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第5話 猛暑なので地下迷宮で寝ていたら、勝手に観光地化が進んでいた

 夏。それは、動きたくない俺にとって、最も邪悪で残酷な季節である。

 ウツノ都を襲った記録的な大熱波は、いくらエアコンを稼働させているとはいえ、俺の「布団から一歩も出ない」という鉄の意志をじわじわと削り取っていった。

 部屋が涼しくても、窓から差し込む凶悪な日光を見るだけで、精神的に夏バテしそうになる。


「にゃあぁ……」


 普段は超巨大な黒い毛玉として威厳(?)を放っているおはぎも、この暑さには勝てなかったらしい。床の最も冷たい板の間にべったりと張り付き、まるで黒い液体のように平べったく溶けていた。猫は液体であるという前世の物理法則は、異世界でも健在だったようだ。


(あぁ……暑い……。息をするのも面倒だ。もうこのまま床と一体化して、フローリングになりたい……)


 俺が無表情のまま床に寝そべり、涼を求めて頬を板の間に擦り付けていると、寝室の扉が元気よく開け放たれた。


「先生! 本日は、避暑を兼ねて最高のバカンスに出かけましょう!」


 現れたのは、麦わら帽子を被り、涼しげなノースリーブのワンピースを着たエレナお嬢様だった。

 しかし、そのワンピースの胸元は、彼女の『規格外の巨乳』の圧倒的な自己主張によって、これでもかとばかりに前方に押し出されている。歩くたびに、空間の重力場がそこだけ歪んでいるかのように、たわわに、そしてダイナミックに揺れていた。


(だからデカいって! その薄手のワンピース一枚でその大質量を支えるのは、生地の繊維的な意味で限界突破してるだろ! 今にもボタンが弾け飛んで俺の額に直撃しそうだわ!)


「お嬢様、日傘と冷えたジュースの準備が整いました」


 背後からワゴンを押して現れたルナは、なんと水着の上からシースルーの薄いカーディガンを羽織っただけの、極めて目の毒な姿だった。

 鍛え上げられたしなやかな肢体と、甲冑から解放されてなお恐るべき存在感を放つ『規格外の巨乳』が、薄い布越しにほぼその輪郭を曝け出している。


(おいおいおい! ルナ、お前はメイドだろうが! 何だその攻撃力特化型の水着姿は! 目のやり場がなさすぎて、俺の死んだ魚のような目が完全に虚空を彷徨っているぞ!)


 俺の心臓はドラムロールのように激しく鳴り響いていたが、顔の筋肉は冷徹な鉄仮面のように凍りついたままだ。俺はゆっくりと床から上半身を起こし、地獄の底から響くような低音ボイスを絞り出した。


「……ふぅ。断る。俺はここから一歩も動かない。部屋でフローリングになる」


「まあ、床になってしまわれるなんて! ですが先生、お聞きくださいませ。本日向かいますのは、都の名所である巨大地下採掘場跡地『オオヤ』ですわ! あそこはオオヤ石という魔力を蓄える特殊な石で囲まれた広大な地下迷宮。年間を通じて気温は10度前後に保たれており、まるで天然の冷蔵庫のようにひんやりとして快適なのです!」


「ひんやり……だと?」


 その言葉に、俺の怠惰な脳細胞が一斉に覚醒した。

 10度。それは、エアコンの効いた部屋すら生温く感じるほどの、極上の避暑空間。そこで一日中ゴロゴロと横たわっていられるなら、それは部屋の床で溶けているよりも遥かに魅力的ではないか。

 おはぎも「10度」という単語を理解したのか、溶けていた体をスッと起こし、俺のパジャマの裾を引っ張って「行こう」と目で訴えかけてきた。


「……ふぅ。俗世のバカンスには興味がないが、お前たちの熱意には負けた。仕方ない、俺に任せろ」


「ありがとうございますわ、先生!」


「さすがは先生、お嬢様のご健康を気遣ってくださるのですね!」


(いや、ただ単に俺とおはぎが涼しいところで二度寝したいだけなんだけど……何でそんなに感動の眼差しで見つめてくるんだ!?)


 こうして俺は、おはぎを馬車に乗せ、ルナとエレナの巨乳サンドイッチという精神的拷問に耐えながら、都の郊外にある『オオヤ地下採掘場跡』へと出発したのだった。


 馬車の車内は、まさに「甘美な拷問部屋」だった。

 狭い座席で、俺の右側には薄着のワンピース姿のエレナ、左側には水着カーディガン姿のルナが座り、馬車が揺れるたびに、二人の『規格外の巨乳』が俺の両腕を交互に、あるいは同時に、むにゅんむにゅんと強烈に押し潰してきた。

 右から伝わる女の子らしい甘い香りと、左から伝わるしなやかな肉体の熱量。

 

(うおっ! 揺れるな馬車! 路面の凹凸を拾うたびに、俺の左右で大質量の肉弾頭が波打って腕に食い込んでくる! ポーカーフェイスを維持するための俺の精神力が限界だ! 脳内で般若心経を唱えて煩悩を消し去るんだ、さもないと鼻血が噴き出す!)


