31. ゲロ実ちゃん
カフェで隣合わせの席になったパーティは、やたらと声が大きい女の子5人組だった。
会話の内容を聞いている限り、リアル世界では同級生、それも小学生だと直ぐわかった。
彼女達のパーティは剣士、騎士、魔女、エルフ、踊り子だが、みんな防御力よりも見た目を重視した女児向けアニメのヒロインみたいな格好だ。
なんとなくだが、ひとりだけ会話に参加していない子がいる。剣士の女の子だ。
誰かが何かを言うと、他の子が『きゃっきゃ』とリアクションする。なのに、剣士の子はノリが悪いというか遠慮しているように思えた。
しばらく彼女達の様子を観察する。
「ねえ、これって超かわいくない?」
「かーわーいい♪」「いーなー、欲しいなぁ」「わかるぅ」
「なんかサパスって町で売ってるみたいよ」
「いきたぁい♪」「さんせー」「いこう、いこう!」
なんか、みんなビッチみたいな喋り方なので聴いていると疲れる。だが、相変わらず剣士の子はうつむき加減で、話の輪に入っていけないような雰囲気を醸し出している。
「ちょっと、ゲロミ! 聞いてるの?」
その言葉で剣士の子が、はっと顔を上げる。
「ゲロミも行くの? 着いてきてもいいけど」
「ゲロミ?」と、師匠の表情が曇る。「あの子……ひょっとして……」
どうやら師匠も気付いていたらしい。ゲロミと呼ばれた子はパーティ内で浮いている。
師匠がエルフの子に声を掛ける。
「ねえ、どうして彼女は『ゲロミ』なんて呼ばれてるの?」
「あ~ それはね~」と、騎士の子がクスクス笑う。
「遠足のバスで吐いちゃったんだよね~ 盛大に」
「本名はマナミなんだけど、やっぱりねぇ。ゲロはいちゃったからねぇ」
なんだ? こいつら? 仲間じゃないのか?
「酷くね? たったそれだけのことで?」
そういわれてみれば、剣士の子の名前表示は確かに『ゲロ実』になっている。
師匠が怒った顔で剣士の子に尋ねる。
「なんで嫌だって言わないの? ゲーム内でその名前は無いでしょ」
ゲロ実ちゃんはうつむく。
「でも、嫌われたくないから……ともだちだし」
師匠がゲロ実ちゃんの『デモデモだって』な態度にイラつく。
「もう! イライラするわね! ちょっと来なさい」
師匠は強引に彼女の手を引くとスタスタとカフェを出てしまった。
ゲロ実ちゃんだけ連れ出されたところで、残された4人はポカンとしている。
「え? なに?」「意味わかんない」「てか誰?」「あの人、怒ってる?」
仕方なく俺達も師匠達を追ってカフェを出る。
その際に、4人組がゲロ実ちゃんの悪口を言っているのが聞こえてしまった。
「居なくても良くない?」「だよねぇ」「暗いし、弱いし」「足手まといって感じ?」
正直、『いじめ』を目撃して気分が悪い。
なので、カフェを出たところで師匠にある考えを提案する。
「なあ師匠。この辺でイベクエやってねえか? なるべくレベルの高いやつ」
ゲロ実ちゃんは師匠に拉致されて戸惑っている。たぶん、何か説教されていたんだろう。
「俺が鍛えてやる。あいつらよりずっと強くなるように」
俺の意図に気付いた師匠が「あ!」という表情を見せて調べ物をする。
「ちょっと待ってね……そうね。ここから西に行けば推奨レベル45のダンジョンがあるわ」
「よし。行くぞ」と、今度は俺が強引にゲロ実ちゃんの手を引く。
「え? 無理!」と、さらに戸惑うゲロ実ちゃん。
その背中を師匠がドンと押しながら「ファスト・トラベルで行くわよ!」と、気合をつけた。
* * *
目的のダンジョンは、三日間限定のイベントだった。
経験値稼ぎに最適なイベントとして、モンスターがかなりの密度で出現するという。
師匠がフフンと鼻をならす。
「入口を入ったらラッシュよ。準備はいい?」
それはゲロ実っちゃんに対しての台詞だが、肝心のゲロ実ちゃんは座り込んで動こうとしない。
「無理だよぅ。わたし、レベル8なんだよ」
「大丈夫。私達がついてるから」
師匠はニッコリ笑ってラブリーな双剣をゲロ実ちゃんに渡す。
「ちょうど良かった。これ使って。人が苦労して落札したのに、誰かさんが使ってくれないから」
その誰かさんというのは俺の事……まだ根に持ってたのか!
