21. 悲しきNPC
もうすぐ次の町というところでモンスターに絡まれている中年夫婦を発見した。
相手はレベル25の野良ゴブリン4体だが、夫婦があまりにも無抵抗なので助けてやった。
おじさんが礼を言う。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
何の装備も無い、ただの町人みたいな格好だ。
奇妙に思って尋ねる。
「武器らしい武器、持ってないようだけど?」
すると、おじさんは頭を掻きながら答える。
「実は、私達夫婦は冒険とか戦いとかが目的では無くて……」
それを聞いてビッチが目を丸くする。
「エ? じゃあ、なんでこのゲームやってるの?」
それには答えずに夫婦は苦笑いを浮かべる。何か言いにくいことでもあるのかもしれない。
おじさんが丁寧におじぎをする。
「お礼というのも何ですが、せめて町でご馳走させてください」
「いいけどさ……装備無しでこの辺をうろつくのはどうかな」
イマイチ腑に落ちないが、皆で町まで向かい、レストランで食事することにした。
* * *
飯を食いながら聞いてみた。
「そういえば冒険が目的じゃないって言ってたよな? だったら何でプレイしてるんだ?」
一瞬、おばさんの顔が強張った。おじさんが気まずそうに答える。
「この辺りは息子が友達とよく出入りしていた町なんです。部屋を片付けるときに、息子がこのゲームに夢中になっていることを初めて知りましてね。息子の事を知りたい。そう思って参加することにしたのです」
「エ? じゃあ、息子さんは?」
ビッチの質問に、おじさんはガックリと肩を落とす。
「亡くなりました」
その隣で、おばさんは手で顔を覆う。
師匠の顔が曇った。何か言いたそうにしているが結局は黙ったままだ。
代わりに俺が質問を続ける。
「それは気の毒に。生前の息子さんのことを知りたいってことか?」
「ええ。ですので私達は戦うとかは苦手で、この子と思い出の場所を周りながら色々と話を聞いているんですよ」
おじさんがそう言って奥さんのポシェットに触れた。すると、ポシェットからピョコンと何かが飛び出した。それは子犬のようなキャラクターだった。
「NPCか。ひょっとして、それは……」
「ええ。息子が愛用していたキャラクターです」
子犬を擬人化したようなそれはNPCだった。
NPCは人工知能が操作するキャラクターだ。このゲームが何年も高く支持され続けてきた理由は『NPCの優秀さ』といわれている。
『独歩型AI』と呼ばれる技術によってNPCはまるで意思を持っているかのように行動する。経験を積むことで成長することは勿論、感情を見せる事すらある。
おそらく、プレイヤーと区別することが困難なNPCすら相当数存在している。だから『ぼっち』でもゲームを楽しめる。ハーレムを作る者、コミュニケーションが億劫な者、独裁者のように振る舞いたい者、目的は様々だがNPCはこのゲームの醍醐味といって過言ではない。
おじさんが子犬の頭を撫でながらしみじみという。
「息子が相棒にしていたキャラクター。この子と一緒にこの世界を回ることが私達の生きがいなんです」
色んな遊び方ができるゲームではあるけど、なんか悲しい話だ。
「あの子が死んでから3か月間、家内は塞ぎこんでいました。しかし、このゲームに夫婦で参加するようになって少しずつですが、気力が出てきたように感じます。正直、私達は反抗期で会話の少なかった息子のことを分かっていなかった。なので、この子を通して息子の知らない姿や本音が聞けることが喜びなんです」
しんみりしていたところに、どやどやと4人パーティが入店してきた。
「ああ、疲れた。おい、マスター、いつものヤツ!」
態度がデカい。キッズ特有の『イキり』具合から、小学生か中学ぐらいのプレイヤーと思われた。
