体の方がお漏らししてしまうからだ。
絶対におかしい。ゲーム内にこんなものが存在することは絶対に許されない。
「おい! 何でウンコなんか出て来るんだよ!」
俺が怒鳴ると、上でYO君が嬉しそうにカメラを回している。
「ヘイヘイ! いい眺めだネ! いいよ、君達! 君達、いいよ!」
「やかましいわボケ! だから説明しろよ! これは何だ?」
「YOYO! もちろん、ウンチさ! 正確にはゲリィ・ベェン。つまり下痢便さ♪」
「ざけんな! ゲーム内でそんなもの存在するはずが……」
「クラフト、クラフト♪ 作ったのさ。結構、需要があるんだYO」
奴は何を言っているんだ? 誰が好き好んでそんなものを作る? そりゃ、その気になれば何でもクラフトできるが……。
「てか、ウンコ作って何の得があるんだ?」
俺の疑問にビッチが投げやりな口調で応える。
「理解できないケド、そういう性癖の人もいるのかもネ……」
師匠が死んだ目で「セーヘキ?」と呟く。
優等生の師匠には想像もできないことかもしれないが、世の中にはそういうのに性的興奮を覚える人が一定数、存在する。
「おい! この糞アフロ! お前もそういう趣味があんのか?」
YO君は「ノン、ノン」と、指を振る。
「キッズはみんな、ウンチ大好きだから」
「は?」
「子供はみーんな、ウンチで笑うんだYO。だからこの世界でもウ・ン・ピは貴重! おかげで良い映像が撮れるYO!」
「てめえ! また動画で生中継か?」
「勿論さー! ドッキリだYO! リベンジのチャンスを生中継♪」
前回対戦でYO君はビッチの魔法で下半身の装備を焼かれて汚い股間を生中継してしまった。そのせいで視聴者が激減したことを根に持っているのだろう。
だが、お前は俺達を怒らせてしまった。絶対に許さん!
「お前、ちっとも懲りてねえな」
「ヘイヘイ! のぞむところさ、今度はやられないぜYO!」
取り急ぎ、このトラップから出ないことには話にならない。
「さて、どうしてくれよう」
俺は少し考えた。




