27. 南南西へ向かう
ダークマターの館を出ると日が落ちかかっていた。
ユニコーン馬車の荷台に揺られながら、遠ざかる洋館を眺める。
夕日に晒された館は、主を失って途方に暮れているように見えた。
「しっかし、転移者ってエグいよな……」
それは正直な感想だ。転移者と初めて戦ってみて分かった。
師匠が肩を竦める。
「そうね。ゲストプレイヤーからすると理不尽よね。私達に自覚は無いけど」
この異常な強さは、ややもすると圧倒的な優越感を生んでしまう。それに毒されてしまったら、とても嫌な奴になってしまうだろう。
そうはなりたくない。
「俺も気を付けよ。天狗にならないように……」
自分に言い聞かせるように呟く。
すると隣で師匠が何ともいえないような微笑みを浮かべた。でもそれは、保育士が幼児を褒める時の表情のように感じられて、何だか照れくさくなってしまった。
師匠と目が合う。オレンジに縁取られた頬の輪郭に引き付けられる。
「ん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
見惚れてた、なんて言ったら張り倒されそうだ。なので、話を逸らす。
「そうだな。けど、俺、もうちょい真面目に装備、育てることにするわ」
「あら。急にどうしたの?」
「いや。また転移者と遭遇するかもしれねえだろ? さすがに初期装備じゃキツイし」
それは自発的な思い付きだった。思い返せば、転移してからずっと無双状態だったから、強くなる為の努力を完全に怠っていた。だけど、ダークマターとの戦いで思い知らされた。上には上がいる。そして、この先何があるか分からない。
「ふうん。いい心がけじゃない」
師匠は感心したように頷いた。
また師匠と目が合う。どちらからともなく笑みがこぼれる。
よし。当面の目標はできた。
しかし、俺達はどこに向かって旅を続けて行くんだろう?
目的地は定まっていないが、なぜか向かう方向だけは南南西と決まっている。
「そういや師匠、何で南南西なんだ?」
すると師匠は、知らなかったの? といった風に首を竦めてから説明する。
「この世界がスタート地点から南南西の方向に向かって拡張し続けているからよ。拡張構築型フィールドだから」
『拡張構築型フィールド』とは、マップの自動生成が進化したものだ。
師匠の解説によると、このゲームはオープンワールドだが、AI(人工知能)が絶えずフィールドを作成して拡大し続けているらしい。
例えば、長方形ABCDの右上D点をゲームのスタート地点とすると、直線ABと直線CDが延長され、その広がった部分のマップを人工知能が埋めている。
AIは、空間を埋めていく際に、実在する世界のサンプリングをベースに構築物や自然環境にデフォルメを加え、シミュレーションによって数百年単位で時間の早送りを行い、水の流れによる浸食や洪水、風化、さらには植物・生物の成長や進化を計算してアクセントをつけていく。
また、パターン化されたロジックでダンジョンを創りだし、モンスターを自動配置している。そのうえ、行動心理学に基づいて町を発展させたり、実際の歴史的・地理的な特徴をアルゴリズムに組み込んで街づくりを行ったりするので、冒険に相応しいフィールドが用意される。
つまり、この世界は、AIが与えられた条件のもと、自ら考えて判断して、せっせとフィールドを作っているわけだ。まるで、小さな子が積み木で自分の世界を構築するように、AIはスモールワールドの創造主なのだ。
師匠は言う。
「この世界の端っこに行けば、何か分かるかもしれない」
「ほーん。で、その根拠は?」
「確信は無いわ。でも、転移しちゃった私達は、世界の果てに行くべきなのよ。きっと」
どんなゲームでもマップに限界はある。作り込まれたフィールドのその先は見えない壁に阻まれて進むことは出来ない。けど、このゲームはその壁が広がり続けている。
もし、それを超えられたら、その先に転移から帰還するきっかけを掴めるかもしれない。恐らく、師匠が感じているのは、それと似たものだろう。
だから俺達は南南西を目指す。そこに何があるかは分からないけれど……。
* * *
昨夜の宿で『近くにバグった町がある』という噂を耳にした。
そこで、師匠が調べてみたいというから来てみたものの、町に入って驚いた。
「なんじゃこりゃ?」
噂は本当だった。
逆さまで歩いている3頭身の修道女、首が伸びたり縮んだりしながら細かくワープするエルフ、左腕だけ巨大化した花屋の娘など、町の人々はもれなく異形だった。
建物の輪郭も怪しい。屋根は錯視を誘うように波打ち、建物の重なり具合は遠近感が明らかにおかしい。
他にも文字化けした商店の看板が絶えず文字の形を変えていたり、教会の鐘が体操の鉄棒競技のように大回転していたり、おかしなものばかりだ。
「なんだこれ? 滅茶苦茶だな」