師匠が子犬のNPCを眺めながら尋ねる。
「可愛い子ですね。名前はなんて言うんですか?」
おじさんが目を細める。
「コロン。昔飼っていた犬の名前なんです。あの子が5年生の時でした。死んでしまったんです。あの子がゲームに夢中になりだしたのは、その直後でした」
その時、奥さんが「あの子達」と、ピクリと反応した。先程、入店してきたイキったキッズ達の会話を耳にして何かに気付いたらしい。
おじさんが「どうした?」と、奥さんに尋ねる。そして2人でヒソヒソと話をしだす。
「もしかしたら、そうかもしれない。話しかけてみよう」
そう言っておじさんは隣のテーブルに向かい、イキリキッズ達に声を掛けた。
「ひょっとして君達は浩太の友達では?」
キッズ達が「ええ!?」と、一様に驚きの表情を見せる。
二言三言、言葉を交わして、おじさんは確信したようだ。
「そうか。この辺りに出入りしてるから、もしかしたらとは思ったけどやはり君達は浩太の友達か」
だが、イキリキッズ達は気まずそうな雰囲気だ。
「ウザっ」と、赤髪のキッズが吐き捨てた。
「え?」と、おじさんがその反応に驚く。
しかし、キッズ達は口々に信じられない言葉を発した。
「友達なんかじゃねえし! あいつはパシリ」
「正直、ウザかった」
「仲間になりたがってたけど拒否ったし」
「あいつ、キョロ充だったよなあ」
師匠が「きょろじゅうって何?」と、俺に聞いてきたので、キョロキョロと他人の顔色を見ながら輪に入りたがる浮いた存在と小声で教えた。
キッズ達の暴言におじさんは唖然としている。奥さんはハラハラと涙を流す。
ついにキッズのひとりが、とんでもないことを口にした。
「死んでも何とも思わない。イジメじゃねえし。勝手に死なれて迷惑!」
と、その時、NPCのコロンが発言の主に飛び掛かっていった。まるで夫婦の怒りを代弁するかのように。
「ちょっ! うぜえな!」
赤毛のキッズが二連式の銃でコロンを撃つ。
『バ・バン!』
「ギャン!」と、コロンが悲鳴をあげた。
奥さんが「コロン!」と駆け寄る。だが、500のダメージを受けた子犬はほぼ即死の状態だ。
おじさんが呆然とする。
「コロン……なんでそんな無茶な事を……」
おそらくイジメられて自殺した息子と何十時間も行動を共にしていたNPCのコロンは、息子の考えてたことや本音を共有していた友達のようなものだ。
この夫婦はコロンと一緒に旅をしながらこの子を通して息子のことを聞くのが唯一の救いだったのに……。
一度消えてしまったNPCは戻らない。
赤毛のキッズがヘラヘラ笑う。
「マジ、びびった。NPCのくせに、いきなり突っかかって来るとか」
「いいじゃん。どうせゴミなんだし」
おじさんが声を荒らげる。
「き、君達は何も変わってないのか! あの時の謝罪は何だったんだ? ひょっとして反省したフリをしていたのか?」
ゴーグルをしたキッズがテーブルに足を乗せて「バッカじゃねえの?」と言う。
赤毛のキッズはふざけた口調で煽る。
「は? 反省って何? それっておいしいの?」
モミアゲの長いキッズが鼻で笑う。
「ヘッ。負け組が自滅しようが興味ねえし」
ムカムカしてきた。この夫婦の息子を自殺に追いやったにも拘らず、こいつらは何ひとつ反省などしていない。おまけに唯一の形見であるNPCを消してしまった。
「おい。お前等!」と、奴等の前に立つ。
俺のレベル表示を見て赤毛が強気に構える。
「あんだ、てめぇ? ぶっ殺すぞ?」
他の連中もガンを飛ばしてくる。
構わず尋ねる。「お前等、何時間プレイした?」
「は? お前等みたいな雑魚とは次元が違えんだよ」
「俺らレベル40オーバーよ? 一番少ねえ俺でも5千時間、軽く超えてっから~」