 俺が冷や汗を流しながら完全な無表情で耐えている間に、馬車はオオヤに到着した。


    * * *


 オオヤの内部は、想像を絶する大空間だった。

 地下に広がるその空間は、まるで古代ギリシャの神殿か、前世で遊んだRPGのラストダンジョンのように厳かで幻想的だった。切り出されたオオヤ石の壁面には、魔導ランタンの光が反射し、神秘的な陰影を作り出している。

 そして何より、一歩足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした極上の冷気が俺の全身を優しく包み込んだ。


(冷え冷えだ……! 最高すぎる! ここを俺の第二の寝室に指定する!)


 俺は歓喜の絶叫を心の内で上げながら、そそくさと持参した敷物を取り出し、大谷石の岩肌の近くに広げた。

 おはぎも涼しさに大満足らしく、敷物の上に巨体をどさりと横たえ、早くも眠そうに目を細めている。俺もおはぎの横に添い寝し、ひんやりとした岩の空気を楽しもうとした。


 しかし、一つだけ重大な問題があった。

 採掘場跡地であるため、地面が切り出しの凸凹だらけで、非常にゴツゴツしているのだ。さらに、周囲には細かな石屑や砂利が散乱しており、寝返りを打つたびに背中に石が当たって痛い。


(これじゃ硬くて安眠できない! せっかく冷え冷えで最高の避暑地なのに、この凸凹のせいで二度寝のクオリティが著しく低下してしまう!)


 安眠を妨げるデコボコは、俺にとって万死に値する敵だ。

 俺はため息をつきながら、寝そべったまま地面にそっと手を触れた。


 ブラックギルド時代、未開拓の荒野に急造の防衛結界拠点を建てる際、地面がボコボコのままだと魔法陣が歪んでエラーを起こすため、俺はいつも上司から「今すぐ地面を真っ平らにしろ! シャベルで掘れ!」と怒鳴られていた。

 そんな肉体労働をサボるため、俺が極秘裏に開発した術式がある。


 名付けて『全自動整地結界』。


 指定した範囲内の障害物やデコボコを自動的に超高圧でプレスして砂利に粉砕し、さらにその砂利を完璧な平坦さで敷き詰め、クッションのような程よい弾性を持たせるという、サボり魔の、サボり魔による、サボり魔のための自動土木魔法である。


(これであの角張った岩も全部砂利にして、真っ平らなベッドにしてやる)


 俺は整地結界をオオヤの地下空間に適当に展開した。

 あとは魔法が勝手に周囲をフラットにしてくれるはずだ。俺は目を閉じ、おはぎの毛並みに指を滑らせた。


 だが、その時。地下空間の奥から、不穏な地響きが鳴り響いた。


『ゴゴゴゴゴゴ……!』


「な、何事ですの!? 地震!?」


 エレナが悲鳴を上げ、ルナが即座に前に出る。

 見ると、大谷石の壁面のあちこちから、切り出された石のブロックが不自然に集まり、巨人の形を形成し始めていた。その数、十体、二十体……いや、それ以上だ。

 長い年月をかけてオオヤに充満した自然魔力が、俺たちの侵入に反応して活性化し、巨大なオオヤ石のゴーレムの群れとして実体化してしまったのだ。


「魔物の群れ……! お嬢様、下がってください! くっ、この数は少々厄介です!」


 ルナが大剣を構え、美しい顔を引き締める。

 彼女はプロの戦術思考をフル回転させていた。


「ゴーレムは打撃に強いが関節部が脆い。まずは大剣の魔力斬撃で十体の脚部を破壊し、転倒したところを順次粉砕する。しかし、この狭い地下空間で同時に囲まれれば、私一人で守りきれるか……!?」


 緊迫した状況の中、彼女の豊かな胸元が激しく上下する。

 ゴーレムたちは、ズシン、ズシンと重い足音を響かせ、俺たちの寝床に向かって殺到してきた。


(うるさあああああい!!! せっかく涼しくて最高の寝室を見つけたのに、何なんだよその足音は! ズシンズシン響いて脳が揺れるわ! それに、そんなデカい石の塊が歩き回ったら、せっかくの敷物が汚れるだろうが!)