ゲロ実ちゃんに無理やり双剣を持たせて入口でスタンバイ。
中を覗き込む。
「おお、いるいる。結構な数だな」
敵モンスターはレベル40のケンタウロス。下半身が馬で上半身が鎧をまとった騎士で武器は槍だ。それが洞窟の奥に向かって数メートル置きに配置されている。
師匠がレイピアを抜きながら戦闘準備。
「うん。いい具合に密集してるわね。しかも一直線に行けそう」
視界を埋め尽くすケンタウロスの群れにゲロ実ちゃんはすでに戦意喪失。
「む、むりむり……帰りたいよぅ」
「大丈夫よ。オレ君がサポートするから。アタシはあなたの後ろにはりつくから」
ビッチとミルクはダンジョンの入口で待機。その代りにビッチが防御とクイックの魔法をゲロ実ちゃんにかけた。
「ンじゃ、頑張ってネ! いってらっしゃい♪」
ビッチの防御魔法ならレベル8のゲロ実ちゃんでも十分守れる。それでもビビりまくりのゲロ実ちゃんの背中を「行け!」と、ドンと押す。
うえええと吐きそうになるゲロ実ちゃん。
「いいから適当に刺せ。とにかく剣を前に!」
「で、で、でも、でも、わたし、こわ……」
「しょうがねえな。俺が先に行くからしっかり付いて来い。目はつぶっててもいいから剣だけは前に! さあ、走るぞ!」
先陣は俺が切る。
露払い的に敵の槍攻撃を剣で受け流す。続いてゲロ実ちゃんの剣が敵の前足に触れる。そのまますれ違いざまに師匠がレイピアで敵を瞬殺。ちょうど駆け抜けるついでに斬り捨てるような具合で俺達は走った。
はじめはへっぴり腰だったゲロ実ちゃんだが、徐々に足元が落ち着いてきた。三人で固まりながら走る。そこに前方からモンスターが勝手に突っ込んでくる。
俺が払う。ゲロ実ちゃんが触れる。そして師匠がゲロ実ちゃんの背後にピッタリくっついて、二人羽織みたいに敵をバッサバッサと切り捨てていく。
「よしよし! 調子出てきたじゃんか」
「で、でもまだ怖いよぅ」
「まだまだ行くぞ!」
止まる必要は無い。すれ違う敵を一瞬で倒していく。
その間にゲロ実ちゃんのレベルはうなぎ上り。
奥に進むにつれ、敵のレベルが少し上がってきた。けど、気にしない。
「おらおらおら!」
なんだか楽しくなってきやがったぞ!
