23. ダークマターの館
その日の昼過ぎ、オッサンが合流したところでダークマターに会いに行くことにした。
ダークマターの館は湖を見渡せる崖の上にあった。
位置的には、ちょうど巨大イノシシに破壊されそうになった水上都市と湖を挟む形になる。
だが、南国リゾート風の明るい湖近辺とは対照的に周辺は魔女でも住んでいそうな荒れ果てた土地だった。おまけに彼の洋館は、まるで都落ちした貴族の別荘みたいに古い建物で、お化けでも出そうな印象だった。
その仰々しい門をくぐりながら師匠が言う。
「ホントにいいの? 何も準備してこなかったけど」
「まあ、なるようになるさ」
正直に答えたものの不安はあった。なにしろゲスト相手なら無敵でも、転移者となると互角か、それ以上なはずだ。たぶん、あの様子だと奴は転生者としては随分と先輩だと思われる。
「今更ジタバタしたって大して変わらんだろ。それに使い慣れてる剣の方がやり易いし」
装備と武器を整えることも考えた。だが、練度を上げる時間は無かった。
ビッチが呑気そうに言う。
「貴族のお屋敷みたいネ。すっごい広い!」
確かに門から建物までの中庭が只事ではない。修学旅行で訪れるどこかの庭園みたいだ。
師匠を先頭に俺、ビッチ、ミルクそしてオッサンとルサがゾロゾロと建物に向かう。
オッサンがキョロキョロしながら感心する。
「いやはや。実に大したものですな。中世の宮殿のようですぞ」
ルサは植え込みや花壇を不思議そうに眺めている。
ビッチが耳元で囁く。
「ネ。あの子、要らなくない?」
「うーん。俺が決めた訳じゃないからなぁ」
そこで師匠が立ち止まって振り返った。
「必要になるかもしれないからよ。彼女の能力が」
師匠の言葉にビッチが首を竦める。
「そうかナ? アテにならないと思うけどなァ。あの子、協調性が無いから」
ルサは目に入った物をやたらと触りに行こうとする。その度に、オッサンがはぐれないように連れ戻す。オッサンはすっかりルサの『おもり役』だ。
彼女はまるで風船みたいだ。手を放してしまうと直ぐにどこかに行ってしまいそうになる。
ルサのことはオッサンに任せて我々は真っ直ぐに館の入口に向かった。
そして派手な装飾の扉を押し開いた。
「ほう」
中に入って感心する。外観もさることなら館内も相当なものだ。豪華な玄関、というよりちょっとしたホールになっている。それにしても薄暗い。ホラーゲームを意識してるのか?
「何コレ? 誰も居ないし気味が悪いんだけど?」と、ビッチが顔を顰める。
すると、どこからともなく声が発せられた。
『ようこそ。我が館へ』
エコーがかかったその声は恐らくダークマターのものだろう。
何か返事をしなくてはと思ったが先に師匠が文句を言う。
「ちょっと! 誰も迎えに来ないなんて失礼じゃない! それに、電気ぐらい点けなさいよ」
ビッチが続く。
「ソウヨ、ソウヨ。電気代の節約?」
ビッチの言葉にダークマターが反応する。
『いいや。雰囲気だ』
意外な回答に場が静まった。
なんかスベったような空気。そこでダークが咳払いをする。
『エヘン。まあ良い。とにかく奥まで来るが良い。真実を知りたければな!』
何だコイツ?
