第53話 魔物退治
次の日。オブシディアン領と、隣接する領との境に差し掛かろうとしたとき、ロザリアたちは、傭兵が魔物の討伐に苦戦しているのを見つけた。二人組で戦っていた彼らは、どちらも怪我をしているようで、魔物の攻撃を防ぐのに精一杯のようだった。ロザリアたちはすぐさま馬を降りて助けに入った。
シュヴェルトが素早く傭兵たちの前に出て、魔物の振りかぶった攻撃をいなす。彼の剣には、ユースが咄嗟に放った防御魔術がかけられていた。予想外の反動を受けた魔物が、大きくのけぞり怯む。魔物の動きが止まったその隙に、ロザリアが「雷の魔術」をお見舞いした。
ぐおお、と雄叫びを上げた魔物は、よろめいて地面に倒れ込んだ。その衝撃で砂埃が舞うのと同時に、魔物を形作っていた魔力がぼろぼろと崩れていく。
魔物を倒したことを確認し、ロザリアはほっと息をついた。急な戦闘だったが、良い連携ができたのではなかろうか。魔物が消え去るのを最後まで見届けてから、こちらを振り返ったシュヴェルトと目が合うと、彼はよくやったと褒めるように、小さく微笑んでくれた。
安堵したところで、腰を抜かしている傭兵たちのそばにユースが膝をついた。
「君たち、よく耐えたね。間に合って良かったよ」
「あ……あなたは、ユース様!」
傭兵たちが驚いたように声を上げる。ユースがオブシディアン伯爵令息であることを知っているのだろう。彼らが無理に立ちあがろうとするのをユースは止めた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません……」
「ご助力に感謝いたします……」
傭兵たちは項垂れるように深く頭を下げる。ユースは「いいんだ」と小さく首を振って、顔を上げさせた。
ロザリアはユースとともに、傭兵たちにそれぞれ「治療の魔術」を施した。幸い、二人とも大きな怪我はなく、少しの治療ですぐに立ち上がれるようになった。恐縮しながら何度も感謝を述べる二人に、ユースは微笑んでから、真剣な表情に変わって言った。
「街へ帰ったら、兵の増強を進言してくれないかい? 僕の名前を出してもいい」
「は、はい!」
彼らは姿勢を正してお辞儀をした。伝言の重要性もさることながら、傭兵たちが遠慮せず街へ帰れるように、ユースはわざとそう頼んだのだろう。
傭兵たちを見送ってから間もなく、三人はオブシディアン領を出た。アメジスト領までは、あと一日ほどの旅路だ。隣接する領でもやはり魔物の討伐が追いついていないのか、街道沿いでも野放しになっている魔物が増えてきた。
このあたりは主要な街から離れていることもあり、騎士団の警備も手薄となってしまうのだろう。オブシディアン家も他領まで傭兵を送るわけにはいかない。
とはいえ、ときおり行き交う旅人や商人たちは皆、武具や防具を身につけていたり、護衛を連れていたりした。元から魔物が出没することのある地域であるため、街道の利用者も心得ているのだろう。
ロザリアたちも度々、馬を降りて魔物と戦う必要が出てきた。目についた魔物を討伐しながら、慎重に街道を進んでいく。
ロザリアの魔道具は両手の空く腕輪型とはいえ、手綱を握ったままというのは、さすがに不慣れだ。馬の上という不安定な場所でも的確に魔術を放てるよう訓練するべきだったと悔やんだ。反対に、あまりに乗り降りするものだから、初めの頃とは打って変わって、「浮遊の魔術」で楽々と馬に乗れるようになった。
本型の魔道具を使用しているユースも、片手を離さなければならず、馬に乗ったままでは厳しい。馬に慣れているシュヴェルトも、背の低い魔物が相手だと、馬から降りねば剣は届かない。
速やかに先へ進めないのがもどかしかったが、少しでも多くの魔物を倒して、民への危険が減るなら本望である。それは、魔術を人のために役立てる高潔な魔術師として、あるいは国を守る騎士団の副団長として、三人が共に抱いている想いだった。
