36. 新顔の使い道
絆選手権の舞台となった町を出る寸前で、オッサンがログインしてきた。
オッサンが新顔のデッシュに気付いて尋ねる。
「おや? そちらのお方は?」
そこで事情を説明する。その経緯を聞いてオッサンが唸る。
「いやはや、またしても転移者ですか。意外と居るもんですな」
「ああ。ダークに続いて2人目だ」
「うーん」と、オッサンが考え込む。それは、あまり良くないことを考えている表情だ。
「どうした? 何か気になることでも?」
「いえ、先生方以外に転移する人間が頻発するのは、良くない傾向だと思いまして」
俺とオッサンが会話する横で、噴水に興味を持ったルサが水に手を差し入れて遊んでいる。
デッシュがそれを眺めながら言う。
「キレイな子でしゅねぇ。雪女みたいに白いでしゅ」
「そうだな。綺麗だ」
思わず素でそう答えてしまった。慌てて誤魔化す。
「い、いや、でもNPCだし。無愛想だし、何考えてるか分かんねえし!」
NPCに惚れていると思われたら恥ずかしいからだ。
オッサンがデッシュに質問する。
「デッシュ殿。お住まいはどちらでございますか? メモしますので、現実世界のご住所とお名前、ご家族の連絡先を教えてくだいませんか」
「はぁ? 何でそんなこと聞くでしゅか?」
「デッシュ殿の本体、すなわち現実世界のお身体を保護するためです」
それを聞いて師匠とビッチが、ぎょっとする。
それとは対照的にピンときてないデッシュに俺が説明する。
「俺達の意識はずっとこっちにある。てことは現実世界の本体は意識が無いってことだ。だから誰かがケアしないと衰弱してしまうだろ」
「先生のおっしゃる通りでございます。ですので、先生方のお身体は運営の手によって病院で保護されておるのです」
「オッサン、運営と連絡取ってんのか?」
「はい。特別に病院にも行かせて頂きました」
「マジで? で、どんな感じだ?」
「ご安心ください。先生や師匠、ビッチ殿、ミルク殿のお身体は、医者が適切に管理しております」
師匠が恐る恐る尋ねる。
「でも、栄養は点滴なんでしょ?」
「さようでございます。管で栄養剤を送り込んでいる状況です。みなさん、お若いので健康状態は保っておるそうです」
ビッチが無理に作った笑顔で言う。
「それじゃ自然と痩せるネ。何もしなくてもダイエットできちゃう」
「いやはや、体重が落ちるのは止むを得ません。ただ、筋力の衰えが課題です。何しろ、意識不明で寝たきりなので……EMSで対処はしておりますが」
「EMSって何だ?」
「電気刺激で筋肉を強制的に動かす装置でございます。筋力トレーニングなどでも利用される技術です。ちなみに、先生方。時々、感じることはございませんか?」
「え? 何をだよ」
「電気刺激でございます。ふくらはぎですとか、腰回りがピリピリするような感覚を自覚することはありませんか?」
「うーん。無いな。まったく」
「先生。他にも何かお感じにはなられましたか? 例えば、何もしていないのにおでこに振動を感じたり、手を握られるような圧力を感じるといった感覚はございませんでしたか?」
「いや、それも無いな」
「さようでございますか。それは残念。現実世界の刺激が、こちらの世界に伝わっていれば、と思ったのですが……」
確かに、そういう現象があれば、リアルの身体とこっちの意識が繋がっていることになる。それなら何かの拍子に、意識が身体に戻れる可能性がぐっと高まる。
そこでビッチが提案する。
「ソウダ! 刺激が弱いンじゃない? 身体にもっと強い刺激を与えてみてヨ」
