26. 決着!? ダークマター戦
死を覚悟した。
それが何を意味するのか、どうなってしまうのか、諦めるしかないのか?
ただ、いまだ意識があるということは、ゲームオーバーで現実世界に戻ったのかもしれない。
目を開けることにした。
恐る恐る、うっすらと視界を拡げる。
だが、何も変わっていなかった。先程と同じ光景。
「あれ?」
何かが違う。ていうかこの違和感。
目の前でダークが止まっている。
というか、まるでワイヤーで吊られたフィギュアのように静止状態で宙に浮いている。
「こ、これは!? 時間の流れが……」
この現象には見覚えがある。ルサだ! ルサのスキルが発動したんだ。
超絶クロック・アップ。
俺だけ普通で、周りの時間がスーパー・スローになる現象。
「助かった。これってルサを見つけた時と同じだ」
確か、紫禁城みたいなところで奇妙な触手に取り囲まれた時、このシチュエーションに救われた。
「よっしゃ! 今のうちにダークをタコ殴りしよう」
まずはダークから剣を奪う。ダークはまったく動かない。
「こういう危ないものは……ポイでしゅ」
続いて静止画のようなポーズで固まるダークに会心連撃を叩き込む。
「会心連撃!」
『ズバババ、ズバババ!』×8
取りあえず、8×8回斬ってみた。手応えはまあまあ。気持ち硬い感触。
足りないかもしれないから念入りに……。
『ズバババ、ズバババ!』×15
まだまだ足りない気がするから……。
『ズバババ、ズバババ!』×20
これ、結構、キツイな。
『ズバババ、ズバババ!』×?
数えるのが面倒になって段々ヤケクソになってきた。息が上がるぐらいに斬りまくった。
「うええ、限界だ。さすがにこれで十分だろ」
一息つきながら周りを観察する。
「動いてるのは俺だけか。てか、今回は長くねえか?」
随分と長いことダークをボコボコにしてた気がする。なのに、時間の流れが戻らない。
「まだ動かねえか……てか、戻るまで暇だな」
まるでみんな人形になってしまったみたいだ。妙な気分。
なんとなくビッチに近付いて、改めて観察してみる。
魔法を放った時の姿勢のまま、ビッチはパンチラしている。
「相変わらずだよな。こいつ」
時間が止まっていることをいいことに、ギリギリまで接近して観察した。
「いやはや、これはこれは!」
ついでに、あれこれ少しだけいたずらした。
師匠やミルクも固まっている。オッサンも。
その隣のルサも同様だ。けど、目が合ったような気がして思わずビッチの身体から離れた。
どこからともなく『5……4……3……』のカウントダウン。
「ああ、そろそろか」
『2……1……0!』
「おおっ!?」
そこで身体がガックンと揺らされた。これで時間の流れが元に戻るはずだ。
それと同時に、ビッチのおっぱいが高速で『ブィィィン!』と、振動し始めた。
物凄い勢いでオッパイが跳ねる。まるで釣り上げた魚が甲板で跳ねる様子を早送りにしたみたいに。
「痛ぁっい! ナニコレ!」
あれ? おかしいな。気持ち良くないのか?
そこで誰かが「ぐほっ!」と咳き込んだ。
そうだ。ダークの野郎はどうなった?
視線を着地したであろうダークに移す。
が、ダークの周りにダメージ表示がまとわりついて姿が見えない。
フラッシュ暗算みたいに高速で数字が次々と点滅している。念入りに斬りまくったからダメージ表示が追いつかないんだろう。
「グガガガガ!」
ダークの絶叫が響く。そして、ようやく数字の表示が収まった。
「ウガアアアアア!」
ダークはボロボロだ。
「く……何が起こった?」
全身から血を吹き出しながらフラつくダーク。
「まさか、転移者である我が倒されるとは……不覚!」
ダークの足元が透けてきた。もうすぐ消える。
師匠が駆け寄ってダークにインタビューする。
「ねえ? 今、どんな感じ? 意識は?」
「ぐぬぅ……悔しいが、これまでのようだ」
師匠がダークの顔を覗き込みながらお願いする。
「もし生き返ったら教えてね。この世界に戻ってきてよ!」
「だ、誰が……クソ! 二度とこんなクソゲー……うぐっ!」
ダークはそう言い残して消えた。
ダークが消えたのを見届けてから師匠がこちらに向き直った。
「今のはやっぱり……」
「ああ。超クロック・アップだ」
「あの子の能力ね」
「たぶん、な」
そう言って2人でルサを見る。だがルサはきょとんとしている。その隣ではおっさんがしきりに首を傾げている。
ビッチは女の子座りで「ヒィーン、身体のアチコチが痛ァい」と、べそをかいている。
そこにルサがツカツカと歩いてきた。
彼女はビッチの前でしゃがむと、ひょいと人差し指を伸ばしてビッチの乳を突いた。
「ヒャン!」
ビッチが驚いて身を引く。
だが、ルサは無表情にツンツンと乳を突き続ける。
「ヤダもう! ちょっと何やってんの!」
ビッチに睨まれてルサがきょとんとする。そしてチラリと俺の顔を見て呟く。
「真似した」
その言葉に場の空気が固まった。
まさか、さっきの行動をルサに見られていた?
