38. オッサンの報告
3人組のランカーはレベル80オーバーの猛者だ。
なにしろ、あの手強かったブラッド・デーモンを玩具にするぐらいの実力。ただのプレイヤーではない。
ここは全力でいかないと殺られてしまうかもしれない。
俺は警戒しながら剣を抜いた。そして3人組の反応を伺う。
だが、3人組は、きょとんとしている。
反応が鈍いので挑発してみる。
「どうした? 経験値が欲しいんだろ?」
しかし、3人組のリーダー格らしき黒鎧の剣士が両手を広げて『待ってくれ』のポーズを見せる。
『まさか! 転移者、とても強力。私、知っている。ここで戦うこと、危険と警告』
そこで師匠が口を挟む。
「貴方達、ランカーさんなんでしょ? 大人げないと思わないの?」
師匠の問いかけに赤の斧使いが戸惑う。
『大人ではない……とは、どういう意味、ですか? 私達、成人すること、達しています』
たぶん、『大人げない』という日本語がうまく翻訳されていないのだろう。
師匠がイラっとしながら続ける。
「さっきの戦い方よ。ブラッド・デーモンをなぶり殺しにしたでしょ? 見てて気分が悪くなったわ」
黄色のハンマー持ちが、その大きな肩パッドに首が埋まるぐらい大げさに首を竦めた。
『確かに。やりすぎ? 過剰な行為、批判されますこと、理解が可能です』
黒鎧の剣士は手を合わせてお辞儀をした。
『ごめんなさい。あなたの気分、悪くしたこと、私達、与えました』
ビッチが小声で言う。
「意外と素直だネ? 悪い人達じゃないのかもヨ?」
「どうかな。格下のモンスターをハメたり、オーバーキルしたりする奴等だ。あんま信用しない方がいいぜ」
俺の言葉に軽く頷きながら師匠が言う。
「まあ、いいわ。これ以上、非難しても仕方が無いし。行きましょ」
師匠が3人組に背を向けようとした時だった。
『ちょっと、待つこと、お願いします。時間を、私に与えること、できますか?』
そう言って黒剣士がお願いのポーズを見せる。
「なに? 何か用なの?」と、師匠は怪訝そうに振り返る。
黒剣士がペコリと頭を下げる。
『フレンド、申請、お願いします』
その申し出に師匠が驚く。
「え? なんで?」
黄色いハンマー持ちがお辞儀する。
『転移する人、尊敬します。この世界、出会うこと、奇跡。すごく低い、確率』
赤の斧使いも頷く。
『この世界、私達より強い人、少ない、貴重な宝物と同じ。私、希望します。仲良くしたい』
「断るわ」
師匠はきっぱり断る。
3人組は残念そうな顔。
『登録、駄目ですか?』
黒剣士は、どうしても俺達とフレンドになりたいらしい。しかし、師匠は冷たく言い放つ。
「私達には何のメリットも無いからよ。それに、貴方達は十分、強いじゃない」
赤い斧使いが、やっぱりな、という諦め顔で首を振る。
『残念な気持ち、持ちます』
3人組は顔を見合わせ、二言三言、言葉を交わして諦めることにしたようだ。
そして去り際に黒剣士が一言。
『また、会うこと、あります』
軽く手を振りながらファスト・トラベルで消える3人組。その様子から敵意は感じ取れなかった。
だが、ハンマー持ちのあの表情。何か企んでいるように見えたのは、気のせいか……。
* * *
ランカーの3人組を見送ってしばらくしたところでオッサンとルサが合流してきた。
そしてオッサンから報告を受けた。デッシュの本体が無事に保護されたというのだ。
「いやはや、ご家族と一悶着ございましたが、何とか転院することができました」
それを聞いてビッチが苦笑い。
「家族に嫌がられたンじゃない?」
「な、なにを言うでしゅか!」
憤慨するデッシュをオッサンがなだめる。
「まあまあ。転院でお金がかかるのを気にされておりました。ですので、費用は運営が負担するということで、ご納得いただきました」
「なるほどな。ごく潰しに余計な金はかけたくないってことか」
「ひ、酷いでしゅ! ボクチンは家族に愛されてるでしゅよ」