「いやはや、ビッチ殿。さすがにそれは運営も躊躇しますぞ。若い女性を傷つけるとなると、ご両親の許可があったとしても……」
そこでビッチはデッシュを指差す。
「じゃア、現実世界のこいつを保護してヨ。で、こいつのお尻に釘をぶっ刺せばいいヨ。それか、ハンマーでブン殴るとか」
ビッチに指名されたデッシュが狼狽する。
「な、な、なんてことを言うでしゅか! このメス豚は! 頭がおかしいでしゅ」
「ン? 誰がメス豚だって?」
「い、いえ、何でもないでしゅ。ただ、手加減はして欲しいでしゅ」
「思い切りやっちゃっていいヨ。運営さんにそう言っておいてネ」
ビッチのリクエストにオッサンが頷く。
「承知いたしました。それでは、デッシュ殿を病院に搬送したあかつきには、是非、試してみることとしましょう」
「酷いでしゅ! なんでボクチンが実験台なんでしゅか」
泣きそうになるデッシュに師匠が喝を入れる。
「男の子でしょ! 我慢しなさい」
男の子って……デッシュの本体は38歳の中年だ。
「方法は、そうですな。時間を決めて、デッシュ殿のお尻に注射をするのではいかがでしょうか?」
オッサンの提案を聞いてデッシュが真っ青になる。
「嫌でしゅ! 注射は嫌いでしゅ! 人体実験、反対でしゅ!」
「ご安心ください。きちんと医者にお願いしますので。栄養剤を打つことにしましょう」
いい歳して注射を怖がるなんて面白い奴だ。
「せっかくだから、一番太い針をブチ込んでやれよ」
デッシュは大泣きしながら訴える。
「酷いでしゅ! 人権侵害でしゅ! 国連に訴えましゅ! うわぁぁん!」
だが、誰もデッシュに同情しない。デッシュで実験することは既定路線だ。
オッサンが神妙な顔つきで注意する。
「ただ、このゲーム世界の時間経過は、現実世界の3分の4倍ですので、時間を間違わないようご注意ください。例えば、現実世界で9時間後に刺すと決めたときは、こちらでは12時間後にお尻がチクリとするはずです。成功すれば、の話ですが」
「絶対にチクリじゃすまないでしゅ! 死ぬでしゅ! ショック死するでしゅ!」
喚き続けるデッシュは放っておいて、ここは満場一致だ。
師匠がまとめに入る。
「それじゃ、デッシュ君の本体の保護を急いでね。それが完了したら、実験開始ということで」
師匠の命令は絶対だ。
ゲンナリしているデッシュを励ましてやる。
「良かったな。早速、役に立てるぞ」
「嬉しくないでしゅ……注射、嫌でしゅ……」
「心配すんな。刺されるのは現実世界の本体だ。お前じゃない」
「そ、そうでしゅね。そうかぁ、何だか元気が出てきたでしゅ!」
実に単純な奴だ。こいつもビッチと同じ匂いがする。
* * *
のんびりと街道を進んでいると何やら騒々しい場所に出くわした。
まるで倒壊寸前のビルからネズミが逃げ出すみたいにダンジョンから逃げ出す人々が目に入った。
「聞いてねえ! てか、何なんだよ! この糞イベ!」
そう愚痴りながら近くを通った手ぶらの戦士に師匠が尋ねる。
「どうしたの? イベントなのに放棄しちゃうなんて」
丸腰の戦士は立ち止まって捲し立てる。
「どうもこうもねえ! 何が推奨レベル35だよ! 運営の奴等、頭おかしいだろ! ブラッド・デーモンなんか出しやがった!」
師匠が「ブラッド・デーモン?」と首を捻る。
「ああ、そうだよ。しかもレベル78だ! こんな場所で出すなよ!」
確かに推奨レベルを大きく上回るモンスターを出すのは酷い。けど、そういうイベントなんじゃないのか?
