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第7話 街へ


 王都の中央にそびえたつ王城の周囲に、貴族の屋敷が建ち並ぶ閑静な住宅街がある。貴族街と呼ばれるその区画の外側には、平民たちが商いをして暮らす、賑やかな街が広がっている。さらにその外側を、レンガや石で出来た物理的な外壁と、「魔術障壁」が囲んでいる。


 外壁と違い、魔術障壁は空までを覆う丸いドーム状になっており、「魔力探知」をしなければ目にすることはできない。


 街をすっぽりと覆う大きさでありながら、少しでも穴が空いてしまうとそこから一気に崩れてしまうという繊細さを持ち、強度を保つために全ての箇所が均等な薄さになるよう精密に組み上げられ……


 ……というような、語り尽くせないほどの魔術の粋によって守られているということを、街を行き交う人々は、どれほど知っているのだろうか。


 そう、街を歩きながらロザリアは思う。


(とはいえ、魔術障壁のことを不安に思ってしまったわたくしも、人のことは言えませんわね)


 空を見上げていれば、稀に鳥型の魔物が空中で障壁に弾かれているところを見ることができる。けれど、それで障壁のありがたみを感じられるかというと、微妙なところだ。


 障壁がなくとも、王都周辺は元々、魔物の生息が少ない地域だ。加えて、街を囲う外壁のおかげで、地上からは関門をくぐらなければ、街へは入れない。門前に魔物が現れれば、兵士たちによって即座に倒されるだろう。


 それでも、もしものときのために「魔術障壁」はあり続けているのだ。



(この街に、もし魔物が現れたら……なんて、想像したくもありませんわ)


 商店が軒を連ねる大通りは、休日ということもあり、多くの人で賑わっていた。


 店先に並ぶのは、服やアクセサリー、花や果物。色とりどりの品物を前に、人々はおもむろに足を止めて、楽しそうに買い物をしている。


 ときおり、パンを焼いているような香ばしい匂いや、肉と野菜をグツグツと煮込んでいるような甘塩っぱい匂いが、どこからともなくふわりと漂ってきて、用もないのに振り向いてしまう。


 貴族街の中に閉じこもっていると、味わうことのできない体験だ。


 本や魔道具を扱う店を見かけたときには、無意識に吸い込まれてしまいそうになったが、本来の目的を思い返して、ぐっと我慢した。


(わたくしったら! 遊びにきたわけではありませんのよ!)


 今を生きる人々の、活気溢れる街。


 それを目の当たりにしたからこそ、予知した未来を現実にしてはいけないと改めて心に誓う。


 ロザリアは顔を上げ、大通りの先を見据えた。王都の出入口である関門、そして魔術障壁までは、まだ少し距離がある。


 ──王都の魔術障壁が、未来予知で見た魔物の襲撃に耐えうるのか。


 さすがのロザリアも、魔術障壁の構築に関わったことはない。けれど、その本質は「基本的な防御魔術を複数人の手によって巨大にしたもの」であるから、強度の判断くらいはつく。


 これまでに何度か間近で見たことはあるが、その観点から改めて確認しておきたい。


(もし不十分と感じたら、お父様にそれとなく提言を──あら?)


 見据えた通りの先に、ロザリアは違和感を覚えた。見慣れた場所ではないけれど、賑やかな街に似つかわしくない雰囲気を、視線の先から感じ取ったのだ。


 人々の様子が、なんだかおかしい。


 こちらに向かって走ってくる人がいる。それも、一人や二人ではない。


 関門へ向かって歩いていた人たちが、段々と何らかの異変に気づき、慌てて踵を返しているようだった。


 異様な雰囲気はやがてこちらへ近づいてくる。ロザリアの周りにいる人達も、不思議そうに足を止めはじめた。


 次第に大きくなっていく人々のざわめきの中で、口々に叫んでいる声をはっきりと耳が捉えた。


「魔物だ!」

「魔物が街に入ってきた!」


「え……?」


 その言葉は皆の耳にも聞こえたのだろう。ざわめきは悲鳴へと変わり、人々は我先にと逃げ出した。


 ロザリアはその場で動けなくなった。


「魔物が……? そんな、まさか……」


 咄嗟に空を見上げた。空を飛ぶ魔物の姿は見えない。


(落ち着いて……夢の中とは状況が違いますわ)


 関門から侵入してきたのだろうか。だとしても、魔術障壁を破らなければ街の中へは入れない。


 何か不測の事態が起きていることは確かなようだ。


 ロザリアは冷静になろうと、深く呼吸をした。人々は、立ち止まるロザリアを避けて、逃げ去っていく。


「早く逃げろ!」

「キャー! 助けて!」

「慌てないでください!」


 混乱に陥る街の中で、何人かの兵士が宥めようとしている。


「騎士団が対処しています! 落ち着いて避難してください!」

「怪我をされた方は、騎士団本部へ!」


 兵士たちは逃げ惑う人々を街の中央へと誘導している。


 ロザリアは躊躇した。自分はどちらへ向かうべきか。


 魔物に関する知識は、人並み以上にあると自負している。もし、魔術障壁に異常があれば、力になれる自信もある。


 しかし、まだ学生の身であり、戦いとは無縁の貴族だ。今まで魔物と戦ったことなどなければ、実物を間近で見たこともない。


 それでも──


「わたくしは、天才魔術師ですもの! 魔物なんて、怖くありませんわ!」


 ロザリアは人の流れに逆らって、関門のほうへと駆け出した。



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