三位一体の快進撃で、ひととおり奥まで行って目的は達した。
どれくらいのモンスターを倒したか分からないが、ゲロ実ちゃんのレベルは35になった。
「どうだ? こんだけレベルが上がれば自信もって……」
ところが師匠が「待って。そういうことじゃないの」と言う。
「は? なんでだよ? 強くなれば、いじめられないだろ?」
「それだけじゃダメ。ね。オレ君」と、師匠が耳元でゴニョゴニョ言ってくる。
「え? マジかよ!」
師匠は真剣な顔で頷く。
「わかったよ。んじゃ、まあ……仕方ないな」
師匠の命令ならやむを得ない。
俺は、わざとゲロ美ちゃんのお尻を触った。
「ひゃっ! ええっ!?」
ゲロ実ちゃんがモジモジしながら俺を見る。
「あ、あ、あの、なんで」と、涙目になるゲロ実ちゃん。
良心が痛む。けど師匠の命令は絶対だ。
知らんぷりしてプレッシャーをかける。
ゲロ実ちゃんは助けを求めるような顔を師匠に向ける。
だが、師匠は腕組みしたまま言い放つ。
「言いたいことは、ちゃんと言いなさい!」
「や……め……」
ゲロ実ちゃんが何とか言葉を発しようとしている。
師匠は容赦ない。
「聞こえない。もっと大きな声で!」
「や、や……やめてっ!」
ゲロ実ちゃんが大きな声で拒否したのでビックリした。
「そう! それでいいのよ。なんだ。できるじゃない!」
師匠がニッコリ笑う。それにつられてゲロ実ちゃんも泣き笑い。
なるほどな。要はメンタルの問題なんだ。嫌なことは嫌と言う。自分の気持ちをはっきりと口に出す勇気。ゲロ実ちゃんには、それが足りなかったのだ。
うんうんと感心していると師匠に「なに触ってんのよ! この変態!」と、ビンタされた。
なんだこれ? 理不尽じゃね? 触れって言ったのは師匠なのでは?
少しモヤッとしたが、取りあえず師匠の荒治療で、ゲロ実ちゃんは一皮むけたようだ。
* * *
ゲロ実ちゃん達と出会った元の場所に帰る。
ゲロ実ちゃんの仲間は、ゲロ実ちゃんの姿をみとめると直ぐに駆け寄ってきた。
「ちょっと! どこ行ってたのよ」
「ゲロ実、勝手すぎるよ」
踊り子と騎士の子に責められてゲロ実ちゃんが謝る。
「ごめんね。それはあやまる。けど、その呼び方は止めて」
魔女の子がイラっとしたように言う。
「は? 急になに?」
ゲロ実ちゃんは相手の目をしっかりと見ながら言う。
「ずっと言おうと思ってたんだけど、言えなかった。そんな名前で呼ばないで欲しい」
「なんなの? なまいきじゃない? ハブられたいの?」
「そんなことでハブられるならもういい。そんなの、友達じゃない」
ゲロ実ちゃんが、はっきりとそう言ったので他の子達は明らかに動揺している。
そのうちエルフの子が口を開いた。
「ごめんね。まなみちゃん。わたしは友達だと思ってるから! 今までどおり仲良くしよ」
うんうんとゲロ実ちゃんがエルフの手を握る。踊り子と魔女の子もバツが悪そうな表情をみせながらも二言三言、ゲロ実ちゃんに声をかける。どうやら和解したらしい。
そんな様子を見てビッチが微笑む。
「ウフフ。小学生は単純ネ」
それを聞いて師匠が軽く咎める。
「そういうこと言わないの。いいじゃない」
そういう師匠の横顔は子供を見守る母親のように優しかった。
ん? もしかしてリアルの師匠は……学校か幼稚園の先生?
てっきり同い年ぐらいだと思っていたが、随分、大人びた対応をする。それに、いち早くいじめに気付いていたところも優等生というより、普段からそういうシチュエーションに慣れているのかもしれないと思った。
「さて、俺達も行くか。一件落着したことだし」
俺達はそこでゲロ実ちゃん達に別れを告げた。
すると、別れ際にゲロ実ちゃんが駆け寄ってきて、ド派手に抱き着いてきた。
「うわっ! ちょっ?」
押し倒すような勢いでゲロ実ちゃんは両腕を俺の首に巻き付けてくる。そして、満面の笑みで言う。
「オレ君さん、わざとお尻触ってくれたんだよね? ありがと」
「ん。ま、まあ、実はそうなんだ」
いいのか? すっかり感謝されてしまったけど、痴漢行為だぞ? 師匠公認の。
ゲロ実ちゃんは抱き着いたまま俺の耳元で囁く。
「リアルで会ったらね。オレ君さんになら……」
「な!? ちょっ!」
この子はなんて大胆なことを言うんだ!
ゲロ実ちゃんは軽く俺の頬にキスをして元気に走り去った。
いやはや、なんてこった。今時の小学生は……。




