第4話 部屋が暑いのでコンセントを繋ぎ直したら、都のインフラが超進化していた
ふかふかの最高級羽毛布団。それは、俺が前職のブラックギルドで床の冷たい石畳に雑魚寝していた時代には、逆立ちしても手に入らなかった至高の楽園である。
さらに俺の腹の上には、体長三メートルを超える漆黒の巨大黒猫「おはぎ」が、まるで超巨大な湯たんぽのように丸くなって乗っかっていた。
喉の奥から「ゴロゴロゴロゴロ……」と地響きのような低重音の振動が伝わってくる。これぞ究極の癒やし。このまま息をするだけの植物になり、ベッドの上の化石となって一生を終える。それこそが俺の夢見た全自動スローライフの完成形であった。
(あぁ……モフモフ……。あったかい……。このまま意識を溶かして、二度寝の深淵へ……)
そう確信し、幸せな夢の続きにダイブしようとした、その瞬間だった。
プツン。
天井の隅で静かにハミングしていた魔導エアコンの稼働音が、唐突に消失した。
ほんの数分前まで部屋を満たしていた心地よい微風が止まり、じわりと生温かい空気が室内に滞留し始める。
ウツノ都は、周囲を山に囲まれた盆地のような地形であり、夏は湿気が多くて猛烈に暑い。エアコンが止まれば、部屋は一瞬にして蒸し風呂と化す。
(……ん? なんか、暑いな……?)
シーツの中で寝返りを打とうとしたが、腹の上のおはぎの熱量が、エアコンの停止によって一気に牙を剥いた。巨大な黒い毛玉から放出される体温は、今やただの熱波である。
おはぎ自身も暑さを感じ取ったのだろう。不機嫌そうに耳をピクピクと動かしたかと思うと、その太い前脚をのそりと伸ばし、俺の顔面に肉球をベシャリと押し当ててきた。
『フシュー……ッ!』
(重っ!? 息ができない! おはぎ、肉球で俺の鼻と口を同時に塞ぐな! 窒息死する! っていうか暑い! 蒸し暑い! せっかくの二度寝が台無しだろうが!)
内心で大パニックを起こし、手足をバタバタさせていると、静寂を守るべき寝室の扉が、凄まじい勢いで叩き開けられた。
「先生! 大変です! どうか、どうか起きてください!」
入ってきたのは、専属住み込みメイドのルナだった。
慌てているためか、いつもの銀色の重厚な甲冑ではなく、軽装の部屋着姿だ。そのせいで、彼女の規格外の巨乳を包む薄い生地が限界まで張り詰め、走る動作に合わせて「たわわん、たわわん」と物理法則を無視した暴力的かつ強烈な揺れを見せている。
(うおっ!? デカっ! 揺れすぎだろ! 早朝からそんな質量兵器を目の前で振り回されたら、小心者の俺は心臓が止まるわ!)
長年のブラック労働で培った「死んだ魚の目」と「完璧な無表情」のおかげで、俺の顔筋はピクリとも動かなかったが、脳内ではすでに鼻血が出そうなほどの絶叫が響き渡っていた。
俺はゆっくりと上半身を起こし、喉の奥から絞り出すような低音ボイスを響かせた。
「……ふぅ。騒々しいな。まだ朝の二度寝の時間だ」
「申し訳ありません、先生……! ですが、緊急事態なのです! 先ほど、都のメインストリートを走る魔導列車『雷都レール』の主動力炉が、謎の魔力暴走を起こして完全停止いたしました! その余波で、都全体の魔力回線が完全にショートし、現在、相談所を含めたすべての魔導具が使用不能になっております!」
ルナは真っ青な顔で、必死に胸元を揺らしながら状況を説明する。
なるほど、だからエアコンが止まったのか。
しかし、そんなことは俺の知ったことではない。電車が動かなかろうが、都の住民が困ろうが、俺は一歩もこの部屋から出るつもりはないのだから。
「他を当たれ。俺は寝る」
俺がそう言って再びシーツに潜り込もうとした時、廊下からバタバタと軽い足音が聞こえ、もう一人の美少女が部屋に飛び込んできた。
この相談所のパトロンであり、ウツノ都を治める領主の娘――大富豪のエレナお嬢様だ。
「先生! お願いですわ、どうかウツノ都をお救いください!」
エレナは金髪の縦ロールを振り乱し、潤んだ瞳で俺のベッドの横に膝をついた。
彼女もまた、胸元の開いたネグリジェ姿であり、その細身の体躯からは想像もつかない『規格外の巨乳』が、ベッドの縁に「どさっ」と乗っかるような形で押し付けられている。
(だ、だからデカいって! お前ら揃いも揃って朝から俺を視覚的に圧殺する気か!? 目のやり場がなさすぎて逆に天井しか見られんわ!)