「まあ、皆で協力してってことなんじゃねえの?」
他人事のように俺が言うと戦士は首を振る。
「む、無理だって! 引っ掻き攻撃一発でパーティが4つ全滅しちまったんだぞ? 俺等が束になったかかったところで傷一つつけられやしねえ!」
「瞬殺か。それは酷いな」
と、その時『ドーン!』と、洞窟の入り口が破壊された。
土煙の中から出てきたのは赤毛のモンスター。
まあ、ゴリラだ。ウホウホ言わないだけで、角の生えたゴリラといって差し支えない。
筋肉隆々の上半身。その立派な体格には凶悪なパワーが詰まっているように見えた。
調べ物をしていた師匠が説明文を読み上げる。
「ブラッド・デーモン。デーモンの上位互換。幾千人もの返り血で赤く染まった全身から繰り出される物理攻撃は……」
それを遮るようにデーモンがこっちに向かってジャンプしてくる。
そして『ジャッ!』と、地面を引っ掻いた。
その一振りで何人か吹っ飛ばされた。まるで砂遊びする幼い子がスコップで砂をまき散らすみたいに。
逃げ遅れたプレイヤー達は完全にパニックに陥っている。
ブラッド・デーモンは左右の腕を振って次々と周囲のプレイヤーを瞬殺していく。
あっという間に俺達以外のプレイヤーは全滅した。
「うえええ、エグいな、こいつ」
デッシュがビッチの陰に隠れながら言う。
「ち、ちょっとだけ、手強そうでしゅね」
「チョット! パンツ見ないでよネ!」
「み、見てないでしゅよ! 見えてしまうんでしゅ! ボクチン、小さいから」
師匠が叫ぶ。
「来るわよ! みんな構えて!」
デーモンが右腕を大きく振りかぶりながら接近してくる。そして師匠の頭上を襲う。
『ガッキィン!』
師匠がレイピアでデーモンの爪を受け止める。
「くっ! さすがに一撃が重いわね」
師匠を援護する為にダッシュする。と、その時、赤い物体が左の視界に入った。
「な!? もう一体!?」
危ない! 死角からもう一体のブラッド・デーモンが師匠に迫る。
「会心連撃!」
『ガガ、ガッキィン!』
間一髪! 俺の連撃でデーモンの引っ掻き攻撃を止める。
もう一体のデーモンが師匠の背中を抉る寸前だった。
「ありがとう。助かったわ」
ビッチとミルク、デッシュもそこに合流して師匠を囲むように固まる。
ビッチが叫ぶ。
「ウソ!? もう1体、来たよ? 全部で3匹?」
「違う! 4体だ!」
師匠を襲った2体に加え、前と後ろからもブラッド・デーモンが出現した。
たちまち囲まれてしまう。前後左右にブラッド・デーモン。
多分、ゴリラに囲まれたらこんな感じになるんだろう。近いと圧が半端ない。
「マジかよ。いっぺんに4体か。こりゃ、骨が折れるぜ」
「あばば、骨折どころじゃ済まないでしゅよ!」
「だな。流石に殴られたら潰れるな」
「まずいわ! 離れないと!」
師匠の指示で俺達は散開した。姿勢を低くして、デーモンの脇を走り抜ける。
「イヤン! 待ってよ!」
ビッチが逃げ遅れた。
「あのバカ!」
止む無くUターンして助けに戻る。
四方を囲まれたビッチをどっちの方向に避難させるか、走りながら考えていると、なぜかデーモンが左方向にターゲットを変えた。
「なんだ? 他に戦ってる奴がいるのか?」
他のプレイヤーは全滅したように見えたが、どうやら、逃げずに残っている奴が居るようだ。
デーモンのうち2体が左方向に向かう。
「助かった。今のうちにやっちまおう!」
勢いをつけて手前のデーモンの背中を蹴飛ばす。ズシリと足に重みが伝わる。
そのまま背中を足場に大ジャンプ!
「おりゃ! 会心連撃!」
デーモンのでかい背中に叩き込む。
『ズバズバズバ』×3
的がデカい分、手応えはある。てか、結構、硬い。
「もう一丁! 会心連撃!」
『ズバズバズバ』×3
着地しながら与ダメージを確認。2千から3千が複数。
やはり硬い。問題は体力だ。どれぐらい削ったのか分からない。
そこでデーモンの腕が伸びてくる!
『ズギャッ!』と、地面に爪が突き刺さる。
「風圧が半端ねぇ」
と、次の瞬間、左頬がヌルっとする感覚。そして、強烈な痛みが顔面に広がった。
「掠った!? クッソ痛ぇ!」
左頬から大量の痛みが放出され、全身が痺れる。メチャメチャ痛い。死んだ方がマシなレベルだ。
だが、ここはチャンス! 右の爪を地面にめり込ませたデーモンの正面ががら空きだ。
「やりやがったな! これでも喰らいやがれ! 会心連撃!」
狙いはがら空きの胸と頭。
『ズパズ、ズズッ!』
「なに!?」
太刀筋が鈍い。で、剣先が重い。
「な!? 連撃が止められた!?」