 安眠を妨害する石の巨人どもに対し、俺は内心でブチギレていた。

 だが、俺はあくまでも「強者」の皮を被らなければならない。ここで慌てて逃げ出せば、これまでの極楽スローライフが全て崩壊する。

 俺はゆっくりと片目を開け、感情を完全に殺した超低音ボイスを空間に響かせた。


「……ふぅ。騒々しいな。道をあけろ」


「せ、先生!? 危ないですわ、ゴーレムが目の前に!」


 エレナが悲鳴を上げる。


 ……ところで、先ほど俺が展開した『全自動整地結界』において、歩き回るゴーレムたちはどう定義されるだろうか?

 答えは……「平坦な地面を乱す、巨大なデコボコ」である。


 次の瞬間、結界の自動整地プレス機能が、侵入してきたゴーレムたちに対して作動した。


『メキメキメキメキ……ッ!!!』


 突如として、地下空間全体に見えない「超高圧の垂直プレス」が叩きつけられた。

 迫り来ていた体長4メートルを超える石の巨人たちが、敷物の周囲十メートル以内に足を踏み入れた瞬間、見えない巨壁に押し潰されたかのように、一瞬で「粉々」に砕け散った。


「え……?」


 ルナが大剣を構え、必死の戦術を構築していたまさにその瞬間、すべてのゴーレムが砂利と化した。

 彼女は抜いた大剣を構えたまま虚空を見つめて硬直した。


 砕け散ったゴーレムたちの破片は、ただ散らばるのではない。整地結界のアルゴリズムに従い、ミリ単位の細かな砂利へと自動でさらに細分化され、地面の凹凸を埋めるための舗装材として、平らに平らにならされていった。


『シュウゥゥゥゥ……』


 わずか数秒。

 数十体の巨大ゴーレムの群れは、跡形もなく消滅した。

 代わりに、俺の敷物の周囲には、オオヤ石の美しい微粒子で舗装された、真っ平らで踏み心地が少しフカフカする極上の石畳の床が一瞬にして完成していた。


「な、何が起きたんですの……? ゴーレムたちが、一瞬で砂利になって、地面に敷き詰められて……」


 エレナは口をあんぐりと開け、呆然と床を見つめている。

 ルナもまた、大剣を握ったまま、震える声で呟いた。


「ただの整地魔法ではない……。敵の攻撃力や硬度を完全に無視し、空間そのものを平坦化する極大の圧縮魔法……。それを、呪文の詠唱どころか、寝そべったまま指先一つ動かさずに発動させるなんて……。私の戦術思考など、先生の前では赤子の遊びのようなもの。先生、あなたは一体どこまで底知れないのですか……!」


 二人は畏怖と、それ以上の熱烈な崇拝の眼差しを俺に向けた。


(いや、違うから! 俺はただ背中が痛いから床を平らにしただけ! ゴーレムとかいうデコボコが勝手にシステムに巻き込まれてプレスされただけだから! ていうかこの床、踏み心地最高だな。よし、寝る)


「……ふぅ。大したことではない。これで静かになった。……邪魔をするな」


 俺はそう言い残すと、おはぎの温かい腹を抱き枕にして、今度こそ深い眠りへと落ちていった。


「先生のこの『無の境地』……決して邪魔をしてはなりませんわね」


「はい、お嬢様。先生の安眠を脅かすものは、私が全て排除します」


    * * *


 翌日。

 ウツノ都は、昨日以上の大騒ぎに包まれていた。


「聞いたか!? あの危険だったオオヤ地下採掘場が、賢者様の手によって、一瞬にして完璧に舗装された巨大な地下ホールに変貌したらしいぞ!」


「あそこは年中涼しい最高の避暑地だ! 魔物も完全に駆逐されて、超安全な観光地になったんだってよ!」


 俺が相談所のベッドで優雅に目覚めると、窓の外からは早くも「避暑地オオヤの開発成功」を祝う市民たちのパレードの音が聞こえてきた。

 さらに、エレナが嬉しそうに部屋に入ってくる。


「先生! オオヤの地下ホールは、都の新たな観光資源として大盛況ですわ! 先生のおかげで、都の観光収入はこれまでの数倍になる見込みです! こちらはその謝礼ですわ!」


 ドサリ、とベッドの上に置かれたのは、見たこともないほどの金貨が詰まった袋だった。


「……ふぅ。そうか。好きにしろ」


 俺は無表情のまま金貨の袋を見つめ、内心で頭を抱えた。


(俺はただ涼しいところで寝たかっただけなのに! これじゃオオヤに人が集まりすぎて、もうあそこで静かに寝られないじゃん! 俺の秘密の避暑地を返せえええええ!)


 俺のささやかな怠惰は、またしても都に莫大な富をもたらし、俺の名声をさらに絶対的なものへと押し上げてしまったのだった。

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