ビッチがキョロキョロしながら感心する。
「よくみんな平気でいられるネ。見てるコッチが頭クラクラしちゃうヨ」
師匠は険しい表情で周囲を観察しながら唸る。
「うーん。もしかしたら、この辺りにバグを発生させる原因があるのかもしれないわね」
「へ? なんで師匠はバグにこだわるんだ?」
「転移はバグの一種かもしれないでしょ?」
「ああ、そういうことか」
そういえば師匠は、俺達が転移した原因はゲームのバグではないかという仮説を立てていた。
町中を突っ切るように歩いていると、俺達の外形にも異常が伝染した。
突如、ビッチのおっぱいが『でろーん』と、垂れて地面に着きそうになる。
いつの間にかミルクは、バランスボールみたいに真ん丸の体型になっている。
師匠は下半身が3倍ぐらいに膨れあがって、太ったアメリカ人女性のようなお尻になってしまった。
オッサンは歩くたびに下半身と上半身が左右にずれてしまう。正直、気持ち悪い。
ルサは……何ともないようだ。
「みんな、酷ぇなあ」と、俺がゲラゲラ笑うと、ビッチが俺の顔を見てクスクス笑う。
「オレ君だって酷いヨ!」
師匠も俺の前に回り込んで顔を見てくる。
「どれどれ……ひっ! プ、ククッ」
ツボに入ったのか、師匠は笑い転げる。
オッサンも俺を見てプルプル肩を震わせる。
「なんだよ? 俺の顔に何かついてんのか?」
そこでオッサンが笑いを堪えながら答える。
「先生、鼻の下が伸びております。いやはや、お顔の下半分が伸びきっておりまして……」
「な!? マジかよ!」
思わず、自分の鼻に手をやった。自分では気が付かなかったが、そう言われてみれば鼻の下が4倍ぐらいの長さになっている。
「どうなってんだ!? この町は!」
つい、八つ当たりしたくなってくる。
オッサンはしばらく考えてから自らの仮説を示した。
「おそらく、この辺りの空間を構成するデータがうまく再現できておらんのでしょうな」
「どういうコト?」
ビッチの問いを受けてオッサンが続ける。
「この世界は仮想空間でございます。したがいまして、あらゆる物体は、データで創られております。本来、あるべき形を模る為には、データを正しいロジックで、正しく配列してやらねばなりません。ところが、一部分だけエラーが生じて、あるべき形が歪んで表示されているのだと考えられます」
師匠が歩きながら尋ねる。
「バグの原因は、コンピューター・ウィルスが悪さをしてるのかしら?」
「いやはや、それは断定できません。可能性としては有り得ますが、この辺りの領域に限定してのみ、バグが生じているというのは奇妙な話です」
けど、ゲーム内でバグることなんて良くある話じゃないか?
「そうかなあ。この程度のバグは普通なんじゃね?」
「いやはや、ワタクシはあまりゲームの経験がありませんので、バグというものが、どの程度の物なのか見当がつきません」
師匠は腕組みして言う。
「私は、何かあると思うんだけどな。バグってるのがこの辺りに集中してるって変だと思う」
「師匠はバグと転移に何か関係があるって考えてるんだろ?」
「そうよ。どういう関係があるかまでは分からないけど」
「いやはや、転移とバグの因果関係が解明できれば良いのですが」
俺達の会話を黙って聞いていたビッチが、ふくれっ面で口を挟む。
「モウ! なにヨ! さっきから、話についていけないんですけど? バグって何ヨ?」
「え?」と、ずっこけた。ビッチはバグという言葉を知らないらしい。それじゃ、話が通じない訳だ。
「ビッチ殿。バグと申しますものは、日本語で「虫」でして……」
「ヤダ、アタシ、虫、嫌い!」
「いやはや、そうではありません。本物の虫ではなく、バグというのは、プログラムのエラーのことでして……」
「虫って嫌よネエ。ゲームなんだから出さなくっていいのに。てか、この前なんかね!」
アカン……コイツは人の話を全然、聞いとらん。
町中を移動しながら、そんな話をしていると向こう側から4人組のパーティがボロボロになりながら走ってくるのが目に入った。みんな身体の一部分が異様に大きくなっていて、やはりバグの影響を受けていると見える。
彼等とすれ違う際に、師匠が声を掛ける。
「もしかして、この奥にモンスターが出るの?」
道着に赤ハチマキの武闘家が答える。
「で、出る! けど、見たこともない奴等だ。というか、ミックスされちまってる!」
「ミックス?」と、師匠が驚く。「変種とか希少種じゃなくて?」
「ああ、そんなモンじゃない。なんか、こう、根本的に混ざったような? そんな感じだ」
武闘家の言葉に師匠の目が輝く。
「それは興味深いわ! さっそくと行ってみましょ!」
あらら。まったく、師匠ときたら変種とか特異体とか大好きなんだから……人の事はすぐ変態呼ばわりするクセに。
まあ、いつものことだ。諦めて、師匠に付いて行くことにした。




