30. 赤ちゃんと呪われた砲弾
鑑定士はルーペから顔を離して溜息をついた。
「とんでもないものを見つけましたね」
鑑定を依頼したのは得体の知れない古びた砲弾。ちょっとしたダンジョンで見つけた宝箱に入っていた。ミルクの主砲は75mmだが、ちょうど、それに収まりそうなサイズだ。そして、ずっしり重い。ちょっと変わっているのは表面に何かキモい模様が施されていることだ。
鑑定士は難しい顔をして言う。
「これは呪われた砲弾ですよ。2年ほど前に話題になったものです。間違いない」
兵器好きのミルクは興味津々だ。
「ムィィ」
ビッチが通訳する。
「ミルクちゃんが、撃ったらどうなる? ってサ」
鑑定士が慌てる。
「や、止めた方が良いですよ。とんでもない事が起きるって噂ですよ」
「少々の事じゃ驚かねえよ。で、どんな噂なんだ?」
鑑定士は資料をめくりながら答える。
「破壊力が問題では無いのです。この呪われた砲弾が炸裂すると、ゲームの根幹に関わるプログラムが壊れてしまう。それによってこの仮想世界に多大なる悪影響を及ぼす可能性があると……そういう噂です」
師匠が首を傾げる。
「どうしてそんなことが分かるの? だって、誰も撃ったことないんでしょ?」
「それはそうですが、当時、開発者の公式コメントが注意喚起を行っていたのです。懸賞金までつけて。ですが、結局は誰も見つけることが出来ず、行方知れずだったんですがね」
「マジか。なんでそんなもんがあるんだろうな?」
「そうネ。ひょっとして、ウィルスなんじゃないの?」
珍しくビッチが納得性のあるコメント。
「おお。ビッチにしては鋭いな」
「エッヘン。もっと褒めていいヨ」
そこに店の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
鑑定師の店は骨とう品屋にありがちな雑然とした暗い店内だったが、赤ちゃんの泣き声はミスマッチな印象を受けた。
鑑定士が頭を掻く。
「ああ、ごめんなさい。ウチの子が泣いてるようです」
ウチの子だと?
「NPCだろ? なんで赤ちゃんなんだよ」
赤ちゃんのNPCって何なんだ? ペットなら分かるが……。
そこで師匠が俺の疑問に答える。
「カップルのためよ。ゲーム内で結婚した人が欲しがるのよ。どんな子が生まれるかはガチャだけど」
「うえぇ……よう分からん。そういうものなのか」
そういえばバグの町のダンジョンで見た赤ん坊もNPCだった。
奥の部屋から赤ちゃんを連れて来た鑑定士が目を細める。
「情が湧いてくるとホントに可愛いんです。自分、リアルでは独身なんですけどね」
師匠が赤ちゃんの指に触れながら尋ねる。
「この子のお母さんは?」
「いやあ、それが別れてしまって。おかげで父子家庭です。ゲーム内では」
思わずバカじゃねえか、と口に出しそうになった。
ゲームの中で結婚というのも理解できないし、ましてや離婚してNPCの赤ちゃんを育てる意味が分からない。
「分かんねぇな。ゲームなんて冒険してナンボ、戦ってナンボ、なんじゃねえのか?」
師匠がそれを聞いて小ばかにしたように笑う。
「フフ、お子ちゃまねえ」
「な!? なんだと!」
ビッチも師匠の真似をして赤ちゃんにちょっかいを出す。
「可愛いネ。赤ちゃんて癒されるゥ」
鑑定士に抱かれた赤ちゃんは何時の間にか泣きやんでいて、キョロキョロしている。そして、その視線が丸テーブルの呪われた砲弾に向けられる。
「あ~」と、赤ちゃんが砲弾に手を伸ばす。
ところがミルクが砲弾を動かして触らせないようにする。
「プィィ」とそっぽ向くミルク。泣く赤ちゃん。
「おいミルク、大人げないぞ。触らせてやれよ」
「プィイ!」
ミルクは、ほっぺたを膨らませて拒否する
師匠が苦笑いする。
「ミルクちゃんは赤ちゃんが苦手よね」
手を伸ばす赤ちゃん。それを阻止するミルク。どう見ても赤ちゃんと幼女がおもちゃを取り合っているようにしか見えない。
ミルクは基本的に素直な良い子だ。ちょっと『兵器おたく』なところはあるが、おとなしい子だと思う。あまり喋らないのはシャイなのかもしれない。
それゆえにリアル世界でのミルクがどんな人間なのか、イマイチ想像できない。まさかリアルでも幼女ということはないはずだ。けど、間違って親のゲームを内緒で触っているうちに転生してしまった可能性も捨てきれない。
ビッチが、ヤレヤレと首を竦める。
「ミルクちゃんは、ホントに赤ちゃんダメなんだネ。こないだのバグの町もそうだったし」
確かに、あの祠にいた赤ちゃんもミルクは嫌がっていた。
赤ちゃんが嫌いとか同族嫌悪か?
「びぇぇ!」と、赤ちゃんの泣き声が1段階あがった。
ミルクは手で両耳を塞ぐ。なんだか我慢しているようだが、ミルクも泣き出しそうだ。
嫌いな泣き声がストレスになっているのかもしれない。
泣き止まない赤ちゃん。
ついに「プィッポーッ!」と、ミルクがキレた。
そんなに赤ちゃんの泣き声が癇に障ったのか?