「雷都レールは、この都の交通の要にして、地脈の魔力を都全域に循環させる『血液』の役割も持っていますの。これが止まったまま半日が経過すれば、都のすべての防衛結界が消失し、郊外の魔獣たちが一斉にオリオン通りへ押し寄せてしまいますわ! そうなれば、この屋敷も失われてしまいます!」
エレナは俺の手を両手でギュッと握りしめ、必死の形相で見つめてくる。
その純粋で汚れなき瞳。自分たちのことだけでなく、都の市民を心から心配し、そしてこの俺を「何でも解決できる偉大な賢者」と信じて疑わない真っ直ぐな視線。
それに加えて、手から伝わる柔らかい感触と、視界の端で強烈に主張する胸元の膨らみ。
(うっ……。その純粋な目で頼まれると、小市民の俺はめちゃくちゃ胸が痛むんだよ……。それに、魔獣が押し寄せてこのふかふかベッドが壊されるのは困る。何より、エアコンが止まったままだとおはぎの熱気で俺が熱中症で死ぬ……!)
断固拒否して寝直すつもりだったが、小心者の本性と、安眠環境を守りたいという利己的な防衛本能が、彼女たちの純粋さと暴力的な巨乳の前にいとも容易く屈した。
しかし、俺はあくまでも「孤高の賢者」でなければならない。鼻の下を伸ばして引き受けたと思われては、今後の舐められ具合に関わる。
「……ふぅ。俗世の騒ぎには興味がないが、安眠を妨げられるのは不愉快だ」
俺は極限のクールさを装った低音ボイスでそう言い、ベッドからゆっくりと立ち上がった。
「先生……! やはり、お力をお貸しいただけるのですね!」
「勘違いするな。俺は、俺の部屋を冷やすだけだ」
「おお……! 都を救うという大業を『部屋を冷やすだけ』と言い切るその超然としたお姿……! ルナ、感動いたしました!」
(いや、文字通り部屋を冷やすためだけなんだけど!? 何でそんなに目がキラキラしてんの!?)
俺は内心で頭を抱えながら、クローゼットの奥へと向かった。
乱雑に放り込まれた荷物の底から、錆びかけた金属の箱を取り出す。
それは、前職のブラックギルド時代に俺が個人的に作成した、ある「サボり用魔導具」だった。
ブラックギルド時代の俺の仕事は、広大な結界網の調整だった。
少しでも地脈の魔力が乱れると、警報が鳴り響き、深夜2時だろうが3時だろうが叩き起こされて「朝までに魔力供給のバランスを均一にしろ」と理不尽に怒鳴られる毎日。
そんな地獄から逃れ、勤務中に仮眠を取るために、俺は私的にこの装置を開発した。
名付けて『魔力吸引自動クレンジングタップ』。
こいつを地脈の魔力供給ポート(壁のコンセントのようなもの)に噛ませておくだけで、周囲の空間にある雑音だらけの荒れた魔力を自動的に超高効率で吸い込み、有害なノイズを完全にフィルタリングして、常に「一定でクリーンな魔力」として安定供給してくれるという、サボり魔専用の極上アタッチメントだ。これがあれば、地脈がどれだけ荒れ狂おうが、俺の担当区域の結界は常に正常値を保ち、俺は警報に邪魔されることなく寝ていられたのだ。
「先生、その古びた、奇妙な鉄の箱は……?」
ルナが不思議そうに覗き込んでくる。深く屈んだため、胸元がさらに大変なことになっているが、俺はフタアラ神社のご神体を拝むような厳粛な表情で無視した。
「ただのゴミだ。……これで十分だ」
俺はそう言い捨てると、寝室の壁にある魔力受信ポートに、タップの端子を「カチッ」と雑に差し込んだ。
そして、エアコンの電源スイッチを入れる。
ブォォォォン……と、再び心地よい冷風が吹き出し、部屋の温度が急速に下がり始めた。
おはぎが嬉しそうに「にゃあ」と鳴き、再びベッドの上で丸くなる。
「よし、冷えた。……俺は寝る。他を当たれ」
俺はそのままベッドへダイブし、シーツを頭から被った。
「えっ? あ、あの、先生? レールの動力炉へは行かれないのですか……? ここから地脈をどうにかされるのですか……?」
エレナが困惑した声を上げるが、俺は完全に無視して眠りの深淵へと旅立った。
俺の仕事は終わった。自分の部屋のエアコンが動けば、それでいいのだ。あとは技師たちがどうにかするだろう。
