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22. 転移者? ダークマター

 特に目的地を定めているわけでもないので、のんびりと旅を続ける。

 左手には広々とした青い湖面。それを臨みながら坂道をダラダラと馬車で下る。

 右手には緑のカーテンのように森が続いている。前方には芋虫の通った跡のような一本道。


 その先には湖畔の町が見える。ちょうど湖に突き出す形で桟橋が幾つもあって、それぞれに建物が連なっている。それらが密集することによって出島のような形で小さな町が出来上がっていた。水上都市という程の規模ではないが面白い町だ。


 荷台から乗り出して師匠が目を輝かせる。

「あれ、いいわね! 今日はあそこに泊まろ!」

 ビッチも乗り気だ。

「ダネ! 水の上に建ってるなんて素敵よネ」

「ウィウィ、ホニィ♪」と、ミルクもワクワクしながら手綱でリズムを取る。


 まあ、女どもが興味を示すのも無理はない。確かにそれは、南国リゾートの海上に建てられたペンション群といった趣《おもむき》だ。おしゃれというか、意識高いというか、おんなってそういうの好きだなあと感心した。


 と、その時、右手から『ドドド……』と地鳴りがして『ドンッ!』と森の輪郭が弾けた。

 まるでクッションが破裂したみたいに森の破片が土煙と一緒に吐き出される。

「うおっ!? 何か爆発したみたいだぞ」


 一呼吸おいて爆発地点から真っ青な塊が飛び出してきた。

 良く見るとそれは巨大なイノシシだった。3階建てのアパートぐらいはありそうなサイズだ。


 巨大イノシシを追うように『ワーワー』という歓声が風に乗ってくる。

「デカいわね。討伐イベントかしら?」

 師匠が言うように青い巨大イノシシを追って森の中からプレイヤー達が次々と現れた。彼等は弓や銃で次々に攻撃を加える。騎馬兵の一団が槍でイノシシの足元を突き、剣士が四方八方から大ジャンプで斬りかかる。魔導士達は魔法の波状攻撃。イノシシにしがみついている奴もいる。


