28. 奇妙な穴
ダンジョンは、森の中でぽつんと口を開けて鎮座していた。
洞窟の入り口は、3枚の平たい岩で組まれた祠が目印になっている。
その奥にある穴は、少し屈んで人ひとりがやっと通れるぐらいの大きさだ。
俺を先頭に師匠、ビッチ、オッサン、ミルク、ルサの順で中に侵入する。
入口は狭いが中は意外と広く、観光名所にありそうな洞窟といった具合だ。
普通に立って歩けるし、幅も結構ある。一車線の田舎のトンネルぐらいの規模で、それがずっと先まで続いている。
「うえっ! なんか蒸し暑いな」
湿気が多いというか、生暖かい空気が淀んでいる。
師匠が鼻をスンスンして顔を顰める。
「なんだか生臭くない? ビッチさん、灯りを」
「はいヨ♪」
ビッチが魔法で俺達の頭上に光の玉を出現させた。これで随分と明るくなった。
洞窟内の壁面を見て驚いた。薄汚れたピンクでできた壁は、まるで小腸のヒダのようなもので覆われている。しかも、微妙に動いているように見える。
「なんだコレ? 気色悪ぃな!」
「いやはや、これは奇妙ですな。足元もかなり悪いようですぞ」
そう言って足を上げたオッサンの靴底から粘ついた液体が糸を引いた。
「だな。もしかして本当に巨大生物の体内だったりして」
冗談で言ったつもりだったが師匠が真面目にリアクションする。
「ホントにそうかもしれないわね。たまにあるでしょ? ダンジョンだと思ってたら生き物の口の中だった、なんて設定のゲームが」
「マジかよ? 確かにこの空気、すえた匂いが混じってるもんな」
そこでビッチが唸る。
「ウーン。口の中ならいいけど、お尻の穴だったら嫌よネ」
ビッチの一言で皆がゲンナリする。
すべったみたいな空気になってビッチが少し恥ずかしがる。
「だって、嫌よネ。汚いじゃない」
モジモジしながらそう言い張るビッチの頭をはたく。
「あのさ。思ってても口に出すなよ。そういうことは」
尻の穴からダンジョン侵入!? 想像したら気分が悪くなってきた。
テンションがダダ下がりの一向を師匠が元気づける。
「気を取り直して先に進みましょ! こういう変な場所だってことは、きっと何か原因があるはずよ!」
師匠の言う通り、この先に何があるか確かめてみないと……。
「そうだな。気味が悪いが死ぬことはないだろ」
俺達は転移組なので、やられる心配はない。
が、オッサンは一般プレイヤーなので結構、ビビっている。
「いやはや、なんとも。しかし今更、引き返すのも難儀ですし、弱りましたな」
師匠を先頭にビッチと俺が並んで進み、オッサンとルサが続く。
ルサは相変わらずの無表情で壁のヒダを眺めながら歩く。
最後尾のミルクは装備が重い分、足元のぬかるみで歩くのに苦労している。
「師匠、もう少しゆっくり。ミルクがついてこれない」
「あら、ごめん。そうね。ミルクちゃんには厳しいか」
するとビッチが他人事のように言う。
「じゃあ、オレ君がおんぶしてあげればいいジャン」
「アホか! 俺が潰れる」
ミルクの重火器がどれぐらい重いか分かってんのか? このビッチは。
しばらく進んだところでモンスターが出現した。
ぬっと現われたのはティラノサウルス!
……には違いないが、下半分がなんか違う。
先頭の師匠が「え? なにコレ?」と素っ頓狂な声をあげた。
上半身は恐竜、下半身は戦車。そんなヘンテコなモンスターが立ちはだかる。
「いやはや! なんとも懐かしい!」
なぜかオッサンは興奮気味だ。
師匠が自慢のモンスター図鑑で検索するが該当は見つからないらしい。
「ヒットしないわ! こんなの見たことない」
下半分が戦車といっても大きさは乗用車ぐらいなので、見上げるほどではない。むしろ、上に乗っかっている恐竜の作り物感で、まるで文化祭で作ったハリボテ神輿のようだ。
「恐竜と戦車のコラボかよ?」
バグの町中ですれ違ったパーティが言っていたのはこれだったのか。
確かに混ざってる。何かと何かを適当にミックスさせたモンスター。
しかし、これは酷い。コラボレーションとは言い難い。
恐竜戦車は炎を吐き出して攻撃してきた。
その口から弱々しい火炎放射がヒョロヒョロと迫ってくる。
師匠はそれを交わしながらレイピアを抜く。
「名前もレベルも文字化けで見えないわ! 観察しなきゃ!」
俺とビッチは顔を見合わせる。
「師匠もああ言ってることだし、俺達は対処しなくていいか」
「そだネ。研究の邪魔したら悪いもんネ」
オッサンは写真を撮りまくり、ルサは戦車のキャタピラに近付いて熱心に観察している。武器好きのミルクはモンスターの武装に興味津々で動画を録画している。
そんな緊張感の無い戦闘、というか撮影会がしばらく続いた。
データ収集を終えた師匠が「次に行きましょう」というので、恐竜戦車は放置しておくことにした。
恐竜戦車は必死で火炎放射とミサイルで攻撃をしてくるが、どれも簡単に避けられるので、逆に倒してしまうのが可哀想になってきたからだ。
さらに奥に進む。その途中、大きく地面が揺らいだ。
「うぉっ! 地震!?」
