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第9話 騎士団本部


(『この、男たらしの、あば──』)


「あばばばば!」


 ロザリアは飛び起きた。目を開くとそこは見慣れた部屋ではなかった。


 人がたくさんいる。どこかのエントランスホールのようだ。左右の壁には扉が並び、正面の開け放たれた大きな扉からは、広く街の景色が見える。


 ホールに集まっているのは平民街の人たちばかりのようで、ときおり彼らに声をかけてまわる兵士の姿が見えた。


 ロザリアは近くにいた老婦人に話しかけた。


「すみません、ここは……?」


「まぁ、お嬢ちゃん、目が覚めたんだね」


 彼女はロザリアのほうを振り向き、小さく微笑んだ。


「ここは騎士団本部だよ。臨時の避難所になってるのさ」


 騎士団というと「王国騎士団」のことだろう。王から国境や街の警備を任されており、ときには蛮族や魔物と戦うことがあるという。数千の兵士とそれを束ねる騎士たちによって成り立っている、この国で最も大きな組織だ。


 ロザリアは、初めて訪れた騎士団本部をきょろきょろと見回してから、また老婦人に問いかけた。


「わたくしは、いつからここに?」


「ついさっきさ。騎士様に抱えられてきたんだよ。もう起き上がって平気なのかい?」


 そう言われて、自分の身体を見下ろした。


「ええ。身体はなんとも……あなたこそ、お怪我をされているのですか?」


 ロザリアの目に留まった、老婦人の袖には血がついていた。彼女は腕を上げて、何でもないことのようにそれを眺めた。


「あぁ……これかい? 驚いた拍子にちょっとね。大したことは無いよ。騎士様が手当をしてくださったから」


 老婦人は袖をめくって包帯を見せた。急いで手当したのか、不格好な巻き方であった。


 ホールでは何人かの騎士団員が「治療の魔術」を施している姿が見えるが、人数が少なく手が回っていないのだろう。


 そう判断して、老婦人に向き直った。


「わたくしに、『治療』をさせていただいてもよろしくて?」


「あんた、魔術を使えるのかい?」


 目を丸くした彼女に、ロザリアは頷いた。正直なところ、治療の魔術はあまり得意ではないが、怪我人を前にしてそうは言っていられない。


 老婦人は「なら、頼むよ」と腕を差し出した。


 ロザリアは彼女の包帯をそっと外して、赤く擦れた傷に手をかざした。手のひらから魔力を込めると、傷口がぼんやりとした光に包まれる。


 癒し。傷が塞がれるのをイメージする。痛みが取り除かれるよう願う。


 治療の魔術は、人や動物に対して使うものであるから、「誰かのために」という献身的な気持ちが肝心となる。魔術自体への愛のほうが強くなってしまいがちなロザリアとは、少し相性の悪い魔術だ。


 このくらいでいいでしょう、とロザリアは手を退けた。老婦人の腕からは傷がすっかりと消えていた。


「──こりゃすごい!」


 彼女は腕を撫でて、治療が済んだことを確かめる。そして、何かに気づいたように突然立ち上がり、目を丸くした。


「腕の傷どころか、長年の腰痛まで消えたよ!」


 老婦人は満足気に自分の腰を叩いてみせた。


「あらまあ、わたくしったら……」


 このように、加減が難しくて治しすぎてしまうので、ロザリアは治療の魔術を不得手としている。


 けれど、喜んでもらえたのなら、問題はない。


「お嬢ちゃん、ただ者ではないねぇ」


「ええ、天才魔術師ですもの!」


 そんなやり取りに、周りにいた人たちが、なんだなんだと寄ってくる。


「俺の肩こりも治してくれよ!」

「わしは膝が……」

「老眼も治るかねぇ?」


「あぁ、もう! お静かに! 怪我をされた方以外は治療費をいただきますわよ!」


 ガヤガヤと騒がしくなってしまい、ホールにいた騎士団員の兵士が近寄ってきた。


「何事ですか?」


 怪訝そうに問いかける兵士にロザリアは答える。


「治療の魔術を施しておりましたの。お騒がせして申し訳ありません」


「あぁ、そういうことでしたか。ご協力感謝いたします」


 兵士は姿勢を正し、頭を下げる。


「いえ。魔術師として当然のことをしたまでですわ。ところで、騎士団に魔術の心得のある方は、あまり?」


 人手不足な様子と、さきほど老婦人が見せてくれた、包帯を巻いただけの原始的な手当て。騎士団の魔術普及率がいかほどかはわからないが、皆が治療の魔術を使えるわけではなさそうだ。


 魔術書の普及が進む近年では、魔術学院のような貴族御用達の教育機関でなくとも、独学で魔術を学ぶことができる。


 自らを「魔術師」と称するほど魔術を修めなくたっていい。ただ、怪我をする機会の多い騎士団員なら、初歩的な治療の魔術だけでも、最低限使えてほしいものだとロザリアは思う。


 兵士は、どこか申し訳なさそうに声を落とした。


「いえ……魔術に明るい団員は他にもおりますが、そちらは現在、魔物の対処にかかりきりなもので……」


 そう言われてロザリアは、ようやく思い出した。自分が魔物を追っていたのだと。


「そうでしたわ! 魔物! 王都へ入り込んだ魔物たちはどうなりました? 魔術障壁は?」


「ま、まだ、情報は何も……」


「では、わたくしが加勢しに行きますわ!」


 兵士がロザリアの勢いに押される中、老婦人が心配そうに引き止める。


「お嬢ちゃん、無理はするんじゃないよ。魔物に遭って気を失ったんじゃないのかい?」


 その言葉にぎくりとして、外へ向かおうとしていた足が固まった。


「あ、あれは魔物のせいではなく……」


 訂正しようと口を開いたものの、ロザリアの声はもごもごと消えていく。


 騎士に抱きかかえられたこと。すぐ近くで目を合わせたこと。気を失う直前のことを思い出すだけで、また頬が熱くなっていく。


 ロザリアは熱を逃がそうと、ぶんぶんと頭を横に振ってから、老婦人の前で胸を張った。


「と、とにかく! わたくしの魔術をご覧になったでしょう? 魔物などに負けるわたくしではありませんわ!」


 今度こそ魔物を追いに飛び出そうと、勢いをつけて振り向いた。そのとき、後ろから来ていた誰かに、危うくぶつかりそうになった。


「……!」


「あぁ、あなたは。目を覚ましたのだな」


 真上から降ってきた声に、ロザリアの身体はびくりと跳ねた。


 ゆっくりと、恐る恐る見上げれば、安堵したような顔でロザリアを見下ろす、翡翠色の目をした騎士がそこにいた。



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