32. 魔法の威力 ヤマタノオロチ
魔法の威力は「瞬発力」「範囲」「持続力」の三要素で決まるそうだ。
まあ、ビッチが言うことだからホントかどうかは分からない。
瞬発力というのは、エネルギーを放出する力とも言い換えられる。つまり、それが大きければ大きいほど強いエネルギーで影響を及ぼすということだ。
範囲もだいたい分かる。その魔法が影響力を及ぼす広さだ。複数の敵に同時にダメージを与えるなら範囲が広い魔法を、単体なら一点集中のものを、という感じで使い分けるのだろう。
問題は持続力だ。これがイマイチ分からない。
「なあ。持続力って関係あんのか?」
「あるヨ。アタシの『ファイダラ』は10分ぐらい燃え続けるよ?」
「10分? てことは、その間ずっとダメージを与え続けるってことか?」
「そうなるネ。まあ、普通は10分も持たないけど」
なるほど、それで理解した。結局、魔法の威力はエネルギーの総量というわけだ。ということは、ビッチの壊れ魔法は繰り出すエネルギーが桁違いということになる。
「ちょうどいいや。ビッチ、ここは任せた」
足元で増殖を繰り返す小型のザコモンスターを一掃するには、ビッチの持続性魔法が適任だろうと思ったからだ。
師匠が足をジタバタさせながら喚く。
「気持ち悪い! 早く! お願い!」
拳ぐらいの大きさの蜘蛛がワサワサと地面を埋め尽くしている。下手に潰すとそれが分裂して増殖するという仕様だ。
「分かったヨ。そんじゃ、ファイラ♪ で燃えちゃえ」
ビッチの炎魔法があっという間に地面をオレンジに染め上げた。同時に俺達も足元の炎で火傷しそうになった。
「あちっ! 熱すぎんぞビッチ!」
「イヤン! だいぶん抑え気味にしたんだけどナ」
ビッチの魔法で行く手を阻む蜘蛛のモンスターは瞬く間に全滅した。
まだ熱気が立ち昇ってくるが、石畳の坂道は綺麗になった。
ビッチが伸びをしながらニッコリする。
「ああ、すっきりしたア。何かゾワゾワしてキモかったからネ」
「確かにスッキリしたな。一気に片付いた」
師匠もホッとした表情で言う。
「自分で斬っても良かったけど数が多すぎて。それに小さいから屈んで作業しなきゃいけないし、助かったわ」
ビッチは得意気に胸を張る。
「なんかサ。プチプチ潰したみたいだよネ」
「プチプチ?」
「アレ? 師匠は知らないんだ。荷物の隙間を埋めるシートがあるでしょ。ビニールで出来てて、トウモロコシの粒みたいなのがビッシリ生えてるの」
「知らない」
師匠に分かってもらえずにビッチが困った顔をする。
「エ? ホントに知らないの? なんかショック」
「ビッチの説明が下手なんだって。それ言うなら気泡緩衝剤だろ」
たまたま名前は知ってたので俺がそう言うと師匠が首を傾げる。
「秘宝? なにそれ。高そう」
「違う。気泡! エアー・クッション。分かるか?」
「ああ、それなら知ってる。ああ、アレね」
ようやく師匠も理解したようだ。
「そうそう。俺は興味ないけど、あれをプチッ、プチッて潰すのが気持ちいいんだってさ」
ビッチはウンウン頷きながら言う。
「とにかくスッキリするんだヨ。脳内麻薬が出るの。脳髄ぷしゃぁー! て感じ!」
脳髄?