「けど、お前、前に間違って『アークデーモン極』と戦ってレベル下げられたろ?」
「ああ、アレな。マジでムカついたから必死こいて一週間で戻したし。一日20時間以上やった」
「は? 学校は?」
「休んだに決まってんじゃん」
「そういやお前、居ないときあったよな。ギャハハ!」
イキリキッズ達はゲラゲラ笑いながら相変わらずの態度だ。中学かそこらで、そこまでプレイしているなら、まあ成績は振るわないだろう。
半ば呆れ気味に「ほう。で、何年かかったんだ?」と、試しに聞いてみた。
すると奴等は得意気に答える。
「は? 小4からやり込んでるからな。5年ぐらいかな」
「どうよ? お前等みたいなニワカとはレベルが違うんだよっ!」
「話し掛けてくんなよ雑魚が!」
確かにコイツ等のレベルは42・43・43・45。経験年数も結構なものだ。
「皆、似たようなもんか。暇なガキどもだ」
俺の言葉にモミアゲが激高する。
「おいコラ! 今、何つった? 殺すぞコラ!」
赤毛が首を揺らしながら笑う。
「そんなゴミみたいなレベルで俺らに対抗するとか超マヌケwww」
そんな奴等を見下ろしながらケンカを売る。
「弱い犬ほどよく吠える……だな。まとめて片づけてやるから表へ出ろ」
* * *
表に出て、イキリキッズ4人組に対し、俺ひとりでバトルを宣言する。
バトル開始と同時にモミアゲのキッズが「久々にキレちまったぜ」と、怒りを露わにする。
「雑魚のクセに1人とか、俺等を舐めるんじゃねえ!」
喚くモミアゲキッズに近付いてロングソードの剣先でおでこをコツンとノックする。
「いでっ!」
モミアゲの頭付近で『500』のダメージ表示。
「え!? 嘘!? 何で?」
モミアゲは目を丸くしている。
「分かったか? 今のでそれだけのダメージだぞ? 本気で斬ったらどうなるか分かるな?」
「ちょっ! 待って! てか、おかしくね?」
「おい! こいつ、チートなんじゃね?」
「マジかよ! チート相手にレベル下げられたら最悪だぜ」
慌てているキッズ達に向かって言う。
「チートじゃない。通りすがりの転移者だよ」
キッズ達は殺気立った目で一斉に攻撃を仕掛けてきた。
軽く息を吐いて剣を振る。
「会心連撃!」
『ズバッバッババババ!』×8
いつもより本気で、しかも多めに斬った。
『9999』のダメージ表示がキッズ達の周りで無数にフラッシュする。
モミアゲが青ざめる。
「ど、ど、どんだけ食らった?」
「わ、分かんね。けど、相当、食らった。てかヤバくね?」
「表示、早すぎて見えねえ……」
キッズ達が動揺しているので教えてやる。
「100万ぐらいじゃねえの?」
それを聞いてキッズ達が驚愕する。
まだダメージ表示は続いている。とっくに即死なのに表示が続くということは、剥されるレベルがうなぎ上りということを意味する。
ダメージ表示のラッシュが止まり、連中の身体が透けていく。
「何千時間プレイしたか知らんけど終わりだな。まあ、レベル1からやり直してくれ」
イキリキッズ達は皆、号泣する。
「やだやだやだ! 助けてよう!」
「全部無駄になっちゃう!」
泣き喚きながら彼等は消えた。
気付くと中年夫婦や師匠達が店の外に出てきていた。
なんだか、やるせない気分だ。イキリキッズを罰したぐらいでは気が晴れない。
立ち尽くす夫婦に向かって声を掛ける。
「あんた等、もう止めた方がいい。気持ちは分かるが何時までもこんな所に居ちゃいけない」
しばしの沈黙のあと、おじさんが神妙な顔つきで頷く。
「ええ。今日限りでアカウントは消します」
「そっか。それがいい」
「明日は日曜日なので墓参りに行ってみようと思います。妻と二人で」
子供を亡くした親の気持ちは分からない。なので、今の素直な思いを口にした。
「晴れるといいな。明日は」