「ネ。ところでデッシュ君の本体はどんな感じ? まさか、イケメンじゃないでしょ?」
ビッチの問いにオッサンが口ごもる。
「あうう……そ、それは私の口からは何とも……」
師匠は容赦ない。
「つまり、見れたもんじゃないってことね」
「な、何なんでしゅか! アンタしゃん達! プライバシーの侵害でしゅよ! それをいうなら、このバカ女どもはどうなんでしゅか? 年齢は? ルックスは? おっぱいは大きいでしゅか?」
師匠とビッチが同時にデッシュを張り飛ばす。ミルクもデッシュの背中を蹴る。
「あぐっ! 痛いでしゅ!」
そのやりとりを聞いて、ふと思いついた。
「そっか。オッサンは病院で俺達の本体を見てるんだよな。てことは師匠達の正体……」
師匠が、キッと俺を睨む。そして、オッサンを脅迫する。
「リアルの私達の情報。バラしたら殺すわよ」
ビッチも賛同する。
「そうだヨ! 女の子の秘密を暴露するような人は追放だヨ!」
「い、いやはや! それは困ります! 勿論、皆さまの個人情報は守ります」
何なんだ? 現実世界の姿を知られることに何でこんなに抵抗するんだ?
「なあ、オッサン。せめてこれだけは聞かせてくれ。こいつら、ブスなのか?」
それは大事なことだ。それによってはモチベーションが大きく左右される。
が、すぐさま師匠の強烈なビンタが俺の頬に炸裂した。
「最低だヨ!」と、ビッチはロッドを俺の脳天にめり込ませる。
「プリィ!」と、ミルクまで俺の尻を蹴り上げる。
「痛って! なんだよ。それぐらい聞いてもいいじゃねえか!」
師匠は「許しません!」と、きっぱり。
ビッチも「変態だヨ!」と舌を出す。
ミルクに至っては主砲を俺に向けて『ムィィ』と睨んでくる。
「わ、分かったよ! てか、そこまで秘密にする理由が……」
そこでデッシュがボソッと言う。
「たぶん、酷いブスかババアなんでしゅね」
また余計なことを……と思った瞬間、ミルクの主砲が火を噴いた。
ビッチの雷魔法がデッシュに落ちる。師匠は往復ビンタの連発をお見舞いする。
やっぱりデッシュは一言多い。
デッシュが袋叩きに遭っているのを尻目に、オッサンが俺に耳打ちした。
「先生、ちょっとお話が……」
「どうした? あいつらに聞かれちゃマズイのか?」
オッサンは真剣な顔で頷く。その表情にただならぬものを感じた。なので、デッシュをボコボコに痛めつける師匠達から少し離れた。
「話って何だよ?」
ルサの視線が気になったが、オッサンは口を開く。
「実は……先生方4人の他にもう1人、病院に収容されております」
「なんだって!?」
「しっ! 声が大きいですぞ」
「あ、ゴメン。けど、他にも転移者がいて既に収容されているのか?」
「さようでございます」
「で、そいつはダークなのか?」
俺達が最初に遭遇した転生者ダークマター。
俺に倒されたダークがその人間ではないかと一瞬、期待した。
しかし、オッサンは首を振った。
「いいえ、残念ながら」
もし、俺達以外のその人間がダークなら、こっちの世界でゲーム・オーバーになったダークの意識が本体に戻れたのかを確かめることができたはずだ。
「くそ、ダークが見つかれば話は早いんだけどな」
オッサンが申し訳なさそうに言う。
「それがダークマターというアカウント名での登録を運営が管理者権限で、すべてあたったのですが、該当する者がおらんのです。せめてIDの一部でも分かれば探しようがあるのですが」
「それは運営に頑張ってもらうしかねえな。こっちの世界で死んだ奴がどうなるのか……知るのは怖い気もするけど」
「運営が把握していないだけで、どこかで本体が無事でいてくれると良いのですが」
「ん? どういうことだ?」
「いえ、もしも、その方が独り暮らしで誰にも気付かれずにいたとすると……本体がケアされないことになってしまいます」
「つまり、本体が死んでしまうってことか?」
「その可能性は否定できません」