呆れていると、師匠が正面の廊下を指差した。
「あっちの方に明かりが見えるわ」
まるでこっちに来いというように前方の廊下が赤く照らされている。
やたらと高い天井、長い廊下、絨毯が細長く延々と先まで続く。両サイドの扉は開かないらしい。取っ手には何重ものチェーンが巻かれてこれ見よがしに南京錠が付いている。
特に仕掛けが設置されているでもなく淡々と廊下を進む。
突き当りの扉を開くと、いきなり目の前が開けた。
「熱っ!」
まるでコタツの中に顔を突っ込んだみたいにオレンジの熱気に当てられて身を引いた。
「なんだこりゃ?」
館の中だというのに、なぜか火山の火口付近に俺達は立っている。
「ドコでも扉かよ……」
背後は今通ってきたトンネルのような長い廊下。
目の前は火山の溶岩地帯。建物の中に異空間という訳だ。
師匠がフンと鼻を鳴らして首を振る。
「元々このままで済むとは思ってないわ。どうせ何か出てくるんじゃない?」
「マジかよ。けど、あの野郎の口ぶり。俺達を試そうって感じだったな」
それを聞いてビッチが身をくねらせる。
「イヤン。じゃあ、先に進むには障害があるってこと?」
「だろうな。強烈な敵をぶつけてくるんじゃねえか?」
師匠が頷く。
「そうね。私達の力を試そうって魂胆かもね」
予想通り、背後の扉が勝手に閉じられ、退路が断たれた。そしてバトル・フィールドが展開される。
オッサンが唸る。
「うむぅ……こ、これはもしや?」
地鳴りがして所々からオレンジ色の液体が顔を覗かせる。只ならぬ蒸気。多分、マグマだ。
そして中央付近に敵が出現する気配……。
師匠が「はい! 行って!」と、背中を押してきた。
「熱っ! 熱いって!」
「何よ。だらしないわね」
師匠はそう言うが俺の靴は底が薄いんだ。安物だから。
「フィィ」と、ミルクが暑さで溶けそうだ。元から垂れぎみの目がトロンとしている。
「イヤーン、もう」と、ビッチが色っぽい声を出す。
見ると彼女のスカートの裾が発火している。
「何やってんだ? てか、お前の服、燃えやすいのか?」
ビッチの服装は露出が多い割には意外と脆い。ちょっとしたことで全裸になってしまう。お前は少年誌のエロ漫画かと突っ込みたくなる脱がされっぷりだ。
そうこうしている間にもフィールドの中央で真っ赤に焼けた地面がモコモコと盛り上がる。
「お? 何か出てくるぞ?」
溶岩の中からズズズと現れたのは、そのシルエットから人型の何かだ。
けど、人にしては大きい。頭の先から出現して、頭部が露わになり、首、肩、腕と徐々にその姿を現してくる。溶岩まみれになりながらせり上がってくるそれは人型モンスターだと思われる。
その形状を見て師匠が驚く。
「イフリート!? まさか召喚獣を!?」
「マジか!? あいつ、召喚獣を操れんのか?」
「分からないわ。そういうスキルがあるのは知ってるけど……ちょっと手強いかもね」
師匠が警戒するところを見ると召喚獣ってのは結構ヤバいらしい。
「んもう! 熱すぎだヨ!」
半裸のビッチがプリプリしながらロッドを振る。
そして軽い調子で「ブリザード♪」と魔法を放つ。
と、同時に、ビッチの足元が急に凍りだした!
そこから氷の領域が前方に向かって急速に広がっていく。
まるでオセロの駒を連続で引っ繰り返すみたいに、あっという間にオレンジが白に置き換えられ、空間が氷に覆われていく。
「寒っ!」と、師匠が身を固くする。
急に寒くなったので師匠の『薄着』では堪えるらしい。
相変わらずビッチの魔法は強烈だ。ベーシックな氷魔法なのに灼熱の光景が一瞬で氷の世界に変わってしまった。
「あら? 瞬殺?」と、師匠が驚く。
見ると中央付近でイフリートは下半身が埋まった状態でカチンコチンに凍っている。
「なんか……間抜けだな」
溶岩の中から厳かに登場する途中でビッチが凍らせてしまったものだから、炎の召喚獣『イフリート』は上半身だけの銅像みたいになっている。
戦う前に終わってしまった。
「何が召喚獣だよ。弱っ……」
「そうでもないみたいよ」と、師匠が手帳をめくりながら言う。
「え? あれでか?」
「レベル50のプレイヤー20人で25分が目安だそうよ」
「マジかよ!?」
20人がかりで倒すのにそんな時間がかかる相手とは思わなかった。それを瞬殺するとは……ビッチの魔法、恐るべし!