「ムキィィ!」と、何を思ったかミルクは砲弾を持ち上げると、自らの主砲に装填してしまった。
「ちょっ! ミルク、お前!?」
鑑定士が慌てる。
「そ、それはまずいですよ! 非常にまずいです!」
「ムィィ!」
ミルクは顔を真っ赤にして首を振ると、俺達の制止を振り切って店の外に飛び出した。
「まさかあいつ、アレをぶっ放すつもりじゃねえだろうな?」
ビッチが首を振る。
「分かんないヨ。けど、ヤケクソになってるみたいだから撃っちゃうかも?」
さすがの師匠も青くなる。
「もし本当に性質の悪いウィルスだとしたら何かとんでもないことが起きちゃうかも」
俺達はミルクを追って店を出る。
夜の町はそれなりに人通りがある。その中をミルクはガッチャン、ガッチャン兵器を揺らしながらヨチヨチ走っていく。
ちょうどそこにオッサンとルサが合流してきた。
「こんばんは先生。今日は何を……」
呑気なオッサンに事情を説明する。
「い、いやはや! そんな大変なことになっておりますとは! それはマズイですな!」
とにかくミルクを落ち着かせなくては!
オッサンと合流して俺達はミルクを追う。重装備のに追いつくのは簡単だった。しかし、肩を掴んで止めようとすると、ヒョイと投げ飛ばされる。それも転移者仕様の馬鹿力で。
「うぉいっ!」と、俺は屋根まで飛ばされる。
「きゃあ!」と、師匠は向かいの店にシュートされる。
「イヤァン♪」と、ビッチは放物線を描きながらパンツを晒している。
勿論、ノーマルプレイヤーのオッサンが止められる訳もなく、決死の通せんぼも虚しく、「いやーはやぁー」と、制御が効かないドローンのように颯爽と宙を駆けて行った。
当然、ルサはまるで他人事の様子。
誰もミルクを止められない。進撃の少女はどこに向かう?
通りをガッチャン、ガッチャン走る幼女。
それを追い、止めようとするたびに吹っ飛ばされる俺達。
周りの目が集まってくる。自分でも分からなくなってくる。
「何をやってんだ俺達は……」
どれぐらい、そんな不毛な追いかけっこを続けただろうか?
メインストリートを抜けて、町外れの丘の上まで行ったところでミルクが「ムィィ!」と、右腕を天に突き上げた。それは、幼女なりの『雄叫び』なのかもしれない。が、なんかユーモラスだ。
師匠が「ミルクちゃん、ダメ!」と、呼びかけるもミルクは首を振る。
「撃っちゃダメだヨ!」と、ビッチも訴えるが伝わった気配は無い。
撃っちゃダメだと言われれば撃ちたくなるのかもしれない。押すなと言われれば押すのがお約束みたいに。
ミルクは夜空を見上げると、しゃがんで背中の主砲を上空に向けた。
あいつ、やっぱり撃つ気だ!
「ミルク!」と、俺が叫んだのと同時だった。
「プシュゥ!」というミルクの掛け声と共に、『ドン!』と一発。ついに主砲から呪われた砲弾が放たれてしまった。
「ああ……」と、師匠が脱力する。
「アララ」と、ビッチが呆れ顔。
夜空に放たれた砲弾は『ヒュルル』という音を伴い、爆発した。
『ドドン!』と、直ぐに音が届く。
そして、爆発は夜空に七色の閃光をまき散らした。
「花火!?」
それは見たことのない花火だった。
まさに虹色。1発の花火でこれだけの色を出すなんて不可能だ。しかも、七色の大輪が、その形を維持したまま、長く留まっている。それは物理法則を完全に無視している。仮想世界だからでこそできる芸当だ。
「ワア……キレイ」と、うっとりするビッチ。その横顔にも七色が映っている。
師匠は感激のあまり声が出ないようだ。
「いやはや……」と、オッサンも溜息を漏らす。
いつの間にか追いついて来た鑑定士と赤ちゃんも夜空に釘付けだ。赤ちゃんに至っては満面の笑みで「きゃっ、きゃっ」と手を叩いている。
気付けば周囲の動物、ネコや犬、リスや鳥までもが、七色の花火を見上げて興奮している。
その中で、信じられない光景を目にした。なんと、あの無愛想なルサが笑顔で空を見上げている!
「え? ルサが!?」
あのルサが……ルサが笑った。その笑顔に惹きつけられた。
そういう顔をするんだ……。
新たな発見。見たことの無い表情に見とれてしまう。それが嬉しい。
もしかしたら、この花火は見る者すべてを笑顔にしてしまう効果があるのかもしれない。
七色の花火は五分ぐらい夜空を照らし、皆を笑顔にした。
師匠が小さく首を竦める。
「で、プログラムに悪影響はあったのかしら?」
「さあな。別に、どうでもいいんじゃないか」
「はぁ? なに呑気なこと言ってるのよ」
NPCを含む、花火を見た者すべてを笑顔にする花火。
「素敵やん」
俺も何だか良い気分だ。
ふと、ミルクを見ると、呪いの砲弾をぶっ放してスッキリしたのか、ペタンと女の子座りで呆けている。
「まったく……」
後先考えずにぶっ放してしまうなんて、この子は意外と大胆なのかもしれない。
ミルクの意外な一面を知った賑やかな夜だった。