それも怖い話だ。ということは現実世界で意識不明の身体を保護して貰えた俺達はラッキーなんだ。
「それにしても俺達以外にも転移者が存在するってことか。この状態ってレアだと思ってたんだけどな」
「いやはや。私も想定外でございます」
「デッシュもそうだけど、まるで転移者のバーゲン・セールだな。けど、ゲーム内に意識が転移するって現象は、前例があったんじゃないのか?」
「どうでしょうか。過去にも同様の事例はあったのかもしれません。ですが、これだけこの現象が頻発するとなると、なにか想定外のことが最近になって発生しているのではないかと心配されます」
「で、運営はなんて分析してるんだ?」
「はい。運営も私と同様の懸念を持っているようです。ただ、彼等は何か隠していると踏んでおります」
「マジか! こんなになっちまったのが何人も居るとか、完全に運営の責任じゃねえか。なのに隠し事って、ふざけてんな」
「先生のお怒りはごもっともでございます。私は協力者として運営と接触を続けております。この件を口外されるのは避けたいでしょうから、運営が私の関与を断ることはできますまい。それで彼等の秘密を暴いて、先生方が現実世界に戻れる方法を探りたいと考えております」
運営は、転移者が何人も発生していることが公になることを怖れているはずだ。
ということは、そのことを知っているオッサンを無下にできない。
「オッサン、なかなかやるじぇねえか」
「伊達に歳はくっておりませぬよ」
「分かった。引き続き、よろしくな」
「お任せください。スパイ活動のようで私もワクワクしております」
ふと、ルサと目が合った。ルサは俺達とは少し距離を置いたところで、こっちを無言で見ていた。
彼女が俺達に興味が無いことは分かっているので、オッサンはあまり気にしていないが、ルサは俺達の会話を聞いていたように感じた。
「え?」
珍しく、ルサが視線を逸らした。いつから聞いていたのかは分からない。
ただ、NPCの彼女が今の話を聞いて何か考えることは無い、と自分に言い聞かせた。
そこでビッチの呼ぶ声がした。
「オレ君! おじさん! こっち来てヨ!」
見ると、デッシュが、まるで交通量の多い道路に何日間も放置された紙ごみのようになっていた。それをビッチ達が見下ろしている。
「あーあ。相当ボコられたな。あいつ」
ビッチがオッサンに向かって言う。
「こないだ話してた計画、お願いネ。こいつのお尻に、いったぁい注射をお願い!」
するとズタボロで倒れていたデッシュが反応する。
「何なんでしゅか……他人事だと思って」
「あら? ゴミが喋った?」と、師匠は容赦ない。
「うう……酷いでしゅ」
あれだけ師匠達にやられて死なないのは大したもんだ。まあ、転移者だから死なないんだけど。
オッサンが顔を強張らせながら確認する。
「実験というのは、現実世界で強い刺激を与えて、こちらの世界で感知できるか? という試みですな?」
ビッチが大きく頷く。
「ウン。それじゃ、8時間後に。やっちゃって」
オッサンが時計を見ながら答える。
「こちらの時間で8時間後ということは、現実世界では6時間後ですので早朝ですな。それでは、きっかり16時間後ではいかがでしょう? 明日は日曜日です。私もお昼前には病院に行けますので、立ち会わせて頂きます」
こっちの世界と現実世界の時間の流れは4対3の割合になっている。リアルの都合に合わせるなら、オッサンの提案で良い。
ビッチは懐中時計を取り出す。
「いいヨ。じゃ、アラーム設定して、と。16時間後にブスリって感じだネ」
「酷いでしゅ。勝手に決めるなんて……人権侵害でしゅよ」
ぼろ屑に成り果てたデッシュが抗議したが、誰も同情はしなかった。
余り期待はしていないが、もしも実験がうまく行ったら、それは大きな手掛かりになるかもしれない。
「さて、どうなることやら」と、呟いて、俺は小さく首を竦めた。