 そんな戦いを眺めながらビッチが「楽しそうネェ~ 青春だネ」と、微笑む。

「そうか? その割には皆、引きつった顔してるけどな」

 大型モンスターの討伐は知らないパーティと仲良くなる為のイベントだ。普通は和気あいあいと戦うものだが、彼等にはそんな余裕があるように見えない。


 師匠が首を捻る。

「変ね。苦戦するようなモンスターじゃないと思うけど?」

 巨大イノシシは、サイズこそデカいが何十人も束になって敵わないほどのモンスターではない。その割にはプレイヤー達の攻撃が効いていないように思われた。


 そうこうしているうちに巨大イノシシは大きくかぶりを振ってプレイヤーの包囲網を強引に突破した。

「おりょ!? 逃げたぞ!」


 巨大イノシシは湖畔に向かって丘を駆け下りて行く。青い毛をなびかせて走り去るそれは、遠目には青い人魂のように見える。


 師匠がイノシシの向かう先を見て眉を顰める。

「マズいわね。あれが町に突っ込んだら……」

 確かにこのままだと湖畔の町に直撃だ。水の上に建つ建物は丈夫そうには見えない。

「どうすんだ? 助けるか?」

「そうね。あの町に泊まってみたいし」

 師匠はそう言うやいなや前方をビシッと指差した。

「行ってきなさい!」


「なっ!? オレが? 走って行けってのか?」

「そうよ。ダッシュ!」

「マジかよ……ここからアレに追いつけってか?」

「急いで! 師匠命令よ!」

「ええっ? 長距離走は好きじゃないんだよな」

 短距離走も好きじゃないけど。


「いいから! 早くダッシュしなさいっ!」

「やだよ。だいたい今からじゃ無理だって……」

 その間にも巨大イノシシは町へと続く一本道を爆走し続ける。

 それを俺達はユニコーン馬車で追いかける。


 まず間に合わんだろう。他人事のようにそう思った時だ。

 巨大イノシシの進行方向にポツンと1人、誰か立っているのに気付いた。出で立ちは黒マントに黒いハット、背中に剣を背負っている。

「なんだ? アイツ、ひとりで立ち向かおうってのか?」


 青い炎のようなイノシシが真っ直ぐに黒マントに向かっていく。

 その距離が縮まっていくにつれて、その大きさの比は絶望的なもののように感じられた。まるで小型犬がダンプカーの突進を受けて立とうとしているみたいだ。

 ビッチが「ヒッ!」と、顔を背ける。ミルクが「プイィ」と、頬を膨らませる。


 そこで黒マントが背中の剣を抜いた。そして構える。

 そこに突っ込む巨大イノシシ。スピードは衰えていない。無情なタックル。弾き飛ばされることは明白だ。


 が、巨大イノシシの動きがピタッと止まった。


「おろ? 止まったぞ!?」

 驚いた。どういう手を使ったのか知らんが巨大イノシシの突進が止まった。


 その様子を凝視していた師匠が叫ぶ。

「違うわ! 斬ったのよ!」

「何だって!? 見えなかったぞ?」

 そう言われてみれば黒マントは剣を振り下したポーズで固まっている。


 次の瞬間、巨大イノシシの身体が縦に二分割された。ちょうどタマネギを切るみたいに。

「真っ二つかよ! うええ……凄えな」

 さすがにこのゲームではモンスターの内臓までは作り込まれていない。なので切り口は真っ黒でグロくはない。


 切断された巨大イノシシの身体は左右に分かれ、まるで立て看板が風で倒れるみたいにバタンと地面に落ちた。


 拍手が起こる。イノシシを追ってきていたプレイヤー達だ。

「すげえええええ! なにモンだよ! あいつ?」

「超カッケエエ!」

「痺れるゥ! 憧れるゥ」


 見ると湖畔の町からも人々が飛び出してきた。彼等は、まるで優勝が決定した瞬間にベンチを飛び出してきた選手達のように黒マントを取り囲む。


 俺達が着く頃には人だかりが出来ていて黒マントを中心にお祭り騒ぎになっていた。


「いったいどんな奴なんだろ?」

 正体を確かめようと師匠達と輪の中に入っていく。


 赤毛の狩人が興奮気味に黒マントの男に尋ねる。

「凄い技だね! さっきのは何だい?」

 すると黒マントは無表情に「極溜め《ごくだめ》」と答えた。

 それを聞いてビッチが顔を顰める。

「肥溜《こえだ》め!? なにそれ? ばっちいネ」

 ビッチの声がデカいので皆がシーンとする。

 心なしか黒マントがガクッとしたように見えた。よりによって自慢の技を『肥溜め』とは……。


 シラけたムードの中、黒マントは軽く息を吐いた。そして、俺達を品定めするように見る。

「君達か? アルティメット・ドラゴンに楽勝したというのは」


 その言葉で群衆がザワッとした。皆、明らかにドン引きしている。

 そこで師匠が胸を張る。

「そうだけど? 何か?」


「なるほど。見事な戦いぶりだったと聞いた」

 黒マントの言葉を聞いて思い出した。

「ああ、もしかしてアンタ、あいつ等のボスか? あの黒ずくめの四人衆」

「フム。察しが良いな。あやつ等は我がしもべ」


 アルティメット・ドラゴンのイベントで遭遇したチームワークの良いパーティ。彼等はこいつの部下だったんだ。

「へえ。てことはアンタが……」


「我が名は『ダークマター』君達と同様な境遇にある」


 そこでビッチが目を丸くする。

「汚い問題? 変な名前だネ」

 出たよ。英語音痴。一応、耳打ちしておく・

「汚いはダーティ。ダークは暗闇って意味だ。それからマターは物質」

 ビッチは顔を赤らめる。

「そ、そうネ。ちょっとだけ間違っちゃったヨ」

 ちょっとじゃねえ。皆、引いてる。


 師匠が腕組みしながら尋ねる。

「あの人達の言うことが事実なら、私達の仲間なのよね?」

 黒マントは頷く。

「いかにも」


 ビッチの表情がぱっと明るくなる。

「よかったヨ! てことはアンタも転移……」

 慌ててビッチの口を「うぉい! 黙れ!」と塞ぐ。こんなに人の多い所でカミングアウトしてどうする!

 ビッチの口に手を被せたまま尋ねる。

「だとしたら、色々聞きたいことがあるんだけど?」


「そうか。そうだろうな」と、黒マントはひとりで納得している。

 師匠が険しい表情で言う。

「ね。ちょっと時間、貰えないかしら?」

「いいだろう。だが、ここではまずかろう。そうだな。君達を招待しよう。我が館に来ると良い。ただし、それなりに準備はしておくことだ」


 それを聞いて師匠が首を捻る。

「は? どういう意味?」

 

 ダークマターは意地悪そうな笑みを浮かべる。

「クク……タダでは何も与えんということだ。聞きたいことがあれば力づくで聞いてみよ」


 その言葉に「なんか勿体ぶってんな」と、ビッチと顔を見合わせる。

「ケチだよネ」

「てか、お前がディスるから怒ったんじゃね?」

「エ? アタシのせい?」

「そうとしか考えられねえだろ! 『肥溜め』とか『汚い問題』とか」

「わざとじゃねいンだヨ! 仕方ないジャン!」


「ちょっと貴方達、黙って!」 

 師匠に怒られてしまった。


「ククク。久々に楽しい時間を過ごせそうだ。期待を裏切らないでくれよ」

 そう言うとダークマターはひらりとマントを翻し、忍者のようにドロンと消えた。


 残された俺達は呆気にとられていた。

 この世界で無双しまくっていた俺達が格下に見られている。

「新鮮だな。なんという上から目線」

 何だか奇妙な感じだ。


 師匠は腕組みして「参ったわね」と、難しい顔をしている。

 ビッチは「ウーン」と唸ってから首を捻る。

「カッコイイんだけど、何かちょっと違うんだよネ」

「何がだ?」

「なんて言うのかナァ。ちょっと『痛い』感じがする」

「ああ、そういうことか……」


 確かに『ダークマター』という名前といい、あの勿体ぶった言い回しといい、中二病というか中々、香ばしい。ただ、さすがに転移者というだけあって実力は本物のようだ。


「けど、色んなことを知ってると思うぜ。あいつ」

 師匠は腕組みしたまま頷く。

「そうね。私達よりも先に転移したっぽいし」

「んじゃ、話を聞きにいくか。せっかく招待されたんだからな」


 そこでビッチがきょとんとする。

「アレ? でも場所聞いてないヨ?」

「届いてるわよ」

「エ? いつの間に?」

「カードに位置が印されてるわ」

 師匠がそう言ってフレンド・カードを表示した。ダークマターの館は、ここからは遠くない場所にあるようだ。


「ただ、気を引き締めて行かないとね」と、師匠は真顔で言う。

「だな。これまでの敵とは次元が違う」

 相手は俺達と同じ転移者。しかも、先輩だ。そうなると無双という訳にはいかないだろう。そう考えると身震いした。けど、一方でワクワクしてきた。


 果たして、どれぐらい強いのか!? そして、この世界に転移してしまった理由を知ることができるかもしれない!

「オラ、ちょっとワクワクしてきたぞ」

 そんな台詞が自然と出てしまった。


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