第3話 初めての依頼と、恐怖の自動殲滅
「先生! 大変ですわ!」
理想の全自動スローライフを満喫し始めてから三日目の朝。
俺が最高級のシルクのシーツに包まれ、おはぎ(巨大黒猫)を湯たんぽ代わりにして爆睡していると、バンッ! と勢いよく寝室の扉が開かれた。
エレナだ。今日も朝からテンションが高く、そして巨乳が元気よく揺れている。
「……ふぅ。騒々しいな。どうした」
内心では(うわぁぁぁ! せっかくの二度寝が! マジで勘弁してくれ!)と泣き叫んでいるが、俺はゆっくりと上半身を起こし、感情を殺した低音ボイスで尋ねた。
「都の郊外を荒らし回っていた『黒狼盗賊団』が、今夜この街の商業ギルドを襲撃するという情報が入ったのです! 騎士団だけでは手が回らず……どうか先生のお力をお貸しいただけないでしょうか!」
エレナがすがるような瞳でこちらを見つめてくる。
その後ろでは、メイド服に着替えたルナが申し訳なそうに控えている。
(いやいやいや! 絶対イヤだ! なんで俺がわざわざ外に出て盗賊と戦わなきゃいけないんだよ! 俺は一歩もベッドから出たくないんだ!)
俺は断るための口実を高速で思考した。
しかし、ここで「面倒くさい」と素直に言えば、せっかくのパトロンであるエレナの機嫌を損ね、この快適な全自動生活が終わってしまうかもしれない。それに、エレナの潤んだ瞳と、その下にある規格外の膨らみを見つめられると、どうしても強く出られない小市民な自分がいた。
「……ふぅ。仕方ない、俺に任せろ」
「本当ですか!? ありがとうございますわ、先生!」
エレナはパァッと顔を輝かせた。
「では、今夜の襲撃に向けて、さっそく準備を——」
「必要ない。俺はここで寝る」
「……えっ?」
「もう手は打ってある。お前たちは下がって休め。……俺は、寝る」
俺はそう言い捨てて、再びシーツに潜り込み、おはぎのモフモフした腹に顔を埋めた。
エレナとルナは顔を見合わせ、「……なんと、すでに遠隔で術式を!?」「さすがは先生ですわ……!」と勝手に納得し、静かに部屋を出て行った。
(よし、これで寝られる。盗賊なんて騎士団がなんとかするだろ。最悪、商業ギルドが一つ潰れるくらい、俺の睡眠に比べれば些細な問題だ)
俺は最低の思考を巡らせながら、深い眠りへと落ちていった。
* * *
その日の深夜。
黒狼盗賊団の数十人の荒くれ者たちは、商業ギルドではなく、街の一等地にある『賢者の相談所』を取り囲んでいた。
「へへっ、あの金持ちの小娘が、最近怪しいパトロンを囲ってるって噂だ。商業ギルドなんぞより、この豪邸を襲った方が金目のモンがたんまりあるに決まってる」
盗賊の首領が下劣な笑みを浮かべ、手下たちに突入の合図を出した。
彼らが豪邸の敷地に足を踏み入れ、武器を構えて扉を蹴破ろうとした、その瞬間だった。
『ピィィィィン……ッ!』
空気が凍りつくような高音が響いた。
次の瞬間、敷地全体を覆っていた『不可視の結界』が猛烈な光を放った。
「な、なんだこれは!? ぎゃあああああっ!」
俺がブラックギルド時代に培った技術を無駄遣いし、この豪邸の周囲に展開していた『絶対安眠用・防音防壁結界』。
それは、「睡眠を妨害する一切の物理的・魔力的干渉を、威力を百倍にして自動反射する」という、常軌を逸した極大防御魔法であった。
殺意と武器を持って近づいた盗賊たちは、結界に触れた瞬間に自身の攻撃力の百倍の衝撃を跳ね返され、次々と夜空の彼方へ吹き飛ばされ、あるいは地面にめり込んで気絶していった。
* * *
翌朝。
俺が欠伸をしながら一階の広間へ降りていくと、そこにはロープでぐるぐる巻きにされ、白目を剥いて気絶している数十人の盗賊の山があった。
「先生……! なんという事でしょう! 盗賊たちがこちらの屋敷を狙っていたのですね! それを完全に見抜き、我々が寝ている間に一歩も動くことなく全滅させてしまうなんて……!」
「先生の深謀遠慮、恐れ入りますわ!」
ルナとエレナが、尊敬の眼差しで俺を見つめている。
(えっ……なにこれ。俺、本当に一歩も動いてないし、ただ寝てただけなんだけど……)
結界が勝手に発動しただけだ、などとは口が裂けても言えない。
俺は内心の動揺を完璧な無表情で隠し、小さく息を吐いた。
「……ふぅ。大したことではない。さあ、朝飯にしてくれ」
「はいっ! すぐに最高の朝食をご用意いたしますわ!」
こうして、俺の意図しないところで、「動かずして敵を殲滅する賢者」としての名声が、ウツノ都に轟き始めたのである。