大きい。立っているのが困難なレベルだ。
「キャッ! 地震、嫌い~!」と、ビッチが腕に絡みついてくるのでバランスが崩れた。
「おいっ! て、うわっ!」
二人して尻もちをついてしまった。
何秒ぐらい揺れただろう? 時間にしたら十数秒だろうが、摑まる物もなく、無防備な状態での揺れは結構、恐怖心を煽る。
四つん這いになったミルクが「ふぇぇ」と、情けない声を出す。身体が小さいミルクは手足が粘々した液体まみれになってしまったようだ。
オッサンはルサを守りながら周囲を警戒している。
片膝をついて揺れに耐えていた師匠が立ち上がる。
「これって、ホントに生き物の体内なんじゃないかしら?」
「うげ……それはそれで嫌だな。師匠、とっとと探索しちまおうぜ」
「そうね。先を急ぎましょう」
真っ直ぐな一本道をどれぐらい歩いただろうか。少しずつ周囲が狭まってきたようだ。穴のサイズが小さくなっている。そして、前方に壁が見えてきた。
「お? 行き止まりか?」
「どうかしら? 脇道があるかもしれないけど」と、師匠が前方に目を凝らす。
そこにモンスターが現れた。
「マンドゴラ!?」と、師匠が即座に反応する。「でも……あら? なんか変ね」
スリムなキノコのお化けという見た目のマンドゴラだが、妖精のような大きな羽根がついて宙に浮いている。それが4体。
ビッチが「見た目が残念ネ。羽根は蝶々みたいで綺麗なのに」と、苦笑いを浮かべる。
確かにゴボウのようなシワ皺のキノコに鮮やかなブルーと緑の羽根は似合わない。
「これじゃ、汚ぇ妖精だな」
俺の悪口が聞こえたかのように、マンドゴラ達が『ブーン』と羽音をたてる。
「師匠、こいつらも調査するのか? 攻撃は待ったほうが良い?」
「そうね。これも興味深いわ」
そう言って師匠がマンドゴラに近付いた時だった。
『ギィヤァーン!』と、一斉にマンドゴラが叫んだ。と同時に暴力的な音が耳の穴に捻じ込まれた。
「耳が痛ぇ!」
耳を塞ぎながら思い出す。そうだ。マンドゴラの叫びは立派な攻撃だった。
と、次の瞬間、目の前に何かが飛び出してきて、そいつに押し倒された。
「なんだ!?」
身体を抑え込まれた状態で相手を見る。
「犬!?」
俺の顔面に噛み付こうとしているのは双頭の犬、ケルベロスだ!
マンドゴラの聴覚攻撃にケルベロスの突進。こいつら、連携プレイを仕掛けてきやがった。
「重いんだよっ!」
足でケルベロスの腹を押し上げる。そして背中を地面から浮かせて剣を抜く。
「会心連撃!」
仰向け状態で剣を振る。2回振って1発しか当たらなかった。しかも少し浅かった。
『ギャイン!』
ケルベロスが怯んだ。重みから解放されて立ち上がる。
「むいぃい!」と、ミルクが叫んで機銃を乱射した。
『バリバリバリッ!』
機銃掃射がマンドゴラの『ギィヨッ……』という第二波を阻止した。
「いいぞ! ミルク!」
あとはこの犬コロを! と思って剣を構えたが、すぐに異常に気付いた。
「なんだ、こいつ?」
ケルベロスにしては小柄だが、土佐犬ぐらいの大きさはある。真っ黒で双頭で牙が異様に発達している。だが、問題はその背中だ。
ケルベロスの背中には、エンジンが剥き出しになっていた。
「こいつ、半分機械なのか?」
生物なのか機械なのか、はっきりせい! と言いたいところだが、これもバグによるハイブリッドなのだろう。
さっきの恐竜戦車もそうだが、生物と機械がミックスされている。
俺がケルベロスと対峙している間に、ビッチが一足先に付き当たりの壁に向かった。そして「ええっ!? ウッソォ!」と、素っ頓狂な声を上げた。
「どうした? ビッチ!」
「信じられなぁい! ベビー・ベッドがあるヨ!」
「なんだと?」
こんな所にベビー・ベッドだと!?
取りあえず、目の前のケルベロスに会心連撃を叩き込む。
『ズバズバズバッ!』
4発全部が会心になった。それでケルベロスはあっさり倒れた。
急いでビッチのもとに集合する。そして、驚愕した。
「本当にベビー・ベッドかよ……しかも、赤ん坊だと?」
師匠も驚く。
「こんなところに赤ちゃん? 酷いわ。育児放棄よ」
いや、たぶん、ルサと同じNPCなんだろうが……なんの意味があるんだろう?
「可愛いネェ♪」と、ビッチが赤ちゃんに顔を近付ける。
見たところ普通の赤ちゃんだ。ただ、髪は青く、耳が少し尖っている。
師匠がそれを見て「エルフの赤ちゃんかしら?」と、目を細める。
「ウフフ。どれどれ。お姉ちゃんが抱っこしてあげるヨ~」と、ビッチが赤ちゃんを抱き上げようとする。が、「重いヨ!」と手を引っ込める。
「ん? なにやってんだビッチ?」
「だって、超重いンだヨ! 無理っ!」
「そんなバカな……」と、俺が赤ん坊に手を伸ばそうとした時だった。
「え?」
俺の背後にいたルサが、あっという間に俺の剣を奪ってベビー・ベットに近付いた。
そして剣を両手で逆手に持つと、赤ちゃんに向かってそれを振り下した。
「ぎゃっ!」と、ビッチと師匠が同時に絶叫する。
「ルサっ! お前、何を!?」