「頭かち割られてんじゃねえか。それを言うなら脳汁だろ」
ビッチの天然ボケも相変わらずだ。
それにしても人の気配が無い。こんなに立派な石造りの町なのに、プレイヤーの姿が見当たらないのは変だ。
雰囲気はある。道路も橋も建物も、あらゆる建造物が大小様々な石で構成された完璧な石の町。まるでマチィピチュかインカの古跡のようだ。
だが、複雑な立体構造になっている分、こちらの方が神秘的だ。ちょうど、新宿や梅田の地下街をマップ化したみたいに入り組んでいる。
例えば、同じ低地帯でも、階層が単純ではない。あるところは一階部分、そこに接続されるのはある層の2階半の部分だったりする。これは立体迷路といって差し支えない。冒険にはもってこいだ。なのに、プレイヤーの姿がまるで見られないのは奇妙に思えた。
師匠も不思議そうに周囲を見回す。
「面白い場所だと思うんだけど、廃墟みたい。見捨てられた町なのかしら」
「だな。もしかしたら、たまにイベントで使うのかもよ?」
「そうね。さっきの蜘蛛みたいに野良のモンスターだけ配置されてるのかしら」
立体構造の石の町は、谷を挟んで向こう側にまで続いている。
「あっちも行ってみる?」と、師匠が提案する。
「ええ、面倒くせえな。同じだろ。たぶん、何も無いぜ?」
人が集まらないってことはそれなりに理由がある。つまり、お宝も面白い物が無いからだ。
谷の向こうに繋がる石橋に向かって石畳の坂道を下っていると、何やら微振動が感じられた。同時に『ズルッ、ズルッ』と、何かを引きずるような音がして、それが近づく気配がした。
師匠が「危ないっ!」と、飛び退く。
と同時に、石垣に等間隔で設けられた窓のような穴から何かが飛び出してきた。
「ヘビ!?」
にしてはデカい! 一瞬、シロクマかと思ったが、それは蛇の頭の部分だった。
それが穴からニョッと飛び出している。外に露出した部分だけでも10メートルはある。
「うおっ! マジかよ!」
平穏な廃墟探索のはずが、一気に不穏な空気になってしまった。
「ムィイ!」と、今度は最後尾にいたミルクが飛び退いた、と思いきやコロリンと転がった。
ミルクの近くにあった穴から別な大蛇が『シャーッ!』と、飛び出してきたのだ。
「もう一匹だと!? ミルク、大丈夫か?」
声を掛けるとミルクは赤ちゃんのようにハイハイで前進してきた。なんか可愛い。
軽く萌えていると、今度はさらに前方の方で、ほぼ同時に『ドンッ! シャーッ!』『ボゴン! シャーッ!』と、別々な穴から大蛇が飛び出してきた。
「これで4体か! どうなってるんだ?」
石畳の右側には高さ5メートルぐらいの石垣が並行している。その穴の部分から大蛇の頭が次々と飛び出してくる。
穴から頭を出した大蛇は、まるで壺から半身をのぞかせて笛の音色でクネクネするコブラみたいに動く。ただ、良く見るとその動きはシンクロしているように見える。
「動きが連動しているように見えるわね」と、師匠も同じ感想のようだ。
「だよな。双子とか三つ子なのかな?」
そう言っている間にも俺の目の前に5体目の大蛇が『バフン! シャーァ!』と、飛び出してきた。
「うわ! びっくりするじゃねえか!」
頭に来たので目の前の頭を素手でぶん殴る。
「急に出てくんな! ボケェ!」
素手の攻撃だが、会心のダメージ『3490』が通った。
大蛇が『グギャッ!』と仰け反り、穴の中に引っ込んだ。その時、他の穴から顔を出していた大蛇にも被ダメージのリアクションがあった。ということは、こいつらは一体のモンスターか?
「おい、師匠。このヘビ、繋がってるみたいだぜ」
「そうなの? 別々の個体じゃないとしたら相当な大きさね!」
ビッチが「ウヘェ、気持ち悪い」と、ゲンナリする。
「ただでさえ、ヘビ嫌いなのに、繋がってるとか信じらんないヨ」
そう言うビッチの目の前に新たな大蛇が飛び出してくる。
「ぎゃっ! モウ! 止めてヨ!」
ビッチはロッドで大蛇をポコッと殴る。大したダメージは出ないが大蛇の頭が引っ込む。
即座に別な穴から大蛇が顔を出す。師匠が身近な大蛇にレイピアの先端をプスッと刺す。大蛇が逃げるように引っ込む。それと入れ替わりに別な穴から新手が飛び出してくる。
「なんだ? こいつらの連携は……」
大蛇は、モグラ叩きのゲームみたいに穴から頭を出しては引っ込み、別な穴からまた頭が出現する。それどころか同時に出ているタイミングもある。ということは、双頭どころか幾つもの頭を持つヘビとみていい。