そうして魔物との戦いにも慣れてきた頃、小さな魔物の群れに遭遇した。魔物はある程度の大きさまでは群れで行動する場合が多い。さっさと倒してしまおうと、馬から降りて魔力を込めたとき、ロザリアの耳に何かが聞こえてきた。
「……タスケテ、タスケテ」
「え?」
ロザリアは手を止めて、つい辺りを見回した。甲高い声だった。改めて耳を澄ませる。
「ユルシテ、ユルシテ」
もう一度聞こえた声に、確信を持って視線を落とした。その声は紛れもなく、目の前の小さな魔物から聞こえていた。
「喋る魔物ですわ……」
そういうタイプの魔物もいると授業で習ったことがある。通常、魔物は魔力を集めて大きな動物へ変化していくところ、代わりに人語を発声することに魔力を費やした結果、大抵は小さいままなのだとか。
4、5匹で群れているその魔物も、踏みつけてしまえそうな小ささで、手足の長い猿のような、しかし、身体が丸くてずんぐりむっくりとした姿だった。喋れる代わりに、動物の姿を真似るのも下手なようだ。
「気をつけて、ロザリア」
腰を屈めて観察していたロザリアの後ろから、ユースが忠告する。まさにそのとき、ロザリアを嘲笑うかのように、魔物がまた声を発した。
「バーカ! バーカ!」
「なぁんですって!?」
「ロザリア嬢、上だ!」
「え? きゃっ!」
シュヴェルトの声に振り仰ぐと、翼の生えた小さな魔物が数匹、こちらに向かって急降下していた。思わず振り払ったロザリアの手が、そのうちの一匹にヒットした。ピギャ、と潰れるような鳴き声がして、魔物は呆気なく霧散した。
「キャ! キャ! ニゲロ! ニゲロ!」
三人で手分けして、空を飛ぶ魔物を退治し終わると、喋る魔物が草むらの向こうへ逃げていくところだった。
「お待ちなさい!」
怒りと共に、木々の合間へ雷が落ちた。立ち昇る煙の中に、黒紫色の魔力が霧散するのが見えた。ロザリアは慌てて「水の魔術」で焦げた草むらを消火した。
「はぁ……厄介な魔物でしたわ」
「すまない。気づくのが遅れた。怪我はないか?」
シュヴェルトが心配そうにロザリアの顔を覗き込む。
「ええ。あのくらいの魔物では、わたくしに傷一つつけられませんわ」
ロザリアは魔物をはたいた手を見せた。軽く振り払ったつもりだったが、咄嗟に魔力のこもった強烈なビンタだった。
「ふふ、あれは良い一撃だったよ」とユースが笑う。
「小さい分、戦闘能力は低かったね。油断した人間から少しずつ魔力を吸って、生きながらえていたのだろう」
ロザリアも、シュヴェルトが声をかけてくれたおかげで気づけたが、一人だったらまんまとやられていただろう。魔力の高いロザリアなら、少し魔力を吸われたぐらいでは何の支障もなかっただろうが、魔物の策に嵌りかけたことは、やはり悔しい。
ただでさえ、魔物に足止めされてばかりで、もどかしいのに、この先同じような魔物が増えてきたら余計な忍耐が必要になってくる。
「いっそのこと……」
──魔物を集めて、一気に片付けてしまえばいい。
そう言いかけて、ロザリアはハッと口を押さえた。
(それは、いけませんわ。だって……)
脳裏に浮かんだのは、あの未来予知の中で見た、魔物の大群による街の襲撃だった。
夢の中でロザリアの作り出していた、巨大なドラゴンの使い魔……魔物のようにも見えたそれが、他の魔物たちを呼び寄せていた。
魔物を集める、なんて。一瞬でも、同じようなことを考えてしまった。
ロザリアは寒気がして、小さく身体を震わせた。
「ロザリア嬢?」
シュヴェルトから静かに声をかけられる。ユースも心配そうに首を傾げている。ロザリアは、ふいに思い出してしまった光景をかき消すように頭を振った。
「……いえ、なんでもありませんわ。油断せず、先へ進みましょう」
シュヴェルトの気遣わしげな視線を感じながら、ロザリアは動揺を悟られまいと、すっかり慣れた素振りで馬に乗った。




