第54話 不思議なフクロウ
オブシディアン家の屋敷を出てから3日目の朝。宿を後にしたロザリアが朝日に目を細めていると、隣でユースが「あ」と声を漏らした。
「どうした?」とシュヴェルトが問うたが、ユースの答えを聞く前に、彼が何を見つけたのか、ロザリアにもわかった。
朝日の眩い光に紛れて、白く輝く使い魔が、こちらへ向かって飛んでくるのが見えた。ユースの使い魔だ。
セレンの居場所を見つけられず、帰ってきてしまったのか。そう落胆しかけたのも束の間、ユースの腕に止まった鷹型の使い魔は、何かを知らせるようにキィと一声鳴いた。それは、伝言を伝える前の合図だった。
「『アメジスト領へ入る前に落ち合いましょう……待っているわ』」
鷹が嘴をパクパクさせて発したのは、魔力によって再現されたセレンの言葉だった。
彼女が使い魔に魔力を補充し、伝言を込めて送り返してきたのだ。そうして役目を果たした使い魔は、鋭い嘴に反して穏やかなあくびをしてから、朝の光に混じって消えていった。
ユースが安堵のため息をつく。その肩にシュヴェルトがぽんと手を置いた。ロザリアも胸を撫で下ろす。これでひとまず安心だ。
気分を新たに、ロザリアたちはアメジスト領へ向かって進み始めた。セレンの言葉を聞けたおかげで、随分と気が楽になった。魔物は相変わらず出てくるが、それもまた旅の経験だ、と積極的に倒す余裕が生まれた。
魔物に目を光らせながら、馬に乗ってゆっくりと街道を行く──そんなときだった。
「……?」
ロザリアは、ふいに空を仰いだ。なんだか、不思議な魔力を感じたのだ。唐突に現れた気配。誰かに、見られている気がする。けれど、恐ろしさは感じなかった。魔物ではないのだろうか。
辺りを見回してみたが、すぐには何も見つけられない。馬を止めようか迷っていると、後ろにいたユースが馬を横につけて声をかけてきた。
「もしかして、ロザリアも気づいたかい?」
「ええ……何かが、いるような……でも、魔物の気配とは異なりますわ」
「僕もそう感じるよ。一体何が……」
二人がそう話していると、先頭のシュヴェルトが、
「む、あれは……?」
と訝しそうに呟き、馬を減速させた。彼はロザリアたちのほうへ軽く振り向いて言う。
「あそこにいるのは、使い魔か?」
そうして指をさしたのは、道端に立っている一本の木の上だった。三人は馬を止めた。
ロザリアが見上げると、先ほど感じた魔力が強まった気がした。そして、よく目を凝らしてみると、白く透き通ったフクロウが、枝に止まっているのを見つけた。シュヴェルトの言う通り、使い魔だ。しかし、姿を見つけても、やはり不思議なままだった。
もし、見張りのために作られた使い魔なら、足を止めたロザリアたちに威嚇の素振りを見せるはずだ。けれど、使い魔は静かにこちらを見下ろしたまま、微動だにしなかった。あるいは、三人のうちの誰かに宛てた伝言を預かってきたのだとしても、すぐに伝えに降りてくるだろう。
見張りでも伝言でもないのなら、この使い魔は何を命じられているのだろう。それが不思議であったが、ロザリアたちから目を逸らさずに、何かを訴えかけているかのようにも思えた。魔力探知をしてみたが、近くに使い魔の主人と思しき人間の魔力は感じられない。もしかしたら、使い魔の主人が何らかの危機に陥って、誰かの助けを求めているのかもしれない。
そう考えていたとき、使い魔が突然羽を広げて、木の上からバサリと降りてきた。不思議なフクロウはロザリアたちの周りを一回転すると、物言いたげにこちらを振り向いた。
まるで、ついてくるように、と言われているかのようだった。ロザリアたちは顔を見合わせる。
「ついて行くべき……なのでしょうか?」
「悪い気配は感じないけれど、どうする?」
「この使い魔が助けを求めていたとしたら、放っておくわけにはいかないか……」
シュヴェルトの言葉にロザリアとユースは頷き合った。しかし、シュヴェルトはまだ、思案するように唸る。
「ただ……セレンディーネ様をお待たせすることになってしまうが、いいのか?」
問いかけられたユースは、躊躇う様子を見せずに答えた。
「人助けができるなら、セレンだって許してくれるさ。むしろ、放って行ってしまったら、怒られてしまいそうだ」
そう言って、目を細めながら愛おしそうに笑った。
三人の意見が固まったのを察したかのように、不思議なフクロウはロザリアたちの前を飛び、先導をし始めた。
思ったよりも賢い使い魔だ。これを作った人物は、かなり腕のいい魔術師なのかもしれない。もし、そんな魔術師が危険に陥っているのだとしたら、自分たちだけで助けられるのだろうか。
そんな不安が頭によぎった。けれど、まるでその気持ちすらも見透かしているかのように、透明な瞳でこちらを見つめるフクロウを、ロザリアは信じて追いかけることにした。