師匠が怪訝な顔つきで「真似?」と、首を捻る。
もしかしたらルサは、クロック・アップ中でも俺と同じような状態だったのかも!?
「ちょちょちょ、待った!」
慌ててルサを羽交い絞めにして、お触りを止めさせる。
ルサは悪びれる風でも無く「だって、さっきは……」と言いかける。
ルサの身体の柔らかさに怯みながら手で口を塞ぐ。
「ちょっ、おま、黙れ!」
ダークを倒した時の超絶クロック・アップ。
あの時、ルサに全部見られていたのは痛恨だ。
よくよく考えてみればアレはこいつの能力なんだから、こいつ自身が技に掛からないのは十分に予想できたはずだ。
参った。まさか見られていたうえに真似されるとは……。
ビッチが疑わしそうにジト目でこっちを睨んでいる。
ルサの耳元で囁く。
「あれはな。挨拶。特別な挨拶」
ルサが振り向く。その拍子に彼女の髪が俺の首筋を撫でた。しかも顔が近い。
「特別?」と、ルサが口にする。
「そう。特別。だから滅多にするもんじゃない」
俺達のヒソヒソ話にビッチが益々疑り深いような顔つきで睨んでくる。
「ネ、さっきのって、その子が時間を止めたんでしょ?」
「い、いや、止めたっていうか、時間の流れをメチャメチャ遅くしたってとこだ」
「ヘェ~ で、その間、オレ君だけは普通に行動してたんでしょ」
「まあ、そ、そうなるな。いやぁ、限られた時間内でダークを斬りつけるのに苦労したぜ」
「ホントに? まさか、アタシにエッチなことしてないわよネ?」
「そ、そ、そんなわきゃねえだろ!」
思い切り声が裏返ってしまった。自分でも怪しい反応だ。こりゃ、自白に等しい。
何とも言えない気まずい雰囲気……。
そんな中、師匠がレイピアを背中に収納しながら言う。
「さてと。あの人がうまくログアウト出来てればいいんだけど」
そうだった! ゲームオーバーになったダークが無事に現実世界に戻れたのなら希望が持てる。
「けど、あいつ、またアクセスしてくるかな?」
「どうかしら。一応、お願いはしておいたけど……」と、師匠は半信半疑のようだ。
ビッチが立ち上がって背伸びをする。
「ウーン。ダークマターさんが良い人だといいんだけどネ。変な名前の人だから期待できないけど。そもそもダークマターってどういう意味なの?」
改めて問われると、ちょっと自信が無い。
「暗黒……物質?」
だが、ビッチは俺の答えに納得しない。
「ハ? 何ソレ? 聞いたことない。ネ、師匠! 教えてよ」
急に振られて師匠が困った顔を見せる。
「いや、私も暗黒部室なんて聞いたことないけど?」
違う。そうじゃない。師匠の聞き間違えも相変わらずだ。真っ暗な部室って何だよ……。
ふいにルサが口を開く。
「暗黒物質。現代科学では観測できない仮説の物質。その正体は天体物理学的なアプローチでは3つのクォークで構成されるバリオンが有力とされ、素粒子論ではニュートリノとアキシオン……」
俺達が呆気にとられている間にもルサは滔々と解説を続ける。恐らくルサのAIはネット上の情報を集めて自ら成長しているのだろう。
ビッチが「ストーップ! もういいから! 分かったから!」と、ルサの棒読みを止める。
そこでオッサンが話に入ってくる。
「とにかく、私も現実世界で探ってみます。もしかしたら『ゲームに転移して戻ってきたけど質問ある?』のようなスレッドが立つかもしれませんし」
「だといいわね」と、師匠は肩を竦める。
「どのみち、しばらくは旅を続けるしかねえな」
俺がそう言うと師匠は黙って頷いた。
ミルクは相変わらず無口だが少し嬉しそうだ。ビッチもウンウン頷く。そしてルサは、というと、いつものように無表情でそっぽ向いている。
なんとも妙なパーティだが、俺達の旅は続く。