固まったイフリートをチラ見しながら師匠が歩き出す。
「まあ、倒しちゃったものはしょうがないわね。次、行くわよ」
イフリートの置物を尻目に俺達はその先に進む。
敵を倒したことで前方に扉が出現した。溶岩地帯にぽつんと扉だけがあるのは奇妙な構図だ。
とりあえず、それを開けるとその先はまた廊下になっている。どうやら洋館に繋がっているようだ。
さっきと同じように暗い廊下を淡々と進み、突き当りの扉を開ける。
するとやっぱり異空間に出くわした。今度は丘のような場所だ。外国映画で合戦シーンなんかに使われるような光景。羊の放牧に向いてそうな気がする。
再び、後ろで扉がバタンと自動で閉まる。それがバトル開始の合図だ。
またしても地鳴りがして、今度は目の前の丘に裂け目が出来た。そこから壁のようなものがせり上がってくる。まるで発育の良すぎるタケノコを早送りで見ているようだ。
なだらかな丘を切り裂いて大量の土埃とともに出現したそれは、ちょうど崖下から見上げた壁面のように見えた。だが、それは人工的なものだ。
「うおっ、バカでかい壁だな! 城壁か?」
俺が感心している隣でミルクがケホンケホンしている。土煙にやられたらしい。
ビッチに背中を撫でて貰いながら「ふぇぇ」と涙目のミルク。ちょっと可愛い。
オッサンとルサは大口を開けて固まっている。
師匠が検索したページに目を通しながら頷く。
「うん。アレクサンダーね。城壁みたいな巨体で絶対防御を得意とする召喚獣」
どのへんが召喚獣なのかは分からないが、万里の長城みたいな壁の上に頭らしきものがある。
突然、壁の所々にパカっと穴が開いた。そこから砲台が顔を覗かせる。そして一斉に何かを撃ってきた。
「うわっ! ミサイルみたいなの撃ってきたぞ!?」
そこでミルクがズイッと前に出る。そして「ムィッ!」と、掛け声を出してミサイルポッドから小型ミサイルを次々に吐き出した。
『バババン、バン、バッ、バゴン!』
ミルクのミサイルは正確に敵のミサイルに命中して空中で無効化していく。
迎撃成功!
「ムイィ!」
続けてミルクの主砲が火を噴く!
目の前に立ちはだかる壁に向かって撃ちまくる。
耳が痛い。ドガドガ撃ちまくるのはいいけど……効いてるのか?
だがそれは無用な心配だった。
ボロボロになった城壁はまさに蜂の巣だ。まるで戦争の犠牲になった町の残骸のように召喚獣は瓦礫に成り下がってしまった。反撃してくる様子はまったく無い。
ミルクの火力も相当なものだ。普通、主砲は弾を装填する為の時間を要するから連射は利かない。なのに、ミルクの場合は主砲をマシンガンみたいな連射で繰り出して弾幕にすることができる。それって反則だと思う。
埃にむせたミルクは仕返しのつもりだったようだが、どうやらコレも瞬殺しちゃったみたいだ。
念のために聞いてみる。
「師匠。ちなみにこいつは、どんなもん?」
「そうねえ……レベル50が30人で40分目安ね」
「なんか全然、ピンと来ねえな。東京ドーム何個分の広さ、みたいな例えと同じだ」
ビッチの魔法も大概だが、ミルクの砲撃も相当にエグい。
結局、アレクサンダーは全体像を見せる間もなくミルクに粉砕されてしまった。
瓦礫を乗り越えて師匠が「次、行きましょ」と、スタスタと歩き出す。
「なあ? こんな調子でずっと召喚獣が出て来んのか?」
「どうかしら? 試されてるんでしょ」
師匠はサラっとそんな風に言うが、それは時間の無駄のように思えた。
「師匠。召喚獣って何種類ぐらいあるんだ?」
「そうねえ……50種類ぐらいあるんじゃない?」
「え? そんなに?」
「それに色違いとか亜種もあるみたいだから数えるだけ無駄だと思う」
「マジかよ! うええ。面倒クセ……」
粉々にされたアレクサンダーの残骸を避けながら前に進む。
さっきから無口だったオッサンがボソッと呟く。
「次元が違う……いやはや」
確かにノーマルなプレイヤーのオッサンには刺激が強すぎたか。
それとは対照的にルサは平気そうな顔をしている。
緑の丘を遠足のように一列で進む。やがて前方に扉が出現した。
さて、次は何が出て来るやら……。
半ばウンザリしながら気分転換に扉を押し開ける師匠の尻を眺めた。