「こいつ! もしかしてヤマタノオロチか!」
そこで、お約束の聞き間違い。
「オマタノエッチ?」
「おまたって、師匠……しかもエッチって……師匠」
師匠は『ヤマタノオロチ』を知らないのか。8つの頭を持ったヘビ。日本神話で最もメジャーなモンスターなのに。
それはさておき、さっきから気になっていたのだが、この大蛇、大きさがおかしい。穴の大きさに対して、ヘビの頭が大きすぎる。どうやって出入りしているのか謎なレベルだ。
師匠もそれに気付いたようだ。
「おかしいわね。頭のサイズが間違ってる? 普通、穴が壊れない?」
このゲームは比較的、物理法則がシビアなはずなのに、この大蛇については当たり判定がガバガバだ。明らかに大蛇の半径は、穴の大きさを超えている。それは、ふさふさの小型犬がゲージの隙間をスルーしてくる映像を連想させた。
珍しくビッチが硬い表情で言う。
「確かに変だヨ。あの頭の大きさから推定される質量だと、運動エネルギーで石の建築物はバラバラになるはずだヨ?」
ビッチの口から質量とか運動エネルギーなんて言葉が出たことに驚きつつ、俺も思ったことを口にする。
「見た目と実態が合っていないとかか? 実はハリボテだったりして」
「そうかもネ。リアルなのがこのゲームの売りなのにナァ」
ダメージを与えると直ぐに引っ込むのもふざけている。
「クソ! 出たり引っ込んだりでうっとおしいな。ビッチ、持続性のある魔法とやらで燃やしてみろよ」
「ウン。分かった。それじゃあ、コレなんてどうかナ?」
ビッチがロッドを掲げて『ファイダゴン♪』と、呪文を唱えた。
と同時に、ビッチの周りに炎の竜巻が発生して、そこから無数の火の球が飛び出した。
それが四方八方に広がり、穴という穴に次々と飛び込んでいく。まるでオタマジャクシが住処に殺到するように、穴の中に火球が吸い込まれていく。
さらに火球は穴から顔を出した大蛇にもまとわりついて激しく炎上させる。
「いいぞ! ビッチ! 焙り出せ!」
ビッチの攻撃魔法はしつこい。燃えて、燃やして、燃やしまくる。炎に包まれた大蛇は、堪らず穴から一斉に頭を覗かせた。ダメージは継続的に入っている。3桁ダメージだが、ちりも積もれば何とやらだ。
師匠が「ひい、ふう、みぃ……」と、大蛇の数を数えて首を捻る。
「あら、頭が13あるみたいなんだけど?」
「え? マジかよ。ヤマタノオロチじゃねえのか」
「きもいヨ! 石垣ごとふっとばしちゃおう!」
ビッチがもうひとつ魔法をおかわりする。
「いくヨ~ とっておきの大魔法~ マザー・アース・アングリー・シェイク!」
一瞬、背景がかげろうのように揺らいだ。
と、次の瞬間、『ズオッ!』とエゲツナイ振動が生じて、石垣やら石の建物が、まるで重力を失ったかのように空中分解して、ぶわっと宙に浮かび始めた。
物凄い量の土煙と轟音で周囲は何も見えなくなった。ただ、ただ、圧倒的な崩壊音の大合唱が絶望的な結末を予想させた。
やがて土煙が収まり、視界が取り戻された。
だが、さっきまでの光景はどこにもなかった。石の都は、ペタンコになった大量の瓦礫と化していた。
師匠が目を丸くする。
「相変わらず凄まじい威力ね。跡形もないわ」
「やりすぎだビッチ。町ごと崩壊させちまったじゃねえか」
「テヘ♪ ちょっと張り切りすぎちゃったナ」
呆れたもんだ。通常魔法を凌駕する上位魔法があるとは聞いていたが、ここまでの破壊力だとは……しかもMPの消費がゼロとか、根本的におかしい。
さっきの呪文、マザー・アース・アングリィ・シェイクを思い出す。
「なるほどな。母なる大地、怒りの揺れか」
俺の独り言を聞いてビッチが驚いた顔を見せる。
「エ? あの呪文、そういう意味なの?」
「なに? お前、意味、分かってなかったのか」
「ウン。感覚でなんとなく。凄い威力に驚いたお母さんが、お口アングリって意味だと思ってた」
駄目だこいつ。早く何とかしないと。中一の単語帳からやり直すべきだ。
結局、ヤマタノオロチがどうなったかは確認できなかった。ビッチの上位魔法で石の町が瓦礫で埋まってしまったからだ。
まあ、それ以前に、しつこい炎魔法を喰らっているから、あれで倒れないはずがない。
それにしても、ビッチのお馬鹿さんぶりは、見ていて飽きない。
これで可愛くなければムカつくのだろうが、呆れることはあっても許容範囲だ。
本人はアイドルのつもりでいるようだが、まあ、良くてバラエティ向きだ。
改めてビッチの凄さとおバカさんぶりを認識した。