しかし、俺はこの時、全く理解していなかった。
ブラックギルドの理不尽な魔力嵐に耐えるために、俺が「極限まで出力を高めておいた」その自家用クレンジングタップの恐るべき性能を。
カチ、とタップが稼働した瞬間。
相談所の壁のコンセントを通じて、ウツノ都全域の地脈に流れる「暴走した魔力」が、猛烈な勢いで相談所へと引きずり込まれ始めた。
都の技術者たちが数十人がかりで抑え込もうとしてもビクともしなかった狂暴な魔力ノイズが、まるで超巨大な掃除機に吸い込まれる塵のように、ジークのクローゼットの中の小さな鉄箱へとなだれ込んでいく。
そして、タップの内部で完璧にノイズを濾過された超高純度の魔力が、今度は逆流するように、綺麗な波となって都の地脈回線へと送り返された。
その瞬間、ウツノ都の中心部にある『雷都レール』の動力炉で、奇跡が起きた。
「な、なんだこれは!? 暴走していた地脈の魔力圧が、一瞬でゼロに……いや、それどころか、見たこともないほど澄み切った高純度の魔力が、動力炉に流れ込んできているぞ!」
動力炉の前に張り付いていた都の主席魔導技師が、狂ったように叫んだ。
「メーターが……限界を突破している! だが、暴走の危険が全くない! 完璧に制御された、奇跡のような超魔力だ! レールの出力が……通常の三倍に達したぞ!!」
駅に停車していた『雷都レール』の車両から、パチパチと青白い美しい光が弾け飛ぶ。
次の瞬間、列車はエンジン音をほぼ無音に響かせながら、これまでの限界速度を遥かに超える超高速で、滑らかにレールの上を滑り出した。
それだけではない。都全域の地脈がクレンジングされたことで、街中の魔導具がかつてないほど活発に、かつ安定して稼働し始めたのだ。
「動いた……! 雷都レールが動き出しましたわ! しかも、前よりもずっと速く、美しく!」
窓の外から聞こえてくる街の歓声と、列車の軽快な走行音を聞きながら、エレナは信じられないといった様子で立ち尽くしていた。
そして、隣に立つルナと顔を見合わせ、その美しい瞳に涙を湛えた。
「やはり、先生はすべてを見通していらしたのですわ……。わざわざ現場に赴くまでもなく、ご自身の寝室のポートにあの聖遺物をつなぐだけで、都全体の地脈を完璧に再構築してしまわれるなんて……!」
「ええ……。己の功績を誇ることもなく、ただ『部屋を冷やすだけ』と仰って、再び深い瞑想に入られるそのお姿……。これこそが、本物の賢者の風格です。私、一生、先生についていくと心に誓いました!」
二人はベッドで静かに眠るジークの背中に向かって、深く、深く頭を垂れ、祈りを捧げるようにして静かに部屋を後にした。
* * *
翌朝。
俺がスッキリと目覚め、快適な室温の中で伸びをしていると、ルナがワゴンを押して部屋に入ってきた。
ワゴンの上には、湯気を立てる極上のスープと、ふっくらと焼き上がったパン、そして都の高級食材をふんだんに使った朝食が並んでいる。
「先生、おはようございます。都の危機を救っていただいたお礼にと、領主様から最高の朝食の食材と、都の永久特別市民権が授与されました」
「……は?」
俺は手にしたスプーンを落としかけ、無表情の裏で絶叫した。
(なんでだよ!!! 俺はただ部屋のコンセントにサボり用のタップを挿しただけだぞ!? なんで都を救ったことになってんだ!? っていうか永久特別市民権って何!? これ絶対今後も面倒な仕事に引っ張りだされるやつじゃん!)
「都の技師たちが、先生のあの『クレンジングタップ』の構造を拝見したいと、相談所の前で列を作って待っております。ですが、先生の『静寂』を守るため、私が大剣で追い払っておきましたので、どうぞご安心ください」
ルナがふふっと誇らしげに微笑み、その巨乳を「ドン」と張る。
「……ふぅ。そうか。よくやった」
俺は消え入りそうな低音ボイスでそう答えるのが精一杯だった。
こうして、俺がただ「部屋が暑くて眠れないから」という極小の怠惰で動いた結果、ウツノ都の交通インフラは永久機関へと超進化を遂げ、俺の名声はさらに天高く爆上がりしてしまったのだった。




